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第23話 クールタイム0≪初級≫と、次の壁

 三階層の資料を机に広げたまま、優奈はじっと黙っていた。


 クランのミーティングルーム。

 白い壁、無駄に広い机、端末の光。

 相良の笑顔は相変わらず整っていて、だからこそ怖い。

 今日の議題は一つ――三階層ボス、キングオーク。


 相良がスライドをめくる。


「第三階層の雑魚は、第二階層と比較して弱い傾向にあります」

 相良は淡々と言った。

「その代わり、ボスが厄介です。――キングオーク」


 画面に映る影は、キングゴブリンよりもさらに大きい。

 筋肉の塊みたいな輪郭。

 動きは速い。

 そして、傷が塞がる。


 優奈が小さく呟く。


「……回復するんですよね……」

 昨日俺が言った通りのことを、もう一度確認するように。


「はい」

 相良が頷く。

「軽微な損傷は自動回復。単発の遠距離攻撃では決定打になりにくい」


 優奈が一瞬だけ俺を見る。

 怖いのに、逃げない目。


「結城くん」

「何」

「……私、どうすればいいですか」

 今度は敬語じゃない。

 真剣な時の呼び方。


 俺は、結論から言った。


「まず一手足りない」

 優奈が「えっ」と声を漏らす。

 足りない。今の優奈でも足りない。

 それが怖い。


 俺は続けた。


「《発射(自身)》で高速移動できるのは強い」

「はい」

「でも、方向転換の“空白”がある。そこを狙われる」

 優奈が頷く。

 自分でも分かっていたのだろう。

 練習で何度も、止まりたくないのに止まる瞬間があった。


「……クールタイム、ですよね」

「そう」


 相良が口を挟む。


「移動系は発動後、解除してすぐに再発動できません。1.2秒前後のクールタイムが発生します」

 淡々と、事実だけ。

「対人なら短い。対ボスだと致命的です」


 優奈が背筋を伸ばした。


「……じゃあ、その1.2秒を……」

「ゼロにする」

 俺が言うと、優奈の目が丸くなる。


「……ゼロ!?」

 相良も一瞬だけ眉を上げた。


「そのような手段が?」

「ある」

 俺は言い切った。

「魔法ガチャ飴で狙う」


 優奈が反射で言う。


「はい!わかりました!魔法ガチャ飴集めてきます!」

 勢いが良すぎて、相良が笑顔で手を止めさせた。


「空下さん、待ってください」

「……えっ、はい!」

「まず、結城さん。魔法名は?」

 相良の目が細い。

 この質問は、“線引き”の確認だ。


 俺は、短く答える。


「クールタイム0≪初級≫」

 優奈が「かっこいい!」と叫びかけて、すぐ口を押さえる。

「……すみません!」


 相良が淡々と続ける。


「効果範囲は?」

「移動系のみ」

 俺は即答した。

「属性魔法には効かない。炎や氷のクールタイムは変わらない」


 相良の表情がわずかに緩む。

 壊れ防止の線が入っているからだ。


「それなら危険度は下がります」

 相良が言った。

「ただし、運用次第で危険情報になり得る。非公開検証+ログ提出です」


 優奈が「またログ……」という顔をする。

 でも、頷いた。


「……はい。守ります!」


 俺は優奈に向き直る。


「使い道は一つ」

「はい!」

「空中で《発射(自身)》の方向転換をする時のクールタイムをゼロにする」

「……」

「移動を切らさず、動き続ける。キングオークをかく乱して、手足を使えなくする」


 優奈が息を吸う。


「手足を封じる……」

「そう。回復されるなら、まず動けなくする」

「……はい!」


 相良がスライドを一枚進めた。


「現時点の想定戦術です」

 画面には大きくこう書いてある。


『第一段階:継続移動による攪乱(空白を消す)』

『第二段階:四肢の機能を奪う(関節/腱)』

『第三段階:面で消す(爆裂系消耗品:詳細非公開)』


 優奈が喉を鳴らした。


「……爆裂系……」

「言うな」

 俺が即座に言うと、優奈は「はいっ!」と返事して背筋を伸ばした。


 相良が笑顔で言った。


「空下さん。あなたは今、“台本に載せられない勝ち筋”に近づいています」

 優奈が固まる。

「……えっ」

「だからこそ、管理します。あなたの生存のために」

 相良は淡々と結論を置いた。

「クールタイム0≪初級≫を引けたら、以降の検証はすべて非公開です」


 優奈が小さく言った。


「……また自由が……」

