第138話 ハワイのダンジョンは誰のものか
合同研究授業の最終日は、さすがに自由時間になった。
建前としては、ここ数日ずっと生徒を酷使し続ければ、日米どちらの学園にも「これは授業の体を借りた労働では?」というクレームが来かねないから、という理由らしい。
実際のところは、主催側も分かっているのだろう。ハワイまで来て、最後まで端末とログと統計だけ見せ続けたら、そりゃ若者は不満を溜める。
そのため、最終日は朝から完全に空気が軽かった。
海へ行く班。
買い物へ行く班。
アメリカ側の生徒と写真を撮る班。
九州勢の何人かは「せっかくなら現地の武器屋とか見たい」と言い出していたし、北海道組の一部は「ハワイのスイーツを全制覇したい」と意味の分からない気合いを見せていた。
空下優奈も、最初は少しそわそわしていた。
「ユウマくん、みんなすごく浮かれてますね」
「そりゃ自由時間だからな」
「でも、ちょっと分かる気もします」
優奈は窓の外の明るい空を見ながら小さく笑う。
「研究は研究で面白かったですけど、ハワイまで来て部屋にこもりっぱなしももったいないですし」
「まあな」
主人公もそこは否定しなかった。
否定しなかったが、だからといって自分まで完全に観光気分になれるかと言えば、そうでもない。
ここ数日、頭の中で引っかかっていたことがある。
ハワイのダンジョン。
それが、どういう扱いになっているのか。
アメリカ本土のダンジョンと同じ“アメリカダンジョン”の一部なのか。
それとも、島として別の性質を持っているのか。
あるいは、もっとややこしいのか。
そもそも、ハワイがアメリカへ組み込まれたのは一九〇〇年前後だ。
州としての扱いはさらに後だが、少なくとも“今のアメリカの一部”として定着した時系列は、本土より後ろにある。
主人公が前から考えている、「ダンジョンの国境線や難易度区分は、現代の国境ではなく、ある時代の勢力圏や支配関係を参照しているのではないか」という仮説に照らすと、そこは地味に気になる点だった。
第二次大戦期の勢力圏なのか。
もっと前の宗主国支配なのか。
それとも、アメリカ側の“国家としての統合”が優先されるのか。
そこが分からない。
しかも、アメリカのダンジョンそのものも、主人公は一度軽く入っただけで終わっている。
あの時は情報が少なすぎた。
構造も、魔物の傾向も、“アメリカらしさ”と断言できるところまで掴めず仕舞いだった。
だから、ハワイにいる今のうちに見ておきたかった。
「というわけで、ちょっとダンジョン見てくる」
主人公がさらっとそう言うと、優奈は数秒黙ったあと、案の定という顔でため息を吐いた。
「やっぱりそうなりますよね」
「なんだその反応」
「最終日自由時間で、海とか買い物とかじゃなくてダンジョン見に行く方が絶対少数派です」
「少数派なのは認める」
「私はもう慣れましたけど、ユウマくんって本当にそういうところありますよね」
少し呆れたように言われたが、否定はしなかった。
実際、その通りだからだ。
「で、優奈はどうする」
「私は……」
優奈は少しだけ迷ってから笑った。
「今回は行きません。せっかくなら私も少しはハワイっぽいことしたいので」
「健全だな」
「ユウマくんが不健全すぎるだけです」
それもその通りだった。
主人公は一人で学園側の宿泊施設を出て、ハワイのダンジョン入口へ向かった。
ハワイのダンジョン入口は、本土の施設ほど無骨じゃなかった。
もちろん危険地帯としての管理はされている。
だが周囲の景観に合わせたせいか、どこか観光施設に近い見た目をしている。
それが逆に不気味でもあった。
入口前に立って、主人公はまず薄く魔力探知を広げた。
癖になっている。
イギリス。
オーストラリア。
吸血鬼の姫。
そういう話を経験したあとでは、自由時間だからといって完全に気を抜く気にはなれない。
「……さて」
軽く入ってみて、空気感だけでも掴むつもりだった。
海に近い島のダンジョンが、アメリカ本土と同じ匂いをしているのか。
それとも、やはり別物なのか。
そう思って中へ入ろうとした、その時だった。
「なんだなんだ?」
後ろから、やけに通る声が飛んできた。
振り向くと、大柄な黒人の男子生徒がこちらへ歩いてきている。
肩幅が広い。
腕が太い。
どう見ても、近接で殴り合うために生まれてきたみたいな体格だった。
主人公は一瞬だけ「誰だこいつ」と思ったが、すぐに合同授業の時に遠目で見た顔だと気づく。
