表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
138/187

第137話 ハワイで始まる、無理筋の統計授業

合同研究授業の開催地がハワイだと聞いた時、主人公は最初に「授業なのかそれ?」と思った。


 思ったのだが、実際に現地へ着いてみると、その感想はさらに強くなった。


 空は高い。

 日差しは明るい。

 風は温かい。

 空港から移動するバスの窓の向こうに、青い海が見えた瞬間、学園生たちの空気が一気に浮ついた。


「やっば! 本当に海きれい!」

「うお、南国だ……」

「授業っていうか、もう修学旅行じゃん!」

「いやでも研究だぞ?」

「この景色見て研究モードになれるやついるか?」


 前の座席の方から、そんな声が次々に飛んでくる。


 日本側だけじゃない。

 今回の合同授業は、日本のダンジョン学園と、アメリカで設立されたばかりのダンジョン学園との共同開催だ。

 現地のアメリカ側生徒たちも、わりと普通に浮かれていた。

 日本の学園が来る、国際合同授業だ、ハワイだ、というだけで、空気が軽くなるのは無理もない。


 しかも今回は、ログの精度を上げるために、九州と北海道から入ってきた二期生も参加している。

 人数が多い。

 熱量も高い。

 それが余計に“お祭り感”を増していた。


 ジョン・ウィリアムなんて、バスへ乗った時点で腕を組みながら満足そうに言っていた。


「いいじゃねえか。こういう場所でやる研究ってのは、なんか“世界が変わる”感じがして好きだ」


「景色に酔ってるだけじゃないですか」


 主人公がそう返すと、ジョンは笑った。


「それもある」


 正直すぎる。


 空下優奈も窓際で海を見ながら、小さく感嘆の声を漏らしていた。


「すごいですね……」

「なんか、授業ってこと忘れそうです」


「もう半分くらい忘れてるやつ多いだろ」


「ユウマくんは忘れてないんですか?」


「景色がすごいのは認める」

 主人公は答える。

「でも、だからって研究が簡単になるわけじゃない」


 むしろ逆だった。


 今回のテーマは、見た目よりずっと重い。


 魔法ガチャ飴の取得ログを使って、“出やすさ”と“強さ”に相関があるのかを統計的に探る。


 言葉にすると分かりやすい。

 でも、実際にやるとなると、かなり無理筋だった。


 なにしろ魔法の数が多すぎる。

 種類も多い。

 しかも、同じ魔法が出ること自体がレアだ。

 つまり、ログ数で押そうにも、そもそも同名の魔法がまとまらない。


 誰も本気でやろうとしてこなかった理由が、もう最初から透けて見えていた。


「でも」

 空下優奈が静かに言う。

「無理そうだからって、誰もやらないままだったことをやるんですよね?」


「そういう授業だな」


「だったら、ちょっと面白そうです」


 その言い方に、主人公は少しだけ口元を緩めた。


「そこは同意する」


 無理そうだ。

 でも、無理そうだから価値がある。

 今の世界は、そういう話ばかりだった。


 合同授業は、ハワイの大学施設の一角を借りて行われた。


 会場へ入った瞬間、主人公はまず「金かかってるな」と思った。

 大型モニター。

 複数言語対応の表示。

 匿名化されたログ閲覧端末。

 グループごとの個室ブース。

 日本側の学園だけでは、ここまで一気に揃えないだろう。


 いかにもアメリカらしい。

