第12話 二階層ボス会議――順番を間違えるな
クラン施設のミーティングルームは、静かすぎた。
壁は白く、机は広く、椅子は無駄にふかふかで、天井のライトは影を作らない。窓はあるのに、外は見えない。フィルムが貼られているのか、夜景の代わりに薄い反射だけが返ってくる。
ここは“会議をする場所”であって、雑談をする場所じゃない。
優奈は椅子に座ったまま、落ち着かない様子で膝の上の手をいじっていた。指が絡まって、ほどけて、また絡まる。
「……結城くん。ここ、二人で使っていいんですか?」
「許可取った」
「許可……」
優奈が小さく呟く。
「なんか、もう何でも許可ですね……!」
その言い方が少しだけ可笑しくて、俺は息を吐いた。笑うほどじゃない。けど、空気が少しだけ緩む。
緩めすぎると危ない。今日は“話す内容”が内容だ。
俺は机に手を置き、優奈を見た。
「二階層ボス対策。作戦会議をする」
「え⁉ もうするんですか⁉」
優奈の声が跳ねた。敬語の「!」と「?」が一気に増える。
「まだ二階層に慣れてもいないのに!いきなりボスなんて!だ、大丈夫なんですか⁉」
「大丈夫にする」
俺は短く言って、補足した。
「次の敵はかなり厄介だ。準備なしで行くと死ぬ」
優奈の顔が固まる。
こういう時、優奈は冗談で流さない。ちゃんと怖がる。そして、ちゃんと聞く。
「……厄介、って……強いんですか?」
「強い」
「うぅ……」
優奈がうなだれる。
「でも、今のわたし、五十体倒す練習してて……それでやっとなのに……」
「その五十体が、ボス対策だ」
「……えっ?」
優奈が顔を上げる。目が丸い。
俺はここでようやく、答え合わせをする。
「二階層のボスは、キングゴブリン」
「キング……!」
優奈の声が裏返る。
「ゴブリンに王様がいるんですか!?王様って何しますか!?冠かぶってます!?!?」
「冠は……ある」
俺は即答した。見た目も含めて情報は持っている。
ただ――古い情報ほど、輪郭がぼやける。
「あるんですか!?」
優奈が前のめりになる。
「じゃあ、どんな冠ですか!?金ですか!?トゲトゲですか!?!」
「見たことはない。いや正確には、よく覚えてない情報を知ったのが昔だからな」
「そこ、覚えてくださいよ!?見た目も知ってるんじゃないんですか!?!」
「知ってる。だが“知ってる”と“鮮明に思い出せる”は別だ」
優奈が「情報……」と小さく繰り返す。
その言葉の裏に、言いたいことがあるのが分かった。――“なんでそんなに知ってるんですか?”
でも、優奈は今それを飲み込んだ。飲み込めた。成長だ。
俺は机の上のメモ用紙に、ペンで短く書く。
『キングゴブリン+取り巻き』
「取り巻きが十体」
「……十体なら」
優奈が少しだけ安心した顔をする。
「十体なら……なんとか……」
「十体倒すと、次の十体が現れる」
「……えっ」
優奈の安心が、即座に崩れる。
俺は淡々と続けた。
「最初の十体に、追加が四回。合計五十体」
「ご、五十体……」
優奈の目が泳ぐ。
「えっ、それ……じゃあ……」
「そう」
俺が頷くと、優奈が息を吸った。
「なるほど!だから五十体が基準なんですね!」
理解の瞬間だけ、声が明るくなる。
すぐに、現実の重さが追いつく。
「……ってことは正確に言うなら……五十体ゴブリン倒した後、ボスとも戦うんですか⁉」
「そうだ」
優奈が言葉を失った。
口を開けて、閉じて、また開ける。敬語が追いつかない。
「……えっ……えっ……!」
最後に出たのは、か細い声だった。
「……それ、ボス戦っていうより……耐久戦じゃないですか……?」
「耐久戦だ」
