表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/73

第26話 英国一階層、歓迎と分断

ロンドンの空は、思ったより低かった。


 雲が重い、とかじゃない。

 空そのものが近い。

 街の建物が高いからそう感じるのか、空気が湿っているからそう感じるのか――とにかく、日本で見上げる空とは違う圧がある。


 空港の出口を出た瞬間、まず目に入ったのは“人”じゃなかった。


 警備だ。


 見たことがないほどの数の警備員。

 金属探知機。

 柵。

 見張り台。

 そして、遠くに見える装甲車。


(……ガチすぎるだろ)


 俺は内心で突っ込んだ。

 国が違うと、歓迎の仕方も違う……なんて軽い話じゃない。

 これは“日常の警備”じゃなく、“災害対応の常設”だ。


 優奈が、目を丸くして小声で言う。


「す、すごいです……!」

 いつもの敬語に「!」が乗る。

「結城くん、ここ、ほんとに空港ですか!?軍事基地じゃないですか!?」


「空港だ」

 俺は短く答えた。

「……たぶん」


 自分で言っておいて、確信がないのが腹立つ。

 でも、確信できないほど警備が異常だ。


 視線の先に、ダンジョンの方向を示す看板がある。

 観光地みたいに案内が出ているのに、警備だけは災害級。


 その矛盾が、この国の現実を示していた。


 ――英国では、スタンピードが“起きた”。


 相良からの事前資料に書いてあった。二回、三回。

 そのたびに街が被害を受けた。

 だから、ダンジョン周辺の警備が常識になっている。


 歓迎される理由も単純だ。


 協力者は、歓迎される。

 “生き残るために”歓迎される。


 俺たちが迎えの車に乗り込むと、窓の外の街並みが流れていく。

 古い石の建物、赤いバス、濡れた舗道。

 そして、ところどころに見える補修跡。


 道の一部が新しい。

 壁の一部が色が違う。

 妙に不自然な補強材。

 ――壊れて直した場所だと、すぐ分かる。


 優奈が窓に顔を近づけて、ぽつりと言った。


「……ここ、ほんとに戦場なんですね」

 声が小さい。

 いつもの「!」がない。


「戦場だ」

 俺は短く答えた。


 その直後、優奈は無理やり笑って、明るい声を作る。


「でも!すごーい!歓迎されてます!」

 車窓の向こうで、警備員が手を振った。

 それだけで優奈は「歓迎!」と受け取る。

 受け取ってしまう。

 優奈の強さだ。


(……二人の学生に、この応援のされ方。どう考えても過大評価だろ)


