第115話 十階層踏破報酬と《魔力盾》
十階層ボス《崩れ落ちるデーモン》を討伐したあと、優奈はゲートの外へ戻ってきた瞬間、その場にしゃがみ込みそうになった。
「つ、疲れました……」
「だろうな」
俺はそう返しながらも、内心では少しだけ安堵していた。
十階層は、これまでの階層とは明確に質が違った。
飛行型。
武器腐食。
超再生。
それを、優奈は自分の機動力と《延長(斬撃)》を軸に突破した。
派手な大技ではない。
でも、十階層を越えるのに必要だったのは、そういう派手さではなく、今まで積み上げてきたものを崩さず使い切ることだった。
優奈は額の汗を拭いながら、自分の刀をじっと見つめる。
「思ったより、無事ですね」
「受けなかったからな」
俺は刀身を確認しながら答えた。
「まともに受けてたら、今ごろ半分以上は腐ってた」
「やっぱり《延長(斬撃)》って便利ですね」
「便利って一言で済ませるには、かなり悪質な便利さだけどな」
そう言うと、優奈は小さく笑った。
その時だった。
十階層クリアの認証音が、これまでより少しだけ重い響きで鳴る。
空間の中へ、淡い魔力の文字が浮かんだ。
階層踏破報酬の表示だ。
「来たな」
俺がそう呟くと、優奈もすぐに居住まいを正した。
これまでにも、五階層ごとの区切りでは踏破報酬が出ていた。
だが十階層は少し違う。
五階層区切りの報酬に加えて、十階層到達者だけに出る特別枠が一つ増えるからだ。
表示された選択肢は、四つ。
①特殊武器
②ダンジョンに持ち込める専用防具(部位指定可、種類ランダム)
③武器または防具強化用の特殊魔石
④魔法 《魔力盾》
優奈が目を丸くした。
「魔法、あるんですね」
「十階層から先はある」
俺は表示を見ながら言う。
「五階層の時点では装備系が主だったけど、十階層は一段上だ。武器や防具だけじゃなく、戦い方そのものを変える選択肢が混ざる」
だが、そこで俺は小さく眉をひそめた。
「……《魔力盾》?」
「知ってる魔法じゃないんですか?」
「知らん」
優奈が驚いたようにこっちを見る。
「ユウマさんでも?」
「少なくとも俺は聞いたことがない。広まってないか、そもそも階層報酬限定でしか出ない魔法か、そのどっちかだろうな」
優奈は選択肢を一つずつ見比べる。
特殊武器。
専用防具。
特殊魔石。
どれも悪くない。
むしろ普通なら、悩むのはそこだ。
だが、優奈の視線は最初からほとんど④に固定されていた。
「この《魔力盾》って……重量はないんですかね」
その質問に、俺は少しだけ考える。
未知の魔法だから断定はできない。
でも、系統からすれば予想はつく。
「魔力矢や魔力剣に重量がないことを考えると、多分ない」
俺はそう答えた。
「少なくとも物理盾みたいに、持った瞬間に腕へ重さがくるタイプじゃないと思う」
「だったら、これが一番いいです」
優奈は迷いなく言った。
俺は少しだけ口元を緩める。
「即決だな」
「だって、盾に重さがないなら、私と相性いいじゃないですか」
優奈は当然みたいに言う。
「発射の邪魔にならないし、《延長(斬撃)》の前にも使えるかもしれないし」
「まあ、そうだな」
実際、その通りだった。
優奈の戦い方は、いかに自分の機動力を殺さないかが大前提だ。
重い盾は論外。
かといって《Perfect-protection》みたいな常時維持型はコストが重い。
そこへ“軽くて、即応性のある盾”が来るなら、相性が悪いはずがない。
「よし、じゃあ取れ」
「はい」
優奈が選択肢へ触れる。
④《魔力盾》が光り、報酬の文字が崩れ、細い光の線になって優奈の身体へ吸い込まれていった。
