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第13話 連休明け、教室は戦場だった

 連休明けの朝。校門をくぐった瞬間から、空気が違った。


 視線が刺さる。

 ひそひそ声が、点じゃなくて面になって流れてくる。

 廊下の角を曲がるたびに、スマホのカメラが一瞬だけこっちを向いて、すぐ逸れる。


 ――ああ、終わった。


 俺、結城悠真がそう思ったのは、別に自意識過剰だからじゃない。

 この一週間で、空下優奈の名前が“校内の共通言語”になってしまったからだ。


 第一階層ボス単独攻略。

 それだけでも十分異常なのに、切り抜きとまとめが回って、クランの公式も動いて、ギルドまで絡み始めた。


 そりゃ学校にも波が来る。


 教室のドアを開けた瞬間、ざわめきが一拍止まり、次の瞬間、爆発した。


「うわ、来た!」

「本物だ!」

「え、マジで同じクラスなのやば」

「空下さん今日来る?来る?!」

「軍師もいるじゃん」


 軍師。


 その単語が出た瞬間、胃が重くなる。


 俺は無表情で席に座り、カバンを机に置いた。

 心の中では、もう二十回くらい溜息をついている。


 優奈は、まだ来ていない。

 来るだろう。来るはずだ。

 でも、来た瞬間どうなるかは想像できる。教室が一回燃える。


 背後から、肩を叩かれた。


「なあ、結城」

 話しかけてきたのは、クラスでも比較的ノリが軽い男子だった。

 こういう時に一番動くタイプ。


「……何」

「いや、何っていうかさ」

 そいつは声を落とすふりをしながら、落としていない。

「空下さん、マジで一階層ボス一人で倒したんだろ?」


「知らん」

「知らんって」

 笑いながら、でも目は探ってくる。

「お前、隣の席じゃん。絶対知ってるじゃん」


 知らない、と言い切れるほど俺は図太くない。

 でも、ここで頷いたら終わる。


「配信で言ってる範囲しか知らない」

 俺は淡々と言った。

 嘘じゃない。配信で言ってる範囲の“外”を、俺は口にしていない。

 ――今のところは。


「でもさ」

 別の女子が混ざってきた。

 興味というより、心配寄りの顔だ。


「空下さん、危なくないの?配信ってさ、変な人も来るって聞くし」

「……危ない」

 俺が正直に言うと、女子は目を丸くした。

「え、やっぱり?」


 その瞬間、また別の声が飛んでくる。


「てか、軍師って結城じゃね?」

「そうそう、絶対そうだろ」

「だってあんな動き、一人で考えられる?」

「初心者だぞ?無理でしょ」

「声は出てないけどさ、指示受けてる感じあったし」


 やめろ。

 その方向に話を寄せるな。


 俺は机に肘をついて、面倒そうに言った。


「そもそも、優奈だけ特別扱いしたわけじゃない」

 自分でも驚くくらい、声は冷静だった。

「優奈が本気でお願いしてきたから、勝手に協力しただけだ。自己満足だよ」


 教室が一瞬静かになった。


 “自己満足”。


 その言葉の冷たさに、何人かが引いたのが分かった。

 でも、引いてくれた方がいい。距離ができる。


「……自己満足って」

 さっき心配してきた女子が、眉をひそめた。

「空下さん、必死だったんだよね?それで協力してるのに?」


「だから、俺のため」

 俺は言い切った。

「俺が勝手にそうしただけ。優奈のためにやってるって言うと、責任が発生する。俺は責任取りたくない」


 言いながら、胸の奥が痛くなる。


 ――言い訳だ。


 自分でも分かっている。

 責任を取りたくないんじゃない。責任を取れる立場じゃない。

 だから逃げ道の言葉を選んでいる。


 その時、廊下がざわついて、教室の入口が少しだけ明るくなった気がした。


「おはようございます!遅くなりました!」


 空下優奈が入ってきた。

 いつもの明るい敬語。いつもの「!」。

 でも今日の「!」は、どこか固い。


 瞬間、教室の空気が沸騰した。


「空下さん!!」

「マジでボス倒したの!?」

「動画見た!やばかった!」

「銃っぽい音したよね!?」

「え、銃!?銃なの!?」

「ちょ、ここ学校!」


 優奈は一歩固まって、それから笑顔を作った。

 作ってしまった。

 それが優奈の強さで、弱さだ。


「えっと!みなさん!おはようございます!ありがとうございます!でも学校なので!その話は……!」

