第144話 使い古された騎士
クラン本部に呼ばれた時点で、主人公は嫌な予感しかしなかった。
最近の呼び出しは、大体ろくでもない話とセットだ。
オーストラリア、吸血鬼、リスポーンの可能性、海外政府からの妙な依頼。
落ち着く暇もなく次の面倒が飛んでくる。
だから会議室の扉を開けた瞬間、相良の前に並んでいた資料の束と、壁のモニターに映っている海外ニュースの画面を見て、主人公はわりと本気で顔をしかめた。
「また海外か……」
「察しがよくて助かる」
相良がそう言った。
部屋の中には、相良のほかに空下優奈もいた。
どうやら今回は優奈も同席らしい。
「ユウマくん」
優奈が少しだけ緊張した声で言う。
「今度はドイツです」
「ドイツ?」
主人公はそこで、ほんの少しだけ眉を上げた。
イギリスでもない。
アメリカでもない。
オーストラリアでもない。
今度はドイツ。
モニターには、ドイツ語の見出しと、その横に公式の英語字幕が出ていた。
画面の中心に映っているのは、まだ若い、制服姿の生徒。
その周囲には、古めかしい意匠の鎧と剣。
そして、その下に表示されている魔法名。
《使い古された騎士》
「……なんだこれ」
主人公が低く言うと、相良は机の上の資料を一枚滑らせてきた。
「ドイツで確認された特級魔法だ」
「特級」
その単語だけで、部屋の空気が一段引き締まる。
主人公は資料を手に取った。
読みながら、途中で本気で顔をしかめた。
「いや、待て」
「何だ」
「普通こういうのって隠すもんじゃないのか⁉」
思わず出た言葉に、優奈が小さく頷く。
「私も最初に思いました」
それもそのはずだった。
《使い古された騎士》。
その内容は、どう聞いても公開向きじゃない。
鎧と武器を装備している時のみ発動できる魔法。
発動中、歴史上存在した“最強の騎士”が一生かけて培ったとされる、完璧な戦闘技術と反射神経を、脳と肉体へ強制的にインストールする。
さらに、鎧と武器を装着している間に限り、未装備時の十倍の速度と筋力を発揮できる。
資料の文面はだいぶ婉曲だったが、要するにそういうことだ。
「強引すぎるだろ……」
主人公は思わず呟いた。
十倍。
それだけでも十分頭がおかしい。
しかも単純な身体強化だけじゃない。
戦闘技術と反射神経のインストールまである。
つまり、理論上は――。
「素人でも、武装した瞬間に“戦える”状態になる」
主人公がそう言うと、相良が頷いた。
「そこが一番の問題だ」
「問題?」
「問題でもあり、ドイツ側の売りでもある」
相良は続ける。
「この特級魔法を持っているのは、ドイツで設立されたばかりのダンジョン学園の一年だ」
「つまり、ダンジョン攻略経験がほぼない高校一年生が持っている」
そこで主人公は、ようやくドイツ側が一般公開した理由の輪郭を少し掴んだ。
強い。
だが、強いことと、使いこなせることは別だ。
「しかも」
相良が資料の別の行を指で叩く。
「その特級が、具体的にどの程度の強さなのか、上限も下限も分からない」
「まあ、そうなるか」
主人公は資料を置きながら言った。
たしかに、《使い古された騎士》の説明だけ聞けば無法に見える。
でも、だからこそ現実には測れない。
装備していない時はただの高校生に近いのか。
装備した瞬間に本当に別人のように変わるのか。
戦闘技術のインストールが、身体能力の限界とどう噛み合うのか。
そして何より、ダンジョン攻略へどこまで通用するのか。
そこが全部、まだ不明だった。
「それでドイツは公開したのか」
「そうだろうな」
相良は答える。
「内々に抱え込んでも、自国だけでは評価しきれないと判断したんだろう」
主人公はそこで、資料の後半へ目を落とした。
そこに、ドイツ側の要望が二つ、はっきり書いてあった。
一つ。
その特級魔法持ちに、素人でも攻略できそうなダンジョンをクリアさせたい。
二つ。
できればダンジョンへの知識があって、なおかつ強い探索者と一対一で戦わせ、その強さに評価を下してほしい。
「なるほど」
主人公は低く言った。
「実戦経験がないから、“技術だけ強い”のか、“本当に実戦で強い”のか分からないわけか」
「それもある」
相良は言う。
「それに、ドイツのダンジョン自体が少し特殊らしい」
主人公はそこで顔を上げる。
「特殊?」
「自動で動くゴーレムみたいな存在が主で出るそうだ」
「ふむ」
「ただし、それをただ倒すだけでは進めない」
「条件を満たさないと倒せないギミックがあったり、そもそもそのゴーレムを操っている“黒幕”を見つけ出さないと先へ進めない構造だったりするらしい」
「……ああ」
主人公はそこで、一気に話が繋がった。
「だから評価が歪むのか」
「そういうことだ」
相良は頷く。
ドイツのダンジョンが、もしそういう“謎解き寄り”の構造をしているなら、《使い古された騎士》はかなり相性が悪い。
戦闘技術は強い。
武装前提の白兵戦では圧倒的かもしれない。
でも、ギミック解除や黒幕発見が必要なら、ただ殴って勝てるだけでは攻略適性が測れない。
しかも相手が自動ゴーレムなら、技術の差でどうにかできる範囲にも限界がある。
「つまり、ドイツ国内だと“戦闘力そのもの”の評価がしづらいんだな」
「そうだ」
相良は答える。
「ダンジョン攻略に必要な適性と、その特級魔法の性質がうまく噛み合っていない」
「なのに公開した、と」
「だからこそ公開したとも言える」
相良は少しだけ肩をすくめた。
