第110話 見に来た理由
第二次入学試験の見学も、いよいよ終盤へ差しかかっていた。
九州勢の完成された槍術。
北海道勢の研究じみた火力思想。
中国の爆発再現。
ロシアの氷による安全制圧。
地方も海外も、それぞれ違う理屈で強くなっている。
その事実を、講堂にいる一次受験組は嫌というほど見せつけられていた。
そして最後に残ったのは、インド枠だった。
試験官が名前を呼ぶ。
映像の端で、細身の男子が静かに立ち上がった。
表情は落ち着いているが、九州勢みたいな統率された空気とも、北海道勢みたいな研究者っぽさとも違う。
どちらかと言えば、頭の中で常に何かを計算していそうな目だった。
「最後、インドですね」
優奈が小声で言う。
「ああ」
俺は短く答えながら、モニターへ目を向けた。
インドと聞くと、どうしても前に会った特級魔法使いの顔が浮かぶ。
あの慢心の塊みたいな男のせいで、インド勢全体へ偏見を持つのはよくないと頭では分かっている。
だが、それでも“今度はどんな極端なやつが出てくるんだ”という身構えは少しだけあった。
インド枠の男子がダンジョンへ入る。
開始してすぐ、そいつは剣も槍も抜かず、まず片手を前へ出した。
「≪スキャン≫」
聞いたことのない魔法名だった。
「……は?」
思わず、そう漏れた。
優奈もぱちぱちと瞬きをする。
「スキャン……?」
「知らない」
俺は即答する。
少なくとも、日本で広く知られている魔法名ではない。
ダンジョン配信でも、クランの共有資料でも、海外の公開情報でも聞いた記憶がない。
その直後、インド枠の男子は迷いなく最初の魔物へ向かった。
だが、狙い方が少し妙だった。
近くにいた中型を無視し、少し離れた小型へ行く。
しかも、その小型の中でもさらに一体だけを選ぶ。
倒す。
次。
また別の小型。
また次。
「敵を選んでるな」
俺がそう呟くと、唯がノートを取りながら顔を上げた。
「弱いのから?」
「たぶん、ただ弱いだけじゃない」
俺は画面から目を離さないまま答える。
思考強化で、今の動きを頭の中で分解する。
どの敵を優先しているか。
無視した相手との違いは何か。
速度。
体格。
動きの癖。
配置。
「おそらく、敵の強さか、パラメータに近いものを見てる」
「パラメータ……」
優奈が少し驚いた顔になる。
「見た目で判断してる感じじゃない」
俺は続けた。
「速度が遅い個体を中心に狙ってる。防御の薄い相手も選んでるっぽい。つまり、単純なレベル表示じゃなくて、“倒しやすさ”に近いものを拾ってる可能性がある」
もしそうなら、かなり面白い。
敵の総合的な強さではなく、“今この場で処理効率が高い相手”を判別できる魔法。
それなら、弱い敵を先に捌いて盤面を軽くする動きにも納得が行く。
だが、万能ではなさそうだった。
インド枠の男子は、明らかに速度の遅い小型から優先して落としている。
逆に言えば、速度の速い個体や、何かしらのギミック持ちは少し後回しにしている。
もし《スキャン》が本当に“敵の処理しやすさ”を見ているのなら、その評価はかなり便利だ。
ただし。
「敵が使える魔法までは分かってないな」
そう言うと、優奈がすぐに頷いた。
「どうしてそう思うんですか?」
「見えてたら、あの足の速いやつを先に触るはずだ」
俺はモニターの右端を指さす。
「今の個体、多分ちょっとした加速系を持ってる。でも後回しにした。つまり、能力の中身までは見えてない可能性が高い」
インド枠の男子は、そこでようやくその加速持ちらしい魔物へ対処した。
処理自体は速い。
かなり速い。
《スキャン》で相手を見極め、倒しやすい順に落としていく。
無駄な打ち合いが少ない。
雑魚処理の精度は高い。
「すごいですね」
優奈が素直に感心した声を漏らす。
「すごい」
俺も認める。
「実戦でこの魔法があれば、初見でもかなり楽になる」
未知の敵が出てきても、速度が遅いか、守りが薄いか、処理しやすいかどうかが分かるだけで、立ち回りの難度は一段下がる。
地味に見えて、かなり実戦向きだ。
だが、第二次試験という形式では、その長所がそのまま順位へ繋がるとは限らない。
理由は単純だ。
敵を選ぶからだ。
目の前にいる相手を最短で落とすのではなく、より効率よく落とせる相手を選ぶ。
その一拍。
その視線。
その判断。
全部がほんの少しずつ時間を食う。
しかも、小型中心に狙うぶん、大型をまとめて稼ぐ動きが弱くなる。
結果として処理は速い。
だが“速いわりに伸びきらない”という、いかにも試験向きではない形になっていった。
「惜しいな」
俺がそう言うと、唯が小さく息を吐いた。
「強いのに、点になりきらない」
「そうだ」
俺は頷く。
「三十分しかない試験だと、“一番楽に倒せる敵を潰す”が、そのまま最適解とは限らない」
小型を安全に捌く。
盤面を軽くする。
事故率を下げる。
その思想は、実戦ならかなり強い。
だがこの試験で欲しいのは、同じ三十分でどれだけ点を積めるかだ。
結果として、最後の表示は十三位だった。
悪くはない。
むしろ十分高い。
