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第22話 英国一階層突破と、三階層の“火力”の定義

朝のホームルームが始まる前、俺はスマホを開いた。


 開くまでもなく通知は溜まっている。

 切り抜き。まとめ。考察。海外掲示板の翻訳。

 “yuma”の名義が表に出てから、情報の波は止まらない。


 でも、今日の通知は別の意味で重かった。


『UK|Amelia Taylor — Dungeon Floor 1 Cleared』


 アメリア・テイラー。

 英国のダンジョン一階層突破。


 動画じゃない。ニュースだ。

 正確には、英国クランの公式が出した短い報告文と、断片的な映像。

 そこに添えられた数字が、嫌なほど現実的だった。


『Casualties: 0』

『No critical injuries』


 死者ゼロ。致命傷なし。


 俺は息を吐いた。


(……通用してる)


 火力主義。

 雑魚は炎で短時間で消す。

 床は氷板で“面”を作って踏圧を分散し、初見殺しの床罠を避ける。

 撃つ前に退路。撃った後に足場確認。煙が濃いなら即移動。


 全部、理屈はあった。

 でも理屈が現実に通用するかどうかは、結果でしか証明できない。


 結果が出た。


 アメリアは生き残った。

 英国の“ソウルみたいな悪質さ”に、型で勝った。


 ――それだけで、胸の奥が少し軽くなる。


 軽くなった瞬間、別の重さが来る。


(次は、優奈だ)