 統計と制度と設備へ金をかける感じが、妙にそれっぽかった。


 最初に全体説明が入り、そこから日米混成ではなく、まずは各学園内の小グループで仮説を立てる形式が告げられた。


 理由は単純だ。


 いきなり全体ログへ飛びついても、情報量が多すぎてまとまらない。

 だからまずは小グループごとに分類軸を作り、仮説を出す。

 その上で、後半にアメリカ側グループと突き合わせる。


 合理的ではある。

 ただ、それで楽になるわけでもない。


 主人公のグループには、空下優奈、唯、ジョン、それから北海道二期生の白井音葉、九州勢から十六夜優希ではない別の槍使いが入った。

 バランスはいい。

 だが、バランスがいいことと研究が進むことは別だった。


「で、まず何からやる?」


 ジョンがいきなりそう聞いてきた時点で、主人公は少し頭を抱えたくなった。


「そこからなんだよな……」


 端末の中へ入っているログは膨大だ。

 匿名化されているが、十分すぎる量がある。


 魔法名。

 取得時期。

 取得者の学年。

 使用回数。

 簡易評価。

 戦闘実績。


 だが、逆に言えば、それだけだ。


 魔法の数が多すぎる。

 似たものはある。

 でも“完全に同じ魔法”となると、急にサンプルが痩せる。


 たとえば《貫通》はいる。

 《連撃》もいる。

 《肉体強化ー極》もある。

 だが、そこから先の派生や複合、個人差が多すぎる。


「同じ魔法、思ったよりかぶらないですね」


 音葉が端末を見ながら言った。


「そうだな」

 主人公は頷く。

「だから単純な“魔法ごとの出現率”で見ようとすると破綻する」


「じゃあ、どう見るんだ?」

 九州の槍使いが聞く。


「分類するしかない」


 主人公はそう言ってから、すぐに自分でも顔をしかめた。


 その“分類”が一番面倒なのだ。


 誰も考えなかったのには理由がある。

 出やすさなんて考えるだけ無駄だと思われてきたからだ。

 ランダム性が高すぎる。

 種類が多すぎる。

 しかも、カテゴリ分けをするにしても、人手が足りない。


 生徒だけでやるには明らかに無理がある。


 それでも、やるしかない。


 主人公は端末の一覧を流しながら、今の時点で明確に分かっていることを口にした。


「少なくとも一つだけ、前からはっきりしてる傾向はある」

「思考とか、反射神経とか、脳の働きに直接関わる魔法は異常に出にくい」


 そこは全員がすぐに頷いた。


 《思考強化》系列。

 《動体視力》系列。

 《集中》系。

 その辺の魔法は、実例そのものが少ない。


「つまり、そういう“出にくい気がするやつら”を先に大雑把に束ねるしかないってことか」


 ジョンの言い方は雑だったが、本質は合っていた。


「そういうことだ」

 主人公は答える。

「同じ魔法名で見ても統計にならない。なら、まずは“似た性質”を持つ魔法を仮に同じ箱へ入れていくしかない」


「仮に、ってことは正式名称じゃないんですね」


 空下優奈が聞く。


「当たり前だろ」

 主人公は言った。

「こんなの、今ここで俺たちのグループが便宜上そう呼ぶだけだ。正式な分類でも何でもない」


 それでも、名前がないと話しづらい。

 だから主人公たちは、仮のカテゴリ名をその場で定義し始めた。


 最初にまとまったのは、やはり一番分かりやすい部分だった。


「思考類」


 主人公がそう言うと、唯が小さく頷く。


「脳の働きに関する魔法」


「そう」

