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第112話 原石と機密と、俺の過労死ライン

 第二次入学試験の見学が終わった翌日、俺は優奈と一緒にクラン本部へ呼ばれていた。


 理由は分かっている。

 あれだけ濃い連中を見せられたあとだ。相良が何も言わないわけがない。


 会議室へ入ると、相良はいつものように無駄のない姿勢で資料を揃えていた。机の上には、昨日の試験映像を切り取った静止画、順位表、そしていくつかの簡易レポートが並んでいる。


「座れ」


 短くそう言われ、俺と優奈は向かいへ座った。

 優奈は少しだけ緊張した顔で資料を見ている。俺は椅子の背にもたれ、先に口を開いた。


「で、まとめか」


「そうだ」

 相良は頷く。

「第二次試験で見えたものを、印象ではなく情報として整理する」


 いかにも相良らしい言い方だった。

 たしかに、昨日の段階では“すごかった”“変だった”“面白かった”で終わっている部分も多い。だがあいつはそういう曖昧さを嫌う。


 相良は一枚目の資料をこちらへ滑らせた。


「まず、神野朱衣」


 やっぱりそこから来たか、と思った。


 ピンク髪のセミロング。

 友達になってよ、と全方向へ絡みに行って、全方向からやんわり逃げられていた北海道出身のメンヘラ。

 そして、試験が始まった瞬間に《節約ー極》と《protection》を張り、魔力矢を一五〇本も並べて講堂中をざわつかせた問題児だ。


 相良は資料へ視線を落としたまま、淡々と続けた。


「結論から言う。あいつの魔力量は、どう考えてもおかしい」


「だよな」


 俺は即答した。

 優奈もこくこくと頷く。


「はい。節約魔法があるとはいえ、あれはちょっと……」


「ちょっとでは済まない」

 相良は言う。

「一般水準で言えば、自前の魔力だけで《魔力矢》を五十本出せればかなり多い扱いだ」


 そこまでは分かる。

 魔力矢は便利だが、便利な分だけ一本ごとの消費も軽くない。見た目以上に、地味に削られる魔法だ。


「さらに、そこへ拡張付与を載せるなら話は別だ」

 相良は次の資料をめくった。

「《拡張付与―強化》まで併用するなら、五十本の時点で十分“魔力が多い側”だ。節約系の補助を最大限使って、発動精度も限界まで詰めて、それでも一〇〇本前後が現実的な上限だろう」