俺は否定しない。
「だから作戦会議を今から始める」
優奈は背筋を伸ばした。
怖がっている。けど、逃げない。
その状態が一番強い。
「……はい。お願いします」
優奈が言う。
「結城くん、ちゃんと説明してください。わたし、理解しないと顔に出ます!」
「顔に出るのは諦めろ」
「諦めません!!」
優奈が小さく怒って、でもすぐ真剣に戻る。
「……でも、がんばります」
俺はペン先で、メモの余白に二つ目を書く。
『ギミック:復活』
「もう一つ厄介なのがある」
優奈がごくりと唾を飲む。
「……な、なんですか?」
「ボスを先に倒すと、取り巻きが命を捧げてボスを復活させる」
優奈の顔が、すっと白くなった。
「……は?」
声が、妙に静かだった。
静かすぎて、逆に怖い。
「蘇生だ」
「……ちょっと待ってください!?えっ!?倒しても復活するんですか!?!」
一拍遅れて、優奈の「!?」が爆発した。
「する。だから順番を間違えるな」
「順番……」
「個人で攻略するなら、取り巻きを先に五十体ストックごと消し去る。その後、残ったボスを倒す」
優奈が唇を噛む。
「……じゃあ、ボスを先に倒したら……ずっと終わらないってことですか?」
「終わらない可能性がある」
「可能性じゃなくて終わりませんよそれ!?!」
「終わる手段はある」
「あるんですか!?」
「取り巻きが尽きれば復活できない。だから先に尽かせる」
優奈はメモを覗き込み、真剣に頷いた。
「……なるほど……理屈は分かります」
そして、顔を上げて言う。
「でも!それ、わたしがノーダメで五十体倒せる前提ですよね!?!」
「前提だ」
俺は即答した。
「だから練習してる」
優奈が「うぅ……」と唸る。
唸りながら、逃げない。
俺は次のメモを書く。
『勝負:取り巻き50体をノーダメで枯らす』
「勝負はそこだ」
「……ボスじゃないんですね」
「ボスは銃――じゃなく、遠距離装備で短期決戦」
俺は言い換えた。もう癖だ。
「キングゴブリン自体はでかくて機動力があるが、防御力は低い。遠距離なら倒せる」
優奈が首を傾げる。
「でかいのに、防御力低いんですか?」
「でかいから当たり判定がでかい。動きは速いが、硬くはない」
「なるほど……」
優奈が納得しかけて、すぐに不安に戻る。
「でも、機動力があるってことは……近づかれたら……」
「近づかれる前に倒す」
「それ、簡単に言いすぎです!」
「簡単じゃない。だから“取り巻きで削られない”が条件になる」
俺はペンを置き、優奈を見る。
「取り巻き戦で一回でも被弾したら、キング戦は崩れる」
「一回でも……」
優奈が小さく呟く。
「……じゃあ、撤退条件も必要ですよね?」
「そう」
優奈が少しだけ目を見開いた。
“撤退”という言葉を自分から出せたのは、成長だ。
「撤退条件は――」
俺は指を二本立てた。
「一、予想外の追加湧き。二、取り巻きの連携が想定より上だった時」
「連携……」
「こいつらは連携してくる」
俺は淡々と言う。
「壁際に追い込む、挟む、囮を出して本体が刺す。人間みたいな嫌さがある」
優奈が「うわ……」と顔をしかめる。
「ゴブリン、嫌いになりそうです……!」
「嫌いでいい。好きになる要素がない」
優奈が「たしかに!」と小さく笑って、すぐ真顔に戻った。
「じゃあ……倒し方、決めましょう!」
優奈が前のめりになる。
「取り巻き五十体を、ノーダメで……どうやって……」
俺は短く言った。
「段階を分ける」
メモ用紙に、番号を書いていく。
10体を“列”にする
まとめて削る
近づかれる前に離脱
次の10体が出る前に整える
これを5回
優奈が目を丸くする。