 俺は心の中で、また毒づいた。

 でもこの国にとっては、過大評価じゃないのかもしれない。


 彼らは“藁”でも掴む。

 その藁が海外から来たなら、なおさらだ。


 案内役として現れたのは、アメリア・テイラーだった。


 英国のクランの腕章。

 杖。

 そして、真面目な顔。


「ようこそイギリス、デス」

 アメリアが頭を下げる。

 英語のイントネーションを残したまま、語尾はデス。

 そのバランスが妙に可笑しいのに、笑えないくらい表情が硬い。


「アメリアさん!」

 優奈がぱっと顔を明るくする。

「日本語、ほんとに上手です!すごいです!」

「勉強したデス」

 アメリアは淡々と言う。

「日本、配信、たくさん見たデス。学ぶ必要あるデス」


 それが褒め言葉じゃないのが、アメリアの目で分かる。

 学ぶ必要がある=死なないために、だ。


 アメリアは俺を見て言った。


「yuma。今日は下見、デス?」

「情報収集と確認だ」

「わかったデス」

 アメリアは頷く。

「安全に。生きて帰るデス」


 その言い方が、英国の現実だった。


 ダンジョンへ向かう道すがら、警備はさらに濃くなる。

 鉄柵が二重。

 検問。

 顔認証。

 そして、救急のテントが常設。


 優奈が小声で言った。


「……救急テントが最初からあるの、すごいです……」

 すごい、じゃない。

 必要なんだ。


 ダンジョン入口は、街の中心から少し離れた場所にあった。

 周囲は封鎖され、観衆は遠巻き。

 それでも人はいる。

 見ている。

 祈っている。

 そして、期待している。


「Good luck!」

 知らない声が飛ぶ。

 手が振られる。


 優奈が目を輝かせる。


「すごーい!ほんとに歓迎されてます!」

「……歓迎っていうか」

 俺は言いかけてやめた。

 優奈の気持ちを折る必要はない。


 アメリアがぽつりと言う。


「ここ、みんな疲れてるデス。だから助け、嬉しいデス」

 淡々と。

「スタンピード、二回以上。街、壊れたデス。みんな、怖いデス」


 優奈が笑顔を作り直す。


「……じゃあ、私たち、頑張らないとですね!」

「デス」

 アメリアが短く頷いた。


 そして、俺は気づく。


 アメリアが、今日やけに“普通”だ。

 落ち着きすぎている。

 緊張が薄い。


(……何か、知らないことがある)


 嫌な予感が、背中を撫でる。


 目的は下見。

 情報収集。

 そして、英国ダンジョンの“悪質さ”の確認。


 俺たちは一階層へ入ることになった。

 アメリアが先に言う。


「一階層でも、油断だめデス」

「分かってる」

「宝箱、開けないデス」

 アメリアが念を押す。

「ここ、宝箱、死ぬデス」


 優奈が即座に頷く。


「はい!宝箱は空けません!結城くんも飛行機で言ってました!」

 飛行機の中で、俺は何度も言った。

 宝箱は開けるな。

 理由は後で。今は従え。


 優奈は従う。

 そこが強い。


 入口の罅割れに似た裂け目が、薄く揺れている。

 俺たちは装備を確認し、インカムの接続を確認する。


「合流できなかったら?」

 優奈が小さく聞く。

 怖さが剥き出しの声。


「ルール通り」

 俺は短く答える。

「無理に探すな。安全な場所で待て」

「はい……!」

 優奈が頷く。


 アメリアが言う。


「基本、ランダム転移はないデス」

 その言い方が引っかかった。

 “基本”という言葉。


「……基本?」

 俺が聞き返すと、アメリアは首を傾げた。


「え?」

「基本、って言った」

「……あ」

 アメリアが一瞬だけ目を逸らす。

 ほんの一瞬。

 その一瞬で、俺は理解した。


 ――知らない。


 アメリアは、“確率で起きる例外”を知らない。

 あるいは、聞いたことはあるが、実感として持っていない。


 つまり――起こり得る。


 俺が口を開く前に、裂け目が光った。


 足元が消える感覚。

 胃が浮く。

 視界が白くなる。


「えっ――!?」

 優奈の声。

 アメリアの「デス!?」

 そして――音が切れる。


 世界が、入れ替わった。


 俺が立っていたのは、石の通路だった。


 湿り気のある壁。

 冷たい床。

 遠くで水滴の音。

 そして、何より――静かすぎる。


 インカムを叩く。


「優奈」

 返事がない。

「アメリア」

 返事がない。


 通信が死んでいる。

 あるいは距離が離れすぎている。


(……殺意高すぎだろ⁉)


 思わず本音が出た。

 一階層からいきなりランダム配置。分断。


 え? 一階層からいきなり?

 飛ばし過ぎじゃない?


 ……いや。


(とはいえ、一階層からスタートできるだけまだ良心的か)


 英国の悪質さを考えれば、いきなり二階層や三階層に飛ばされる可能性すらある。

 一階層で済んだだけ、まだ“優しい”のかもしれない。


 俺は呼吸を整えた。

 こういう時にやることは決まっている。


 生存優先。

 合流より安全。

 情報収集。

 そして、撤退条件の確認。


 足を進める。

 壁沿い。

 足元確認。

 天井確認。


 英国のダンジョンは床で殺しに来る。

 だから、床を見続ける。


 少し先の床に、微妙な色の違いがある。

 罠だ。踏圧式か、落とし穴か。

 俺は小石を転がして確認する。


 石が、途中で消えた。

 落とし穴だ。

 しかも、位置がいやらしい。走れば確実に踏む。


(……ほんとにソウルだな)


 俺は息を吐いて、迂回した。


 一方その頃――。


 優奈は、別の通路に立っていた。


 最初の数秒、優奈は何も考えられなかった。

 視界が変わって、音が変わって、温度が変わって――そして、結城くんがいない。


「……えっ」

 声が震える。

「……結城くん……?」


 インカムに触れる。


「結城くん……!聞こえますか!?」

 返事がない。


 アメリアもいない。

 案内人がいない。

 護衛がいない。


 優奈の中で、嫌な感覚が膨らむ。


(いつもは結城くんが……)


