第111話 面接官みたいな質問をするな
第二次入学試験の全工程が終わると、講堂の空気はようやく一息ついた――と言いたいところだったが、実際にはそうでもなかった。
九州の槍術。
北海道の研究型火力。
中国の爆発再現。
ロシアの氷制圧。
インドの《スキャン》。
地方勢も海外の情報監査枠も、ただの追加要員ではなかった。
その現実を、一次受験組は嫌というほど見せつけられたばかりだ。
だからこそ、試験官が「これより簡単な質問コーナーを行います」と言った瞬間、講堂の空気は少しだけ変な方向へ引き締まった。
簡単な、という言い方ほど信用できないものはない。
壇上の前に、第二次試験の上位十名が横一列へ並ばされる。
九州勢と北海道勢が目立つ。
そこへ中国、ロシア、インドの受験者が混ざる形だ。
対するこちらは、第一次試験の上位十名。
俺。
優奈。
唯。
音葉。
ジョン。
その他、一次組の上位勢。
学園側としては、ここで相互理解だの交流だのを深めたいのだろう。
建前としてはまあ分かる。
実態としては、強いやつ同士を一度直接ぶつけて、今後の空気を整えたいのが本音だ。
質問は十位から順に、一次組が一人ずつ行う形になった。
最初の方は、予想通りの内容だった。
「強くなるために、どんなトレーニングを積みましたか?」
「一番意識している基礎練習は何ですか?」
「深層を見据えるなら、今のうちに鍛えるべきことは?」
悪くない質問だ。
むしろ、普通はそうなる。
今目の前にいるのは、地方や海外から来た強者たちだ。
その強さの一端を知りたいと思うのは自然だし、技術論へ寄るのも当然だった。
九州勢は、槍の素振りと足運びを徹底しているとか、貫通を無駄撃ちしないための基礎訓練を毎日欠かさないとか、いかにも九州らしい答えを返した。
北海道勢は、個人練習より検証と記録の共有が多いとか、魔法ごとの消費効率を数値で比べながら組み合わせを調整しているとか、これまた北海道らしい返答をする。
中国の李俊宇は「威力と燃費の最適点を探るのが一番難しい」と言い、ロシア枠の受験者は「安全を捨てない限り強さは伸びないが、安全を捨てすぎると死ぬ」と、妙に身も蓋もないことを真顔で言っていた。
それはそれで面白かった。
けれど俺の中には、前の話からずっと引っかかっている疑問がある。
こいつらは、どうしてこの学園へ来たのか。
九州は人手不足だと見て取れる。
北海道は研究主体の大規模クランが動き始めている。
そんな中で、わざわざ地元の戦力を抜いてまで、東京の学園へ送り込む意味は何だ。
強くなるため。
情報を得るため。
それは多分そうだろう。
でも、“何のために強くなるのか”まで知りたかった。
十位。
九位。
八位。
順番が進み、ようやく一次一位の番が回ってくる。
試験官に軽く視線で促され、俺は立ち上がった。
周囲の視線が集まるのが分かる。
別に緊張はしない。
ただ、どう聞けば一番余計な誤解なく本音を引き出せるかだけを考えた。
そして、口を開く。
「どうして、この学園を受験しようと思ったんですか?」
講堂が、一瞬だけ変な静けさに包まれた。
たぶん誰も、その質問が来るとは思っていなかったのだろう。
俺はそのまま続ける。
「この質問は、第二次試験トップ10のあなた方全員に対する質問です」
言った瞬間、前方の二次組だけじゃなく、後ろの一次組まで明らかにざわついた。
――な、なんか面接官みたいなやついるゥ⁉
そんな心の声が、そのまま講堂の空気から聞こえた気がした。
隣の席で優奈が、顔を手で半分隠しながら小さく呟く。
「本当に面接みたい……」
唯はもっと率直だった。
「兄さん、急に圧ある」
「普通に聞いただけだろ」
そう返したが、周囲の反応を見る限り、どうやらそうは見えなかったらしい。
第二次組の受け答える側も、さっきまでの技術論とは空気が違うのを感じ取ったのだろう。
