第142話 斧使いがいない理由
海外の探索者を死ぬほど見たあとで、日本の新人探索者へ感想を出せと言われると、逆に困る。
主人公は、クラン本部の会議室でそういう種類の困り方をしていた。
部屋の正面には大型モニター。
映っているのは、クランの新メンバーによる初配信企画だ。
内容は単純だった。
「ダンジョン攻略経験者の先輩が、新人の初配信を見て、アドバイスをして成長へ繋げよう」
聞こえはいい。
聞こえはいいのだが、問題はその“先輩”の側にあった。
主人公は今、本気でリアクションに困っていた。
「……」
モニターの中では、新人の一人が一階層の小型魔物を相手に、無難に剣を振っている。
良くも悪くも、普通だ。
弱くはない。
でも、別に珍しくもない。
別の画面へ切り替わる。
今度は槍。
間合いは綺麗。
突きも正確。
ただ、これも九州勢を見たあとでは“上手い”止まりだ。
さらに切り替わる。
弓。
魔力矢。
付与。
誘導。
それももう見た。
海外でダンジョン探索者をまとめて見たせいで、むしろ普通の感想が出にくくなっていた。
強い。
弱い。
丁寧。
雑。
そういう一言で済ませるには、主人公の頭の中へ入っている比較対象が多すぎる。
アメリカは見た。
イギリスも見た。
九州の槍使いも見た。
北海道の魔法偏重も見た。
インドのスキャン、中国の爆発、ロシアの氷。
そのうえ、吸血鬼の姫まで見たあとだ。
今さら「この子は前に出る時の角度がいいですね」とか、「槍の引きが丁寧ですね」みたいなコメントを出せと言われても、逆に難しい。
今なら空下優奈か唯がいればまだよかった。
あの二人は、なんだかんだで新人寄りの感覚をまだ持っている。
配信視点でも話せるし、主人公が言いづらいことを別の角度から言ってくれる。
だが今日はいない。
空下優奈と唯は、別企画の撮影やら確認やらで駆り出されていた。
だから今、主人公は一人で会議室へ放り込まれている。
当然、他人の感想へ乗っかって誤魔化すという手法が使えない。
「どうした」
横から相良の声が飛ぶ。
主人公はほんの少しだけ視線を動かした。
「何がですか」
「何が、じゃない」
相良は呆れたように言う。
「さっきから露骨にコメントが薄い」
「薄くもなりますよ」
「お前にダンジョン探索者としてのプライドはないのか……?」
その言い方に、主人公は本気で少し考えてしまった。
そして、考えたうえで正直に答える。
「俺自身が先頭に立ってダンジョン探索することなんて、基本、時間稼ぎか情報収集目的だからな」
「探索者としてのプライドを持てと言われても、ちょっと困ります」
「なんだその返しは」
「本音です」
実際そうなのだから仕方ない。
主人公にとってダンジョン探索は、“自分がかっこよく勝つ場”というより、“状況を把握して最適解を引っ張り出す作業”に近い。
気づけばそうなっていた。
だから、同じ探索者だろと言われても、戦い方の見え方が少しズレている。
画面の中で、新人の一人が小型魔物を倒した。
会議室の別の先輩が「今の足さばきはいいね」と感想を言う。
主人公はそこへ頷くだけだった。
感想が出ない。
そして、その感想が出ない状態の中で、主人公の頭は別のことを考え始めていた。
ダンジョンに、斧使いがいない。
いや、正確には、ほとんど見ない。
ハンマー使いが少ないのは分かる。
あれは無駄に重い。
専用魔法も聞いたことがない。
重さに見合うだけの爆発力がなければ、それ単体で戦うには厳しい。
でも、斧は違う。
斬れる。
叩ける。
重い分だけ一撃がある。
専用の魔法だって、探せばあってもおかしくない。
ドイツに魔力鎧が存在するなら、斧だってあっていいはずだ。
なのに、主人公が知っている限りでは、斧使いという戦術があまり発展していない。
なぜか。
