第139話 強くなり方を教えられる
ハワイのダンジョンは、入って数分もしないうちに、その性質がだいぶ見えてきた。
基本仕様はアメリカ本土のダンジョンと近い。
魔物がとにかく死ににくい。
防御が高い。
雑に殴った程度では、骨が折れようが甲殻が割れようが、まだ動く。
しかも動きそのものはそこまで速くない。
ただし、出てくる魔物の見た目にはハワイらしい癖があった。
最初にまとまって現れたのは、昆虫のような甲殻を持つ魔物だった。
だが、ただの昆虫ではない。
甲殻の表面が、どこか海洋生物めいている。
ヤドカリやフジツボを連想させる節の太さ。
光沢のある殻。
脚の関節は虫のようなのに、胴体の重心の取り方が海の生き物に近い。
「なんだこいつら……」
サムが笑いながらも、少しだけ嫌そうに言う。
目の前の魔物は、犬ほどの大きさのものから、中型犬よりさらに一回り大きいものまでいた。
数も多い。
そして何より、殻が異常に硬い。
サムが最初に踏み込んだ。
武器は持っていない。
だが拳に乗る魔力の圧が、見るからに強い。
「おらァ!」
殴る。
甲殻がへこむ。
だが、それだけでは止まらない。
魔物がそのまま脚をばたつかせて噛みつこうとしたところへ、サムが二発目を叩き込み、ようやくひっくり返した。
主人公はその一連を見ながら、内心で頷く。
やっぱりアメリカのダンジョンは、正面からの耐久戦を強要してくる。
そのうえで、ハワイは出る魔物の形状だけが少し海寄りだ。
系統としてはアメリカダンジョンの一部と見て良さそうだが、ローカル色もある。
その観察の間に、他の三人も動き始めていた。
マイクが使っていたのは、《魔力剣》だった。
主人公はそれを見て、ああそうなるのか、と納得する。
魔力剣は、物理の剣を持たない。
魔力そのものを剣状に変えて振るう。
重さがない。
だから疲れにくい。
そのうえ、壊れない。
アメリカのダンジョンみたいに、防御が高くて死ににくい魔物が相手なら、まともな武器を振り回していると金がかかって仕方ない。
刃こぼれ。
折損。
消耗。
そういうコストが長期的に重すぎる。
なら、《魔力剣》はかなり合理的だ。
マイクは、長身の身体を少しだけ沈め、無駄のない踏み込みで魔力剣を叩きつけるように振るった。
切断というより、重さのない刃を高速度で擦り込む感じに近い。
一撃で断てなくても、そのまま角度を変えて二撃目、三撃目へ繋ぐ。
腕力と体幹が強いから、軽い剣でも十分に圧が出ていた。
「こいつら硬ぇな!」
「本土も似たようなもんだろ」
主人公がそう返すと、マイクは笑った。
「似てるけど、こっちは殻が潮っぽくて嫌なんだよ!」
言いたいことは分かる。
硬さの質が違う。
金属や骨の硬さではなく、“粘る硬さ”だ。
レオはもっと分かりやすかった。
武器は棍棒。
しかも普通の棍棒じゃない。
太くて重い。
もはや棒というより鈍器だ。
あのガタイで正面からそれを振り下ろされたら、大体のものは形を保てないだろう。
さらにレオは《拡張付与ー頑丈》まで持っていた。
武器そのものを頑丈にすることで、長期戦でも折れず、潰れず、摩耗を抑える構成らしい。
「開けろ!」
レオが吼え、棍棒が振り下ろされる。
甲殻が割れた。
切るのではなく、潰して突破する。
殻の下の柔らかい部分まで衝撃を通して、内部から止める。
なるほど、と主人公は思う。
アメリカのダンジョンに適応した結果がこれか。
硬くて死ににくいなら、武器ごと強くする。
あるいは、刃ではなく質量で押し潰す。
長期戦を前提に、消耗も計算へ入れる。
そこには確かに合理性があった。
そして一番驚いたのは、ダナだった。
主人公は前から、実在してもおかしくないとは思っていた。
でも、実際に目で見るのは初めてだった。
脚力強化魔法。
しかも、ただ脚を速くしたり、跳躍力を上げたりするだけじゃない。
