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第17話 第二階層ボス・初見ソロ、そして“適応”

ライブ配信の開始ボタンを押す直前、優奈は一度だけ目を閉じた。


 息を吸う。吐く。もう一度吸う。

 台本にある“落ち着くための手順”を、今日も律儀に守る。


 ――今日は、守らないと死ぬ。


 クランのスタジオではなく、ダンジョン入口の控えスペース。

 ギルドの監視カメラと、クランの配信機材が並ぶ、妙に現実的な場所だ。

 視聴者はこれを“裏方の気配が濃い”と嫌がる人もいる。けど、今の優奈にとっては救いだった。


 画面の右上に注意書きが出る。


『※当配信はクラン監修のもと、安全管理ディレイ・モデレーションを実施しています』

『※危険情報・推測断定・個人特定につながる投稿は禁止です』


 そして、もうひとつ。


『※運用監修:外部顧問 yuma(個人情報非公開)』


 名義だけの公表。

 俺――結城悠真は映らない。声も出さない。

 それでも、ここにいることだけは“公式”になった。


 優奈が笑顔を作って、台本の一行目を読む。


「みなさん!こんにちは!空下優奈です!今日は……第二階層のボスに挑戦します!」

『うおおおお』

『いきなり二層!?』

『一層ボスからどんだけ経ってんだw』

『初心者殺し来た』

『外部顧問yumaw』

『軍師確定で草』


 コメントが荒れそうな単語は、モデレーターが即座に流れを整える。


『※推測の断定はお控えください』

『※危険情報の質問には回答できません』


 優奈は笑顔のまま、続ける。


「安全第一です!無理はしません!撤退も選びます!」

 その瞬間だけ、声が少し震えた。

 でも、震えたまま言い切ったのが優奈の強さだ。


 俺は入口の外、モニターと回線のチェックができる位置にいる。

 配信には映らない。

 けど優奈のインカムにだけ、最短の言葉で入れる。


「行けるか」

『……はい!行けます!』


 返事に「!」がある。よし。


 第二階層へ降りると、空気が変わった。

 乾いた鉄臭さ。濃い影。石壁の冷たさが肌に張り付く。


 優奈は小さく呟く。


「……いつ来ても、慣れないです……!」

 言いながら、足は止まらない。

 怖いまま進む。そこが一番大事だ。


 ボス部屋の前で、優奈は刀の柄に手を置いた。


 キングゴブリン。

 取り巻き十体、倒すとまた十体。合計五十体。

 順番を間違えると、ボスが復活する――“初見殺し”。


 台本の範囲で、優奈は視聴者に言う。


「このボスは……とにかく焦らないことが大事です!まずは安全に周りから!」

『周りから?』

『雑魚処理か』

『いきなり本体行けよw』

『それやると復活するタイプでは?』


 勘のいい視聴者がいる。

 でも確定はしていない。言葉にしなければ“噂”だ。

 噂のままなら、まだ制御できる。


 優奈が扉を押す。

 重い音がして、部屋が開く。


 中は広い。柱が数本。天井は高い。

 そして――いる。


 大きい影が中央に立っている。

 キングゴブリン。


 でかい。速い。硬くはない。

 ただし、近づかれると終わる。


 キングの周囲に、小ゴブリンが十体。

 武器の持ち方が揃っていて、動きの癖も似ている。

 連携の匂いがする。


『うわ出た』

『でっか』

『これがキング?』

『取り巻き10って聞いた』

『ソロ無理だろ』


 優奈は深呼吸して、刀を構える。

 そして最初の一体が動いた瞬間、迷わず動いた。


 斬る。


 刀の軌道に沿って、届かない距離のゴブリンが遅れて倒れる。

 《延長(斬撃)》の最短距離。最小魔力。


 “無意識にできるようにする”練習の成果だ。


 そのまま二体、三体。

 優奈は柱の影を使い、挟まれない位置を作りながら、確実に数を減らす。


 十体目が倒れた瞬間、優奈の息が少しだけ荒くなった。


 俺はインカムで確認する。


「残量」

『……魔力消費、15%!残り85%です!悪くないです!』


 数字を口にするのは危ない。

 だからこれは配信に乗らない小声だ。

 優奈は理解している。言い方も抑えている。


 視聴者には別の言い回し。


「……大丈夫です!まだ余裕あります!」

『余裕あるのか』

『余裕(強がり)』

『この子毎回声震えてるのに行くのすげえ』


 そこで、床が震えた。


 次の十体が“出る”。


 罅割れみたいな薄い膜が床に開き、影が滲むように湧いた。

 十体。揃った動き。揃った武器。


『湧いた!?』

『追加来た』

『無限湧き?』

『え、これ50まであるやつ?』


 優奈が一歩引く。

 引きすぎない。距離を守る。


 そして二十体目まで、同じように削る。

 削りながら、わずかに感じる。


 ――連携が強い。


 囮が前に出る。

 背後から回り込む。

 視線を誘導して、キングが一歩だけ距離を詰める。


 優奈はそれを、ギリギリで避け続ける。


 二十体目が倒れた。


 優奈が小声で言う。


