第126話 当たりすぎる予想と、メンヘラの正面突破
オーストラリアでダンジョンが発生した、という速報が流れたのは、イギリスから戻って数日後のことだった。
朝のホームルーム前。
教室のあちこちでスマホを見ていた生徒たちが、ある瞬間から一斉にざわつき始めたので、何事かと思ってそちらを見る。
「おい、見たか?」
「マジじゃん……」
「オーストラリアって、あのオーストラリア?」
「いや、ニュースのテロップで“異常地形の拡大”って言ってるけど、これもう完全にダンジョンだろ」
その単語を聞いた瞬間、俺は自分でも嫌になるくらい自然に、胸の奥が冷えるのを感じた。
スマホを開く。
トップに来ていた速報を確認する。
オーストラリア内陸部において、大規模な異常空間発生。政府は緊急調査隊を派遣。現地では中型生物の異常増殖および群体行動が確認され――
そこまで読んだところで、俺は小さく息を吐いた。
「……やっぱり来たか」
横から優奈が、ぎこちない顔でこちらを見た。
「ユウマくん」
「何だ」
「これ、まさか」
「その、まさかだろうな」
中型サイズ。
そこそこの強さ。
そして大量発生。
一体一体が絶望的に強いわけじゃない。
けれど、数の暴力で押し潰すタイプ。
英連邦圏。
旧大英帝国圏。
第二次大戦期の勢力圏。
前に優奈へ話した仮説が、そのまま現実になったみたいだった。
教室の空気は落ち着くどころか、時間が経つほど妙な方向へ熱を持っていく。
なにしろ、ついこの前までイギリスダンジョンの理不尽さで騒いでいたのだ。
そこへ今度はオーストラリア。
しかも時期が悪い。
俺が相良へ「近いうち危ない」と口にした、まさにその直後だ。
「え、じゃあユウマ先輩って……」
「いやいや、さすがに偶然だろ」
「でも前に言ってたよな?」
「未来予知とか言ってたの、冗談じゃなかったりして」
そんな声が聞こえてきて、正直、面倒だなと思った。
冗談半分で流されるうちはいい。
だが、当たりすぎると話が変な方向へ進む。
そこへタイミング悪く、教室の扉が開いた。
入ってきたのは担任ではなく、学園運営側のスタッフだ。
その時点で、ろくでもない話だと分かる。
「結城悠真くん。相良さんから、時間ができ次第クラン本部へ来てほしいとのことです」
「はいはい」
返事をしながら立ち上がる。
クラスの視線が集まるのを感じた。
まあ、そうなる。
オーストラリアでダンジョンが発生して、その直前に俺が妙なことを言っていたのだから。
優奈が小声で言う。
「これ、絶対その話ですよね」
「だろうな」
「行きます?」
「行かないって選択肢があるなら採用したい」
でも採用できないことも、分かっていた。
クラン本部へ着くと、相良は珍しく、机の上に書類を散らした状態で待っていた。
整ってはいる。
だが、いつもの“既に全部まとめ終わっている”感じではない。
つまり、向こうも向こうで急報として処理している最中なのだろう。
俺が部屋へ入るなり、相良は開口一番こう言った。
「ここまでピンポイントで当たるとは思わなかった」
その言い方が妙に真面目で、少し笑いそうになる。
「本当に未来予知があるんじゃないか?」
「ありますよ」
俺は即答した。
相良の眉が、ほんの少しだけ動く。
「……本気で言っているのか?」
「自覚がないだけで、おそらく俺が未来予知の特級魔法使いなんです」
「いや」
相良は一拍置いてから、呆れたように言った。
「前に言ったそれは、見つからなかったことをごまかそうとしただけかとてっきり……」
そこで言葉を切り、俺をまっすぐ見る。
「まさか、本当に?」
「本当です」
大嘘だった。
だが、ここまで来るとむしろ一周回って面白い。
相良も本気で信じたわけではないだろうが、数秒だけ本当に検討した顔をしたので、それだけで十分だった。
優奈は隣で、笑うのを我慢しているのか困ったような顔をしている。
相良は小さく息を吐いて、話を本題へ戻した。
「オーストラリアで発生したダンジョンは、現時点の情報では数の暴力型だ」
「中型サイズのそこそこの強さの魔物が大量に出るタイプ、ですね」
「そうだ」
相良は資料をめくる。