「……整えるって、何を整えるんですか?」
「呼吸」
「呼吸……」
「足場」
「足場……」
「位置」
「位置……」
優奈が復唱しながら、頷く。
「……つまり、戦うより“崩れない”が大事なんですね」
「そう」
「うぅ……」
優奈がうなだれる。
「地味ですね……!」
「地味でいい。地味が生き残る」
俺が言うと、優奈は小さく「はい……!」と返した。
俺は次に、優奈の手札を整理する。
「取り巻き処理の主役は刀。補助が《発射(自身)》」
優奈が頷く。
「はい!」
「《延長(斬撃)》は燃費が悪い。だから、列ができた瞬間だけ」
「列ができた瞬間……!」
優奈が手のひらを握る。
「無駄撃ちしない……!」
「そう。無駄撃ちすると後半で死ぬ」
「ひぃ……!」
「《発射(自身)》は便利だが危険。外すと壁に刺さる」
「壁に刺さるの、まだ怖いです!」
「怖いまま使え。怖くなくなったら雑になる」
優奈が深呼吸して、頷いた。
「……わかりました。怖いままやります」
俺は最後に、最悪の保険を口にした。
「暗闇」
「……あっ」
優奈が思い出した顔をする。
あの“強制暗幕”。上書きできない系統のやつ。
「使うなら撤退用。勝つためじゃない」
「はい……!」
「見えない中で戦うと、事故る」
「それはそうです!絶対事故ります!」
「だから、逃げるためだけ。迷ったら撤退。命が最優先」
優奈が頷く。
頷いてから、ぽつりと言った。
「……結城くん。わたし、ボス戦って、もっと“強い攻撃を当てる”ものだと思ってました」
「違う」
「……違うんですね」
「ボス戦は“順番”だ。順番を間違えたら、勝っても負ける」
優奈が目を瞬かせる。
「勝っても負ける……」
「キングを倒しても、取り巻きが残ってたら復活する。倒したつもりで終わらない。――勝った気になった瞬間が一番危ない」
優奈は黙った。
その沈黙が、理解の沈黙だと分かった。
そして、優奈が小さく言った。
「……じゃあ、わたしがやることは」
「言え」
「取り巻き五十体を、ノーダメで枯らす」
「そう」
「そのあと、キングゴブリンを遠距離装備で倒す」
「そう」
「……順番を間違えない」
「そうだ」
優奈が顔を上げて、少しだけ笑った。
「……結城くん。わたし、やること、ちゃんと分かりました」
「分かったなら、次は体にする」
「はい!」
久しぶりに、強い「!」。
でも次の瞬間、優奈の顔がまた不安に揺れる。
「……結城くん」
「何」
「キングゴブリン、ほんとに復活するんですか?」
「する可能性が高い」
「可能性じゃなくて……!」
「可能性、のままにしとけ」
俺は言った。
「確定にすると、怖さが先に来て崩れる。まずは順番を覚える。現場で“起きたら対応”だ」
優奈が唇を噛んで、頷いた。
「……わかりました。まずは順番です」
俺は立ち上がり、ミーティングルームのドアに手をかけた。
優奈も椅子から立ち上がる。肩が硬い。けど足は止まらない。
「結城くん」
優奈が俺の袖を掴む。
「……わたし、次のボス、怖いです」
「まあ怖いのが正常だ」
「でも、逃げません」
「逃げるな。撤退は逃げじゃない」
「……撤退は、逃げじゃない」
優奈が復唱する。
自分に刻むみたいに。
廊下に出ると、クラン施設の空気がまた“会社”に戻る。静かで、清潔で、監視の匂いがする。
俺は思った。
二階層から、ボスは“強い”だけじゃない。
面倒で、嫌らしくて、順番を間違えさせる。
そして多分――ここから先の敵は、人間のように“学習してくる”。
優奈が、その学習の餌にならないように。
俺は、順番を叩き込む。
(つづく)