ダナはその練度を、ほとんど“蹴りの威力”へだけ特化させていた。
だから戦い方が極端だ。
踏み込む。
蹴る。
下がる。
また蹴る。
武器を持たない。
腕もほとんど使わない。
ひたすら脚だけ。
だが、その一撃一撃が異様に重かった。
主人公の目の前で、甲殻を持つ昆虫型魔物が、ダナの横蹴り一発で壁へ叩きつけられ、そこからさらに回転蹴りで殻を割られて沈んだ。
「……すご」
思わず声が漏れる。
脚力強化魔法そのものは、理屈では存在を予想していた。
でも、ここまで“蹴り専用”へ磨いた形は想像以上だった。
たぶん、これもアメリカダンジョンの性質から最適化した結果なのだろう。
魔物は死ににくい。
だが、速度はそこまでじゃない。
なら、止まる前に一撃で崩せる火力へ寄せた方がいい。
しかも脚力なら、体格と筋力がそのまま乗る。
この手の環境では、確かに強い。
「日本にはない感じの魔法運用だな」
主人公がそう言うと、ダナは肩で息をしながら笑った。
「ないのか?」
「少なくとも、俺は初めて見た」
「へえ」
短いやり取りだったが、それだけで十分だった。
アメリカ側は、ちゃんとアメリカ側の答えを出している。
そのうえで。
「で、ユウマは?」
サムがこちらを見る。
言外に、「お前も見せろ」と言っている顔だった。
主人公は小さく肩をすくめた。
「見りゃ分かる」
そして、前へ出る。
目の前には、異常に硬い甲殻を持つ昆虫型魔物が三体。
さらに奥から二体。
アメリカ勢が一体ずつ処理している間に、こちらの前には五体が密集していた。
だが、主人公にとってはその方がむしろ都合がいい。
数がいるなら、手数の優位が活きる。
高速移動。
空気が遅れる。
視界の中で魔物の脚の動きが鈍く見える。
最初の一体の懐へ入る。
殻の継ぎ目。
そこへ貫通を通す。
防御力が高くても、弱点へ貫通されれば意味がない。
昆虫型魔物の身体が硬直する。
その時点で、もう主人公は次へ行っている。
二体目。
今度は弱点が見えない。
だが、それでも問題ない。
見えないなら、手数で探す。
連撃。
一発。
二発。
三発。
殻の響き方が変わる箇所を探る。
硬い。
まだ硬い。
そこで四発目をほんの少しだけ浅い角度へ滑らせ、五発目に貫通を重ねる。
止まった。
やっぱりそこか。
その感触を覚えたまま、三体目へ移る。
後ろからサムが見ていた。
マイクも、レオも、ダナも。
最初は、ただ速いだけに見えたかもしれない。
だが、すぐに気づく。
これは速いだけじゃない。
主人公は、考えて動いている。
それなのに、いつ考えているのか分からない。
魔物の動きを見て、弱点を探って、次の位置を決めて、その全部を同時にやっているはずなのに、外から見ると、ただ異常に頭の回転が速いようにしか見えない。
《思考強化》を知らなければ、そう見えて当然だった。
サムが一体倒す。
その間に、主人公は三体倒す。
マイクが一体を崩す。
その間に、主人公はまた三体処理する。
レオが一撃で殻を割る。
その頃には、主人公はもう別の群れへ移っている。
ダナの蹴りが甲殻を砕く。
だが主人公は、その敵が倒れきる前に次の敵の弱点を潰していた。
処理速度が違う。
その差は、火力だけでは説明できない。
「……おい」
サムが、いつの間にか笑わなくなっていた。
主人公は最後の一体の頭部へ連撃を叩き込み、殻を崩してから、ようやく振り返る。
「何だ」
「お前」
サムは数秒、言葉を探すみたいに黙った。
「日本の戦い方って、あれか?」
その問いに、主人公は少しだけ考える。
「いや」
そして正直に答えた。
「これは多分、日本の戦い方じゃない」
「だよな」
サムはすぐ頷いた。
そこは迷わなかったらしい。
「日本の学園が強いっていうより、お前の仕様が違う」
「仕様って言うな」
「いや、そうとしか言えねえだろ」
白人のマイクまで、魔力剣を肩へ乗せたまま苦笑している。
