第118話 修学旅行という名の実戦投入
国立ダンジョン学園に入ってから、俺は何度も思っている。
この場所は、やっぱり学校の顔をした何か別の施設だ。
授業はある。
ホームルームもある。
課題も出る。
だが、その全部の奥にある目的は、普通の教育じゃない。
人を育てる。
戦えるようにする。
必要なら、そのまま前線へ出せる形まで整える。
そんな学園の本性を、改めて思い知らされる話が来たのは、第二次試験が終わって少しした頃だった。
放課後、優奈と一緒にクラン本部へ呼ばれた時点で嫌な予感はしていた。
会議室へ入ると、相良はいつものように無駄のない顔で資料を整えていて、その表情を見た瞬間に、俺はほぼ確信した。
――また面倒な話だ。
「座れ」
短くそう言われ、俺と優奈は向かいへ座る。
机の上には一枚の書類が置かれていた。表紙には、英語と日本語の両方で、やたら丁寧な題名が印字されている。
国際合同実地研修計画案。
「うわ、もう名前からしてろくでもない」
思わず本音が漏れた。
相良はそれを否定しなかった。
「イギリスでもダンジョン学園が設立されるに至った」
「は?」
俺は眉をひそめる。
「このタイミングで?」
「設立準備自体は前から進んでいたらしい」
相良は淡々と言う。
「ただ、日本ほど土台が整っていない。教師の数も、若手探索者の質も、学園運営のノウハウも不足している」
そこで一拍置いて、本題を落とした。
「それで、日本のダンジョン学園と合同で、イギリスのダンジョンを攻略しようというイベントが発生した」
俺は数秒、無言だった。
優奈も黙っている。
たぶん、頭の中で“イベント”という単語と“ダンジョン攻略”が並んだ時点で、もう嫌な未来しか見えていないのだろう。
結局、最初に口を開いたのは俺だった。
「絶対、イギリスのダンジョンで大勢の若者が死ぬのが怖くて、ヨーロッパだけじゃ不安だから日本から補充しようとしてるよな」
相良は即答しなかった。
その無言だけで、だいたい答えは分かる。
「建前としては国際交流、学術共有、若手育成の相互支援だ」
「はいはい、建前は立派ですね」
「だが、お前の見方も完全に外れてはいないだろうな」
だろうと思った。
イギリスのダンジョンが、今どれだけ厄介かは嫌というほど知られている。
特級魔法使いを抱えながら、なお慎重にならざるを得なかった国だ。
しかも、そこへ学園を作るということは、若手を実地へ出す必要がある。
つまり事故率が上がる。
日本を巻き込めば、最低限、引率と補助と見本役が増える。
そう考えれば、イギリス側がこの話を持ってくるのはかなり自然だった。
「でも……」
優奈がそこで、少し首を傾げるように言った。
「思ったんですけど、海外諸国って、ダンジョンの存在自体を隠蔽してるところ多いじゃないですか」
「ああ」
「なのにダンジョン学園って設立して、国民にはどう説明してるんでしょうか」
その疑問は、かなり真っ当だった。
俺たちはもう、ダンジョンの存在を前提に動いている。
でもそれは、日本でそういう環境が整っているからだ。
海外の多くは、未だに全部を公にはしていない。
魔法の存在さえ、広くは知られていない国もある。
その状況で“ダンジョン学園”なんてものをどうやって通すのか。
普通に考えればかなり無理がある。
相良はそれを聞いて、少しだけ頷いた。
「イギリスを含めた一部先進国以外では、原因不明による地形や動物の突然変異が大規模で起こっている、という説明で押し通している」
「……雑ですね」
優奈が素直にそう言った。
「雑だが、隠蔽というのはだいたいそういうものだ」
相良は淡々と返す。
「“極秘の調査機関”“特殊環境対応の育成施設”“危険生物対策の専門訓練校”。国ごとに名前は違うが、要するにそういう言い換えで誤魔化している」
なるほど。
筋は通る。
通るが、長くは持たない。
相良もそこは分かっていたらしく、すぐに続きを言った。
「ただし、イギリスを含めた一部先進国では、その誤魔化しにもう無理が出ている」
「近年、その割に人が死にすぎてるからか」
