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第29話 英国のネットが燃える理由と、“型”の副作用

 優奈が「番外編」と言って、英国ダンジョンの一階層ボスを単独で倒した――。


 その一件が、どれくらい異常だったのかを、俺は翌朝になってようやく実感した。


 英国では死人が多い。

 これは誇張じゃない。数字の話だ。


 そもそも“潜る人間”が少ない。

 潜るダンジョン配信者の大半が、どこかで落ちて終わる。

 それが常態化している国で、「初見」「単独」「三十分以上戦って勝ち切る」なんて映像が流れれば――燃える。


 日本のネットが燃えるのは、いつものことだ。

 でも今回燃えたのは、英国だけじゃない。欧州圏の掲示板、翻訳まとめ、海外SNS。

 言語の壁を越えて、優奈の映像は焚きつけた。


 スマホを開いた瞬間、目に飛び込んでくる文字列が、それを証明していた。


『It’s real. A solo clear.』

『This is hope.』

『DO NOT COPY. You will die.』

『Japan is hiding the real methods.』

『Is “yuma” selling strategies?』

『Her movement… how is that possible?』


 称賛。希望。

 そして危険視と反発、陰謀論。


 燃え方が、いかにも海外だ。

 「すごい」で終わらない。

 「すごい=再現したい」「再現=死ぬ」「死ぬ=誰かが悪い」まで一気に行く。


 俺はため息をつきながら、別の報告も読んだ。


『Floor 1 boss cleared by streamer X (first time)』

『Template completion rate: 40%』

『Still injured, but alive』


 “テンプレの流れを四割、自力で完成させた配信者が出た”。


 四割。

 中途半端。

 でも、英国ではそれでも事件だ。


 英国ダンジョンで「三十分以上の戦闘」自体がレアだからだ。

 大半は、そこまで持たない。

 持った時点で“情報”になる。

 情報が積み上がらないから、次が楽にならない。


 なのに優奈は持った。

 しかも単独で。

 しかも“型”で。


(……型が、広がってる)


