第19話 アメリア・テイラーと、火力主義の型
翌日の教室は、昨日より静かだった。
静か――というより、みんなが“様子見”の顔をしている。
二階層ボス初見ソロ突破。
あの切り抜きが回ってから、学校の空気は一段変わった。
騒ぐやつは騒ぐ。けど、騒ぎ方が怖がりながらの騒ぎ方に変わる。
「面白い」より先に「関わったら巻き込まれる」が来るやつだ。
その一方で、ネットの方は逆に加速していた。
『二層初見ソロは事件』
『yuma=運用顧問確定』
『日本のダンジョン、なんでこんな死者少ないんだ』
『海外クランが動くぞ』
最後の一行が、冗談じゃなくなっていくのを、俺は嫌というほど理解していた。
昼休み、相良からの連絡は短かった。
『本日放課後。留学生(弟子候補)と顔合わせ。クラン施設へ』
顔合わせ。
また余計な歯車が増える。
でも、もう拒否できない。枠の外に逃げたら、枠の外で狩られる。
クラン施設のミーティングルーム。
優奈はいない。今日は呼んでいない。
――巻き込まないために、導線を分ける。相良が約束した通りだ。
ドアが開いて、相良が入ってくる。いつもの笑顔、いつものスーツ、いつもの圧。
その後ろに、見慣れない制服――いや、正確には制服じゃない。海外の学校の、ざっくりしたブレザー姿の少女が立っていた。
身長は優奈と同じくらい。
髪は淡い金色で、目は青い。
表情は硬いのに、視線だけが鋭い。現場に立ってきた目だ。
相良が紹介する。
「結城さん。こちらが英国より来訪した配信者、アメリア・テイラーさんです」
アメリアが一歩前に出て、ぎこちなく頭を下げた。
「ハジメマシテ。アメリア・テイラー、デス」
英語のイントネーションが残っている。
でも語尾は「デス」。
無理して合わせている感じが、逆に真面目さを感じさせた。
手には杖。
武器枠として持ち込めるタイプの、細身の杖だ。
「……結城悠真だ」
俺は苗字を言わなかった。言う必要がない。
相良がいる以上、余計な情報は落とした方がいい。
アメリアが俺を見上げる。
「あなたが……“yuma”、デス?」
語尾のデスが妙に重い。
相良が先に答える。
「名義としての“yuma”が、結城さんです」
言い方が巧妙だ。
本人だとは言い切らない。
でも否定もしない。枠に押し込める言い方。
アメリアが小さく頷いた。
「会えて、よかったデス」
その声に、少しだけ震えが混ざっている。
怖がっている。
でも逃げない。
俺は最初に確認するべきことを確認した。
「目的は?」
相良が代わりに答える。
「弟子入りです」
「それは聞いた」
「英国側の目的は、英国ダンジョンの攻略そのものではありません」
相良は淡々と繰り返す。
「まず日本ダンジョンを、単独で問題なく攻略できるようにする。そこから“死なない型”を持ち帰らせる」
アメリアが小さく息を吸った。
「イギリスのダンジョン……とても悪いデス」
言い方が直訳っぽい。
でも、感情は本物だ。
相良が補足する。
「“配信殺し”です。初見殺しの罠、理不尽なギミック、そして床」
相良は画面を操作し、資料を出した。
英国のダンジョン内部の映像……らしい。ほとんど暗くて、床が見えない。
「踏んだだけで巨大な岩が転がってくる」
「落とし穴」
「踏圧式の針」
「床そのものが崩れる」
確かに。
ソウルシリーズみたいな悪質さ。
“学習のための死”を前提とした構造。
アメリアが小さく言った。
「配信者、死に続けるデス」
言い方が淡々としているのに、目が曇る。
「みんな、勇気ある。だけど、死ぬ。視聴者、増える前に、いなくなる」
――そういう国か。
俺は息を吐いて言った。
「俺が教えるのは安全運用だけだ」
相良とアメリアの視線が一斉に俺に向く。
「危険情報は教えない。再現性が高いものは除外」
俺は続けた。
「日本ダンジョンを単独で問題なく攻略できるようにする。それ以上はやらない」
相良が頷く。
「承知しています。契約範囲内です」
アメリアが頷く。
「わかったデス」
そして、少しだけ強い声になる。
「でも……私は、死にたくないデス。死なないために、学ぶデス」
その言い方は、優奈に似ていた。
怖がっているのに、前へ出る言い方。
相良が淡々と次の話をする。
「アメリアさんの強みを共有します」
資料が切り替わる。
『魔力量:極めて高い(同年代平均の数倍)』
『属性:氷/炎(両対応)』
『武器:杖』
俺は画面を見て、反射で口を開きそうになった。
数倍、の一言が強すぎる。
それは火力の話でもあり、危険度の話でもある。
アメリアが言う。
「私は……マホウ、たくさん使えるデス」
少し照れたように言ってから、すぐ真顔になる。
「でも、使い方わからない。イギリスでは……使う前に死ぬことが多いデス」
……なるほど。
火力はある。けど運用がない。
だから死ぬ。
俺はそこで、一つの戦略を閃いた。
火力主義。
敵を倒すときは、大抵効く“炎”で一掃。
そして、床が殺しに来るなら、氷で床を“運用”する。
これは安全運用の範囲だ。
危険情報じゃない。
少なくとも、今の段階では。
俺は言った。
「アメリア。炎と氷があるなら、型を作れる」
アメリアが目を丸くする。
「カタ……デス?」