「そうだ」
相良は頷く。
「原因不明の地形変動や動物変異にしては、探索者に近い年齢層の死傷率が高すぎる。さらに、一部では映像も流出した。結果として、“全部は言えないが何か大きな異常事態がある”程度までは、ここ一年ほどで部分的に打ち明けるようになった」
そこで、俺はふと気づく。
「……あ」
「どうしたんですか?」
優奈が聞く。
「yumaに海外から依頼が来るようになった時期だ」
俺がそう言うと、相良が静かに頷いた。
「その通りだ」
「完全開示ではない。だが、少なくとも一部先進国は“外部へ助けを求める言い訳が立つ程度”には、国内説明を調整し始めた」
つまり、俺が海外から妙な依頼を受け始めたのも、その流れの一部だったわけだ。
表向きは極秘。
でも、もう完全には隠しきれない。
だから、一部だけ開ける。
そこへ日本という先行国が入り込む。
「なるほどな……」
それで全部が繋がる。
イギリスが学園を作る。
国際合同実地研修を名目に、日本の若手を呼ぶ。
全部が“急に始まった”んじゃない。
隠蔽の限界と、前線不足と、教育ノウハウ不足が全部まとめて噴き出した結果だ。
「で」
俺は机の上の資料を指先で叩いた。
「これ、いつやる気なんですか」
「早い」
相良は短く言った。
嫌な予感しかしない答えだった。
「具体的には」
「来月だ」
「は?」
「来月」
「早すぎるだろ⁉」
さすがに声が大きくなった。
優奈も本気で驚いた顔になる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 来月って、もうすぐじゃないですか!」
「そうだ」
「いや、まだ早ぇよ⁉」
それは会議室の中だけでなく、後日、学園で正式発表された時にも、ほぼ全員が同じ反応をしていた。
全校集会という名の緊急連絡で体育館へ集められた時点で、ろくでもない話だろうとは思っていた。
だが、壇上に立った教師が「イギリスのダンジョン学園との国際合同実地研修を行います」と言い切った瞬間、体育館の空気は一気に爆発した。
「まだ早ぇよ⁉」
「いやいやいや、まだ訓練って言うほど訓練受けてないだろ!」
「授業始まってどれくらいだと思ってんだよ!」
「修学旅行のノリで言うな!」
言っていることはだいたい全部正しい。
教師側もそれは予想していたらしく、壇上で「落ち着いてください」と何度も言っていたが、落ち着けるわけがない。
修学旅行。
国際交流。
実地研修。
言葉だけ見れば、それっぽい。
でも中身はどう考えても“危ないダンジョンへ若手を連れて行く”でしかない。
しかも相手はイギリスだ。
第二次試験組の中に、イギリス勢がいたこともあって、余計に生々しい。
ジョンは後ろの方で「はは、マジでやるのか」と面白がっていたが、日本人生徒の多くは笑えない顔をしている。
音葉は完全に真顔。
唯も黙っている。
優奈は俺の隣で、かなり複雑そうな顔をしていた。
「ユウマくん」
「何だ」
「これ、もう修学旅行じゃないですよね」
「最初からそう言ってるだろ」
「ですよねぇ……」
優奈はため息をつく。
俺も正直、気持ちは分かる。
ただ、感情とは別に、理屈としては理解できた。
「まあ、日本ですら教師不足だからな」
俺が小さく呟くと、優奈が聞き返した。
「え?」
「日本はまだマシな方だ」
俺は壇上の資料を見ながら言う。
「学園設立が急だったとはいえ、うちは少なくとも“ダンジョン学園”として回すつもりで人を集めた。現場経験のあるクランや探索者もいる。けど、イギリスはもっとひどいんだろう」
「だから、日本を呼ぶんですか」
「多分な」
若手はいる。
でも教える側が足りない。
あるいは、教える側はいても、若手へ見本として見せられるだけの層が薄い。
だったら、日本から“もうある程度形になっている学生”を持ってくるのは合理的だ。
実際、学園という枠で見れば、日本はかなり進んでいる。
優奈みたいに配信者としての実戦経験があるやつもいれば、音葉みたいな独自魔法運用型、ジョンみたいな海外枠でもう学園内へ馴染んでいるやつ、唯みたいに独学でボス討伐ラインへ達したやつまでいる。