「減ります」

 相良が笑顔で言い切る。

「その代わり、生存率が上がります」


 優奈が震えながらも頷く。


「……はい!」


 会議は終わった。

 終わって、優奈が俺の袖を掴む。


「結城くん」

「何」

「……魔法ガチャ飴、集めます。絶対集めます」

「集めろ」

「でも……」

 優奈が小さく眉を寄せる。

「……引けなかったらどうしますか?」


 俺は即答しない。

 引けなかった時の代替案はある。

 でも、ここで言葉にすると、優奈の心が逃げ道に寄る。


「引く」

 俺は短く言った。

「引ける確率まで回す」


「……はい!」

 優奈が強く頷いた。

 怖いのに、逃げない。


 表向きの配信は、安全回だった。


 雑魚狩り。

 台本。

 「無理しません!」「安全第一です!」

 いつもの言葉。いつもの笑顔。


 でも、優奈の本当の目的は別だ。

 魔法ガチャ飴。


 拾う。

 拾って、言わない。

 カメラに映さない。

 “整理します”という台本の万能ワードで誤魔化す。


 帰って、非公開検証室で開封する。

 ログ提出前提。相良の端末が光る。


 優奈が飴を並べた。

 十個、二十個、三十個。


 優奈の表情が、だんだん硬くなる。

 でも、手は止まらない。


「……今日、何回目でしたっけ」

 優奈が小さく言う。

「もう……数えるの、怖いです」


「数えろ」

 俺が言うと、優奈は「はい……!」と頷いた。

 数えることで、現実になる。

 現実にすることで、逃げない。


 二十回目。

 外れ。

 便利だけど今は使わない魔法。

 重複で経験値。

 優奈が「気がします……」と小さく笑う。


 二十五回目。

 外れ。

 優奈の肩が落ちる。


 二十九回目。


 優奈が飴を口に入れた瞬間、目を閉じた。

 祈る顔じゃない。

 覚悟の顔。


 数秒。


「……あ」

 優奈が目を開けて、息を吸う。

 そして、言葉を探すみたいに一拍置く。


「……移動……です」

 優奈の声が、少し震えた。

「移動の……空白が……消える感じ……!」


 俺の胸の奥が、少し軽くなる。


「……来たか」

「来ました!」

 優奈の「!」が戻る。

「これ、クールタイム……!」


「名前は言うな」

 相良が即座に言う。

 笑顔のまま、絶対の声。


「……っ、はい!」

 優奈が慌てて口を押さえる。

 危ない。

 テンションが上がると、言葉が漏れる。


 相良が端末を操作し、淡々と告げる。


「ログ提出:取得時刻、体感、対象範囲」

 そして、線引きを確認する。

「対象は移動系のみ。属性魔法には無効。確認します」


 優奈が頷く。


「はい!炎も氷も変わらないです!移動だけです!」

 言い方が必死だ。

 必死で守っている。


 俺は短く言った。


「よし。次は訓練」

「訓練……!」

 優奈が息を吸う。

 嬉しさと怖さが同居した顔。


 相良が笑顔で釘を刺す。


「訓練も非公開です。台本には載せません。映像も残しません」

「……」

「あなたの生存のためです」

「……はい!」


 優奈は頷いた。

 頷いて、俺を見る。


「結城くん……!これで、空中で方向転換できますよね!?」

「できる」

「じゃあ、キングオークを……」

「かく乱できる」

 俺は短く言う。

「ただし、次の壁がある」


 優奈が固まる。


「……壁」

「高速移動中に、決め手を当てられるか」

 俺は言った。

「いや、当てられるようになるためのトレーニングだ」


 優奈の顔が、覚悟の顔になる。

 怖いのに、逃げない顔。


「……はい!」

 優奈は頷いた。

「私、やります。練習します。絶対当てられるようになります!」


 その「!」が、今は頼もしい。


 俺は心の中で、次の盤面を広げる。


 方向転換は手に入った。

 次は――動きを奪う手順。

 そして――面で消す決め手。


 三階層は、台本の外の戦いになる。

 だからこそ、準備で勝つしかない。


 優奈が言った。


「結城くん。次、何からやりますか!」

「まずは、外さない練習」

「外さない……!」

「外すと壁にぶつかる。壁にぶつかると死ぬ」

「ひぃ……!でも、やります!」


 優奈が笑う。

 怖がりながら笑う。

 その笑いが消えない限り、まだ勝てる。


(つづく)

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