第117話 虹色の魔石と、世界を変える前の一歩
虹色の魔石の画像を見せられた翌日、俺は優奈との学園帰りに、そのままクラン本部へ引っ張られた。
「帰っていいですか」
会議室の扉を開ける前に一応そう言ってみたが、横にいた相良は振り向きもせずに答えた。
「駄目だ」
「ですよね」
知ってた。
中へ入ると、会議室の大きなモニターにはすでにシュウの顔が映っていた。
向こうも向こうで、深層帰りらしく少し疲れた顔をしている。けれど、目だけは妙に冴えていた。
「おー、来たか悠真」
「来たか、じゃないんだよ」
俺は椅子へ座りながら言う。
「深層で変な石拾ったのはそっちだろ。何で俺が巻き込まれてるんだ」
「だってお前、こういうの考えるの得意じゃん」
「得意かどうかで言えば嫌いじゃないけど、だからって自動的に呼ぶな」
そう返すと、シュウはいつもの調子で笑った。
相良はすでに机へ資料を並べ終えていた。
虹色の魔石の拡大画像。
魔力放射の簡易観測データ。
試験的に行った出力安定性のメモ。
そして「加工不能に近い」という、嫌になるほど大きな赤字。
優奈は俺の隣へ座り、机へ並んだ資料を目で追っている。
こういう時の優奈は、口数が減る。
分からないから黙るんじゃない。
何か吸収しようとして、いつもより静かになるのだ。
相良が口を開いた。
「前提を整理する」
その一言で、会議室の空気が仕事のものへ切り替わる。
「虹色の魔石は、小さい。長持ちする。属性が固定されていない。しかも魔石全体から均一に、純粋な魔力に近いものを放射し続けている」
「そこまでは昨日聞いた」
「問題は加工だ」
相良は一枚目の資料を指で叩いた。
「普通の魔石なら、切り出す、削る、埋め込む、向きを揃える、といった加工の余地がある。だがこいつは、そのどれをやっても全体のバランスが崩れる可能性が高い」
シュウが画面の向こうで肩をすくめる。
「実際、一回やってみたんだよ。ほんの少しだけ表面を削っただけで、放射の均一性が落ちた」
「お前ら、もう削ったのかよ」
「少しだけな。少しだけ」
シュウは念を押すように言った。
「でも、その少しで分かった。こいつは“どこか一部を使う”んじゃなくて、“全体の状態を保ったまま使う”しかない」
「つまり、加工が難しいんじゃなくて、難しすぎる」
俺がそうまとめると、相良が頷いた。
「現状では、ほぼ不可能と言っていい」
そうなると、発想を変えるしかない。
俺は資料へ手を伸ばし、虹色の魔石の画像を改めて見る。
属性がない。
均一。
長持ちする。
そして、全体で一つの機能を持っている。
だったら、普通の魔石みたいに“部品”として考えるのが間違いだ。
これはたぶん、最初から“一個の機構”として扱うべき素材だ。
「で」
シュウが身を乗り出すみたいに画面へ近づいてくる。
「何か出たか?」
「朝から無茶言うな」
「そうは言っても、お前なら何かしら変なこと思いつくだろ」
「変なことって言うな」
でも、実際もう頭の中ではいくつか動いていた。
虹色の魔石が“純粋な魔力”を均一に放射する。
この一点だけでも、従来の魔石とは意味が違う。
属性魔石は、その属性の色を周囲へ押しつける。
火なら熱。
氷なら冷却。
風なら流れ。
でも虹色のこれは違う。
偏りがない。
ということは、何かを足すより先に、“乱れをならす”方向へ使える可能性がある。
「一個ある」
そう言うと、相良もシュウも、それから優奈まで一斉にこっちを見た。
「環境対策だ」
「環境対策?」
優奈が小さく聞き返す。
「ああ」
俺は資料の空白へ指で円を描くようにしながら続けた。
「虹色魔石は、属性のない純粋な魔力を均一に放射してる。なら、ダンジョン特有の悪環境を一時的に中和できる可能性がある」
「悪環境っていうと……」
