↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
149/194

第147話 暗月の闇烏

 十一階層のボス部屋へ入る前、主人公は優奈を足止めして、いつもより少し長めのミーティングをした。


 相手が相手だったからだ。


「ボスの名前は《暗月の闇烏》」


 主人公がそう言うと、優奈は思わず眉を寄せた。


「名前からして嫌な予感しかしないんですけど」


「嫌な予感は正しい」

 主人公は即答した。

「巨大な黒い烏だ。飛ぶ。速い。しかも羽からビームを撃つ」


「……はい?」


「羽そのものを砲門みたいに使う」

 主人公は壁にもたれたまま説明を続けた。

「厄介なのは、どの羽から撃つかが読みづらいことだ。真っ直ぐ狙ってるように見えて、微妙に射線がずれる。羽の角度と実際のビームの軌道が完全には一致しない」


「それ、見て避けるの無理じゃないですか?」


「だから戦いづらい」

 主人公は頷く。

「しかもあいつ、飛びながら機動力を見せつけるみたいに動く。軌道が細かい。気づいた時には、もうビームが飛んでると思った方がいい」


 優奈は小さく息を呑んだ。


 十一階層の雑魚でも十分死ねる。

 そのうえでボスともなれば、さらに一段階話が変わる。


「ユウマくんでもきついですか?」


「ソロなら苦戦する」

 主人公は隠さなかった。

「十一階層からは、上位クランでも“中層の門番”って言われてる。低層の延長で勝てる相手じゃない」


 その言葉の重さに、優奈の表情が自然と引き締まる。


「じゃあ、やっぱり探知ですか」


「探知だ」

 主人公は言う。

「でも、広く全部追おうとするな。お前の今の探知練度だと、飛び回る相手とビームの両方を同時に追い続けるのはきつい。多分、情報量で潰れる」


「……ですよね」


「だから、“何を拾うか”を絞れ」

 主人公は優奈の目をまっすぐ見た。

「前にも言ったろ。探知は全部を見る魔法じゃない。必要な情報だけ選んで拾う技術だ」


 優奈はそこで、ほんの少しだけ息を整えた。


「わかりました」


「あと、保険として《魔力盾》は準備しておけ」


「一発で壊れるやつですよね」


「一発で壊れる」

 主人公は頷く。

「逆に言えば、一発くらいなら耐えられる。見えた攻撃を避けるためじゃない。見えなかった時に死なないための一枚だ」


「はい」


「お前は盾を持つと機動力が落ちる。だから普通の盾はやめとけ。でも魔力盾なら話は別だ。使うなら本当に保険としてだけ使え」


 優奈は刀の柄を軽く握り直した。


「機動力は捨てません」


「そう言うと思った」


 主人公は小さく笑った。

 そして最後に一言だけ付け足す。


「最初の数分で全部捉えようとするな。生き残りながら、相手の癖を掴め」


「……はい!」


 その返事が思ったより強かったので、主人公は少しだけ安心した。


 怖がっている。

 でも、逃げてはいない。


 なら大丈夫だ、とまでは言わない。

 でも、勝負にはなる。


 配信が始まる。


 十一階層ボス部屋は、これまでよりさらに天井が高かった。

 夜を閉じ込めたみたいな暗さの中、上の方だけがぼんやり揺れて見える。


 そして、その暗さの中心で、ふわり、と巨大な影が羽ばたいた。


 《暗月の闇烏》。


 巨大な黒い烏だった。

 ただ大きいだけじゃない。羽一枚一枚が異様に鋭く、薄く、刃にも見える。

 月明かりみたいな青白い光が羽の継ぎ目を流れ、目だけが底冷えするほど暗い。


「でか……」


 優奈の口から思わず漏れる。


 その瞬間、闇烏が動いた。


 速い。


 ただ飛ぶのではなく、空間を滑る。

 急上昇したかと思えば、横へ流れ、次の瞬間には真上から影を落とす。

 どこに本体がいるのか、視線で追うだけでも気が散る。


 そのうえ、羽がわずかに開いた。


「来る!」


 主人公の声とほぼ同時に、青白い閃光が走った。


 優奈は反射的に《発射(自身)》で横へ飛ぶ。

 地面を抉るようにビームが通り抜け、岩床へ焦げた溝が残る。


「っ……!」


 避けた。

 だが、今のは見て避けたというより、主人公の声に反応しただけだ。


 闇烏が再び旋回する。