「自国だけで抱えるより、外へ評価を求めた方が早いと判断したんだろう」
合理的ではある。
だが大胆すぎる。
主人公は資料を見ながら、頭の中でその特級魔法の弱点も並べ始めていた。
武装している時しか発動できない。
つまり、逆に言えば武装がなければ意味がない。
装備の質や相性にも左右される可能性がある。
現代の軽装備でどこまで引き出せるのか。
中世風の鎧でなければ駄目なのか。
そもそも、インストールされた技術に身体がどこまで耐えられるのか。
十倍の速度と筋力が出るとして、その出力を高校一年の骨格と筋肉が受け止められるのか。
そこすら怪しい。
「で」
主人公は資料から目を上げる。
「なんでそれが俺のところに来るんですか」
相良はその問いを待っていたらしい。
即答した。
「候補に挙がっている」
「やっぱりか」
予感はしていた。
特級。
海外。
学園生。
強さの評価。
最近の流れだと、自分が巻き込まれない方がおかしい。
「理由は?」
「若いこと。学園生であること。海外ダンジョン事情にある程度触れていること。特級と実戦で交戦した経験があること」
相良は一本ずつ指を折るみたいに言う。
「あと、ドイツ側の要望が“一対一で戦って評価を下してほしい”だからな」
「大人の探索者より、同年代で比較対象になるお前の方が出しやすい」
主人公はそこで、わずかに顔をしかめた。
「いや」
「何だ」
「別に俺、特級評価できるほど強いかと言われても、言うほど強くはないけどな」
その言葉に、優奈が先に反応した。
「それ、ユウマくんが言うと全然信用できないんですけど」
「なんでだよ」
「オーストラリアの吸血鬼とやり合って生きてる人が、それ言うからです」
「生きてるだけで勝ってない」
「でも生きてます」
そこを強調されると返しづらい。
相良は少しだけ呆れたような顔をしたが、否定はしなかった。
「評価者として完璧かどうかはともかく」
「少なくとも、“何を見るべきか”は分かるだろう」
「まあ、それはそうですけど」
主人公は認めるしかなかった。
戦うなら、見るところはある。
武装前提の特級という時点で、単純な強弱の話じゃない。
発動条件。
装備依存。
技術のインストール精度。
本人の身体との噛み合い。
ダンジョン攻略での使い勝手。
そういう“戦う前から見える違和感”を拾える人間は、たしかに限られるかもしれない。
「ちなみに」
主人公は資料をめくりながら聞いた。
「素人でも攻略できそうなダンジョンって、どこの話です?」
「まだ未定だ」
相良は答える。
「ドイツ側は、できれば安全性がある程度担保されていて、なおかつ“ギミックだけでなく戦闘も見る”ことができる場所を探しているらしい」
「面倒な条件だな」
「だから日本にも打診が来た」
そこで主人公は、なんとなく嫌な予感がさらに濃くなるのを感じた。
「まさか」
「その“まさか”だ」
相良は言う。
「場合によっては、日本の比較的浅いダンジョンへ案内する話になるかもしれない」
「やめてくれ……」
思わず本音が出た。
ドイツの一年生。
特級魔法持ち。
しかも《使い古された騎士》。
それが日本のダンジョンへ来たら、どうなる。
日本は速い。
小回りが効く。
ギミックより、実際の瞬間的な戦闘処理を要求される。
確かに評価にはなるだろう。
でも、無茶ぶりにもほどがある。
「普通こういうのって、ドイツの国内だけでこっそり試すもんじゃないのか」
「さっきお前もそう言っていただろう」
「まだ言いますよ、それは」
主人公はため息を吐く。
だが、そう愚痴りながらも、頭のどこかではもう少しだけ興味が動いていた。
完璧な戦闘技術と反射神経を、脳と肉体へ強制インストール。
それが本当なら、かなり危険だ。
危険だが、同時に面白い。
武器を持った瞬間に強い人間と、最初から強さを積み上げてきた人間は、何が違うのか。
その差は、実際に見ないと分からない。
「ユウマくん」
優奈が少しだけ気遣うような声を出す。
「……行くんですか?」
主人公はすぐには答えなかった。
行きたくないと言えば嘘になる。
面倒だ。
かなり面倒だ。
でも、気になる。
かなり気になる。
そのせいで、自分の返事が余計に腹立たしく感じた。
「まだ決まってないだろ」
「決まってないですけど」
「でも多分、断りきれない流れだろうな」
主人公がそう言うと、相良は否定しなかった。
それが答えだった。
会議室の中に、わずかな沈黙が落ちる。
ドイツ。
特級魔法。
騎士。
武装限定。
謎解き系ゴーレムダンジョン。
そして、一対一の評価戦。
要素だけ並べても、かなり癖が強い。
主人公はそこで、もう一度だけモニターへ映っていたニュース映像を見た。
制服姿の一年生。
まだ顔立ちは幼い。
でも、その隣に並ぶ鎧と武器だけは異様な圧を持っていた。
「……まあ」
主人公は小さく言う。
「もし本当にやるなら、見るべきポイントは多いですね」
相良が、ほんの少しだけ笑う。
「その言い方をする時点で、もう半分乗り気だろ」
「うるさい」
それは否定しづらかった。
面倒ごとは減らない。
でも、その面倒の中には、どうしても見たい“未知”が混ざっている。
だから結局、完全には逃げきれない。
それが最近の自分の悪い癖だと分かっていながら、主人公は資料をもう一度手に取った。
ドイツの新しい特級。
《使い古された騎士》。
多分、次に厄介なのはこれだ。
(つづく)