だが、やはり第二次試験の上位陣と比べると一段落ちる。
インド枠の男子はその結果を見ても、特に取り乱さなかった。
悔しそうではあったが、驚きは薄い。
たぶん、自分の魔法の長所と短所をある程度理解していたのだろう。
それで、第二次試験がすべて終わった。
講堂の空気が、ようやく一つの区切りを迎える。
モニターには最終順位が一覧で表示された。
九州。
北海道。
中国。
ロシア。
インド。
その名前が並ぶ中、一位のところだけは、もう誰が見ても異論がない。
「結局、九州の槍のやつが一位か」
俺がそう呟くと、優奈も頷いた。
「十六夜優希、でしたよね」
「ああ」
一位、十六夜優希。
あの眠そうな槍使い。
斜め下から槍を構え、気づけば相手の武器を弾いて刺し、対多数すら群れの流れごと切り崩した男。
モニターの最終順位をざっと見ると、トップ10はかなり分かりやすい構成になっていた。
北海道出身者と九州出身者が、ほぼ半々。
「なんか派閥できそうだな……」
思わずそう漏れる。
その瞬間、ちょうど講堂の一角で、九州勢らしき連中がものすごい勢いで盛り上がった。
「よっしゃあああ!」
「優希ぃ! やったな!」
「一位だ一位!」
かなりの熱量だった。
あの瞬間だけ、小さな体育会系の部室みたいになっている。
一方で北海道勢の方を見れば、反応はかなり薄い。
「終わった終わった」
「よし帰ろう」
「あとで結果だけ共有しといて」
拍子抜けするくらい淡白だ。
「こんなに反応違うことある⁉」
思わず声に出してしまった。
優奈が吹き出しそうになりながら答える。
「ありますね……」
唯もノートを閉じながら、小さく言う。
「九州は“共同体の勝利”っぽい。北海道は“個人で完結”してる感じ」
「それだな」
言われてみれば、その通りだった。
九州勢は、十六夜優希の一位を“自分たち全体の誇り”として喜んでいる。
対して北海道勢は、順位がどうであれ“個人がやることをやった”くらいの温度で、もう次のことを考えていそうだ。
その違いを見て、俺はふと、もっと根本的な疑問にぶつかった。
「……そもそも」
口に出す。
「こいつら、どんなメリットがあってこの受験に参加してるんだ?」
優奈がきょとんとする。
「メリット、ですか?」
「ああ」
俺は肘をついて、もう一度モニターの順位表を見る。
「俺たち一次受験者は分かりやすい」
「東京でスタンピード起こしたくないとか、クラン経由で依頼が来たとか、そういう理由だ」
実際、俺自身もそうだった。
依頼。
状況。
面倒ごと。
そういうものに引っ張られて、ここへいる。
優奈も、学園という制度そのものより、俺と一緒に強くなる流れの延長でここへいる面が強い。
「でも九州や北海道は違う」
俺は続けた。
「こいつらがこっちへ来たら、その間、地元を誰が守るんだ?」
九州勢の盛り上がり方。
北海道勢の淡白さ。
違いはあっても、どっちにも地元色はある。
特に九州は、あれだけ“自分たちの勝利”として喜んでいるなら、地元愛も当然強いはずだ。
だったら、なおさら分からない。
「見た感じ、地元愛はありそうなんだよな」
「はい」
優奈も頷く。
「それなら普通、離れたくなくないですか?」
「だろ」
唯が少しだけ考えてから言った。
「北海道はまだ分かる。研究や情報交換のためって言われたら納得できる」
「でも九州は……確かに、わざわざここへ来る理由が気になる」
そこだ。
北海道なら、研究主体の大規模クランが台頭しているという話もあった。
学園へ来て、理論や情報を持ち帰るメリットはあるのかもしれない。
だが九州は、あそこまで武器も魔法も固定し、地域として戦闘思想を磨いている。
そんな連中が、東京の学園へ何を取りに来たのか。
そこで、ちょうど講堂の前方で試験官たちが何か相談し始めた。
ざわつく受験者たち。
一次組も二次組も、まだ席を立たない。
しばらくして、マイクが入る。
「試験結果の確定後、交流を兼ねて簡単な質問コーナーを設けます」
講堂が少しだけざわついた。
「質問コーナー?」
「受験者同士で?」
「今から?」
試験官は続ける。
「第二次試験上位十名に対し、第一次入学生上位十名から順に質問を受け付けます。学園側としても、相互理解の場を持つことは有意義と判断しました」
俺はそこで、優奈と顔を見合わせた。
「……ちょうどいいな」
「たしかに」
欲しかった答えが、向こうから降ってきた形だった。
なぜ来たのか。
何を取りに来たのか。
地元を離れてまで学園へ参加する意味は何か。
それを、直接聞ける。
九州の槍の一位。
北海道の研究型。
中国の爆発。
ロシアの氷。
インドの《スキャン》。
見ているだけでも十分面白かった。
だが、見たあとに理由まで聞けるなら、その価値は何倍にもなる。
俺は小さく息を吐いた。
「さて」
優奈が笑う。
「ユウマくん、もう完全に前のめりですね」
「当然だろ」
ここから先は、ただの順位表じゃない。
戦い方の裏にある思想と事情が見えてくる。
第二次試験の本当の面白さは、たぶんここからだった。
(つづく)