 英国育成編は最低限を越えた。

 これからは日本の本筋――優奈の三階層。


 俺はスマホを伏せ、いつもの顔を作って教室に入った。


 ……作れているかは知らない。


 金曜日の放課後。


 校内は部活の声でざわついているのに、廊下の隅だけ妙に静かだった。

 そこに優奈がいる。


 俺を見つけた瞬間、優奈は走ってきた。

 走ってきて、止まれなくて、勢いのまま言った。


「結城くん!!」

 いつもの明るさ。いつもの敬語。

 でも今日はさらにテンションが高い。

「アメリアさんの配信見ました!見ましたよ!!あんな一方的にボスを倒せるなんてすごいです!!」


 優奈は両手を握りしめて、目をキラキラさせている。

 喜びが顔から溢れている。


「……お前、よく英語分かったな」

「分かってません!!でも!映像の圧で分かります!!」

 優奈は胸を張った。

「氷の板で床をスイスイ行って、炎でゴブリンをバーンって!ボスもズドンって!すごかったです!」


 ……バーンとかズドンとか。

 語彙が雑だけど、感情は正確だ。


 優奈が勢いのまま続ける。


「私も、あれくらいできますかね!?」

 言った瞬間、少しだけ不安が混ざる。

「できるようになりますかね!?」


 俺はすぐ答えなかった。

 答えを間違えると、優奈は突っ走る。

 突っ走って死ぬ。


「魔力量があれくらいあれば、可能かもしれない」

 俺は正直に言った。

「でもお前の魔力は、アメリアほどじゃない」


 優奈が「うっ」と小さく刺さる顔をする。

 でもすぐに立て直す。


「ですよね!!」

 無理やり明るい声。

「でも!三階層、行くんですよね!?」


 俺は頷いた。


「行く」

「……やります!」

 優奈の「!」が強い。

 強いけど、目の奥に怖さもある。

 怖さがあるのが良い。


 俺はそこで、あえて冷たい現実を言った。


「三階層はボスがやばい」

「うぅ……」

 優奈が唸る。

「二階層もやばかったですけど!?もっとですか!?」


「もっと」

 俺は淡々と言う。

「だから、アメリアみたいに“一方的”は厳しい」

「えっ……」

「でも」

 俺は一拍置く。

「一方的じゃないと倒せないレベルなのは、間違いない」


 優奈の顔から「!」が一瞬消えた。

 理解が追いついた時の顔。


「……一方的じゃないと、倒せない」

「そう」


 優奈が喉を鳴らす。


「……結城くん。怖いです」

「怖くていい」

「でも、行きます」

「行くなら、火力がいる」


 優奈が目を見開く。


「火力……」

 そしてすぐに思い出したように言う。

「これからクランミーティング前で、こんなこと言うのあれですけど……!」


 優奈は周りをきょろきょろ見た。誰も聞いてないのを確認して、小声になる。


「……三階層って、火力なしでの突破は不可能なんですか?」

「不可能」

 俺は即答した。

 言い切らないと、優奈が希望的観測に逃げる。


 優奈が唇を噛む。


「……私の今の火力じゃ、あのレベルに到達するにはどうすればいいんでしょう」


 真面目な顔。

 逃げない顔。

 答えるべきタイミングだ。


 俺は言った。


「結論から言えば、遠距離攻撃はあまり意味がない」

「えっ!?」

 優奈の声が跳ねる。

「銃でもですか!?」


「銃でもだ」

 俺は頷く。

「点の攻撃は意味が薄い。必要なのは線か、面だ」


 優奈が混乱した顔をする。


「線……面……?えっと、どういう……」

「理由は単純」

 俺は短く言う。

「小さな傷は自動で回復する」


 優奈の顔が凍った。


「……回復」

「そう。自動回復」

 俺は続ける。

「銃で穴を開けても塞がる。刺しても塞がる。浅い斬り傷も、勝手に治る」


 優奈が、震える声で言った。


「……じゃあ……どうやって倒すんですか」

「回復が追いつかない速度と量で削る」

「速度と量……」

「線。面。まとめて削る」

 俺は言い切る。

「そして、動けなくした瞬間に“決め手”を叩き込む」


 優奈が息を吸う。


「……動けなくする」

「そう」


 俺は今ある手札を並べる。


「《発射(自身)》」

「はい」

「高速移動で、関節を狙う」

 優奈が目を丸くする。

「関節……」

「筋肉もある。速い。だから真っ向勝負は無理」

 俺は淡々と続ける。

「手足を落として動きを奪う。動けなくなったタイミングで、面で消す」


 優奈の顔色が変わる。

 怖い。

 でも、逃げない。


「……面で消すって、どうやって……?」

「爆裂系の消耗品だ」

 俺は言葉を選んだ。

 “爆弾”と言わない。

 台本の外で言ってはいけない言葉は増えている。


 優奈が小さく息を呑む。


「……消耗品……」

「クランが用意する。詳細は言うな」

「はい……!」


 優奈は頷く。

 頷いてから、小さく言った。


「……結城くん。私、できるでしょうか」

 その声は、いつもの「!」がない。

 怖さが剥き出しだ。


 俺はすぐ答えない。

 答えを間違えると、また崩れる。


 だから、事実を積み上げる。


「二階層は突破した」

「……はい」

「五十体を枯らせた」

「はい」

「適応されても止まらなかった」

「……はい」

「お前は、怖いまま動ける」

 俺は言う。

「それが一番強い」


 優奈の目が潤む。

 でも泣かない。


「……ありがとうございます」

 小さく言う。

「自信、出てきました」


 そしてすぐに、優奈らしく「!」を付け直す。


「よし!じゃあ!ミーティング行きましょう!!」

「テンションの切り替え早いな」

「怖いから上げるんです!!」


 その言い方に、俺は少しだけ息を吐いた。

 優奈は優奈だ。

 怖がりながら、前へ出る。


 クラン施設のミーティングルーム。


 相良が待っていた。

 いつもの笑顔。いつもの端末。いつもの資料。

 でも今日は、資料のタイトルが重い。


『第三階層攻略方針(案)』


 優奈が椅子に座りながら、でも落ち着かない。


「相良さん!よろしくお願いします!」

「はい、よろしくお願いします」

 相良が微笑む。

「本日は“危険情報に触れる可能性が高い”ため、こちらもログ提出対象です」


 優奈が固まる。


「……ログ……」

「はい。言葉は刃ですから」

 相良は笑顔で言う。

「さて。結城さん、あなたの所感を」


 俺は短く言った。


「三階層は火力が必要。点では足りない」

 相良が頷く。

「自動回復系、ですね」

「そう」


 優奈が「やっぱり……」という顔をした。

 さっきの話が、ここで繋がる。


 相良が淡々とスライドをめくる。


「結論。三階層は“炎上しやすい階層”になります」

 優奈が「えっ」と言いかけ、止める。

「炎上……」

「火力を上げると、見せ方が難しくなる。視聴者が真似したがる。事故が起きる」

 相良は笑顔のまま言った。

「だから台本は厳しくなります」


 優奈が小さく呻く。


「……台本……!」

「はい。ですが」

 相良が優奈を見る。

「あなたが生き残るには必要です」


 優奈が頷く。

 怖がっている。

 でも頷ける。


 俺は思った。


 三階層は戦闘の問題じゃない。

 火力の問題であり、言葉の問題であり、運用の問題だ。


 そして――また燃える。


 優奈がそれを乗り越えるために、俺は今日も“軍師”の役を続ける。

 表に出ないまま、責任だけは増えていく。


 それでも。


 アメリアが英国一階層を突破したニュースが、頭の片隅に残っていた。


 理論は通用する。

 型は人を生かせる。


 なら、優奈も――生かせる。


(つづく)

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