そういう連中を“若手の見本”として一緒に連れて行けば、イギリス側の学生へ与える刺激も大きいだろう。
ついでに言えば、危ない時の保険にもなる。
「絶対それもあるよな……」
俺はぼそっと呟く。
壇上では、教師がどうにか前向きな説明をしようとしている。
「今回はあくまで段階的な交流です!」
「全員が危険な前線へ出るわけではありません!」
「事前講習や役割分担もあります!」
だが、生徒側の反応は鈍い。
当然だろう。
“危険な前線へ出るわけではない”と言われても、行き先がイギリスのダンジョンである時点で安心できるはずがない。
しかも、たぶん教師側も全部をコントロールできると思っていない。
「うわ、絶対何か起きるやつじゃん……」
前の方の席から、そんな呟きが聞こえた。
誰の声かは分からない。
だが、たぶんクラスの半分くらいが同じことを思っている。
その中で、逆に少し楽しそうな顔をしているやつもいる。
ジョン。
第二次試験組の九州勢。
北海道勢の一部。
あとは、たぶん俺も、表情に出ていないだけで、完全に嫌というわけではない。
危険だ。
面倒だ。
でも、イギリスの若手がどういう訓練を受けているのか、日本と何が違うのかを見る機会でもある。
それに、国家レベルで学園同士をぶつけるなら、建前の交流以上に、いろんなものが見える。
技術。
思想。
情報統制の温度差。
イギリスがどこまで本気で日本へ学ぶつもりなのか。
逆に、日本がどこまで見せるつもりなのか。
そこは普通に興味があった。
壇上の説明が一通り終わる頃には、体育館のざわめきは最初の爆発ほどではなくなっていた。
諦め半分。
不安半分。
好奇心が少し。
そういう空気だ。
ホームルームへ戻ったあとも、クラスの中はしばらくその話題でもちきりだった。
「まだ早いだろ」
「イギリスって、あのイギリスだよな?」
「俺ら、普通に死ぬんじゃないか?」
「いや、さすがに教師もつくんだろ?」
「教師不足って言ってなかったか?」
言いたいことが多すぎて、会話がまとまっていない。
それも無理はない。
俺は席へ座りながら、ふと窓の外を見る。
東京の空は、いつも通りだった。
だが来月には、イギリスの空を見上げることになるらしい。
その空の下で、若手同士の“合同研修”とやらをやる。
建前だけ聞けば、普通の学生イベントみたいだ。
でも、こっちは全員分かっている。
これは修学旅行じゃない。
交流行事でもない。
危険な現場へ出るための、段階的な実戦投入だ。
優奈がこっそり小声で言う。
「ユウマくん」
「何だ」
「これ、行くこと自体は、もう決まりなんですよね」
「多分な」
「断れないですかね」
「断りたいやつが多すぎて、逆に個別には無理だろ」
「ですよね……」
優奈は机へ突っ伏したいのを我慢している顔をした。
そういう反応も分かる。
でも、たぶん断れない。
学園の設立目的そのものが“若手を現場へ出せる水準まで育てる”ことだ。
そこへ国際合同実地研修という名目が来たら、むしろ飛びつく側だろう。
教師不足。
若手不足。
前線不足。
その全部を“交流”の言葉で薄めて飲み込ませる。
国家ってのは、そういうことをやる。
「まあ」
俺は小さく息を吐いてから言った。
「日本ですら教師不足なんだ。イギリスだともっとひどいんだろうな」
優奈は顔を上げた。
「だから、日本の学園を呼ぶ」
「そういうことだ」
「……ほんとに補充じゃないですか」
「最初からそう言ってる」
優奈は、むう、と頬を膨らませた。
でも結局、完全否定はしなかった。
たぶんもう、感情では嫌でも、理屈としては分かってしまっているのだろう。
合同ダンジョン攻略イベント。
イギリスと日本のダンジョン学園。
修学旅行というには危険すぎる実地研修。
面倒ごとがまた一つ増えた。
でも、その面倒の先に、また新しい何かがある。
そう思うあたり、たぶん俺も、もう普通の学生の感覚ではいられなくなっているのかもしれなかった。
(つづく)