 今度は左右へ大きく弧を描きながら、羽を二度、三度と震わせる。


「どこから撃つの……⁉」


 優奈は刀を構えたまま、探知と視線の両方で追おうとした。


 だが追いつかない。


 飛び回る本体を見ながら、羽の細かい動きを見て、さらに探知も維持して、そこへ自分の立ち位置と回避まで重ねる。

 いくら何でも、一度に処理する情報が多すぎた。


 ビームが三本走る。


 一本は正面。

 二本目は斜め上。

 三本目は予想より内側へずれた。


「えっ――」


 予測が外れた。


 優奈は二本目までは躱した。

 だが三本目の角度が読めない。

 咄嗟に《魔力盾》を前へ出す。


 青白い光が盾へぶつかる。

 甲高い破砕音。

 魔力盾は一撃で砕けた。


 その隙に優奈は《発射》で後ろへ抜ける。


 呼吸が乱れる。


「今の、射線おかしくないですか⁉」


「おかしいんじゃない」

 主人公は壁際から目を離さず言う。

「そういう仕様だ」


 闇烏は上空を回り続ける。

 優奈は一度距離を取り、探知を立て直そうとした。


 でも無理だ、とすぐ分かった。


 広く探ろうとすれば、本体の動きだけで頭が埋まる。

 そこへビームの予兆まで拾おうとすると、今度は情報が散る。


 ――全部を見るな。


 その時、さっきの主人公の言葉が頭の中で鳴った。


 探知は全部を見る魔法じゃない。必要な情報だけ選んで拾う技術だ。


「必要な情報……」


 優奈は小さく呟いた。


 闇烏の全体を追う必要はあるのか。

 飛んでいる位置。

 羽の揺れ。

 射線。

 機動。

 全部を同時に把握しようとして、結局どれも中途半端になっている。


 だったら。


「……広く見る必要、ない」


 優奈は一気に探知の範囲を絞った。


 半径二メートル。


 自分の周囲だけ。

 刀が届くより少し外。

 回避へ移れる最低限の距離だけ。


 広く探知するのをやめる。

 “自分に触れるものだけ”を拾う。


 世界が一気に静かになった。


 もちろん、ボスの全体像は分からない。

 どこにいるのか、何をしているのか、ほとんど捨てたも同然だ。

 でもその代わり、自分の周囲二メートルに入ってくる“死”だけは、さっきよりずっと濃く見える。


 主人公がその変化にすぐ気づいた。


「……そこに絞るか」


 その声には、少しだけ感心が混じっていた。


 闇烏が急旋回した。

 羽が一枚、びくりと硬直する。


 その瞬間、優奈はもう見上げていなかった。


 自分の周囲二メートル。

 そこへ触れる気配だけを待つ。


 来た。


 右上。


 触れた瞬間だけ、反射神経と思考強化で身体をずらす。

 青白いビームが頬のすぐ横を通過する。


 その一瞬で、優奈は“どこから飛んできたか”を逆算した。


「そこっ!」


 《延長(斬撃)》。


 長くはしない。

 長くすると遅れる。

 必要最小限だけ伸ばし、射線の起点へ向かって斬撃を返す。


 黒い羽が数枚散った。


「当たった!」


 だが浅い。

 闇烏はすぐに高度を変え、また上空へ逃げる。


 優奈は追わなかった。


 追えない。

 今の探知範囲では、追いかけた瞬間にまた情報が足りなくなる。

 だから待つ。


 もう一度。


 闇烏は明らかに苛立ったように、今度は高速で周回を始めた。

 右。

 左。

 上。

 視線で追えば酔うような動き。


 でも優奈は見ない。

 足元を崩さず、自分の周囲二メートルだけに意識を沈める。


 来る。


 左。


 また躱す。

 また射線を読む。

 《延長(斬撃)》を返す。


 今度は羽の根元をかすめた。

 闇烏の身体が一瞬だけ傾ぐ。


「いいぞ」


 主人公が短く言った。


「今のやり方で合ってる。全部追うな。自分の圏内に入った瞬間だけ殺せ」


 その言葉で、優奈の中に確信が生まれる。


 そうだ。

 この相手は、追って当てる相手じゃない。

 自分から射線を晒した瞬間だけ切り返す相手だ。


 闇烏が今度は露骨に距離を詰めてきた。

 ビームだけではなく、自分の速度も武器にするつもりらしい。


 空気が鳴る。

 黒い巨体が旋回しながら迫る。


 優奈の探知領域へ、まずビームの気配が触れる。