優奈は一瞬だけ目を閉じ、それからゆっくり息を吐く。
「……来ました」
「どうだ」
「盾、です」
優奈は少し不思議そうに自分の手を見た。
「でも、《シールド》とか《protection》とは感覚が違います」
そこが面白いところだった。
「試すぞ」
「今ですか?」
「今だ」
俺は即答する。
「こういうのは、取った直後が一番感覚を掴みやすい」
優奈もそれには逆らわなかった。
十階層攻略の直後で疲れてはいるだろうが、こういう時に後回しにすると、結局“分かった気がするだけ”で終わる。
俺たちはそのまま、訓練用の空きスペースへ移動した。
「じゃあまず、展開だけしてみろ」
「はい。……《魔力盾》」
優奈がそう唱える。
次の瞬間、彼女の左前方に、薄く半透明の盾がぱっと現れた。
金属ではない。
光でできているわけでもない。
どちらかと言えば、魔力をそのまま板状へ圧縮したような見た目だった。
色は淡い青白さを帯びていて、縁だけが少し濃い。
「速いな」
俺は思わずそう言った。
展開までのラグが、ほとんどない。
《Perfect-protection》は強い。
だが、発動までにどうしても数秒のラグがある。
あれは“先に張っておく”魔法だ。
対して《魔力盾》は違う。
必要になった瞬間に出すことを前提にしている。
優奈も目を丸くしている。
「え、これ……すごく軽いです」
「重量感は?」
「ほぼないです。というか、持ってるって感じもしないです」
優奈は盾を少し動かしながら言う。
「自分の魔力の延長で、そこにある感じ」
俺は頷いた。
予想通りだ。
もし物理重量がないなら、発射主体の優奈にはかなりありがたい。
動きの邪魔をしないまま、防御だけを増やせる。
「維持は?」
「……あ、これもかなり軽いです」
優奈は少し驚いたように答えた。
「展開してるだけなら、思ったより全然減ってないです」
「多分、シールド系で一番コスパいいな」
口にしながら、自分でも半ば呆れた。
《シールド》は使いやすいが、一定の強度を保とうとするとそれなりに食う。
《protection》は壊れる前提なら悪くないが、全身へ張るとやはり重い。
《Perfect-protection》は壊れないが、ラグも維持コストも大きい。
だが《魔力盾》は違う。
展開だけなら、かなり軽い。
しかもラグがない。
「これ、めっちゃ強くね?」
思わずそう漏らすと、優奈も素直に頷いた。
「強いです。多分、思ってたよりかなり」
「まだ早い」
俺はすぐに言った。
「形も見ろ」
「形?」
「大きさと形状、調整できるはずだ」
優奈が少しだけ集中する。
すると、盾の形がゆっくり変わった。
最初は丸に近かったそれが、少し細長くなる。
さらに横幅を広げようとした瞬間、優奈の表情がわずかに変わった。
「……あ、ここで増えます」
「何が」
「魔力消費です」
優奈は盾を元に戻しながら言う。
「小さいままなら軽いです。でも大きくしたり、形を変えたりすると、その分だけ追加で持っていかれます」
「だろうな」
それはメリットであり、デメリットでもある。
自由度が高い。
必要に応じて大きさや形を変えられる。
でも、何でも好き放題にできるわけじゃない。
複雑な形にしようとすれば、当然そこへ魔力と集中がいる。
「つまり、使い方にセンスが要るタイプか」
「そうですね……」
優奈は盾を細長くしたり、小さくしたりしながら答える。
「丸い普通の盾ならかなり軽いです。でも、変な形にしようとすると急に“あ、今やってるな”って分かります」
「それはいい」
俺は素直に言った。
「分からないまま持っていかれるより、使った感覚がある方がいい」