「一体倒してる間に三体消えるんだぞ。見ててちょっと意味分かんなかった」
「考えてるはずなのに、考えてる間がないんだよな」
ダナも腕を組みながら言う。
「判断の速さがおかしい」
その評価はかなり正しかった。
正しすぎて、逆に反応に困る。
主人公は無難に肩をすくめるだけに留めた。
「慣れだよ」
「嘘つけ」
サムが即答した。
主人公も、そこは否定しきれなかった。
慣れはある。
だが、それだけじゃない。
思考強化。
高速移動。
連撃。
貫通。
それを全部噛み合わせた結果だからこそ、あの処理速度になる。
だが、そこを一から説明しても仕方ない。
それに今は、もっと気になることがある。
ハワイダンジョンの性質だ。
ここまで見た限り、基本仕様はアメリカ本土と同じだ。
異常に硬い。
死ににくい。
倒すまでに継戦力が要る。
ただし出てくる魔物の見た目や生態だけが、少し海洋寄りにずれている。
つまり、“アメリカダンジョンのハワイ仕様”に近い。
少なくとも、完全に独立した別系統ではない。
そこまで分かっただけでも収穫はあった。
その時だった。
サムが、さっきまでの軽さとは少し違う顔で、主人公を見た。
「なあ、ユウマ」
「何だ」
「日本に、お前くらい強い奴は他にも居るのか?」
その問いには、単なる好奇心以上のものがあった。
サムは、主人公が特別なのか、日本全体の水準が高いのか、それを知りたがっている。
その意味は分かる。
合同授業で接した日本側は確かに強い。
だが、さっきの戦いを見せられたあとでは、どうしても“こいつだけ別枠なんじゃないか”という疑問が出るはずだ。
主人公はそこで、少しも迷わず答えた。
「いるよ。たくさん」
即答だった。
サムが眉を上げる。
マイクも、ダナも、レオも、あからさまに意外そうな顔をした。
「本気で言ってるのか?」
「本気だ」
主人公は答える。
「少なくとも、俺より上を知ってる。俺と違うやり方で、俺と同じかそれ以上に厄介なやつも普通にいる」
それは謙遜じゃない。
ただの事実だった。
シュウ。
相良が抱えている上位クラン連中。
日本の深層攻略に食い込んでいる連中。
海外にはまだ出ていないだけで、表へ出れば普通にヤバい奴はいる。
サムはそこで、しばらく黙った。
ダンジョンが表へ出てきたのは、世界全体で見ればそう昔の話じゃない。
なのに、目の前にいる日本人は、自分たちの想定よりずっと先にいる。
それが、一人だけの特異点じゃない。
他にもいる。
その情報の重さを、サムはちゃんと理解したらしかった。
「……じゃあ」
やがて、サムが低く言う。
「どうやって、そこまで強くなった?」
それが、本題だった。
どうやって。
何をしたら。
何を取ったら。
何を捨てたら。
どこからそんな差が生まれるのか。
たぶんそれは、サムだけじゃなく、周囲の三人も聞きたいことだったのだろう。
マイクも、レオも、ダナも、さっきまで戦闘後の軽い空気だったのに、今は全員ちゃんと主人公を見ている。
主人公は少しだけ考えてから、答えた。
「魔法ガチャ飴が必要でいいなら」
そこで一拍置く。
「強くなり方を教えられる」
その一言で、四人の空気が変わった。
冗談じゃない。
見栄でもない。
本当にあるのだと、そういう顔だった。
サムが、ゆっくり笑う。
「いいね」
その笑いは、さっきまでの挑発的な笑いとは違った。
もっと真面目で、もっと獰猛だ。
「聞かせてもらおうか、ユウマ」
主人公はそこで、小さく息を吐いた。
やっぱりこうなるか。
でも、悪くはない。
戦い方には国の色が出る。
ダンジョンの性質にも、地域の癖が出る。
なら、その上で“どう強くなるか”にも、当然、理屈がある。
その理屈を言葉にするのは、自分にとっても悪くない整理になるだろう。
ハワイの湿った空気の中、主人公はゆっくりと視線を上げた。
この自由時間は、まだ終わりそうになかった。
(つづく)