『……魔力残り、60%……!』

 数字が一気に落ちた。

 《延長(斬撃)》の消費を抑えても、積み重ねが効いてくる。


 俺はインカムで言った。


「大丈夫か」

『大丈夫です!行けます!』


 返事が早い。

 でも声の奥に、疲労が見える。


 ここで戦略変更だ。


「発射、使え」

『……はい!』


 《発射(自身)》は怖い。

 でも、ここからは“刀の距離”に敵を入れるための道具になる。


 優奈が足元に魔力を溜め、次の瞬間、身体が前に跳ぶ。

 恐怖を押しつぶすみたいな動き。


 ぶつかる直前に魔力を切り、慣性のまま斬る。


 近接。

 でも“触れ合う近接”じゃない。

 当てて離れる近接。


 ゴブリンの列が崩れ、数体がまとめて倒れる。

 《延長(斬撃)》の無駄撃ちが減る。消費が抑えられる。


 三十体目。


『……魔力、50%!』

 優奈が小声で言う。

『戦略変更、効いてます!』


 配信では、台本の言い方。


「練習の成果です!動き方を変えました!」

『動き方変えたってレベルじゃない』

『速くね?』

『瞬間移動みたい』

『発射ってやつ?(推測)』

『※推測断定禁止って言われそう』


 モデレーターが流す。


『※推測の断定は禁止です』

『※安全のため詳細は伏せます』


 そして四十体目。


 ここで、変化が起きた。


 キングゴブリンの目が、優奈を“見た”。


 さっきまでの目じゃない。

 獲物を見る目じゃない。

 “学習した”目だ。


 優奈が《発射(自身)》で飛び込んだ瞬間、キングが半歩だけ位置をずらした。


 その半歩が、致命的だった。


 優奈の腕に、鋭い痛み。

 皮膚が裂けた感覚。

 かすり傷。

 でも、血は出る。血が出ると、心が揺れる。


『うわっ!』

 優奈の声が漏れた。

 台本にない声。


 画面が一瞬揺れ、コメントが荒れる。


『今当たった?』

『血!?』

『大丈夫!?』

『撤退しろ!』


 俺は言いかけた。


「撤退――」

 優奈が遮った。


『大丈夫です!』

 声が強い。

『かすり傷です!動けます!撤退条件じゃないです!』


 優奈が自分で判断している。

 それが成長で、同時に恐ろしい。


 俺は一拍置いて、短く言った。


「……分かった。呼吸」

『はいっ!』


 四十体を越えた時点で、優奈の魔力は残り35%。

 ここからは、雑魚十体+ボス。


 優奈が小声で言う。


『残りボスと雑魚10匹……魔力は35%』

 そして、言い切った。

『スピードと魔力消費、1.5倍に上げれば、このまま闘えます!』


 無茶だ。

 でも、理屈としては通る。


 ここで中途半端に温存すると、キングに“適応する時間”を与える。

 適応が進めば進むほど、こっちは削られる。

 削られたままボスに触ったら終わる。


 俺は短く言った。


「……やれ。外すな」

『はい!』


 優奈が動く。


 《発射(自身)》の速度が上がる。

 視界が流れる。床が遠ざかる。壁が迫る。

 でも優奈は止まらない。止まれない。


 ゴブリン十体が、ほとんど“処理”されていく。

 斬る。離れる。斬る。離れる。

 怖さが追いつく前に、動作が先に出る。


『速すぎw』

『目で追えない』

『これ初心者?』

『もう初心者じゃないだろ』

『え、今のも刀?』

『※詳細は伏せますって言ってる』


 五十体目が倒れた瞬間、優奈の息が一段深くなった。


『……取り巻き、枯らしました!』

 インカムの声が震える。

『魔力……一割強……!』


 ――ここだ。


 取り巻きが尽きた。

 復活の燃料が消えた。


 残るのは、キングだけ。


 キングゴブリンが吠えた。

 怒りじゃない。焦りだ。

 自分の“手駒”が消えたことを理解している吠え方。


「……次、ボスだけです!」

 優奈は配信向けに言う。

 声を整えるのが、必死に見える。


 俺はインカムで言った。


「遠距離装備」

『はい』


 優奈のリュックが開く。

 中身を説明しない。見せない。

 クランのルールだ。


 視聴者はそれでも察する。


『出したな』

『あれ絶対…』

『銃じゃね?』

『ダンジョン内でなんで…』


 モデレーターが即座に流す。


『※推測の断定は禁止です』

『※危険情報に繋がる質問には回答できません』


 そして、乾いた音がした。

 発砲音、と呼ばれるやつ。

 音だけで視聴者の心拍数が上がる。


 だが――当たらない。


 キングは速い。

 予備動作が小さい。

 距離の詰め方がいやらしい。

 狙いを“外させる”動きが上手い。


 優奈が息を呑む。


「……当たらない……!」

 台本にない言葉が漏れかけて、優奈はすぐ言い直す。

「えっと……!想定より動きが速いです!」


 乾いた音が続く。

 でも、決定打にならない。


 コメントが爆発する。


『当たってない?』

『相手速すぎ』

『初心者殺しってこういう…』

『やばい、詰む?』


 俺はインカムで言った。


「予定通りか」