優奈は次に、盾を二枚へ増やそうとしてみた。
だがそこは、明らかにコストが跳ねたらしい。
「二枚目、急に重いです」
「じゃあ多重展開は基本向いてないな」
「ですね……一枚をどう使うかって感じです」
俺は少し考えながら、次の応用を口にする。
「発射と組み合わせると、空中で一瞬だけ射線を切るのにも使えそうだな」
「あと、ほんの一瞬だけなら足場代わりにできるかもしれない」
「足場?」
「あくまで一瞬な」
俺は言う。
「発射の軌道補助くらいには使える可能性がある。ちゃんと試すなら後日だが」
優奈の目が少し輝く。
「それ、できたら面白そうです」
「面白いだけじゃなくて、対空戦でかなり変わる」
飛ぶ敵相手に、空中で一拍だけ射線を切れる。
あるいは自分の軌道を微調整できる。
それだけで、十階層の戦い方はかなり広がる。
だが、もちろん良いことばかりではなかった。
「よし、次。壊してみるぞ」
「え?」
「壊れた時の感覚を知らないと使えない」
俺は訓練用の小型魔法弾を一つ作り、優奈へ向ける。
威力は抑えてある。
だが、《魔力盾》の強度を見るには十分だ。
「行くぞ」
「はい!」
魔法弾を放つ。
盾へ直撃。
盾は耐えた。
少しだけ表面に罅割れのようなノイズが走るが、崩れない。
「もう一発」
「はい!」
二発目。
今度は、ぴし、と音を立てるように盾が割れた。
光の破片みたいに散り、消える。
「うわ」
優奈が思わず声を漏らす。
「再展開しろ」
「《魔力盾》!」
すぐに再展開。
ちゃんと出る。
だが、優奈の顔が少しだけ曇った。
「……あれ?」
「どうした」
「二回目、ちょっと重いです」
「ほう」
「いや、すごく重いわけじゃないんですけど、さっきより明らかに出しづらいです」
そこか。
俺はすぐに三発目を準備した。
「もう一回壊す」
「はい」
今度は少し強めに当てる。
再展開した《魔力盾》が、また割れる。
「もう一度」
「……っ、《魔力盾》!」
優奈が再展開しようとする。
だが今度は、明らかに遅れた。
盾は出る。
だが最初みたいな“ぱっ”という軽さじゃない。
一瞬だけ、引っかかる。
「なるほどな」
「これ……」
優奈が少し真面目な顔になる。
「連続で壊されると、出しづらくなるみたいです」
「だろうな」
そこが、明確な弱点だった。
《Perfect-protection》は壊れない。
その代わり重くて、ラグがある。
《魔力盾》は軽くて、即応性が高い。
その代わり壊れるし、連続で破壊されると一時的に再展開しづらくなる。
つまり、これは完全な上位互換じゃない。
「よかった」
俺がそう言うと、優奈が不思議そうに見た。
「よかった?」
「弱点があって」
俺は率直に答えた。
「これで壊れなかったり、壊れても何度でも同じ軽さで出せたら、さすがにおかしい」
「それはそうですね」
「でも十分強い」
俺は続けた。
「実質、《Perfect-protection》の低コスト版みたいなもんだ。壊れるし、連続運用には限界がある。でも初動のラグがないのはかなりでかい」
優奈は自分の左手の前に盾を出したり消したりしながら、少しずつ馴染ませていく。
小さく。
細長く。
少しだけ斜めに。
そのたびに、魔力の感触を確かめている。
「ユウマさん」
「何だ」
「これ、多分……私すごく好きです」
その言い方に、少しだけ笑ってしまった。
まあ、そうだろう。
重くない。
即応できる。
形を変えられる。
発射の邪魔にならない。
それでいて、防御手段としてちゃんと仕事をする。
優奈の戦い方に噛み合わないはずがない。
「ただし過信するな」
