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第18話 ソウルみたいな国から、弟子の依頼

 第二階層ボス――キングゴブリン戦の翌朝。


 校門をくぐった瞬間、俺は悟った。


 ……今日も、学校がダンジョンだ。


 視線が刺さる。

 ひそひそ声が、廊下の空気に混ざってまとわりつく。

 スマホの角度が、たぶん俺の顔を“それとなく”撮る角度だ。


「見た?二層ボス」

「初見でソロって、意味分からん」

「優奈やばすぎ」

「いや、やばいのは後ろのyumaだろ」

「yumaの正体ってマジ?同じ学校って聞いたけど」


 ――やめろ。

 その話題を俺の周りで育てるな。


 教室に入ると、ざわめきが一瞬だけ止まって、すぐに別のざわめきになった。

 “見ていいのか?”みたいな迷いを含んだざわめき。

 そして、それが一番嫌だ。


 俺は黙って席に着いた。

 鞄を置き、机の上の教科書を出し、いつものふりをする。


 ……無理だ。


 背後から、声。


「結城」

 昨日も俺に絡んできた男子だ。

 今日の顔は、好奇心だけじゃない。ちょっとした恐れが混ざっている。


「お前さ……あれ、マジなの?」

「何が」

「yuma」

 そいつは声を落としたつもりで、全然落ちていない。

「外部顧問yumaって公式が出したじゃん。あれ、お前関係ある?」


 関係がある。

 あるけど言えない。

 言ったら終わる。


「知らない」

「知らないで済むかよ」

「済む」

 俺は即答した。


 そいつが「……こわ」と笑う。笑って誤魔化しているだけだ。


 少し離れた席の女子が、心配そうな顔で言った。


「空下さん、大丈夫なのかな……。昨日の配信、血出てたよね?」

「かすり傷だ」

 俺がつい口にすると、女子が目を丸くした。

「え、なんで分かるの?」


 ――最悪。

 口が勝手に動いた。疲れてる。


 俺は机に視線を落として、淡々と言い訳する。


「配信見れば分かる」

「いや、見ても分からなくない?」

「分かる」


 周りの視線が、また一段濃くなるのが分かった。


(優奈より明らかに俺のほうがダメージ受けてるよな……この流れ……)