 優奈が小さく返す。


『……はい』


 ――優奈は、予想していた。


 銃が当たらない可能性を。

 そして、そのために“魔力を少し残していた”ことを。


 優奈が、ほんの少しだけ《発射(自身)》を使う。

 さっきみたいな速度じゃない。

 ほぼ変えない速度。一定の速度。一定の角度。


 キングが、それに合わせて動く。

 合わせてしまう。


 優奈はそれを続ける。

 続けて、続けて、続ける。


 キングの視線が、追うことに慣れていく。

 追う速度が固定されていく。

 判断が、麻痺する。


 視聴者には、意味が分からない。


『なんでまた突っ込むの?』

『逃げてる?攻めてる?』

『銃撃てよ』

『撃ってるけど当たらないんだろ』

『じゃあどうすんの』


 俺はインカムで言った。


「……今」

『はい』


 優奈が息を吸う。

 残っている魔力を、全部、足元に落とす。


 《発射(自身)》――全消費。


 さっきまでの一定速度じゃない。

 世界が一瞬で流れる速度。

 キングの目が追いつかない速度。


 優奈が刀を抜く。

 抜く動作そのものが、攻撃の宣言だ。


 一閃。


 刃が、急所を断つ。


 キングゴブリンの動きが止まった。

 巨体が、前へ倒れる。

 石床が揺れる。


 そして――復活の兆候が走った。


 キングの胸元に、赤い紋が浮かぶ。

 誰かの声みたいなものが、部屋の奥で響く。

 “捧げろ”とでも言うような、不快な響き。


 視聴者がざわつく。


『今の何!?』

『紋!?』

『復活するタイプ!?』

『うわ、やば』


 だが、次の瞬間。


 何も起きなかった。


 取り巻きがいない。

 捧げる命がない。

 紋が、空しく揺れて――消えた。


 キングは、そのまま動かない。


 ボス討伐の通知が、画面の端に小さく出た。

(ギルド表示は配信に映らないよう加工されているが、視聴者には“雰囲気”で分かる)


『討伐!?』

『勝った!?』

『初見ソロ二層ボス!?』

『嘘だろwww』

『衝撃すぎる』


 優奈が膝に手をついて、震える声で言った。


「……倒しました……!」

 声が揺れて、でも笑っている。

「第二階層ボス、突破です!!」


 コメントはもう読めない速さで流れた。

 祝福と悲鳴と疑念と興奮が混ざって、文字が塊になる。


 優奈は台本の最後の行を思い出して、頭を下げた。


「みなさん、ありがとうございました!安全第一で、また次回……!」


 配信終了のテロップが出る。


『本日の配信は終了しました。ご視聴ありがとうございました』


 ダンジョンの外の空気は、冷たかった。


 夜風が汗を冷やして、優奈はその場にしゃがみ込みかけた。

 でも、しゃがみ込む前に立ち直った。

 配信者として、じゃない。探索者として、だ。


「……結城くん」

 優奈が小声で言う。

「終わりました……!」


 俺は、インカム越しに息を吐いた。


「……ああ。よくやった」

『ありがとうございます!』

 優奈の「!」が戻る。

 戻って、そこで初めて気づいたみたいに呟く。

『……痛っ』


 腕のかすり傷が遅れて主張する。

 血は止まっている。

 でも、今日はその“一本の線”が怖い。


「帰ったら処置」

『はい!』


 優奈のスマホが震えた。

 通知が雪崩れる。


 切り抜き。速報。まとめ。考察。

 二階層ボス初見ソロ。

 “衝撃”という文字が踊っている。


 優奈が青ざめて俺を見る。


「……結城くん。これ……またバズりますよね……?」

「バズる」

 俺は即答した。

 そして心の中で、苦く思う。


(ネットで衝撃が走るだろうな)


 予想できる。

 できるからこそ、怖い。


 優奈が震える声で言う。


「……わたし、また教室で囲まれますよね……?」

「囲まれる」

「ひぃ……!」

 それでも優奈は笑おうとする。

「でも……突破できました!やりました!」


 俺は、その強がりと本音が混ざった笑顔を見て、ようやく少しだけ安心した。


 安心してしまった。


 そして、安心したからこそ、遅れて背筋が冷えた。


 今日の勝利は、敵に“見せた”勝利だ。

 視聴者に。クランに。ギルドに。

 そして――敵が“人間の顔をしている可能性”にも。


 優奈が立ち上がる。


「結城くん。次、どうしますか!」

「……帰る」

「はい!」

 優奈は元気に頷いた。


 俺は、心の中で思った。


(たった二階層で、これだ)


 この先、何十階層がある。

 そのたびに、噂は燃える。

 主導権を取り続けなければ、潰される。


 ――それでも。


 俺は、今日の優奈を見て確信した。


 今の俺が戦えなくても、優奈なら前に出られる。

 “逃げない”という契約を、結果で示せる。


 だから俺は、安心したため息をひとつだけ吐いた。


 階層の戦いは、ひとまず幕を下ろした。


(つづく)

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