第143話 まだ名前のないカテゴリ
斧使いの女子高生に対するコメントを終えたあとも、主人公の頭の中には《震倒滅撃》の残響がしばらく残っていた。
ああいう発見は、面白い。
今まで日本のダンジョン戦略の主流からこぼれ落ちていた武器が、実は環境と魔法次第でちゃんと成立する。
そういう事実は、単に新しい戦法が増えるというだけじゃない。
今までの常識が、常識ではなくなる可能性がある、ということだ。
つまり、魔法の分類も、武器の相性も、まだ確定していない。
その感覚を引きずったまま会議室を出たせいで、主人公はいつもなら流しそうな違和感にも引っかかった。
廊下の先。
資料の束を抱えて歩いている小柄な背中が見えた。
唯だ。
クランの正式メンバーではない。
少なくとも、名簿の上ではそういう扱いのはずだ。
だというのに、最近やたらとクラン本部の中で見かける。
最初の頃は、兄である自分についてきているだけかと思った。
でも違う。
今の唯は、明らかに“仕事をしている”動きだった。
資料の運び方。
話しかけられた時の反応。
誰に何を渡すかを分かっている足取り。
あれは見学の動きじゃない。
主人公は廊下の途中で立ち止まると、その場でくるりと踵を返した。
向かった先は、まだ相良が残っているはずの会議室だ。
扉を開けると、案の定、相良はまだ中にいた。
机の上に新しい資料を広げ、さっきの配信企画のメモに何か追記している。
「どうした」
相良は顔を上げる前に言った。
主人公が戻ってきた音だけで分かったらしい。
主人公はそのまま、前置きなしに言った。
「っていうか」
「うん?」
「唯って確かクランメンバーじゃないのに、なんでクランの仕事一部手伝わせてるんですか?」
相良がようやく顔を上げる。
その目に、一瞬だけ「そこか」という色が出た。
「それが気になったのか」
「気になりますよ」
主人公は椅子を引きながら言う。
「いや、手伝うのは別にいいんですけど。ちゃんと給料払ってるんですよね?」
その問いには、兄としての色が少しだけ出ていた。
唯は強い。
かなり強い。
正直、年齢や立場を考えなければ、そこらのクランメンバーよりよほど役に立つだろう。
だからこそ逆に、便利に使われていたら嫌だった。
相良はそこで少しだけ呆れたように息を吐いた。
「当たり前だろ」
「ならいいですけど」
「働いた分は払ってる」
相良はきっぱり言った。
「しかも相場よりかなり多めにな」
主人公はそこで少しだけ眉を上げた。
「多め?」
「お前の妹は、とにかくどんな環境でも通用する」
相良は資料を机へ置きながら続ける。
「派手さだけを見れば空下優奈の方が目立つ。だが、唯は違う意味で外れ値だ」
その言い方に、主人公は少しだけ黙った。
相良はさらに言う。
「初見の環境でも崩れない。相手の性質に合わせてすぐ運用を変えられる。魔力糸っていう魔法そのものの応用幅もあるが、それ以上に本人の頭が柔らかい」
「ある意味で、お前に似た強さがある」
「さすが兄弟だな」
その言葉に、主人公は反射的に否定しかけて、途中でやめた。
「まあ……流石兄弟というか……」
そこで少しだけ視線を逸らす。
「まあ、そうですね」
完全に否定できないところが、少しだけ困る。
唯は、たしかに自分と似ている部分がある。
前へ出て全部を叩き潰すタイプじゃない。
でも、環境への対応力と、戦場の組み換え方が妙にうまい。
相手の土俵へ付き合わない。
自分に有利な形へ戦場を寄せる。
あれは、強い。
「で、それだけじゃ終わらない顔してるな」
相良がそう言った。
主人公は椅子の背にもたれながら、小さく息を吐く。
「終わらないですね」
「何だ」
「唯の魔力糸って、理論上は魔力武器に分類されるはずなんですよ」
相良の目が少しだけ細くなった。
主人公は続ける。
「魔力を糸状に変化させてる。形としては《魔力矢》とか《魔力剣》とか《魔力槍》と同じ、“魔力を武器に変える”系統に見える」
「だから、魔法ガチャ飴の分類研究の仮説に沿うなら、本来そこまで出にくくないはずなんです」
「だが」
「唯以外で持ってる人、見たことないんですよ」
会議室が静かになる。
その静けさは、“思ってもみなかった”ではなく、“それは前から引っかかっていた”側の沈黙だった。
相良はゆっくり頷く。
「それは俺も思っていた」
主人公は少しだけ身を乗り出した。
「やっぱりですか」
「当然だ」
相良は答える。
「なぜあんなに応用が利く、しかも強い魔法が、“魔力武器”という枠の中で一つだけ妙に出にくいのか」
「もっと早く誰かが真似していてもおかしくない。少なくとも、派生や類似はもっとあっていい」
「そうなんですよ」
主人公は腕を組む。
魔力矢はいる。
魔力剣もいる。
魔力を形へ変える系統は、変化類の中でも比較的見かける。
なのに魔力糸だけは、妙に出てこない。
しかも唯の運用を見る限り、性能が低いから埋もれたわけでもない。
むしろ逆だ。
強い。
強すぎるくらいだ。
拘束。
切断。
支配域の形成。
足場。
索敵補助。
盾。
補助。
運用の幅が広すぎる。
あれが“ただの変化類の一種”で、他の魔力武器と同じ箱に入っているなら、確率的にもっと見えていていい。
なのに見ない。
「……もしかして」
主人公はそこで、思考をそのまま口に出した。
「まだ誰も分類してない、別のカテゴリがあるのか……?」