そこまで考えたところで、主人公は自分なりの仮説へ行き着く。
日本ダンジョンでは、動きが速い魔物が多い。
だからだ。
速度が遅い武器は不向きになる。
重さのある武器を振るまでのラグが、そのまま致命傷へ繋がる。
日本でダンジョン戦略が大きく発展した以上、その“日本で生き残りやすい武器”が主流になるのは当然だった。
剣。
槍。
弓。
短くて速い武器。
間合いの取れる武器。
そういうものが中心になる。
斧みたいに、一発は重いが速度で劣る武器は、そもそも育つ前に埋もれたのだろう。
「……」
主人公はそこまで考えてから、ふと自分でも「今考えることじゃないな」と思った。
でも、感想が出ないのだから仕方ない。
モニターの中では、新人配信はまだ続いている。
会議室には数人の関係者と、相良と、自分。
なんとも言えない空気のまま、次の配信者へ切り替わった、その時だった。
画面に映ったのは、女子高生だった。
背は高くない。
だが、手に持っている武器が異様に大きい。
「……斧?」
主人公の口から、思わず声が漏れる。
会議室の空気が少しだけ変わった。
相良もモニターを見る。
それまで何となく流していた他の先輩たちも、少しだけ姿勢を正した。
大斧、とまでは言わない。
だが両手で扱う、しっかり重そうな斧だ。
主人公はそこで、一気に集中を戻した。
「おい」
相良が小さく言う。
「ようやく興味が出た顔になったな」
「斧使いなんて、ほとんど見たことないんですよ」
「そこかよ」
だが、そこだった。
配信の女子高生は、一階層の小型魔物の群れと対峙していた。
普通に考えれば、斧は相性が悪い。
速い小型に対して、大振りな武器は遅れる。
だから主人公は、まずどう捌くのかを見た。
すると女子高生は、迷いなく斧を地面へ突き刺した。
「……?」
その動作が、まず普通じゃない。
武器を振るのではなく、打ち込む。
しかも斧を地面に固定するみたいに深く。
次の瞬間、彼女が知らない魔法名を口にした。
「《震倒滅撃》!」
重い音がした。
斧の刃が食い込んだ地面から、見えない衝撃が周囲へ広がる。
目で見える波ではない。
でも、空気と地面が同時に震えたのが分かる。
その衝撃をまともに食らった小型魔物たちが、一斉に吹っ飛んだ。
「うわっ」
会議室の誰かが思わず声を漏らす。
吹っ飛ぶ、というのが一番近い。
切られたのでも、叩かれたのでもない。
内側から押し潰されるみたいに体勢を崩し、そのまま広範囲へまとめて弾かれていた。
さらに中型魔物にも、その衝撃は通っていた。
さすがに吹っ飛びはしない。
だが、すさまじい衝撃で脚が止まり、身体が一瞬硬直する。
踏み込みかけた動きのまま固まり、数秒だけ、完全に“動けない”状態になっていた。
その隙を見て、女子高生は斧を引き抜き、次の一撃を入れる。
主人公は思わず前のめりになった。
「すげえ……」
声がそのまま出た。
「やっぱりあったんだ、斧専用魔法」
会議室の空気が、今度こそはっきり変わる。
主人公のテンションが、目に見えて上がったからだ。
相良が少し呆れたように言う。
「そこまで食いつくか」
「食いつきますよ」
主人公はモニターから目を離さず答える。
「だって、これ、今まで発展しなかった理由まで見える」
「理由?」
別の先輩が聞き返す。
「日本のダンジョンは速い魔物が多い」
主人公はすぐに答えた。
「だから遅い武器は不向きだった。斧みたいな武器は、良い魔法が見つかる前に埋もれたんだと思う」
「でも今の魔法は違う。振る速度の遅さを、“振らなくても広範囲へ衝撃を飛ばせる”ことで補ってる」
自分で言いながら、納得する。
なるほど。
これなら斧である意味が出る。
ただ切るだけなら剣でいい。
ただ叩くだけなら棍棒でもいい。
