第141話 知らないまま死なれるのは後味が悪い
ハワイのダンジョンから出たあと、サムたちはそのまま主人公を捕まえて、入口近くの休憩スペースに腰を下ろした。
潮気を含んだ風が、火照った身体にちょうどいい。
自由時間のはずなのに、結局こいつらとダンジョンに潜って、そのまま戦い方の話になって、今度は強くなり方の話までした。
普通に考えれば、かなり妙な流れだ。
でも、不思議と嫌ではなかった。
サムは変に遠慮しない。
マイクは軽口が多いが、戦い方の話になると妙に真面目になる。
レオは寡黙そうに見えて、要点だけはちゃんと聞いてくる。
ダナはダナで、実際に使える理屈じゃないと絶対に納得しないタイプだ。
付き合いは短い。
海外の、それも自由時間にその場のノリで組んだだけの連中だ。
なのに、気づけば普通に笑って、普通に会話している。
そういうのが、少し久しぶりだった。
日本だと、最初から立場やら役割やらが絡む。
クラン。
配信。
学園。
妹。
優奈。
全部大事だし、全部嫌いじゃない。
でも、“何も考えずにその場で笑って話せる”相手っていうのは、そう多くなかった。
だから多分、少しだけ気になったのだろう。
別に親切のつもりじゃない。
初めてできた海外の友人が、何も知らずに無茶な死に方をするのは後味が悪いだけだ。
……多分、それだけだ。
主人公はそう自分に言い聞かせながら、缶ジュースをひと口飲んだ。
「で?」
サムが缶を片手で転がしながら言う。
「さっきの続きは?」
「続き?」
「日本にはお前みたいなのが他にもいるって話だよ」
サムは顎で主人公を示した。
「その話も気になるけど、その前に一つ聞きたいことがある」
「珍しいな」
「こっちのセリフだ」
サムは少しだけ真顔になった。
「そういえば、お前さ。カナダのダンジョンって、そっちだとどう言われてるんだ?」
その質問に、主人公は思わず目を細めた。
まさか、そこが来るとは思っていなかった。
「カナダ?」
「ああ」
サムは肩をすくめる。
「海外だと話題になってるらしい、って程度は聞く。でも、こっちだとそもそもダンジョンのニュース自体、基本そんなに流れないからな」
「カナダのダンジョンも、“なんかおかしいくらい高難易度らしい”ってくらいしか知らん」
マイクも頷く。
「俺もそれくらいだな。危険だとは聞くけど、実感がない」
「まあ、カナダってだけで遠いしな」
ダナが言う。
「でも、さすがにそこまで無理な難易度じゃないだろ?」
主人公はその言葉を聞いた瞬間、少しだけ笑った。
笑ったが、それは面白かったからではない。
「いや」
主人公ははっきり言った。
「無理な難易度ってレベルじゃない」
サムたちの表情が変わる。
主人公は缶を膝の上へ置き、少しだけ言葉を選んだ。
全部をそのまま話すつもりはなかった。
カナダの件は、まだどこまで共有していいのか分からない部分も多い。
でも、何も知らないまま放っておくのも違う。
「カナダのダンジョンは、少なくとも俺が知ってる範囲だと、まともに正面から攻略する想定じゃない」
「出てくるのは、ただ硬いとか、速いとか、そういう単純な嫌らしさじゃない」
「どういう意味だ?」
レオが短く問う。
主人公は少しだけ息を吐いてから答えた。
「安居楽業一式って呼ばれてる相手がいる」
「……名前からして嫌だな」
ダナが顔をしかめる。
「嫌だよ」
主人公は淡々と言った。
「一体で役割が完結してる。防御、攻撃、対応力、全部まとめて持ってるような連中だ。しかもこっちの想定に合わせてくる」
「それ、ボスか?」
「ボスって言い方も微妙だ」
「どっちかっていうと、“そういう理不尽が普通に成立してるダンジョン”って感じだな」
サムたちは黙った。
主人公はそこで、全部を話しすぎないよう意識しながら続ける。
「少なくとも、普通の火力勝負でどうにかなる相手じゃない」
「防御無視か、それに近い突破手段がいる」
「防御無視……」
マイクが低く繰り返す。
「だから貫通か」
「そう」
主人公は頷いた。
「もし本気で北米圏のダンジョンが今後連動するかもしれないって考えるなら、貫通系は狙ってもいいかもな」
「無茶言うな⁉」
マイクのツッコミはかなり本気だった。
「お前、さっき“付与と拡張付与が先”って言ったばっかりだろ!」
「基本はそうだよ」
主人公は肩をすくめる。
「でも、カナダは例外寄りだ。あそこは“普通に強い”だけじゃ足りない可能性がある」
「可能性っていうか、今の話だけでだいぶ嫌なんだけど」
ダナが眉を寄せる。
主人公はそこで、ほんの少しだけ迷った。
本当なら、今日は自由時間だ。
ハワイの軽い空気の中で、わざわざこんな嫌な話を増やさなくてもいい。
でも――。
オーストラリアの件が頭をよぎる。
吸血鬼の姫。
外へ出るボス級。
記憶の模倣。
人間への擬態。
カナダだけじゃない。
オーストラリアも、今の北米圏にとっては無視できない。
主人公は小さく息を吐いた。
「ついでに、もう一つ嫌な話していいか?」
「嫌な話しかしてないだろ」
サムの返しは正しかった。
だが主人公は構わず続ける。
「オーストラリア」
その地名を出した瞬間、四人の表情が少しだけ引き締まる。
少なくとも、名前くらいは聞いているのだろう。
「そっちにヤバい吸血鬼がいる」