 言ってる間に、目が泳ぐ。

 完全に囲まれている。


 俺は立ち上がり、優奈の近くまで歩いた。

 ――助けるためじゃない。

 そう言い訳できる距離まで。


「優奈、席」

「は、はいっ!」


 優奈はその一言で抜け出す。

 抜け出せてしまう。

 それがまた、周りの目を確信に近づける。


「ほら、軍師じゃん」

「結城の一言で動くの草」

「絶対惚れてるだろ」

「いや兄妹じゃね?」

「兄妹なら余計ヤバくない?家バレする」


 ……最悪。


 優奈が席に座った瞬間、机の下で俺の袖を掴んだ。


「結城くん……!」

 小声なのに「!」が付いている。

「教室、こわいです!ダンジョンよりこわいです!」


「声、落とせ」

「はいっ……!」


 授業が始まっても、視線は消えなかった。

 先生の話の間にスマホを見ている奴もいる。

 机の下で何かを打っている奴もいる。


 優奈の公式SNS。

 そこに貼られたクランの告知。

 切り抜き。

 まとめ。

 考察。


 “話題の主導権を取る”は、成功している。

 成功しているが――成功したぶん、燃えている。


 昼休み。

 俺は屋上には行かず、人気の薄い階段の踊り場でスマホを開いた。

 見たくないのに、見てしまう。


 優奈の公式SNSのリプ欄。


『後ろでアドバイスしてる奴、何者?』

『公開情報だけでも知ってること多すぎる』

『あの動き、優奈一人で考えたとは思えない』

『ボス戦の判断が秒単位。リアルタイム指示だろ』

『軍師=yuma説、濃厚』


 心臓が、嫌な跳ね方をした。


 “yuma”。


 俺の名前じゃない。

 でも――胸の奥に、嫌な一致がある。


 優奈が配信で何も考えていない、というのは言いすぎだ。

 優奈は努力している。台本を覚えて、動作を練習して、怖いまま前へ出ている。


 ただ、視聴者の目は冷たい。

 結果だけを見る。

 “成立しすぎている”ものは、裏を疑う。


 そして、俺は指示を出しすぎた。

 客観的に見れば、バレバレだ。


(……配信って、やっぱり戦闘じゃない)

(世論戦だ)


 背中が、ぞわっとした。


 階段の下から足音。

 誰かが来る。


 俺はスマホを閉じて、壁にもたれた。

 ただの休憩、みたいな顔を作る。


 ――そして、最悪のタイミングで、その“誰か”は現れた。


 同じ制服。

 髪は明るめで、カメラ映えする整い方。

 胸元に、見覚えのあるロゴのストラップ。


 クラン所属の女子高生配信者。


 あの時、ギルドへ向かう途中で招待状を渡してきた女だ。

 校内にいる時点で、面倒が確定している。


 彼女は俺の前で立ち止まり、軽く首を傾げた。


「ねえ」

 声は小さいのに、逃げ道がない声。

「どこかで見たことあると思ったらさ。君――『yuma』でしょ?」


 血の気が引いた。


 俺は表情を動かさない。

 動かしたら負ける。


「……誰のことだ」

 声が、思ったより低く出た。


 彼女は笑った。

 楽しそうに、でも目は鋭い。


「とぼけなくていいよ。10年前――ダンジョンが現れた当時」

 その言い方に、優奈の最初の設定が一瞬頭をよぎる。

 世界中に現れたのは一年前。

 でも“最初の前兆”は、もっと前にあった。限られた場所で、限られた人だけが知っていた。


 彼女は続けた。


「例の件で、一時期有名人になった。アーカイブも残ってるし。界隈じゃ今でも伝説」

 指先でスマホを軽く叩く。

「“yuma”。そう呼ばれてた」


 息が詰まる。

 言い返す言葉が、見つからない。


 その時だった。


「……え?」


 背後から、聞き慣れた声。

 振り向くまでもなく分かる。


 空下優奈が立っていた。

 弁当袋を持ったまま、階段の踊り場で固まっている。


「yuma……?」

 優奈が、信じられないものを見る目で俺を見る。

 敬語も「!」も、消えていた。


 俺の喉が、乾く。


 この瞬間、俺はようやく理解した。


 ダンジョンの敵より厄介なのは、

 ギルドの圧より怖いのは、

 ――“学校”という日常の中で、過去と今が繋がってしまうことだ。


(つづく)

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