「一五〇本はおかしい、と」


「おかしい」

 相良は迷いなく断言した。

「しかも一五〇本全部に拡張付与が乗っている。あれはもう“多い”ではなく、明らかに逸脱している」


 優奈が小さく息を呑む。

 昨日見た時点でも異常だったが、こうして数字で並べられると余計に変だ。


「節約ー極があるなら、多少はズルできるんじゃないですか?」

 優奈が聞く。


「多少はな」

 相良は認める。

「だが、多少で済む話だ。《節約ー極》があっても、魔力がない人間は魔力がないままだ。あの本数と強化量は、元の総量がおかしくないと成立しない」


 そこで俺は、昨日の朱衣の戦い方を思い出した。


 初手から全身《protection》。

 必要以上に怯えた顔。

 小型を落とす精度自体は高いのに、大型が出た瞬間に感情が前へ出てむきになるところ。

 あれは熟練の戦い方ではなかった。


「北海道の調査結果は?」

 俺が聞くと、相良の目が少しだけ細くなった。


「そこがさらにおかしい」

 相良は一枚の紙を抜き出した。

「神野朱衣という名前で北海道側の探索者情報を洗った。クラン所属歴、攻略実績、配信歴、地方大会、研究組織への参加履歴……まともに引っかかるものが、ほとんどない」


「ない?」


「ない」

 相良は繰り返す。

「出てくるのは“有名なメンヘラ”以上の情報がほぼない。地元で距離感がおかしい、友達がいない、変に人へ執着する、その程度だ」


「ええ……」

 優奈が本気で引いた声を出した。


 俺は数秒黙ったあと、思わず呟いた。


「……まさかの初心者?」


 相良は肩をすくめるでもなく、ただ事実だけを置く。


「ダンジョン攻略の履歴もほとんど残っていない。あってもごく浅い層の同行記録だけだ。少なくとも、あの試験順位に相応しい場数は踏んでいない」


「だから超序盤からシールド張ってたのか……」


 昨日の違和感が、そこで一気に繋がった。


 《Perfect-protection》ではなく《protection》。

 壊れるが、コスパは良い方の全身シールド。

 普通ならいらない。

 あの程度の低層試験なら、熟練者は張らない。張るにしても要所だけだ。


 でも、初心者で、しかも怖がりなら話は別だ。


 必要だから張るんじゃない。

 怖いから張る。


 その一言で全部説明がつく。


「絶対いらないのに……」

 俺がそう言うと、優奈が苦笑した。


「でも、朱衣さんっぽいです」


「ぽいな……」


 あの戦い方は、最適化されていたわけじゃない。

 正確には、“怖がりな初心者が、あり余る魔力量と節約の魔法で無理やり安全圏へ寄せた戦い方”だったのだ。


 だから面白い。

 そして、だから危ない。


「生まれつきの突然変異に近い」

 相良は言う。

「莫大な魔力量だけを持っていて、それを扱う技術と経験がまだ追いついていない原石だ」


「それを原石で済ませていいのか、あれ」


「良くはない」

 相良は即答した。

「だからこそ、放っておくのも危険だ」


 なるほど。

 そこへ話が繋がるのか。


 相良は次の資料へ手を伸ばした。


「もう一人。十六夜優希」


 今度は九州だ。


 眠そうな顔。

 名前を呼ばれても「え? 僕?」と返し、試験中に寝ていた人物と同一とは思えないほど完成された槍術を見せた男。

 そして何より、あの槍だ。


「こっちは逆に、情報が無さすぎる」


 相良の言い方が少しだけ変わった。

 朱衣の時は“調べても出ない”という意味の薄さだった。

 優希は、もっと意図的な薄さだ。


「九州地方の探索者情報は、全体的にセキュリティが固い」

 相良は指先で資料の端を叩く。

「それ自体は前から把握していた。人口が少なく、人手も少ない。だからこそ、前線の情報を外へ漏らしたがらない傾向が強い」


「まあ、分かる」


 九州の事情を考えれば自然だ。

 少人数で回しているなら、使える手札はなるべく隠したいだろう。


「だが十六夜優希は、その中でもさらに一段おかしい」

 相良は続ける。

「九州全体の情報が固いのは事実だ。だが、他の上位受験者については“少ないなりにある”記録が拾える。鍛錬体系、所属先、訓練場、せいぜいそこまでだがな」


「優希は?」


「不自然なくらい薄い」


 俺は眉を寄せた。


「不自然?」


「そうだ」

 相良は言う。

「記録の切れ方が、地方の情報統制というより“個人単位で隠されている”形に近い。家系なのか、関係者の意思なのか、そこまではまだ不明だ」


 やはり、あの槍も含めて何かあるのだろう。


 九州自体のレベルが高いのは、今回の試験ではっきり分かった。

 その中でも優希だけ、技術の飛び抜け方が一段違った。


 槍の扱い。

 群れの流れを断つ感覚。

 《集中》《動体視力ー極》《速度強化ー極》の重ね方。

 そして最後にだけ切る《貫通》。


 あれは、九州の基礎を叩き込まれた上で、さらに個人の何かが乗っている強さだった。


「目的からして、二人ともクランに引き抜くのは難しいな」


 俺がそう言うと、相良も頷いた。


「神野朱衣は、そもそも勧誘のロジックが通じない」

「十六夜優希は、父親絡みの目的が最優先だろう。どちらも“クランに所属して活躍したい”タイプではない」


 正論だった。


 朱衣は、少なくとも今の時点では“yumaと友達になりたい”で動いている。

 あれをクランの理念や待遇で釣るのは、たぶん逆効果だ。


 優希はもっと分かりやすい。

 父を探したい。

 ダンジョンの情報が欲しい。

 なるべく早く。