「四層の毒の空気、七層の魔力酔い、そういうやつだ」
俺は言う。
「周囲数メートルだけでもいい。石の周囲を“純粋な魔力”で上書きできれば、毒や酔いみたいな偏った環境を打ち消せるかもしれない」
会議室が少しだけ静かになった。
優奈が最初に反応する。
「それ、できたらすごくないですか?」
「できたらな」
シュウは画面の向こうで真面目な顔になっていた。
「……いや、待て。これ、かなりでかいぞ」
「ダンジョン攻略って、結局は敵だけじゃなくて環境も相手にしてる。そこを“持ち込んだ石”で上書きできるなら、深層の前提が変わる」
「革命だな」
相良が静かに言った。
その言い方に、俺は少しだけ肩をすくめる。
「成功すれば、な」
「でも今すぐは無理だろ。放射範囲の制御が難しい。どこまで中和できるかも未知数だし、味方の魔法まで薄める可能性がある」
「そこは同意だ」
相良はすぐに認めた。
「発想としては有望だが、今すぐ形にするには不確定要素が多すぎる」
つまり、一案目はでかすぎる。
当たれば世界が変わる。
でも、いきなり製品へ落とすには危険すぎる。
だったら二つ目だ。
「外部デバイス化は?」
シュウが先に言った。
俺は頷く。
「それも考えた」
「虹色魔石を“魔法そのもの”じゃなく、“魔力補助ユニット”みたいに使う」
相良が目を細める。
「具体的には」
「自分にかける強化魔法とか、デバフ解除みたいな、比較的軽くて単機能な魔法を選んで使える外部デバイスだ」
「何でもできるようにするんじゃなくて、一機能だけ。自己強化専用、あるいは状態異常解除専用、そういう単純なものに絞る」
優奈が少し考える顔になる。
「魔法を保存する道具、じゃなくて……」
「魔力を補助する道具、だな」
俺は補足した。
「虹色魔石が属性なしの純粋魔力を出せるなら、人間の魔法発動の“燃料側”だけを肩代わりさせる発想はあり得る」
シュウが低く唸る。
「それも成功したらでかいな……」
「成功したらな」
俺はまた同じことを言う。
「でもこれも問題がある。誰にでも使える形にすると、発動制御が難しい。暴走や誤作動も怖い。しかも“魔法として使う”なら結局、内部構造が複雑になる」
そこで相良が資料の一枚を裏返した。
そこに書いてあったのは、昨日も出てきた嫌な制約だ。
「ダンジョンへの持ち込みフィルター」
相良が言う。
「機械的な構造を入れすぎると、ダンジョンに入る時点で弾かれる」
「そこなんだよな」
ダンジョンは、何でも持ち込めるわけじゃない。
特に現代機械をそのまま持ち込もうとすると、フィルターみたいな目に見えない制限へ引っかかる。
構造が複雑であればあるほど、通りにくい。
だからもし虹色魔石を製品化するなら、機械としてはなるべく単純でなければいけない。
それが一番面倒だった。
「つまり」
優奈が静かにまとめる。
「一番すごそうな一案目も、二案目も、今すぐ作るには難しすぎるってことですね」
「そういうことだ」
そう答えながら、俺の中ではもう一つの案がかなりはっきりしていた。
革命の種になる案は二つ。
でも、今すぐ形にするべきなのは別のやつだ。
「三つ目がある」
俺がそう言うと、相良がすぐに反応する。
「聞かせろ」
「共鳴だ」
「共鳴?」
「複数の虹色魔石が、同じ純粋魔力の波長を持ってるなら――」
俺は言葉を選びながら続ける。
「トランシーバーみたいに使える可能性がある」
シュウが画面の向こうで目を見開いた。
「……ダンジョン内通信か?」
「そうだ」
その瞬間、会議室の空気が明確に変わった。
優奈が前のめりになる。
「それ、すごくないですか?」
「すごい」
俺は頷いた。
「しかも一案目と二案目より、ずっと現実的だ」
理由は単純だ。
環境を中和するのも、外部デバイス化するのも、魔石から出る純粋魔力を“別の形”へ変換しなければならない。