「一体一体は最上位というほどではない。だが、群れで押し潰す。前線維持ができないと一気に崩壊する」
それを聞いて、俺の脳裏に一人の顔が浮かぶ。
イギリスのツインテール少女。
白人。
魔物使役の特級魔法持ち。
試験の時、大型魔物を支配して潰し続け、最後には自害までさせてポイント化していた、あの女子。
「まさか」
俺がそう言うより早く、相良が頷いた。
「イギリスの二期生予定者のうち、あのツインテールの少女が休学することになった」
「やっぱりか」
「理由は単純だ」
相良は続ける。
「魔物使役の特級魔法が、今回のダンジョンと相性が良すぎる。中型サイズの群れ相手なら、現地戦力としてこれ以上ない」
優奈が目を丸くする。
「じゃあ、一時的に引き抜かれたんですか」
「そういうことだ」
「学園生である前に、今は戦力として優先された」
なんとも分かりやすい話だった。
あいつ自身の意志がどこまで反映されたのかは分からない。
だが、イギリス側から見れば“今使わない理由がない能力”だ。
数の暴力型。
中型多数。
使役特級。
噛み合いすぎている。
俺はそこで、改めてオーストラリアの件へ意識を戻した。
「……やっぱり、英連邦圏って括りで見た方が筋が通るな」
小さくそう呟くと、相良が聞き返す。
「何だ?」
「前にも少し話しましたけど」
俺は椅子へ座りながら言う。
「ダンジョン難易度の括り、今の国境じゃなくて、第二次大戦期の勢力圏とか旧宗主国圏で止まってるっぽいんですよ」
相良はそこで一瞬だけ黙った。
たぶん、相良自身も“完全な与太話”としては聞いていない。
何しろ、オーストラリアの件が今、その話を補強している。
「……続けろ」
短く促され、俺は知っている範囲で整理して口にした。
「カナダでかなり確信したんです」
「今の国家単位で見ると、あそこの難易度だけ妙に説明がつかない。でも、イギリス本国と同じ“旧大英帝国圏”で見ると、初見殺し寄りで、正攻法を噛み合わせづらい方向性が似てる」
「なるほど」
「オーストラリアも同じです」
「今の国として見るより、“当時どの勢力圏にいたか”で見た方が、次の危険地帯として浮かび上がりやすい」
相良は腕を組んだまま、しばらく無言だった。
その沈黙は、否定ではなく咀嚼に近い。
「仮説としては面白い」
「面白いだけで済むならいいんですけどね」
「済まないだろうな」
そこは即答だった。
やっぱりこの人はそういうところが早い。
面白い、だが危険だ。
そこまでまとめるのが一瞬で終わる。
そして話は、そのまま次の件へ飛んだ。
「ところで」
俺は資料の山から視線を外し、相良を見た。
「そろそろ北海道と九州の二期生が入ってくるんですが」
「そうだな」
「朱衣とどう関わるべきか、ちょっと相談したいんですけど」
相良がわずかに目を細めた。
オーストラリアだのイギリスだのの話をしていた流れで、いきなりメンヘラ相談へ移ったので、脳内で一段切り替えたのだろう。
「メンヘラとの関わり方なんて考えたことがなくて」
俺が率直にそう言うと、優奈が横で小さく頷いた。
「それは私もちょっと思ってました」
相良は、意外にもすぐ答えた。
「向こうはyumaと友達になることが目的らしいから、小細工は必要ないだろう」
「それは分かるんですけど」
俺は正直に言った。
「失望されたら本末転倒じゃないですか」
これが結構、本気の悩みだった。
神野朱衣。
北海道のメンヘラ。
異常な魔力量。
実戦経験は薄いくせに、魔力矢一五〇本とかいう意味の分からない量で二位に食い込んできた危険な原石。
あいつの動機は、かなりはっきりしている。
yumaと友達になりたい。
問題は、その“yuma像”だ。
向こうは多分、頭の中で勝手に理想像を作っている。
配信。
攻略。
噂。
そういう断片から、妙に強くて何でも分かる存在として膨らませているだろう。
そこへ現実の俺が出ていって、「あ、思ったより普通だな」とか「なんか冷たいな」とか思われたらどうなるか。
冷めて離れるならまだいい。
でも、メンヘラはそういう生き物じゃない気がする。