一瞬だけ、全員の背筋が微妙に伸びた。
試験官が苦笑しながら言う。
「では、答えられる方から順にお願いします」
最初に口を開いたのは、九州出身の受験者だった。
十六夜優希ではない。
優希の少し後ろにいた、槍持ちの男子だ。
表情は真面目で、言葉を選ぶのも早かった。
「九州では、人手不足でダンジョン攻略者がとにかく足りてません」
「だから、個人の強さで数の少なさを補ってます。武器も魔法もある程度固定して、一人一人の完成度を上げるやり方です」
そこまでは、見ていればある程度分かる。
だが本題はその先だった。
「それでも、足りない」
男子ははっきり言った。
「特に深い階層になるほど、情報も足りないし、魔法も足りない。東京には、魔法や深層探索者の情報が多いって、このパンフレットにも書いてありました」
そこで、手元の受験案内らしき冊子を軽く持ち上げる。
講堂の何人かが、思わず笑いそうになる。
だが本人は真面目だった。
「だから来ました」
「九州だけで足りないなら、外から持ち帰るしかないと思って」
その答えは、かなり九州らしかった。
自分が強くなりたい、で終わらない。
“持ち帰る”。
その一言に、地元の事情がそのまま出ている。
次に答えたのは北海道出身の女子生徒だった。
研究型らしく、最初に少しだけ言葉を整理してから話し始める。
「北海道では、魔法そのものの発達は、東京ほど遅れているわけではないと思っています」
「今回の試験で見てもらった通り、火力運用や魔法の組み合わせについては、かなり積み上げがあります」
その物言いには、変な卑屈さがなかった。
むしろ事実として述べている感じが強い。
「でも、東京の上位クランは、もっと多くの魔法情報と研究結果を持っているはずです」
「この学園にも、見たことのない使い方をしている人がいました。例えば、魔力を糸状に加工するとか」
その言葉で、唯の肩がほんの少しだけ揺れた。
俺は横目でそれを見ながら、何も言わない。
あの糸は、ちゃんと見られていたらしい。
「そういう魔法の可能性を広げて、北海道へ持ち帰りたいんです」
女子は最後にはっきりそう言った。
「北海道で、ダンジョンの危機を少しでも安全に防げるようにしたいから」
研究。
持ち帰る。
安全に防ぐ。
北海道勢の答えは、概ねその三つのどこかへ収束していった。
九州勢は少し違う。
人手不足。
現場の不足。
深層情報。
個人の技術をさらに詰めるための素材。
同じ「地元へ持ち帰る」でも、九州と北海道では欲しているものの質がかなり違う。
九州は、“足りない前線を埋めるための強さ”を欲している。
北海道は、“今ある研究を一段進めるための情報”を欲している。
その違いは、受け答えの端々にもはっきり出ていた。
そして、その傾向から明らかに外れるやつが二人だけいた。
一人目は、もちろん十六夜優希だ。
優希は他の九州勢が真面目に受け答えする中、少しだけ遅れてマイクを受け取った。
相変わらず眠そうな顔をしている。
だが、前に見たような気の抜けた感じではない。
少なくとも、今はちゃんと起きている。
しばらく黙ってから、短く言った。
「父を探したいから」
講堂が、また少し静かになる。
優希は、視線をどこか遠くへ向けたまま続けた。
「ダンジョンに関する情報が、とにかくほしい。なるべく早く」
それだけだった。
飾り気がない。
言い訳もない。
地元の事情も、持ち帰る理想も、何も言わない。
父を探したい。
そのために情報がほしい。
なるべく早く。
それだけで十分だ、とでも言うみたいな返答だった。
俺はそこで、前に聞いたあの小さな一言を思い出す。
――ごめん、お父さん。
あれは、単なる寝坊への謝罪じゃなかったのかもしれない。
約束。
後悔。
あるいは失踪。
そこまではまだ分からない。