 躓きそうなところは、先に言ってくれた。

 危ない匂いがしたら、引く判断をくれた。

 最悪、考えなくても“なんとかなる道のり”が整えられていた。


 でも今は違う。

 自分で決めるしかない。


 優奈は深呼吸した。

 吸って、吐いて、吸って。


(ルール)

(まずは生き残る)

(無理に探さない)

(安全な場所で待つ)


 飛行機の中で何度も叩き込まれた言葉が、ようやく頭の中で形になる。


 優奈は壁沿いに歩き、足元を見る。

 英国のダンジョンは床で殺す――それも聞いた。


 そして、出た。


 アンデッド。


 骨のように痩せた影が、ゆらゆら揺れて近づいてくる。

 目は空洞なのに、殺意だけはある。


「……うっ」

 優奈の喉が鳴る。

 怖い。

 でも、ここで叫んだら負けだ。

 声は敵を呼ぶ。


(物理に弱い)

(防御が低い)

(回復するけど、倒せる)


 結城くんの説明が頭に浮かぶ。


 優奈は刀を構えた。

 踏み込みすぎない距離。

 近づくな。

 でも、遠すぎると倒せない。


 優奈は《延長(斬撃)》を――最小で使った。


 刀の軌道に沿って、アンデッドが倒れた。

 倒れた瞬間、驚くほど軽い。

 骨が崩れるような音。


(……いける)


 優奈の息が少しだけ戻る。


 次のアンデッドが来る。

 同じように、最小の斬撃で処理する。

 無駄撃ちしない。

 燃費を守る。

 危ない時に残す。


 優奈は自分で、自分を褒めたくなった。

 でも褒めたら雑になる。

 褒めるのは後だ。


 そして――宝箱。


 通路の端に、木箱が置かれていた。

 いかにも“開けてください”という顔をしている。


「……こわ……」

 優奈が小さく呟く。


 宝箱。

 飛行機で言われた。

 開けるな。


 優奈は、足を止めた。

 指が震える。

 心臓が早い。


(開けたら、何かいいものが……)


 一瞬だけ思う。

 でも、その一瞬の欲が死を呼ぶ。


 優奈は唇を噛んで、首を振った。


「……スルーします!」

 自分に言い聞かせるように言う。

「私は……今日は……生きて帰るんです!」


 宝箱の横を、慎重に通り過ぎた。


 ――その直後。


 遠くで、嫌な音がした。


 ガシャリ。

 何かが開く音。

 そして、すぐに、鈍い衝撃音。


 悲鳴は聞こえない。

 聞こえないからこそ怖い。


 優奈の背中が冷える。


(……誰かが、開けた)


 優奈は足を速めた。

 走らない。

 走ると床罠を踏む。

 歩幅を小さく、でも確実に進む。


 アンデッドだらけのダンジョン。

 暗い通路。

 湿った空気。

 そして、心細い静けさ。


 優奈は心の中で繰り返す。


(私は、結城くんがいなくても動ける)

(怖いまま、動ける)

(だから、生き残る)


 誰に言われた言葉でもない。

 自分で自分に言い聞かせる言葉だ。


 俺は、別の通路で“嫌なもの”を見つけていた。


 床に、引きずった跡。

 血の匂い。

 そして、砕けた木片。


 宝箱の破片だ。


(……やっぱりな)


 英国のダンジョンは、宝箱ですら殺しに来る。

 ここでは、欲が命取りだ。


 俺は足を止め、深く息を吸った。


 合流するべきか。

 それとも、待つべきか。


 今はまだ情報が足りない。

 ランダム転移が確率なら、同じ部屋に飛ばされた可能性もある。

 でも、探し回るのは危険だ。


 俺はインカムを叩く。


「……優奈」

 返事はない。


 その沈黙が、重い。


 ――優奈は、結城くんがいなくても動ける。

 そう言ったのは俺だ。

 でも、英国はその言葉を試しに来る。


 そして、俺も試されている。


 “運用顧問”として、ここでどう動くか。


 俺は短く結論を出した。


(まずは生き残る。次に合流だ)


 自分に言い聞かせながら、俺は壁沿いに足を進めた。

 英国の一階層は、始まったばかりだ。


 そして、すでに殺意が高い。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