「ルールだ。迷わないためのルール」
俺は短く言い切る。
「敵は炎で処理。床は氷で制御」
相良が眉を上げた。
「……制御、ですか」
「床の罠は踏圧が多い」
俺は淡々と言う。
「点で踏むと危ない。面で踏めば危険が減る」
アメリアが首を傾げる。
「面……?」
「氷で薄い板を作って敷く」
俺は言った。
「踏圧を分散させる。落とし穴や脆い床も、面なら見抜ける。割れ方で危険が分かる」
相良が小さく頷いた。
“理屈としては成立する”という顔だ。
アメリアの目が輝く。
「アイスボード、デス!」
デスの位置が嬉しそうで、少しだけ可笑しかった。
「それともう一つ」
俺は続ける。
「火力を上げるなら、飴ガチャで狙うものがある」
相良が視線を鋭くする。
「結城さん。危険情報に触れる可能性があります」
「名前は出さない」
俺は即答した。
「ただし、アメリアの属性魔法と相性がいい。運用の範囲で強くなる」
相良は一拍置いてから言った。
「……A以上に触れる可能性があるため、ログ提出」
淡々と。
「あなたの提案、あなたの指示、アメリアさんの反応。全てログとして残します」
首輪が締まる音がした。
俺は頷いた。
「分かった」
そしてアメリアを見る。
「飴ガチャ、やれるか」
アメリアが迷わず頷く。
「やるデス。死なないために、強くなるデス」
いい。
その目的なら、ぶれない。
その日の“練習”は、第二階層の浅い場所で行った。
ボスには行かない。まずは型。
アメリアは杖を構え、炎を放つ。
火力が、違う。
ゴブリンが一瞬で燃え落ちる。
ただし――煙と熱が出る。視界が揺れる。
火力は便利だが、同時に危険だ。
「炎は強い」
俺が言うと、アメリアが頷く。
「強いデス。でも……周り、見えないデス」
ちゃんと気づける。えらい。
「だからルール」
俺は短く言う。
「炎を撃つ前に退路を確保。風向きを見る。味方がいるなら距離を取る」
アメリアが「デス」と頷く。
真面目だ。真面目すぎるくらい。
次は氷。
アメリアは杖を地面に向け、薄い氷の板を作った。
“敷く”ように。
板が広がり、床を覆う。
その上に軽く足を乗せる。
氷がパキ、と鳴った。
「割れたデス」
「割れ方を見る」
俺が言う。
「割れるのが早すぎる場所は危険。床が弱いか、機構がある」
アメリアが真剣に頷く。
「なるほどデス」
そして、ぼそっと言う。
「イギリス、こういうの……誰も教えてくれないデス。みんな、死んで覚えるデス」
胸の奥が、少し痛くなった。
死んで覚える。
そんな世界で配信しているなら、表情が硬いのも当然だ。
俺は言った。
「日本では、死んで覚える前に“型”を作る」
「カタ、デス」
アメリアが何度も口にする。
それは彼女の中に刻んでいる音だ。
数日かけて、飴は集まった。
魔法ガチャ飴は地味だ。
だけどアメリアは文句を言わない。
地味な作業を、真面目に続ける。
そして、二十九回目。
クラン監修のライブ配信ではない。
今日は検証用の非公開セッションだ。
ログ提出が前提の回。
相良が壁際で端末を構え、淡々と告げる。
「記録開始。――結城さん、指示を」
「……始める」
アメリアが飴を手に取る。
祈るような顔じゃない。
計算するような顔。
「いただきますデス」
コリ、と噛む。
数秒。
アメリアの表情が変わった。
驚きと、理解が同時に来る顔。
「……あ」
小さく声を漏らし、すぐ言い直す。
「……コレ、強いデス」
俺はインカム越しじゃなく、目の前で言う。
「説明できるか」
「できますデス」
アメリアは頷いた。
「魔力……入れれば入れるほど、威力……上がるデス」
相良の指が止まる。
「……結城さん」
相良が静かに言う。
「名称は?」
「言わない」
俺は即答した。
「言う必要がない」
相良が頷く。
そして淡々と釘を刺す。
「威力操作系は、A以上に触れやすい。ログ提出は厳密に」
「分かってる」
アメリアが杖を握りしめる。
「これ……炎と氷、もっと強くできるデス」
声が少し震える。
喜びじゃない。
“可能性が怖い”震えだ。
俺は短く言った。
「次回、実験回」
相良が即座に補足する。
「非公開で。安全確認を優先します」
「当然」
アメリアが頷く。
「実験、やるデス。死なない火力、作るデス」
“死なない火力”。
その言葉が、妙に重い。
火力は人を救う。火力は人を殺す。
どっちに転ぶかは、運用次第だ。
俺は思った。
英国が欲しいのは、英雄じゃない。
奇跡でもない。
“死なない型”だ。
そしてそれを作るのは、俺じゃない。
俺は枠を引くだけ。
枠の中で前に出るのは――アメリアだ。
相良が端末を閉じ、笑顔で言った。
「結城さん。英国側への報告は、こちらで整形します」
「勝手に盛るな」
「盛りません。――“安全運用”として提出します」
俺は息を吐いた。
また面倒が増える。
でも、これは“面倒”で済む方向に、枠を作れる。
アメリアが小さく言った。
「yuma」
呼び方が、英語のままだ。
「ありがとうデス。私、たぶん……生き残れるデス」
俺は一瞬だけ黙って、短く答えた。
「生き残れ」
その返事が、どこまで届くかは分からない。
でも、今の俺に言えるのはそれだけだった。
(つづく)