 優奈は“主役”だ。

 主役は叩かれる。囲まれる。持ち上げられる。

 でも主役には台本がある。クランがある。守りの形がある。


 俺は違う。

 映らない。出ない。声もない。

 だからこそ、想像が膨らむ。勝手に正体が作られる。


 ……一番厄介なタイプの注目だ。


 その時、教室のドアが開いた。


「おはようございます!」

 空下優奈が入ってきた。

 明るい敬語と「!」。

 ただし、今日はその「!」が少しだけ硬い。


 視線が一斉に優奈へ向く。

 俺への視線が一瞬だけ薄まる。

 助かった――と思うのがもう、間違いだ。


「空下さん!二層ボス!」

「マジで初見!?」

「血出てたけど大丈夫!?」

「てかyumaって誰!?」

「軍師どこ!?」


 優奈は一瞬固まって、それから笑顔を作った。

 作ってしまう。

 それが優奈の強さで、危うさだ。


「みなさん!おはようございます!えっと!学校なので!その話は……!」

 言いながら目が泳ぐ。

 泳いでるのに、逃げない。


 俺は立ち上がり、優奈の背後に回る……ふりをして、ただ通路を確保した。


「席」

「は、はいっ!」


 優奈が反射で従う。

 その瞬間、周囲の空気が「やっぱりな」に寄っていくのが分かった。


 ――俺のほうがダメージ受けてる。

 そんな皮肉が、脳内で擦れる。


 昼休み。


 いつもの踊り場。

 俺はスマホを伏せたまま、壁にもたれて息を整えた。


 通知が来ている。

 来ているのは分かってる。

 開きたくない。


 でも開かないと、もっと面倒になる。


 相良からだった。


『放課後、会議室へ。至急』


 至急。

 この文字を見るたび、胃が重くなる。

 ギルドもクランも、“至急”を軽く使いすぎだ。


 放課後、クラン施設の会議室。

 相良はいつも通り笑顔で、いつも通り整っていた。


「お疲れさまです、結城さん」

 その一言で分かる。

 今日の用件は“穏やかじゃない”。


 相良がタブレットをこちらに向けた。

 英語の文章。ロゴ。署名。

 そして、目立つ件名。


『Request for Apprenticeship — “yuma”』


 俺は眉をひそめた。


「……弟子?」

「はい。海外の有名クランからです」

 相良は笑顔のまま、淡々と説明する。

「英国のクランです」


 英国。

 いきなり跳ねたな。


「理由は単純です」

 相良が続ける。

「英国のダンジョンは“配信殺し”の構造です」


「配信殺し?」

 俺が聞き返すと、相良は少しだけ言葉を選んだ。


「ゲームで言うところの……ソウルシリーズのような方向性の悪質さ、とでも言いましょうか」

 さらっと言う。

 さらっと言うけど、内容が重い。


「初見殺しの罠、理不尽な視界、ギミックの説明不足、そして“学習のための死”を前提とした設計」

 相良は淡々と並べる。

「結果、配信者が死に続ける。視聴者は増える前に配信者がいなくなる。母数が育たない」


 俺は思わずツッコんだ。


「それ、配信以前に探索者が減るだろ」

「減っています」

 相良は笑顔のまま頷いた。

「だから“安全運用”が欲しいのです」


 安全運用。


 その言葉が、俺の胸の奥を冷たく撫でた。

 俺が優奈に教えてきたのは、戦い方というより“死なない型”だ。

 だからこそ、英国側が目を付けるのも分かる。


 相良は画面をスクロールした。

 英文の中に、やたら丁寧な一文がある。


『Japan’s dungeon streaming shows unusually low casualty rates…』


 「日本の配信はなぜ死者が少ないのか」。

 その原因の一つが――俺。


 俺は思わず、心の中で毒づいた。


(イギリス人は俺のことなんだと思ってるんだ)