 望んだことでもある。

 でも、広がり方が危ない。


 自分の頭で整理する前に、スマホが震えた。


 相良だ。


『至急。会議室へ』


 ――来た。


 クラン施設の会議室。

 相良はいつもの笑顔のまま、いつも以上に圧を放っていた。


 モニターには英国SNSの反応が並び、切り抜きのタイトルが踊っている。


『UK Dungeon Solo Clear (Japan Girl)』

『NO yuma assistance!?』

『Black sword drop!?』


 俺は席に着く前に言った。


「分かってる。燃えてる」

「燃えています」

 相良は笑顔のまま即答した。

「結城さん。まず確認します。なぜ“分断の可能性”を事前に共有しなかったんですか?」


 ――そこか。


 相良の言葉は正しい。

 分断は“運用”に直結する。

 共有していれば、台本も、撤退条件も、ログの扱いも、もっと先に組めた。


 でも。


「知らなかった」

 俺は短く言った。

「アメリアも知らなかった。確率で起きるなら、現地で死んで情報が残らなかったんだろ」


 相良の笑顔がわずかに細くなる。


「“知らなかった”で済むほど、今回は軽くありません」

 相良は淡々と言う。

「単独状態での配信は、事故率が跳ね上がります。ログも、英国側に共有される。契約上のリスクです」


「現場に俺はいなかった」

 俺は言い返す。

「止めようがない」


「止めろとは言っていません」

 相良がすぐ返す。

「共有です。事前共有があれば“単独になった場合の動き”を、台本と運用に落とし込めた」


 正論。

 正論だから腹が立つ。


「疑ってはいた」

 俺は少しだけ譲った。

「アメリアの言い方が引っかかった。“基本ない”って。だから例外があると感じた。でも確定じゃなかった」


「確定でなくても、共有すべきです」

 相良は笑顔のまま言い切った。

「“可能性”の段階で、危険度が上がる案件は台本に入れます。あなたは“運用顧問”なのですから」


 ……そうだ。

 俺は“戦わない代わりに運用で守る”役だ。

 その役の失点を、相良は見逃さない。


 相良は画面を切り替え、次の話に移った。


「次。黒い刀」

 相良の声が少しだけ低くなる。

「詳細が分かるまで使用は控えてください。保管・解析・ログ提出。英国側にも共有するかどうか、こちらで判断します」


「もちろん」

 俺は即答した。

「呪いのアイテムみたいなオチがあるかもしれない」


 相良が小さく頷く。


「その可能性は十分あります。英国のダンジョンは、“報酬”ですら殺しに来る構造ですから」


 俺は思わず眉を寄せた。

 宝箱、床罠、ランダム転移、毒煙。

 そして、黒い刀。


 “ご褒美”に見せた刃が、喉元に回る。

 英国はそういう国だ。


 相良が続けた。


「そして最大の問題は、今のネットの流れです」

 モニターに、海外の反応が並ぶ。


『We can copy her.』

『Template is here.』

『You just need to move like that.』

『No, don’t. You’ll die.』


 相良が淡々と結論を置く。


「優奈さんの映像が“教材化”され始めています。危険です」

「……」

「彼らは真似します。真似して死にます。死ねば、誰かが責任を取らされます」


 責任。

 責任の矛先は、いつも“目立った誰か”に向く。


 俺は息を吐いて言った。


「だから、俺は危険情報は出さないって言ってる」

「その通りです」

 相良は頷く。

「だから今後、英国側へのログ共有も“整形”します。再現性が高くなる部分は切ります」


 切る。

 それは正しい。

 でも切りすぎると、今度は「日本は隠している」という陰謀論が太る。


 相良は、そこまで読んだ顔で言った。


「隠蔽と言われても構いません」

 笑顔のまま。

「死者が増えるよりは、炎上した方が安い」


 企業の言葉だ。

 冷たい。

 でも正しい。


 相良はさらに、別の資料を出した。


「英国側の配信者の顔ぶれです」

 一覧が並ぶ。

 確かに――意外と女性もいる。


(……これだけ集まるのは、すごい愛国心だ)


 死人が多い国で、前に出る。

 それは勇気というより、覚悟に近い。


 だが、問題がある。


 相良が淡々と指摘する。


「剣士志望が多い。魔法使い志望が少ない」

「……理由は分かる」

 俺は言った。

「剣士は剣がなくても“何か”ができる可能性がある。走れる。盾になれる。運用で生き残れる」

 言いながら、自分がどれだけ運用脳になっているかを自覚する。

「魔法使いは魔力が枯れたら終わる。燃費が悪い英国では、特に」


 相良が頷いた。


「ええ。英国ダンジョンは“魔法によるごり押し”が強い構造です」

「なのに魔法使いが少ない」

「はい」

 相良は笑顔のまま言う。

「詰んでいます。だから“型のチューニング”が必要なのです」


 俺は机に肘をつき、考えた。


(人権無視の理想は、魔力量で人を選んで強制的に徴兵するのが最も手っ取り早い)


 頭の中で浮かぶ最適解は、いつも最悪だ。

 そんなことできるわけがない。

 できたとしても、世界が壊れる。


(……そういうわけにもいかない)


 だから、現実的な解を作るしかない。

 魔力が少ない剣士でも生き残れる運用。

 魔法使いを“守る役割分担”。

 そして“火力主義”の副作用を管理する型。


 相良が、俺の沈黙を「考えている」と判断して言った。


「結城さん。英国側の要求は“アメリア級の量産”ではありません」

 少しだけ言い方を変える。

「正確には、“パーティの底上げ”です。生存率を上げる。安定して勝つ。勝てなくても撤退できる」


 俺は頷く。


「……ならやることは決まってる」

「聞かせてください」

 相良が端末を構える。ログだ。


 俺は言った。


「剣士を前提に型を作る」

「魔法使いが少ない以上、そうなりますね」

「ただし剣士を“魔法寄り”にする」

 相良が目を細めた。

「……具体的には?」

「補助魔法と道具化だ」

 俺は淡々と答える。

「魔法ガチャ飴で“補助”を引かせる。床対策は氷板の代替を道具化する。役割分担を固定する」


 相良が頷く。


「再現性が高い部分は、共有ログから切ります」

「分かってる」

「そして――」

 相良が言葉を区切る。

「優奈さんの番外編映像を、英国側が“公式教材”として欲しがっています」


 ……来た。

 最悪の火種。


「ダメだ」

 俺は即答した。

「真似して死ぬ」


「同意です」

 相良は笑顔で頷いた。

「だから断ります。ただし、断ったことで英国側はさらに食い下がるでしょう」


 俺は息を吐く。


「食い下がるなら、代わりを出す」

「代わり?」

「“教材”じゃなく“ルール”だ」

 俺は言った。

「映像じゃなく文章。再現性を落とした安全ルール。宝箱は開けるな、床は見る、撤退を恥と思うな――そういうやつ」


 相良が微笑んだ。


「それなら“型”として提出できます」

 笑顔のまま圧を戻す。

「では、結城さん。今日からログの形式を英国仕様に合わせます。あなたの言葉は、国境を越えます」


 また首輪。

 でもこの首輪は、誰かが死ぬのを減らすための首輪だ。


 俺は頷いた。


「……分かった」

 そして最後に、言った。

「次は“分断前提”で動く。英国はそういう国だ」


 相良が即答する。


「はい。次からは“基本”を更新しましょう。英国では――分断が起きるものとして動く」


 会議室を出る直前、俺はもう一度スマホを見た。


 優奈の番外編は、まだ燃えている。

 称賛と反発と危険視が混ざって、火が消える気配がない。


 でも、確かに変化もあった。


 テンプレの四割を自力で作った配信者がいる。

 死に続ける国で、“生き残って帰ってきた”やつがいる。


 それだけで、意味はある。


(……ただし、これ以上燃やすな)


 俺は心の中でそう呟き、次の盤面を広げ始めた。


 英国の悪質さに合わせた型。

 分断前提の運用。

 魔法使い不足の穴を埋める役割分担。


 夏休みは、休みじゃない。


(つづく)

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