 主人公は端末へ印をつけながら続ける。

「思考強化、集中、動体視力、反射、判断補助、そういうやつを仮にここへ入れる」


「それは、かなり出にくい」


 唯の言い方は短い。

 だが、たしかにその通りだった。


 次に問題になったのは、もっと厄介な連中だ。


「これ、どうまとめるんですか?」


 音葉が、いくつかの異質な魔法ログを並べながら聞いてきた。


 主人公は少し考えてから答えた。


「……定義類、かな」


「定義?」


 ジョンが眉を上げる。


「肉体の役割とか、身体の前提とか、そういう“定義”を根本的に変えるやつ」

 主人公は言う。

「分かりやすい例で言えば、芽依さんの“自前魔力を使えない代わりに環境魔力を自由に使える”みたいな魔法」

「あと、《携行許可リュック》みたいな、持ち込める・持ち込めないの前提そのものをいじるやつ」


「それ、同じ箱でいいのか?」


「厳密には違うかもしれない」

「でも、“世界側のルールや身体の前提に触ってる”って意味では近い」


 そこはかなり雑だ。

 雑だが、仮説としては成立する。


 しかも、その手の魔法はやはり少なかった。

 極端に少ない。

 数が少なすぎて、逆に“明らかにレア寄り”としか言えない。


「今の時点だと」

 主人公は全員へ確認するように言った。

「思考類と、この定義類が最も出にくい、でいいか?」


 反対は出なかった。


 次に来るのが、少しだけ分かりやすい層だった。


「強化類」


 肉体や切断能力や、防御そのものを押し上げる魔法。

 《肉体強化》

 《速度強化》

 《切断強化》

 そういう、“元のスペックを上げる”系統だ。


 そこへ、似て非なるが、やはり少しレア寄りの箱を並べる。


「特化類」


 《貫通》

 《バリア》

 《回復》

 そういう、一点特化で役割がはっきりしている魔法だ。


「強化類と特化類、どっちが上かはまだ怪しいな」


 主人公は腕を組みながら言った。


「でも少なくとも、属性魔法よりは出にくそうです」


 空下優奈のその意見に、全員がわりとすぐ頷いた。


 属性魔法。

 火、水、風、土、氷、光。

 そしてそこへ付随する付与魔法。


 これはレアではある。

 でも、前の二層ほど極端ではない。


「属性・付与類は、その次か」


「うん」

 唯が短く答える。


 そして最後に来たのが、一番数の多い箱だった。


「変化類と、技術類」


 主人公はそう言って、端末へ並ぶ魔法名を見渡した。


「《魔力矢》とか、《魔力糸》とか、《魔力剣》みたいに、魔力そのものを武器や形へ変えるのが変化類」

「矢の方向を誘導したり、連撃みたいに武器の技術そのものへ補正をかけたりするのが技術類」


「そのへん、数多いな」


 ジョンが言う。


「多い」

 主人公は頷く。

「多いし、しかも取得者の層も広い。だから仮説としては、一番“出やすい側”に置くしかない」


 ここまで来て、グループの中でようやく、大雑把な階層構造が見えてきた。


 もちろん、これは仮説だ。

 しかも主人公たちのグループ内で、今見えるログを手作業でまとめた結果にすぎない。


 でも、それでも十分大きかった。


 主人公はホワイトボードへ、仮の順序を書き出した。


 最も出にくい(仮説)

 思考類

 定義類


 次に出にくい(仮説)

 強化類

 特化類


 その次(仮説)

 属性・付与類


 比較的出やすい(仮説)