 そこにクランの看板を被せても、あいつは多分興味を持たない。


「だから依頼だ」


 相良は、そこでようやく本題を出してきた。


「結城。お前は今後、校内であの二人との接点を切るな」


「……嫌な言い方するな」


「仲良しごっこをしろと言ってるわけじゃない」

 相良はまったく表情を変えない。

「知り合いとして、暇な時でいい。先輩として協力しろ。情報が動いた時に拾える位置へいろ。関係を繋いでおけ、という意味だ」


「それ、実質面倒見る役だろ」


「出来る範囲でいい」


 相良の“出来る範囲でいい”は、信用していい時といけない時がある。

 今回はあまり信用できない方だと直感が告げていた。


 優奈が横で、少しだけ同情するような目を向けてくる。


「ユウマくん……」


「いや待て」

 俺は片手を上げて制した。

「整理させろ」


 指を折って数える。


「授業中は他人のフォローとサポート」

「休日は優奈と唯の特訓」

「暇な時はメンヘラとの付き合い」

「さらに、父親探しの槍使いと接点維持」


 そこまで口にしてから、俺は相良を正面から見た。


「それ全部守ると俺、普通に過労死するんですが⁉」


 かなり本気の抗議だった。


 学園に入ってから、気づけば自分の時間がどんどん減っている。

 俺は別に教育者志望でも、面倒見のいい先輩をやりたいわけでもない。

 放っておけない性格なのは自分でも認めるが、それとこれとは別だ。


 だが相良は、あっさりと言う。


「出来る限りで良い」

「その分、報酬は弾む」


「いや、もう金必要ないのに……」


 思わず素でそう返してしまった。


 母さんの件は、もう一番きついところを越えている。

 P-Dropも手に入った。

 退院までにはまだ時間がかかるが、少なくとも“金がないから救えない”段階ではなくなった。


 昔の俺なら、その一言で即座に飲んでいた依頼も、今は少し違う。


 優奈がそこで、困ったように笑った。


「それ、ちょっと前のユウマくんなら絶対言わなかった台詞ですね」


「うるさい」


 でも、事実だった。


 金が欲しくないわけじゃない。

 あればあるだけ助かる。

 だが、昔みたいに“そのためなら無理してでも受ける”という状態ではない。


 相良は俺のその反応を見ても、特に驚いた様子はなかった。

 たぶん、そこまで込みで読んでいるのだろう。


「金がいらないなら、貸しにしておいてもいい」


「そういう曖昧な言い方が一番危ないんだよ」


「冗談だ」


「顔で言え」


 そう返すと、優奈が笑いを堪えきれずに肩を震わせた。


 会議室の空気が、ほんの少しだけ緩む。


 だが、緩んだままでは終わらないのが相良だ。


「とはいえ、今回は本当に出来る範囲でいい」

 相良は言う。

「学園の中で接点を持っておくだけでも価値はある。特に神野朱衣は、放っておくとどこへ転ぶか分からない」


「それは同意する」


 あいつは原石だ。

 しかも初心者で、怖がりで、メンヘラだ。

 変な方向へ転べば、本当に危ない。


「十六夜優希は、逆にこちらから無理に踏み込むな」

 相良は続けた。

「情報を欲しているなら、そのうち向こうから来る可能性がある。今は校内で顔を繋ぐ程度でいい」


「それも分かった」


 優希の方は、下手に父親の話へ踏み込むと切れそうだ。

 少なくとも今は、様子見が正しいだろう。


「つまり」

 俺は最後に確認する。

「朱衣は暴走しないように軽く面倒見とけ。優希は接点だけ切るな。そういう話か」


「そういう話だ」


 相良は短く答えた。


 やっぱり、実質面倒見る役じゃないかと思う。

 でもまあ、完全に無意味な依頼でもない。


 学園は、これからもっと面倒になる。

 一次組だけでも十分濃いのに、そこへ地方勢と海外勢が入ってくる。

 その中で、特に目立つ原石と異質な槍使いがいるなら、関係を繋いでおく価値はある。


「兄さん」


 不意に唯の顔が頭に浮かんだ。

 それから、優奈の“見ててください”という声。

 最近の俺の周りは、放っておくとどんどん自分で前へ行くやで前へ行くやつばかりだ。


 だったらもう、今さら二人増えたところで大して変わらない――と、言い切れたら楽だった。


「いや、増えてるんだよなあ……確実に」


 思わず本音が漏れる。


 優奈がまた笑った。


「増えてますね」


「お前、他人事みたいに言うなよ」


「半分は他人事です」


「半分は自覚あるんだな」


「あります」


 その返しが妙に即答で、少しだけ腹が立って、少しだけおかしかった。


 相良はそんな俺たちを見ても特に口を挟まず、最後の資料をまとめる。


「今日は以上だ。第二次組が実際に編入してくるかはまだ最終調整がある。だが、ほぼ確実に数人は入ると思っておけ」


「九州の槍と北海道のメンヘラか……」


「言い方」

 優奈が笑いながら突っ込む。


「間違ってないだろ」


 いや、正確には間違っていない。

 問題は、それを本人たちの前で言うとまた面倒が増えるというだけだ。


 会議室を出る前、俺は小さく息を吐いた。


 過労死。

 さすがにそこまではいかないだろう。

 たぶん。

 きっと。

 そう思いたい。


 でも学園の流れを見る限り、“面倒なやつと関わる時間”が今後増えるのだけは、もう確定している気がした。


 俺の平穏は、やっぱりしばらく戻ってこないらしい。


(つづく)

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