 PTSD抱えてるだけの一般人男子高校生だぞ。こちとら。

 表に出ないのだって、格好つけじゃない。生存のためだ。


 相良が続ける。


「依頼内容は、“yumaに弟子を取ってほしい”」

「弟子って」

 俺は顔をしかめる。

「俺、先生じゃない」


「先生である必要はありません」

 相良は笑顔で切り捨てた。

「外部顧問としての“安全運用”の型を教える。それだけでいい」


 俺は即座に釘を刺す。


「教える範囲は安全運用のみだ」

 相良が頷く。

「承知しています。危険情報は除外。A以上の話も除外。武器の持ち込み範囲も除外」


「それで弟子が強くなるのか?」

「強く、ではなく“死ににくく”なります」

 相良はさらっと言った。

「英国側が欲しいのは“勝ち方”ではなく“減らし方”です。死者を減らす」


 俺は腕を組んだ。


「で、俺が何をすればいい」

「留学生が来ます」

 相良は微笑む。

「期間限定であなたの高校に留学するダンジョン配信者です。彼(彼女)を“弟子”として扱ってください」


 一瞬、言葉が詰まった。


「……は?」

「あなたの高校です」

 相良は繰り返す。笑顔は崩れない。

「学校という日常の中で、あなたが表に出ずに指導できる環境です」


 俺は机に手をついた。


「イギリスの配信者育てるなら、こっちがイギリス行かなきゃ意味ないだろ⁉」

 声が荒くなる。

 相良は動じない。


「結城さんを英国へ出すのは、現実的ではありません」

 淡々。

「安全上の理由。契約上の理由。クランとしての管理コストの理由。……そして何より、あなたが表舞台に出たくないという条件がある」


 俺は黙った。

 黙るしかない。


 相良は、そこに畳みかけるように言った。


「英国の目的は“英国ダンジョンの攻略”そのものではありません」

「……?」

「まず日本ダンジョンを、単独で問題なく攻略できるようになればいい。そこから“型”を持ち帰らせる」

 相良は穏やかに、でも逃げ道なく言う。

「英国のダンジョンがソウル方向なら、なおさらです。彼らは“死にながら覚える文化”になっている。そこを変えるには、死なずに積み上げる型が必要です」


 確かに。

 確かに理屈は通っている。


 でも――。


 俺はまた思う。


(俺の人生、なんでこういう方向にだけ話が進むんだ)


 優奈の件で胃が痛い。

 yuma再燃で胃が痛い。

 そこに海外案件。弟子。留学生。


 胃がいくつあっても足りない。


 相良がタブレットを指で叩く。


「こちらからの条件も提示します」

「条件?」

「あなたの条件でもあります」

 相良は笑顔で言う。

「あなたは映らない。声も出さない。個人情報は出さない。指導は安全運用のみ。――それは守ります」


 俺は眉を寄せた。


「なら、俺が飲む条件もある」

「どうぞ」


「弟子の配信でも、yumaを匂わせるな」

「承知しました」

「学校と優奈の情報を一切出さない。留学生にも誓約させろ」

「すでにNDAを用意しています」

「……」

「そして、あなたが拒否したいなら拒否できます」

 相良が言った。

「ただし、その場合――英国クランは別ルートで情報を取りに来ます。あなたの管理外で」


 脅しじゃない。

 予告だ。


 俺は息を吐いた。


「……つまり、ここで受けて、制御したほうがマシってことか」

「はい」

 相良は笑顔で即答した。

「これは“火消し”ではありません。“火を枠に入れる”作業です」


 枠。

 台本。

 契約。

 預かり。


 この物語は、いつからこうなった?


 俺はしばらく黙って、最後に言った。


「……優奈は巻き込まない」

「巻き込みません」

 相良は頷く。

「弟子の指導はあなたが担当し、空下さんとは導線を分けます。少なくとも学校では」


 “少なくとも”。

 その言い方が、逆に怖い。


 俺は椅子にもたれずに座ったまま、答えを出す。


「分かった」

 短く。

「安全運用だけだ。危険情報は教えない。俺がやるのは“日本ダンジョンを単独で問題なく攻略できるようにする”まで」


 相良が微笑んだ。


「ありがとうございます。では、明日」

 当たり前みたいに言う。

「留学生が来ます」


 俺の胃が、きゅっと縮んだ。


「……明日?」

「はい。あなたのクラスです」

「は?」

「適切な環境です」

 相良は笑顔のまま繰り返した。

「高校生活の中で“死なない型”を教える。これ以上に自然な舞台はありません」


 自然な舞台。

 ふざけるな。自然な舞台はもう俺にとって地獄だ。


 相良は最後に、追い打ちみたいに言った。


「結城さん。英国側はあなたを“英雄”だと思っています」

「やめろ」

「だからこそ、現実を見せる必要があります」

 相良は穏やかに言う。

「英雄ではなく、運用顧問として。――あなたの枠の中で」


 枠。

 結局、また枠だ。


 会議室を出た帰り道、スマホが震えた。

 優奈からだ。


『結城くん!明日、放課後作戦会議できそうですか!?』


 俺は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。


 明日。

 俺のクラスに、英国の配信者が来る。

 弟子を取れという。

 しかも、俺は表に出ないまま、教えろという。


(イギリス人は俺のことなんだと思ってるんだ)


 PTSD抱えてるだけの一般人男子高校生だぞ。

 それなのに、世界は俺を放っておかない。


 俺はため息をひとつ吐いて、優奈に短く返した。


『できる。あと、明日から面倒が増える』


 送信して、胸の奥で思った。


 ――面倒の規模が、もう国内じゃない。


(つづく)

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