 変化類

 技術類


「……こうして見ると、それっぽいですね」


 空下優奈が静かに言った。


「っぽいだけだぞ」

 主人公はすぐに釘を刺す。

「今のは、あくまでこのグループで意見をまとめた結果の仮説だ。地域差も、母数不足も、例外も、全部ある」


「でも、何もないよりずっといい」


 唯がそう言った。


 それはたしかに、その通りだった。


 全部は分からない。

 むしろ、分からないことの方が多い。

 けれど、“何も分からない”から“少なくとも階層構造はありそうだ”へ進んだだけでも、十分成果と呼べる。


 問題は、それが自分たちのグループだけの偏りではないか、だ。


 その確認をするために、後半ではアメリカ側のグループと結果を突き合わせることになっていた。


 アメリカ側との合同ブースに入ると、向こうも向こうで、かなり疲れた顔をしていた。


「そっちも地獄だったか」


 ジョンが半ば笑いながら言うと、アメリカ側の男子が即答した。


「同じ魔法がレアすぎて統計にならない」


 それを聞いた瞬間、主人公は少しだけ嬉しくなった。


 良かった。

 そこはこっちだけじゃなかった。


「やっぱりそうなるよな」


「ログ数で押そうとしたんだ」

 向こうの女子生徒が端末を叩きながら言う。

「でも、同じ魔法名がまとまらない。結局、“似た機能”で束ねないと話が始まらない」


 アメリカ側も、そこへ辿り着いていた。


 やり方の色は少し違う。

 向こうは明らかにログ数と比率から入っている。

 取得率。

 重複率。

 使用回数。

 実戦評価。

 その辺の数字を先に並べて、無理だと悟ってから分類へ入ったらしい。


 対してこちらは、現場感覚から“どう見ても少ないやつ”“役割が根本から違うやつ”を先に拾って箱を作った。

 方向は違う。

 でも、途中でぶつかる壁は同じだった。


「で、そっちはどこまで行った?」


 主人公が聞くと、向こうの生徒が画面を見せてきた。


 分類名こそ違うが、概ね近い。

 cognitive

 foundational

 enhancement

 specialized

 elemental / imbued

 construct / technique


「……だいたい同じだな」


 主人公がそう言うと、向こうも苦笑した。


「完全一致ではないけどな」

「ただ、“脳や定義をいじるやつが少なすぎる”ってところは一致した」


「そこはやっぱりそうか」


「その代わり、下位層はまだ怪しい」

 アメリカ側の女子が言う。

「変化と技術を一番下に置いてるけど、地域差で逆転するかもしれない」


「それはこっちも同意だ」

 主人公は頷いた。

「今の段階じゃ断定できない。せいぜい“今のところそう見える”止まりだ」


 会話を重ねるうちに、主人公は少しずつ実感していった。


 これは完全解明じゃない。

 当たり前だ。そんな簡単な話ではない。


 でも、今まで誰も本気で触れなかった問題へ、初めて“統計で殴る入口”ができた。

 それだけでもかなり大きい。


 そして、個人的にはそれ以上の価値もあった。


 ログに地域差があるかどうか。

 旧勢力圏仮説と絡むかどうか。

 そこまではまだ見えていない。

 でも、少なくとも“カテゴリとしての出にくさの階層構造”は存在しそうだ。


 それだけでも、今後の考え方が変わる。


「ユウマくん」


 合同ブースを出たあと、空下優奈が声をかけてきた。


「何だ」


「これ、思ったよりすごい授業でしたね」


「最初からそう言ってる」


「でも、最初はもっとこう……」

 優奈は少しだけ笑った。

「ハワイでわいわいするやつかと思ってました」


「周りはまだ半分そう思ってるだろ」


 実際、外へ出ればまだお祭り気分の生徒は多い。

 休憩時間に写真を撮っているやつもいるし、英語が通じるかどうかで盛り上がっているやつもいる。


 それはそれで、悪くない。

 でも、その裏でちゃんと研究も進んでいた。


「全部は分からなかったな」


 主人公がそう言うと、唯が隣で短く言った。


「でも、十分」


「そうだな」


 本当に、その通りだった。


 魔法の数が多すぎる。

 同じ魔法が少なすぎる。

 分類名もまだ仮。

 しかも、下位層の順序は地域差や母数不足で変わる可能性が高い。


 それでも、主人公たちのグループは確かに一つの仮説を掴んだ。


 思考類と定義類は、極端に出にくい。

 その次に、強化類と特化類。

 さらにその次に、属性・付与類。

 そして比較的まとまりやすかったのが、変化類と技術類。


 これはまだ、主人公グループが仮にそう呼んでいるだけの分類だ。

 正式な学術区分でも何でもない。

 でも、その“仮”が、今は何より重要だった。


 名前をつける。

 仮説を置く。

 共有する。

 そこから初めて、研究は前へ進める。


「……面白いな」


 主人公が小さくそう呟くと、空下優奈が少しだけ呆れた顔をした。


「やっぱり楽しくなってるじゃないですか」


「そりゃなるだろ」

 主人公は答える。

「今まで“考えても無駄”で切り捨てられてたところに、ようやく手がかかったんだから」


「危ない情報ほど目が輝くんですよね」


「前も言ったな、それ」


「だって本当ですし」


 そう返されると否定しづらい。


 だが実際、本当にそうだった。


 世界は今、面倒なことだらけだ。

 オーストラリア。

 吸血鬼。

 リスポーン。

 人間社会へ紛れ込むボス級。


 それでも、その一方で、こういう“法則へ近づくための授業”がある。

 それは単なる気休めじゃない。

 ちゃんと未来の戦いに繋がる。


 だから面白い。


 ハワイの空は、まだ明るかった。

 授業の続きは明日もある。

 お祭り気分の生徒も多い。

 でも、主人公の頭の中ではもう、次の仮説がいくつも動き始めていた。


 この分類は本当に地域差をまたぐのか。

 定義類のサンプルをもっと集められるか。

 思考類の希少性は、戦力差へどう直結するのか。

 そして、旧勢力圏との関係は。


 全部はまだ分からない。

 でも、入口には立てた。


 それだけで、この授業へ来た意味は十分あった。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