相良は何も言わなかった。
否定しない。
でも、安易に同意もしない。
それが逆に、“考える価値がある”ということだった。
主人公はそのまま、頭の中で魔力糸の性質をひとつずつ並べていく。
糸状にする。
つまり細い。
細いのに、異様に頑丈だ。
しかもコスパがいい。
同じ量の魔力を刃や塊にするより、明らかに長く、広く、軽く使える。
さらに、変化したあとも維持がしやすい。
流し方によっては支配域そのものになる。
「もし」
主人公はゆっくり言う。
「魔力糸が魔力武器ってカテゴリじゃなくて、別のカテゴリだとしたら?」
「例えば?」
「例えば……特化類」
相良の目が、そこで少しだけ動く。
主人公は続ける。
「糸状にすることで、頑丈さとコスパを極限まで上げることに特化した魔法だとしたら、どうだろうって」
「……なるほどな」
相良は低く言った。
主人公はさらに、自分の考えを整理するように話す。
「魔力武器って普通、“武器の形を作る”のが主眼じゃないですか」
「矢なら飛ばす。剣なら斬る。槍なら突く」
「でも糸は違う。糸って、武器そのものというより、戦場へ線を引くための道具なんですよ」
その言い方に、自分でも少しだけ納得する。
「拘束する。切る。張る。支える。進路を制限する。支配域を作る」
「つまり、見た目は“魔力を武器へ変えてる”ように見えても、実際の使われ方は武器っていうより“場を制御する道具”に近い」
「変化類に見えて、実際には戦場制御や拘束の比重が高すぎる……か」
相良がそう補足した。
「そうです」
主人公は頷く。
「だったら、“魔力武器の中のレア個体”って見るより、そもそも別カテゴリとして扱った方が自然かもしれない」
「そのカテゴリ名は?」
「まだ分かりません」
主人公は即答した。
「だから“まだ誰も名前をつけてないカテゴリ”って話になるんですけど」
会議室の窓の外から、クラン本部のどこかで人が動く気配が聞こえる。
でもこの部屋の中だけ、妙に静かだった。
相良はしばらく机の一点を見たまま考えていた。
やがて、ゆっくり言う。
「面白い」
「やっぱりそう思います?」
「思う」
相良は短く答えた。
「魔法ガチャ飴の統計研究で仮に作った分類は、あくまで観測しやすい箱にまとめたものだ。そこに収まりきらない例外があるなら、分類そのものを見直す必要が出る」
「魔力糸は、その第一候補か」
「少なくとも、十分怪しい」
相良は言った。
「お前が言う通り、あれは“武器を作る魔法”に見えて、その実、武器としての単機能に収まっていない」
主人公はそこで、ふとハワイでやった合同研究のことを思い出した。
思考類。
定義類。
強化類。
特化類。
属性・付与類。
変化類。
技術類。
あれはあくまで仮だ。
便宜上そう呼んだだけ。
でも、その仮の分類が“ほぼ全部を説明できる”と思っていたところへ、唯の魔力糸みたいな例外が差し込まれる。
それだけで、研究の景色は一気に変わる。
「もし本当に別カテゴリなら」
主人公が言う。
「今まで変化類とか魔力武器に紛れていた何かも、まとめて見直した方がいいかもしれないですね」
「だろうな」
相良は頷いた。
「そして、それを一番喜びそうなのは多分お前だ」
「否定はしません」
主人公は小さく笑う。
実際、面白い。
面白すぎる。
世界の法則が、まだ確定していない。
分類の仕方ひとつで、見えていなかった強さが急に浮かび上がる。
その感じが、どうにも好きだった。
「ただ」
相良がそこで少しだけ声音を変えた。
「唯本人にはまだ言うな」
「なんでです?」
「余計な先入観が入る」
「今のあいつは、自分の魔法を“使えるから使ってる”状態だ。それでいい」
主人公は少しだけ考えたあと、素直に頷いた。
「まあ、それはそうか」
唯に対して「お前の魔法は実はまだ誰も名前をつけてないカテゴリかもしれない」なんて言えば、本人は本人で変な方向へ考え始めるだろう。
今のまま自然に伸びているなら、無理に枠を押しつける必要はない。
「でも、いずれ必要になるかもしれませんね」
「何がだ」
「新しい分類です」
主人公は言う。
「もしかして、まだ俺たちは“見えてるものだけ”で整理した気になってるだけかもしれない」
相良はその言葉を聞いて、ほんのわずかに笑った。
「ようやく分類できたと思ったら、また箱が増えるわけか」
「研究ってそういうものでしょう」
「お前が言うと楽しそうに聞こえるのが腹立つな」
「楽しいですから」
その返しに、相良は呆れたように息を吐いた。
でも、否定はしなかった。
会議室を出る時、主人公は廊下の先でもう一度だけ唯の背中を見つけた。
今度は誰かに呼び止められて、資料を渡している。
特別な顔はしていない。
ただ、自然にやっている。
あの小柄な背中の中に、もしかしたらまだ名前のないカテゴリの魔法が眠っている。
そう考えると、少しだけ不思議な気分になった。
そして同時に、少しだけ誇らしくもあった。
流石兄弟、か。
さっきは曖昧に流したけれど、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
自分も唯も、まだ名前がついていないものを、勝手に使いこなしてしまう側なのだとしたら。
それはそれで、かなり面倒で、かなり面白い。
そう思いながら、主人公は静かに歩き出した。
(つづく)