 その直後、さらに大きな本体の圧が触れた。


「二段……!」


 一発目を《発射》で避ける。

 二発目はビームを撃った射線より少し下を通る本体突進。


 読めなかったら死んでいた。


 優奈は咄嗟に刀を逆手気味に引き、身体を沈める。

 黒い羽が頭上を掠めた。


 その瞬間だった。


 今までで一番近い。

 今までで一番、起点が明確に見えた。


 優奈の中で、探知と反射と思考が一気に噛み合う。


「――そこぉっ!!」


 《延長(斬撃)》が、今度は深く入った。


 闇烏の片翼が大きく裂ける。

 バランスが崩れる。

 飛翔高度が下がった。


「落ちた!」


 配信の向こうで誰かが叫んだ気がした。


 だがまだ終わらない。

 ボスは翼をばたつかせ、無理やり体勢を立て直そうとする。

 優奈はそこへ追撃しようとして、ほんの一瞬だけ遅れた。


 探知を絞りすぎた代償だ。

 今の優奈は、自分の近くしか分からない。

 距離を取られた瞬間、また“見えない相手”へ戻る。


 その一瞬を見て、主人公が声を飛ばす。


「焦るな! また撃たせろ!」


 優奈は歯を食いしばり、踏み込みを止めた。


 追いたい。

 今なら行けそうにも見える。

 でも、それは相手の土俵だ。


 深追いした瞬間、広い空間のどこから撃たれるか分からなくなる。


 だから待つ。


 闇烏は高度を維持しきれず、それでも怒ったように羽を広げた。

 今度は左右から同時。

 二本のビームが優奈の圏内へ触れる。


 優奈は一発目を躱し、二発目には《魔力盾》を重ねた。

 砕ける。

 でもその破砕の光で、逆に闇烏の輪郭が一瞬だけ浮く。


 優奈はその瞬間を逃さなかった。


 今までで最短。

 今までで最も鋭い《延長(斬撃)》。


 斜め上へ走った斬撃が、闇烏の胸元を深く断ち切る。


 巨体が揺れる。

 翼が止まる。

 そして、重い音を立てて地面へ落ちた。


 優奈はその場から動かなかった。


 まだ終わりか分からない。

 だから探知は切らない。

 半径二メートルの圏内へ、何が入るかだけを待つ。


 だが、数秒待っても何も来なかった。


 やがて主人公が言う。


「終わりだ」


 その声で、ようやく優奈は刀を下ろした。


「……勝った」


 息が荒い。

 汗がひどい。

 でも、立っている。


 主人公がボスの残骸へ目をやってから、優奈を見る。


「よくやった」


 短い言葉だった。

 でも、優奈にはそれで十分だった。


「最初は無理かと思いました……」


「最初は無理だっただろ」


「否定してくれないんですか⁉」


「でも途中で答えを変えた」

 主人公は言う。

「全部を見るのをやめて、自分に必要な情報だけ残した。それが勝因だ」


 優奈はそこで、やっと少し笑った。


「ユウマくんの言ってた意味、ようやく分かりました」


「何が」


「探知って、“見る”んじゃなくて“選ぶ”んですね」


 主人公は少しだけ黙ってから、珍しく素直に頷いた。


「そうだ」


 十一階層のボス。

 暗月の闇烏。

 それを超えたことで、優奈はただ強くなっただけじゃない。

 中層で生きるための感覚を、一つちゃんと手に入れたのだ。


 それが何より大きかった。


 優奈は落ちた黒い羽を見下ろしながら、小さく息を吐く。


「次からも、こんなのばっかりですか?」


 主人公は少しだけ空を見上げた。


「もっと嫌なのもいる」


「聞かなきゃよかったです……」


 その返しに、主人公は小さく笑った。


 でも、少しだけだ。


 中層の門番を越えた。

 それは事実だ。

 ただ、その先が楽になるわけじゃない。


 それでも、今日ここで優奈が掴んだ答えは、本物だった。


 全部を追わない。

 必要なものだけを見る。

 自分の圏内だけを完全に支配する。


 それは、十一階層だけじゃなく、その先でもきっと役に立つ。


「戻るぞ」


 主人公が言うと、優奈は頷いた。


 闇烏の黒い羽が、足元で静かに消えていく。

 十一階層のボス部屋には、もう羽音はなかった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。