だが少なくとも、“父を探したい”という言葉が、優希の強さに一本芯を通しているのは分かった。
九州勢の一人なのに、優希だけは地域全体の事情とは別のベクトルでここへ来ている。
そのズレが、あいつの異質さをさらに強めていた。
もう一人の例外は、言うまでもなく神野朱衣だった。
マイクが回ってきた瞬間、朱衣はぱっと顔を上げて、妙に明るい声で言った。
「yumaと友達になりたいから!」
講堂が、完全に止まった。
空気が一拍遅れて揺れる。
優奈が横で、今度こそ口元を押さえている。
唯は無言で俺の方を見た。
一次組の何人かは、「うわあ……」という顔を隠しきれていない。
「……やっぱりそれ目的なんだな」
思わず、そう漏らした。
朱衣は悪びれない。
むしろ、言って当然みたいな顔で続ける。
「北海道で噂になってたし!」
「私、友達少ないし!」
「だから、せっかくなら一番気になる人と友達になりたいなって!」
理由の一つ一つは軽いのに、全部合わせると異様に重い。
まさにメンヘラのそれだった。
周囲が距離を取る理由が、少しだけ分かった気がする。
でも同時に、こいつの中では一切冗談じゃないのも伝わってくる。
本気で言っている。
本気だからこそ、むしろ扱いに困る。
試験官ですら、一瞬だけ言葉を失っていた。
それでも何とか咳払いして流そうとするあたり、さすが大人だ。
だが、流れきらない。
講堂のざわめきはしばらく消えなかった。
「友達って理由で来るやつ、初めて見た……」
「いや、ある意味めちゃくちゃ行動力あるな」
「でも重い」
そんな声が、あちこちで小さく飛ぶ。
俺は額に手を当てたくなった。
面倒な気配しかしない。
ただ、ここで変に否定すると余計に面倒そうなので、何も言わないことにした。
沈黙は時として最大の防御だ。
質問コーナーはその後も少しだけ続いたが、空気の中心はもう完全に変わっていた。
技術の話ではなく、理由の話。
強くなるための方法ではなく、何のためにその強さを欲しているのか。
その違いは大きかった。
九州勢は、明確に地元の不足を埋めるために来ている。
北海道勢は、研究と情報を持ち帰るために来ている。
中国やロシア、インドの情報監査枠は、国としての情報収集が表向きの理由だが、その裏で個人の事情や興味も当然あるのだろう。
そして、その中で優希と朱衣だけは、最初から個人の理由が前に出ていた。
父を探すため。
yumaと友達になるため。
並べるとどうかしている。
だが、どちらも本人の行動原理としては本物だ。
質問コーナーが終わり、二次組が下がっていく時、優奈が小さく息を吐いた。
「思ってたより、みんなちゃんと地元のこと考えてるんですね」
「考えてるだろうな」
俺は答える。
「そうじゃなきゃ、わざわざここへ来ない」
「でも、優希さんと朱衣さんはちょっと違いましたね」
「違ったな」
唯がそこで、静かに言った。
「でも、違うから強いのかも」
その言葉に、俺は少しだけ考え込む。
たしかにそうかもしれない。
地域の事情だけで動くやつは、ある意味で型に沿いやすい。
だが、そこへ個人的な執着が混ざると、強さは別の形へ尖る。
優希の槍術。
朱衣の物量。
どちらも、単なる地域性だけでは説明しきれない芯がある。
「……面倒くさそうなのが増えたな」
最後に出た感想は、結局それだった。
優奈が笑う。
「でも、面白そうとも思ってますよね」
「否定はしない」
講堂の前では、試験官たちが次の案内を始めている。
第二次試験は終わった。
だが、ここで見えたものは、たぶんこれから学園の空気を変えていく。
地方。
海外。
それぞれの事情と理由を持った連中。
こいつらがこの学園へ本当に入ってきたら、また面倒なことになるのは間違いない。
そして、その面倒の中に、新しい答えもきっと混ざっている。
そう考えると、少しだけ――本当に少しだけだが、楽しみでもあった。
(つづく)