相良はそこで、珍しく少しだけ分かりやすく言った。
「yumaの売りは何だ?」
「……ダンジョンの知識と、思考能力?」
「そうだ」
相良は頷く。
「異常なダンジョン知識と思考能力。それが売りだ。なら、そこがちゃんとしている限り心配はいらない」
俺は少しだけ考え込む。
「つまり、普段の態度より、答えを出せるかどうかが重要ってことですか」
「少なくとも、あの手の相手にはな」
相良は淡々と答える。
「向こうが求めているのは、優しくて話しやすい友達というより、“yuma”というブランドそのものだ。なら、そこを崩さなければいい」
優奈がそこで少しだけ苦笑した。
「なんか、友達っていうより推し活みたいですね」
「否定できないのが困る」
俺は額に手を当てたくなった。
でも、相良の言っていることは分かる。
変に取り繕ったり、距離感を計算したりするより、ダンジョンのことをちゃんと答えられること。
それが一番大事なら、むしろやることはシンプルだ。
「それでも、難しくないですか」
俺はぼやく。
「友達になりたいって言ってる相手に、“ダンジョンの話はちゃんとするけど、それ以外は知らん”って態度取るの」
「お前は別に、冷たくしろとは言っていない」
相良はあっさり言った。
「ただ、変に理想の友達像を演じる必要はない。お前はお前のまま、知識を出しておけばいい」
「……演技しない方がいい、と」
「下手に演技すると、メンヘラはそこへ依存するぞ」
「うわ」
それは普通に嫌だった。
優奈もそこで真顔になって頷く。
「それは嫌ですね」
「だろう」
相良は淡々と締める。
「だったら最初から、小細工なしで行け。ダンジョンのことを聞かれたら答える。必要な時に助言する。それで十分だ」
その言葉を聞きながら、俺は内心で少しだけ納得していた。
結局、世界の法則だのダンジョンの難易度区分だのを考えている時と同じなのだろう。
余計な装飾をつけると話がややこしくなる。
必要な情報だけ出す。
分からないことは分からないと言う。
変に盛らない。
そういう意味では、メンヘラ相手だろうと、やることは大きく変わらないのかもしれない。
「……分かりました」
俺がそう言うと、相良は小さく頷いた。
それで話は終わりだと言わんばかりの動きだった。
だが、さすがに今日は情報量が多すぎる。
オーストラリア。
イギリスのツインテールの休学。
旧勢力圏の仮説。
そして神野朱衣との付き合い方。
「なんか一日に処理する話題じゃなくないですか?」
思わずそう言うと、優奈が横で肩をすくめた。
「最近いつもそうじゃないですか」
「否定できないのが嫌だな」
「私も嫌です」
その返しに、少しだけ笑いそうになる。
オーストラリアでダンジョン発生。
それに伴う戦力再編。
世界はまた動き始めている。
その一方で、学園の中でも二期生が入ってくる。
北海道。
九州。
そして朱衣。
大きい話と小さい話が同時に来る。
だが、この世界では大体いつもそうだった。
「とりあえず」
俺は立ち上がりながら言った。
「メンヘラ相手に小細工しない方向で行きます」
「それでいい」
相良は短く答える。
「失望されたら?」
「その時はその時だ」
「だが、少なくともダンジョン知識と思考能力に関しては、お前が失望させる側になる可能性は低い」
それは、褒められているのか、酷使されているのか、少し判断に困る言い方だった。
部屋を出る時、優奈が小さく言う。
「ユウマくん」
「何だ」
「とりあえず、未来予知の特級魔法使いっていう設定はやめた方がいいと思います」
「設定じゃない。大嘘だ」
「なお悪いです」
まったくその通りだった。
でも、それくらい雑に流さないとやっていられない日もある。
今日が、まさにそんな日だった。
廊下へ出る。
窓の外には、もう夕方の色が差し始めていた。
オーストラリア。
次の火種。
そして、学園に入ってくる新しい厄介ごと。
減る気配はない。
それどころか、むしろ増えている。
けれど、増えるなら増えるで、先に分かっている分だけまだましだ。
そう思える程度には、俺ももう、この世界の面倒さに慣れてしまっていた。
(つづく)