だが通信なら、純粋魔力の波長そのものを利用するだけで済む可能性がある。
つまり、加工は最小限でいい。
「トランシーバーっていうより、共鳴札に近いかもしれないな」
俺は机の上へ指で形を描きながら言う。
「二つ一組。あるいは複数一組。単純な構造で、互いの魔石同士が共鳴し合う状態を作る。声でも、最低限の振動でも、情報を波として乗せられれば通信になる」
「避難救助にも使える……」
優奈が小さく呟く。
「ランダム転移の時の再集合にもな」
俺はすぐに続けた。
「深層探索の連携、迷路型ダンジョンでの位置確認、救助隊の分断防止。用途はいくらでもある」
シュウが珍しく興奮した顔で言う。
「これ、マジでいけるなら最優先だろ」
「だろうな」
俺は認めた。
「一案目と二案目が成功したら世界が変わる。でも三案目は、“今すぐ世界を前に進める”可能性がある」
相良は腕を組んだまま、しばらく黙っていた。
たぶん、頭の中で市場価値と実現性を同時に測っているのだろう。
「問題は構造だ」
やがて、相良がそう言った。
「通信機として成立させるには、どこまで簡素化できる」
「複雑な機械は無理だ」
俺ははっきり言う。
「ダンジョンに持ち込む前提なら、内部構造は極力単純にしないとフィルターで弾かれる」
「なら、操作も単純にする必要があるな」
「そうなる」
「例えば、押すと送る。握ると送る。そういう程度まで落とすしかない」
優奈が小さく首を傾げた。
「スマホみたいには、ならないんですね」
「ならない」
俺は答える。
「目指すのは文明の再現じゃない。まずは“ダンジョンの中でも連絡が取れる”ことだけだ」
そこでシュウが、ふっと笑った。
「世界を変えるなら、まずは小さく確実に形にするってやつか」
「そういうことだ」
一案目。
悪環境の中和。
成功すれば深層攻略の前提が変わる。
でも制御が難しすぎる。
二案目。
外部デバイス。
強化魔法やデバフ解除を他人でも使える形へ落とせたら、探索者の戦い方は激変する。
でも発動制御と安全性、それに構造の複雑さが壁だ。
三案目。
共鳴ネットワーク。
派手さはない。
でも最初の製品としては、圧倒的に現実味がある。
相良がようやく口元をわずかに動かした。
「よし。優先順位は決まったな」
「やっぱり三案目ですか」
優奈が聞くと、相良は頷く。
「まずは共鳴通信。第一試作目標はそれだ」
「一案目と二案目は研究課題として並行検証する。ただし表に出すのは三案目が先になる」
「妥当だろうな」
俺もそう思う。
トランシーバーと聞くと地味に見えるかもしれない。
でもダンジョン内で安定して通信できる手段ができたら、それだけで避難救助も、迷子対策も、探索連携も、全部変わる。
特にランダム転移系の事故があるダンジョンでは、価値が高すぎる。
「でも、製品にするってことは」
優奈が慎重に言う。
「一般の探索者でも使える形にするんですよね」
「そうだ」
相良は答える。
「だからこそ操作は単純でなければならないし、構造も簡素でなければならない」
「ボタンとかは?」
「多分、増やしすぎると危ない」
俺は答えた。
「ダンジョンに持ち込む時のフィルターが、どこまで機械扱いするかはまだ曖昧だ。なら、最初は“ほぼ札か石”くらいまで単純にした方がいい」
「石そのものに、握ったら反応するとか?」
「そういう方向だな」
優奈はそこで、少しだけ楽しそうに笑った。
「なんか、魔道具っぽくなってきました」
「実際そういう話だろ」
現代機械ではなく、ダンジョンが受け入れる単純構造。
でもやっていることは通信。
これはたしかに、技術というより魔道具に近い。
シュウが画面越しにこちらを見ながら言った。
「で、結局yumaの名前は貸してくれるのか?」