でも、重さと接地を利用して衝撃を広範囲へ通すなら、斧の形状と質量に意味がある。
「小型は吹っ飛ばして一掃」
主人公はさらに言う。
「中型は動きを止める。つまり、“速い相手に振りの遅さを咎められる前に、まとめて足を止める”ための魔法だ」
会議室が静かになる。
そこまで整理して口にされると、全員が「ああ、そういうことか」と分かるのだろう。
相良が腕を組んだまま、低く言う。
「……ようやくまともな感想が出たな」
「まともって言い方ひどくないですか」
「さっきまでずっと死んだ顔でモニター見てたやつが言うな」
それはその通りだったので、主人公は反論しづらかった。
モニターの中では、斧使いの女子高生が続けて二発目の《震倒滅撃》を使っていた。
流石に連発にはコストがあるらしく、息は少し上がっている。
でも、運用としてはかなり面白い。
広範囲足止め。
初手の主導権。
そして、その後の一撃。
完全な万能ではない。
でも、今まで日本で見なかった斧使いの“勝ち筋”としては、十分すぎるほど形になっていた。
「これ、アドバイス要るか?」
相良が聞く。
「要りますよ」
主人公は即答した。
「かなり良いですけど、連発すると息切れが早い。あと、斧を地面へ刺すまでの予備動作を読まれたら危ない」
「だから、“初手を取るための魔法”として割り切るか、もしくは衝撃のあとに仕留め切るための別札が要る」
「別札?」
「単純です」
主人公は言う。
「斧そのものの一撃をもっと強くするか、足止めしたあとに安全に叩き込める短い追撃手段を持つか。そのどっちか」
「今のままだと、“止めました、でも止めただけです”で終わる場面がある」
言いながら、主人公の頭の中にはもう、育成の方向まで浮かんでいた。
付与。
拡張付与。
あるいは衝撃後の一歩を短くする補助系。
斧は日本ダンジョンに向いていない。
そう思い込んでいた。
でも、それは“斧に適した魔法が育たなかったから”であって、存在自体が不適だったわけではないのかもしれない。
その可能性が見えただけで、かなり面白かった。
「いやあ、すごいですね」
さっきまで主人公の死んだ反応を笑っていた先輩が、今度は本気で感心した声を出す。
「そこまで一気に見えるんですか」
「見えるというか……」
主人公は言いかけて、少しだけ困った。
多分これは、海外の探索者を見すぎた弊害でもあり、利益でもある。
いろんな環境で、いろんな武器と魔法の組み合わせを見たから、逆に“見たことがない武器種がなぜ育たなかったのか”まで考えるようになってしまった。
普通はそこまで飛ばない。
だから余計に、反応へ困ることもある。
でも今回は、その飛躍が当たった。
相良が、いつもの低い声で締めるように言った。
「なるほどな。お前、感想が出ないんじゃなくて、出るまでの比較対象が多すぎるのか」
「まあ、多分そうです」
「面倒な性格してるな」
「否定はしません」
相良はそこで、わずかに口元を緩めた。
「だが、今のはちゃんと役に立つ」
「その斧使いの子には、お前が直接コメントしろ。ようやくそういう仕事ができそうだ」
主人公はモニターの中の女子高生を見ながら、小さく息を吐いた。
たしかに、これは言葉にする価値がある。
斧使いがいない理由。
日本ダンジョンで発展しなかった背景。
それでも、魔法次第で十分戦術になる可能性。
その全部を踏まえて話せるなら、それはもう立派なアドバイスだ。
会議室の空気は、少し前までの“どう感想を捻り出すか分からない重さ”から、はっきり変わっていた。
主人公はそこでようやく、自分の仕事へ戻れた気がした。
面白いものがある。
なら、それを伸ばす言葉は自然に出る。
結局、自分はそういう人間なのだろうと思いながら、主人公は斧使いの女子高生の次の動きを見守った。
(つづく)




