第20話 極の二枚看板と、非公開ログ
相良が用意したミーティングルームは、いつもより静かだった。
静か――というより、意図的に「静かにしている」空気だ。
壁に吸音材。机の上には端末が二台。カメラは無し。
ここで話すことは、表に出さない。最初からそう決まっている。
相良がいつもの笑顔で言った。
「本日の内容は“非公開検証”扱いです。録画・配信はありません」
そして、笑顔のまま圧を足す。
「A以上に触れる可能性が高いので、ログ提出。結城さん、アメリアさん、すべての指示と反応を残してください」
首輪の音がする。
でも、この首輪は“必要な首輪”でもある。
アメリア・テイラーは椅子に座ったまま、背筋を伸ばして頷いた。
「わかったデス。ログ、残すデス」
英語混じりなのに、語尾がデスで揃っているのが妙に真面目で、逆に可笑しい。
俺は机に手を置いて言った。
「今日は二つやる」
相良が目を細める。
「二つ、ですか」
「一つ目は《魔法威力操作(極)》の実験」
アメリアが小さく息を吸った。
昨日引いた、あの“危ないほど相性がいい”魔法。
「二つ目は保険」
俺は続ける。
「もう一つ狙う魔法がある。《魔法形状変更(極)》」
相良が一拍置く。
言葉の危険度を測る間だ。
「形状変更(極)……」
相良が繰り返す。
「結城さん。それは用途次第で、かなり危険です」
「分かってる」
俺は頷いた。
「だから非公開でやる。ログも出す」
アメリアが身を乗り出した。
「形状、変えるデス? 氷、変えるデス?」
「氷が一番相性がいい」
俺は短く答える。
「氷魔法は“硬さ=強さ”だ。魔力を込めた分だけ硬くなる。そこに形状変更(極)が乗ると……ボス用の兵器が作れる」
アメリアの目が輝く。
「ボス、殺すデス!」
「言い方」
俺が即座に釘を刺すと、アメリアは慌てて言い直した。
「ボス、倒すデス!安全に倒すデス!」
相良が咳払いを一つして、淡々と確認する。
「結城さん。あなたの想定している“兵器”とは?」
「アイアンメイデン」
俺は言い切った。
相良の笑顔が一瞬だけ止まった。
「……その名称、公開禁止」
「当然」
「具体構造の説明も禁止」
「当然」
相良は笑顔に戻る。
でもその笑顔は、柔らかくない。
「“必勝兵器”になり得る発想は、漏れた瞬間に真似したい人間が増えます」
「真似して死ぬ」
「そうです」
相良が頷く。
「よって、非公開検証+ログ提出。表には出しません」
アメリアが小さく「OKデス」と呟いた。
彼女はこういう“線引き”に慣れているのかもしれない。英国のダンジョンは、線引きを間違えたら死ぬ。
俺はここで、先に重要な弱点を言っておいた。
「ただし、アイアンメイデンは“必勝”じゃない」
アメリアが目を丸くする。
「えっ……必勝じゃないデス?」
「準備時間が要る」
俺は淡々と答えた。
「形を作るまで数秒が必要になる。相手がその数秒をくれるとは限らない」
相良が小さく頷いた。
“壊れ防止”として正しい弱点だ。
「だから、保険だ」
俺は続ける。
「通る時にだけ通す。通らない時は別の勝ち筋に戻る」
アメリアが杖を握り直す。
頷き方が、少し強くなった。
「わかったデス。万能、じゃない。使う時、選ぶデス」
「そう」
俺は短く言う。
「だからまずは一つ目。《魔法威力操作(極)》の実験から」
訓練室は、いつもより設備が増えていた。
通気のための簡易換気装置。
熱を測るセンサー。
そして、木の標的じゃなく“耐火の標的”。
火力実験だ。遊びじゃない。
相良が端末を構えて言う。
「ログ開始。時刻、――」
淡々と読み上げる。
「目標:威力操作(極)の倍率推定、魔力量投入量と出力の関係の確認。安全上、最大出力は段階制」
アメリアが頷く。
「はいデス。段階、守るデス」
俺はアメリアの横に立って、短く言う。
「まず基準」
「基準、デス」
「いつもの炎を一発。威力は固定。範囲も固定」
「OKデス」
アメリアは杖を構え、炎を放った。
赤い舌が標的を舐め、熱が室内を少しだけ歪ませる。
相良が数字を読み上げる。
「基準出力、記録」
そして視線を上げる。
「次、倍率を」
俺は短く言う。
「魔力を二倍」
アメリアが一瞬だけ表情を硬くした。
怖いのだろう。
火力を上げるほど、自分も危険になることを分かっている。
でも、アメリアは頷いた。
「二倍、込めるデス」
炎が、違う。
色が濃くなり、熱が鋭くなる。
標的の表面が一気に白く焼け、空気が“痛い”感じになる。
相良が即座に言う。
「換気、強」
スタッフが換気を回す。
相良は数字を見て、淡々と告げた。
「出力……二・二倍」
「二倍込めて、二・二倍?」
俺が確認すると、相良が頷く。
「“極”のおまけ効果と思われます。投入量が多いほど、倍率に上乗せが発生」
相良は端末を見ながら言う。
「仮説:投入一倍あたり〇・一ずつ追加――ただし線形かは不明」
アメリアが目を丸くする。
「えっ、ボーナスあるデス!?」
「ある」
俺は短く言った。
「だから危ない」
相良が笑顔のまま釘を刺す。
「ここから先はA以上に触れ得ます。段階制を崩さないでください」
アメリアは真面目に頷く。
「わかったデス。調子に乗らないデス」
俺はここで、火力主義の方針を明確にした。