「話が早いな」
「そこが大事だからな」
たしかに大事だ。
相良が昨日言った通り、虹色魔石は革新的すぎる。
No.1クランが出したと言われても、逆に信用されるか怪しいレベルだ。
深層由来。
従来の魔石の常識をひっくり返す。
加工は難しい。
でも通信に使えるかもしれない。
そんな話、普通なら一発で信じない。
「出来るだけ信用できる後ろ盾と協力が欲しい、だったな」
俺がそう言うと、相良がすぐに頷いた。
「そうだ。特に最初の製品が通信型になるなら、探索者とクランだけでなく、救助関係や行政まで視野に入る。初手の信用は重い」
そこまで言われると、正直断りづらい。
俺は少しだけ黙ってから、結論を出した。
「三案目に限るなら、名前は貸す」
優奈がちらっとこっちを見る。
シュウの顔が少し明るくなる。
相良は当然みたいに頷いた。
「ただし」
俺はすぐ続けた。
「一案目と二案目みたいな“世界変える級の話”まで一気にyuma名義で広げるな。まずは三案目が本当に形になるか確認してからだ」
「妥当だな」
相良もそれには即答した。
「あと、売り方も考えろ」
俺は言う。
「これ、ただの新製品ですって顔で出したら逆に怪しい。深層から拾った未知の魔石です、でも通信できます、って詐欺みたいな売り文句になるぞ」
シュウが苦笑する。
「そこはまあ、そうだな」
「だからこそ、お前の名前がいる」
相良は静かに言った。
分かってる。
分かってるから嫌なんだ。
でも、分かってる以上は、完全に逃げるのも違う。
虹色魔石。
小さくて、長持ちして、属性がない。
そして、加工は難しすぎる。
そんな理不尽な素材から、最初に取り出す価値が“通信”だというのは、たぶん悪くない答えだった。
「兄さん」
横で黙って聞いていた唯が、そこで初めて口を開いた。
「何だ」
「それ、もし完成したら」
唯は少しだけ考えるように言った。
「ダンジョンの中で、離れた人同士がちゃんと話せるってことだよね」
「そうなるな」
「だったら……すごいね」
その言い方が妙に静かで、でも本気だった。
戦闘力そのものじゃない。
派手な魔法でもない。
でも、失われていた連携が戻る。
それだけで救える命がある。
そう考えると、たしかに“革命”というほど大げさでもないのかもしれない。
むしろ、当たり前すぎて今までなかったのが不自然なものを、ようやく取り戻すだけだ。
「とりあえず」
俺は椅子へ深く座り直した。
「一案目は夢。二案目はもっと夢。三案目は現実路線」
「言い方」
優奈が笑う。
「でも、分かりやすいです」
「分かりやすくしないと、こういうのはどこまでも広がるからな」
相良もその整理には同意したらしく、資料へすでに何か書き込んでいる。
シュウは画面の向こうで、「よし、まずは深層産の虹色魔石を追加で回収だな」と勝手に次の予定を組み始めていた。
世界を変える話というのは、大体こういうところから始まる。
いきなり完成品が降ってくるわけじゃない。
素材が見つかる。
誰かが夢を見る。
誰かが無理だと言う。
その間で、現実にできる最初の一歩を探す。
今回、その一歩はたぶん通信だ。
ダンジョンの中で連絡が取れる。
それだけで、救助も、探索も、合流も、撤退も変わる。
そして、その先に本当に世界を変える案が眠っているなら、それはそのあと考えればいい。
「……また面倒なことになってきたな」
思わずそう呟くと、優奈が小さく笑った。
「でも、ちょっと楽しそうですよ」
「気のせいだ」
「たぶん気のせいじゃないです」
否定はしない。
こんな話、面白くないわけがない。
虹色の魔石。
革命の種。
そして、その種から最初に咲かせるのは、たぶん地味で、でも確実に人を助ける花だ。
そう思うと、少しだけ気分が軽くなった。
(つづく)