俺は念のため言う。
「壊される前提で使え。連続で受け続ける盾じゃない」
「はい」
優奈はすぐ頷いた。
「一回受けて、位置変えて、また出す感じですね」
「それが基本だな」
むしろ、防ぎっぱなしより“切り札みたいな一拍”に使う方が向いている。
相手の初撃を切る。
射線を一瞬遮る。
武器腐食持ちや飛び道具への保険にする。
そういう使い方だ。
優奈はそこで、ふと考え込んだあと、盾を胸の前ではなく、少し横へずらして展開した。
「……こういうのも、ありですかね」
「どういう意図だ」
「真正面を守るんじゃなくて、少しだけ斜めに置いて、相手の攻撃を流す感じです」
優奈は盾の角度を微調整しながら言う。
「壊されても、その瞬間に軌道がずれれば、そのまま避けやすいかなって」
「いいな」
思わず即答する。
「真正面で受けるより、お前らしい」
「ですよね」
優奈が少し嬉しそうに笑う。
やはり、こいつは覚えるのが早い。
新しい魔法を“そのまま使う”んじゃなく、“自分の戦い方にどう噛ませるか”を最初から考える。
それができるなら、《魔力盾》はかなり強い。
「十階層報酬としては当たりだな」
「大当たりです」
優奈はきっぱり言った。
「武器も防具も魅力ありましたけど、これ取って正解でした」
「まあ、お前にとってはそうだろうな」
特殊武器を取っても、すぐには今の戦い方へ噛み合わない。
専用防具は悪くないが、ランダム要素がある。
特殊魔石は安定だが、成長の実感としては地味だ。
その点、《魔力盾》は即座に戦い方を変える。
しかも、ただの防御増加じゃない。
優奈の機動力に一拍の防御と応用を足す。
それは明らかに大きい。
優奈は最後に、もう一度だけ盾を展開した。
今度は小さめ。
片手で扱うのにちょうどいいサイズ。
それを一瞬で出し、一瞬で消す。
また出す。
また消す。
動きが少しずつ滑らかになっていく。
「これ、ちゃんと馴染ませたら……」
優奈がぽつりと言う。
「まだ強くなるな」
「はい」
その返事は、妙に静かだった。
でも、静かな分だけ本気だった。
十階層を越えた報酬。
未知の魔法。
《魔力盾》。
壊れる。
連続破壊には弱い。
だが軽い。
速い。
自由度が高い。
欠点も、強みも、はっきりしている。
だからこそ面白い。
俺はその盾を見ながら、十階層の先を少しだけ想像した。
空を飛ぶ敵。
腐食する敵。
再生する敵。
これから先は、たぶんもっと嫌らしくなる。
でも、優奈はそのたびに一つずつ答えを増やしていくだろう。
それが少しだけ頼もしくて、同時に少しだけ面倒でもある。
「何ですか、その顔」
優奈が気づいたように聞いてくる。
「別に」
「いや、今ちょっとだけ“また強くなるのか……”みたいな顔してました」
「気のせいだ」
「絶対してました」
こういう時だけ、妙に勘がいい。
俺は小さく息を吐いた。
「とにかく、今日はそこまでだ」
「連続破壊された時の再展開の鈍りは、ちゃんと覚えとけ。そこを甘く見ると、多分どこかで死ぬ」
「はい」
「でも、それ以外はかなり当たりだ」
「はい!」
優奈の返事は、今度はかなり明るかった。
十階層を越えた実感と、新しい魔法を手に入れた高揚。
両方が混ざっているのだろう。
それは悪くない顔だった。
《魔力盾》。
十階層踏破報酬として現れた、まだ広まっていない未知の魔法。
壊れるが、軽い。
即応できる。
形を変えられる。
そして、優奈にはかなり噛み合う。
この先どこまで使いこなせるかは、まだ分からない。
でも少なくとも、十階層を越えたことが“ただ越えただけ”では終わらなかったのは確かだった。
(つづく)