アメリカ側の生徒だ。
「日本人は臆病なのか?」
そいつは面白そうに口の端を上げた。
「友人と一緒にダンジョンへ入ってやろうとすら思わないやつらしかいないなんて。ダンジョン学園と言っても、その程度か?」
挑発だった。
主人公はそれを聞いて、まず最初に「こいつには単独で入るって発想がないのか」と思った。
日本側だと、強いやつほど一人で潜ること自体を特別視しない。
だが、こいつの言い方を聞く限り、“一緒に入る仲間がいない”ことと“弱い”ことが、頭の中でかなり近い位置にあるらしい。
文化差だろうか。
それとも、こいつ個人の性格か。
どちらにせよ、少し面白かった。
主人公は英語で返す。
「仕方ないだろ」
「自由時間でダンジョン入ろうとする方が異端だ。なんなら一緒に入るか?」
その返答に、黒人の男子は一瞬だけ目を丸くした。
だが、すぐに口元を大きく歪める。
「いいな、面白い」
「より多く魔物を倒したやつの勝ちにしよう」
主人公は眉を上げた。
「勝負か」
「そうだ」
そいつは胸を張る。
「勝ったやつが、その分多くキャンディを獲ろう」
キャンディ。
つまり、魔法ガチャ飴のことだ。
自由時間中のダンジョン突入は、完全な私的行為ではない。
軽い実地訓練の延長、くらいの扱いで、一定数の魔法ガチャ飴が支給されている。
その範囲内でなら、潜ること自体は黙認というより半ば許可済みだ。
だからこういう勝負が成り立つ。
「俺はサム」
黒人の男子はそう言ってニッと笑う。
「お前は?」
「俺はユウマ」
主人公も短く答える。
「短い間だがよろしく」
「いい返事だ」
サムはそこで、まるで祭りの呼び込みみたいな声を出した。
「ダンジョンにいざ潜ろうってやつは集まれぇ!」
その一声で、本当に何人か寄ってくるのだから、アメリカ側のノリはよく分からない。
まず来たのは、白人の男子。
背が高く、サムほどではないにせよ十分がっしりしている。
次に、黒人の女子。
こちらは細身だが、それでも筋肉の付き方が明らかに普通じゃない。
最後に、中華系らしい顔立ちのアメリカ人男子。
やっぱりでかい。
全員、戦ったら床が抜けそうな体格をしていた。
「紹介する」
サムが親指で順番に指し示す。
「こっちがマイク、こっちがダナ、んでこいつがレオ」
「なんか楽しそうなことやってるな」
白人のマイクが笑う。
「日本側のソロ志向らしいやつがいたから、ちょっと競争だ」
サムがそう言うと、ダナが主人公を上から下まで見て、小さく口笛を吹いた。
「こいつ一人だけ細くない?」
「だな」
レオまで頷いた。
「大丈夫か?」
主人公はそれを聞いて、思わず少しだけ笑いそうになった。
全員ゴリラしかいない。
比喩ではなく、本当にそう見える。
その中に混ざると、自分だけ相対的にひょろく見えるのだから面白い。
「心配してくれるのか」
「死なれると勝負にならないからな」
サムがあっさり答える。
「せっかくなら最後まで面白くやろうぜ、ユウマ」
軽い。
軽いが、嫌いではない。
こういうノリの連中と一緒に入れば、アメリカ側の“現地感覚”も見える。
本当は単独で観察したかったが、比較対象が増えるのは悪くない。
主人公は小さく肩をすくめた。
「じゃあ、やるか」
「いいねえ!」
サムが機嫌よく笑う。
そのまま五人で入口へ向かう。
ハワイのダンジョンが、アメリカの一部として動いているのか。
それとも、別の顔を持っているのか。
そして、アメリカ側の学生たちは、どんな戦い方をするのか。
知りたいことは、むしろ増えた。
入口をくぐる瞬間、主人公は薄く広げた魔力探知をさらに意識した。
空気が変わる。
湿り気。
塩気。
そして、水音に似た反響。
「……なるほど」
主人公は心の中で小さく呟いた。
少なくとも、最初の印象だけで言えば、本土の時とは違う。
だが、それが“独立した別物”なのか、“アメリカの中のハワイ的変種”なのかまでは、まだ分からない。
分からないなら、見るしかない。
「さあ、行くぞ!」
サムが最初に踏み込む。
「勝ったやつが一番多くキャンディ持って帰るんだ!」
その声に、他の三人も笑いながら続く。
主人公は最後に一歩遅れて入りながら、改めて思った。
やっぱり、アメリカはこういうところが分かりやすい。
そして、多分、この中で一番冷静にダンジョンを観察しているのは、自分だ。
その事実が、少しだけおかしかった。
(つづく)