中途半端に“安全に”寄せると、英国のダンジョンには殺される。
「アメリア。英国のダンジョンは、どんなボスが出るか分からない」
アメリアが頷く。
「はいデス。突然死ぬデス」
「だから可能な限り火力特化で行く」
俺は言い切った。
「ギミックを見てから対応じゃ遅い。火力で“ギミックが動く前に終わらせる”のが基本」
相良が一瞬だけ眉を上げる。
企業の安全管理としては怖い方針だ。
でも、現実としては正しい。
「ただし」
俺は続けた。
「火力は視界を奪う。酸欠も起こす。床も見えなくなる。だから“運用”で支える」
アメリアが真剣な顔になる。
「運用、デス」
「撃つ前に退路。撃った後に足場確認。煙が濃いなら即移動」
「デス」
相良がログを打ちながら言う。
「……“完全な火力主義”ではなく、“火力優先の運用主義”ですね」
「言い方はどうでもいい」
俺は即答した。
「死ななければ勝ちだ」
アメリアが小さく「Yesデス」と呟いた。
そのあと、もう一段階だけ試す。
魔力二・五倍。
結果、出力は二・七倍。
“おまけ”が確かに乗っている。
相良が淡々と告げる。
「上乗せが大きくなる。だが同時に危険も跳ねる」
「分かった」
俺は頷いた。
「この魔法は“雑魚殲滅”側に寄せる。炎を維持したまま広範囲殲滅の感覚を掴ませる」
アメリアが息を吸って吐く。
「炎、雑魚、デス」
言葉にすることで、頭に入れている。
「氷はボス」
俺が言うと、アメリアが頷く。
「氷、ボス、デス」
「そのための形状変更(極)」
「形状、ほしいデス」
相良が割って入る。
「結城さん。形状変更(極)狙いの飴周回も、非公開ログ対象にしてください」
「分かった」
「“狙い”は記録。結果も記録。公開は不可」
「当然」
首輪の音。
でも、守るべき線だ。
ダンジョンの第二階層、浅いエリア。
アメリアの運用は、明らかに“英国仕様”だった。
まず床を見る。次に天井を見る。次に壁を見る。
敵を見るのは最後。
普通は逆だ。だから死ぬ。
アメリアは杖を床に向け、薄い氷の板を作って敷いた。
板が“面”を作り、足場を均す。踏圧を分散する。
その上を一歩踏む。
氷が微かに鳴った。
「音、デス」
「音を見る」
俺が言うと、アメリアは頷く。
「割れ方、見るデス」
氷がすぐ割れる場所は危ない。
床が弱いか、機構がある。
氷が変に沈む場所も危ない。落とし穴の可能性が高い。
アメリアは、氷板を“敷き直しながら”進む。
遅いように見える。
でも英国で死なないためには、これが最速だ。
ゴブリンが出た。
アメリアは迷わず炎を放つ。
火力は高い。雑魚は一瞬で消える。
ただし、煙が出る。
視界が曇る。
床の罠が見えなくなる。
「煙、きたデス」
アメリアが言う。
俺は短く指示する。
「移動。氷板、敷け」
「デス!」
アメリアはすぐ氷板を敷き、煙の外へ滑るように移動する。
面で踏むから、床を“点”で疑わなくていい。
速度を出しても、死ににくい。
火力主義。
でも火力だけじゃない。
火力を成立させる“床の支配”がある。
英国のダンジョンが床で殺しに来るなら、床を殺し返す。
……いや、殺し返すじゃない。
床を“黙らせる”。
アメリアの額に汗が浮く。
でも表情は崩れない。
「イギリス、こういうの……必要デス」
アメリアがぼそっと言う。
「死ぬ前に、考えるデス」
俺は短く言った。
「死ぬ前に型を作る」
「カタ、デス」
この国で学ぶべきは、そこだ。
飴周回は地味だった。
敵を燃やす。床を凍らせて敷く。飴を拾う。
それを繰り返す。
優奈の時と違うのは、アメリアが文句を言わないことだ。
地味な作業を、淡々とこなす。
たぶん、英国では“地味な作業をする前に死ぬ”のだろう。
ログ用のメモが増えていく。
氷板:敷設時間〇秒、持続〇秒
炎:雑魚殲滅の最短出力、煙の量、視界の悪化
威力操作(極):投入倍率と出力、疲労感
形状変更(極):未取得、引き続き狙い
アメリアが小声で言った。
「二週間……足りるデス?」
相良が言っていた“期間限定”。
アメリア本人も、時間が限られているのを知っている。
「最低限なら足りる」
俺は短く答えた。
「日本ダンジョンを単独で問題なく攻略できる“最低限”だ」
アメリアが頷く。
「最低限、取るデス。死なないデス」
その返事が、強い。
俺は、少しだけ先のことを考える。
二週間。
アメリアに“型”を入れる。
そして形状変更(極)を引ければ、氷のボス殺しが完成する。
完成したら――次だ。
優奈の三層。
俺がここで足を取られている間に、優奈の時間も進む。
主導権を取らなければ、また燃える。
だから俺は、頭の中で二つの盤面を並べ始めていた。
英国弟子の育成。
日本側の進行。
(……二週間で最低限は達成できる)
そう思いながら、俺は次の飴を拾い上げた。
形状変更(極)。
それが出れば、ボス戦の保険になる。
ただし――準備時間が要る。万能ではない。
だからこそ、引く価値がある。
アメリアが杖を握り直し、小さく言った。
「次、出るといいデス」
祈りじゃない。
覚悟の声だ。
俺は頷いた。
「出させる」
――ここから先も、火力で押す。
ただし、火力で押すために、運用で守る。
英国の“ソウルみたいな悪質さ”に勝つには、それしかない。
(つづく)