「吸血鬼?」
レオがさすがに顔をしかめる。
「比喩じゃなく?」
「比喩じゃない」
主人公は即答した。
「血液を操る。高速移動に近い挙動を取る。拘束してくる。再生する。人間のふりもする」
「おいおいおい」
マイクが本気で嫌そうな声を出した。
「待て、情報量が多すぎる」
「要するに最悪ってことだよ」
主人公は短く言う。
「オーストラリアの探索者が何とかできる相手だとは正直思えない。だから、そっちでも意識だけはしておいた方がいい」
レオが吐き捨てるように言った。
「無理だろ⁉」
「イギリスの特級が負けて、お前が殺されかけたやつに、どう注意すりゃ勝てるんだよ!」
それはもっともだった。
実際、その通りだ。
今の段階で、確実な攻略法があるわけじゃない。
主人公自身、優奈と唯が来なければ危なかった。
でも、だからこそ知らないままでいてほしくない。
主人公は少しだけ間を置いてから、静かに言った。
「別に倒せって話じゃない」
サムたちが黙る。
「記憶がリセットされてるなら、たぶんまた同じようにダンジョンから出ようとする」
「継続してるなら、日本に居ない時点で、安定して力を蓄えられる場所を選ぶはずだ。そうなると、規模や市場の大きさから見て、多分アメリカに行く」
ダナが、わずかに息を止めた。
「……来るって言いたいのか」
「可能性の話だ」
主人公は答える。
「でも、ゼロだとは思わない」
「だから注意しろ、って?」
「そうだ」
主人公は頷く。
「吸血。拘束。高速移動。擬態。少なくとも、その四つが揃う相手は“人間に見えても人間じゃないかもしれない”って覚えておけ」
サムが低く笑う。
「雑だな」
「雑で悪いか」
主人公は言う。
「今の段階で“勝てる方法”を保証できない。だったら、最低限“何が来るか”だけでも知っとけって話だ」
少しの沈黙。
さっきまでの軽い空気が、だいぶ消えていた。
自由時間の雑談としては、完全にアウトな内容だ。
でも、主人公はもう言ったことを引っ込めるつもりはなかった。
サムはしばらく無言で主人公を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。
「お前、気まぐれで喋ってるように見えて、こういうのだけは本気だな」
「そうか?」
「そうだよ」
サムの声には、さっきまでより少しだけ重さがあった。
主人公はそこで視線を逸らし、空になりかけた缶を指先で回した。
別に親切のつもりじゃない。
初めてできた海外の友人が、何も知らずに無茶な死に方をするのは後味が悪いだけだ。
……多分、それだけだ。
また同じことを、自分の中で繰り返す。
マイクが顔をしかめたまま言う。
「貫通を狙えってのも、吸血鬼に気をつけろってのも、要するに“向こうは普通の感覚で考えるな”ってことか」
「そうなるな」
「嫌な話だ」
「最初からそう言ってる」
主人公がそう返すと、ダナがふっと笑った。
「たしかに」
「でもまあ」
レオが短く言う。
「聞かなかったことにはできないな」
サムが立ち上がる。
「アメリカ側で共有する」
「少なくとも、俺たちの学園の中でな」
「そうしてくれ」
主人公は答えた。
「大げさでもいい。笑い話で済ませるよりマシだ」
サムは少しだけ口元を歪める。
「自由時間の最後に、嫌な宿題を置いていきやがる」
「俺だって好きで置いてるわけじゃない」
「でも置いてくんだろ」
「まあな」
そこは否定しなかった。
結局、この自由時間で得られたのは、ハワイダンジョンの確認だけじゃない。
アメリカ勢の戦い方も見た。
アメリカのダンジョン事情も聞いた。
そのうえで、カナダとオーストラリアの火種まで流した。
後味としては最悪に近い。
でも、それでも言っておいた方がいいと思った。
そう思ってしまった時点で、たぶんもう他人事じゃないのだろう。
「じゃあ、今日はこのへんで解散か」
サムがそう言うと、マイクたちも立ち上がる。
自由時間も、残りはもうそんなに長くない。
みんなそれぞれ、自分たちの寮へ戻る時間が近い。
主人公もベンチから腰を上げた。
「なあ、ユウマ」
最後に、サムが呼び止める。
「何だ」
「お前、最初は“強くなり方を教える”って話だったのに、最後は“死なないようにしろ”になってたな」
その指摘に、主人公は少しだけ言葉に詰まった。
たしかに、そうだ。
でも、それをそのまま認めるのも妙に気恥ずかしい。
だから、少しだけ肩をすくめて返す。
「生きてないと、強くなれないだろ」
サムは一瞬だけ黙ったあと、ふっと笑った。
「それは正論だ」
その返事を最後に、五人は別れた。
ハワイの空は、まだ明るかった。
なのに、頭の中には自由時間らしくない情報ばかりが残っている。
カナダ。
オーストラリア。
貫通。
吸血鬼。
インフレ。
擬態。
どれもこれも、観光地の空気とは相性が悪すぎた。
それでも、主人公は少しだけ思う。
こういう嫌な話を、変に気を使わずにそのまま投げられる相手ができたのは、悪くないのかもしれない。
もちろん、だからといって全部が軽くなるわけじゃない。
でも、少なくとも何も知らずに笑って別れるよりは、マシだ。
そう思いながら、主人公は宿泊施設の方へ歩き出した。
自由時間は終わる。
でも、多分この先の方が、ずっと面倒だ。
(つづく)




