第109話 爆発を作る中国と、凍らせるロシア
第二次入学試験の見学は、九州と北海道の受験者だけで十分すぎるほど濃かった。
十六夜優希の槍術。
神野朱衣の魔力効率と物量。
それだけでも、講堂にいる既存生徒たちの空気はかなり変わっている。
東京だけが特別なんじゃない。
地方には地方の理屈があり、そこで磨かれた強さがある。
その事実を目の前へ叩きつけられたあとで、さらに海外の情報監査枠――要するに、建前の整った合法スパイたちまで控えているのだから、今日の見学は最初から最後まで休む暇がなかった。
講堂前方のモニターに、次の受験者情報が表示される。
名前。
国籍。
受験番号。
中国枠。
「次、中国国際連携枠。李俊宇さん」
試験官の声に続いて、映像の端で一人の男が立ち上がった。
黒髪。
長身。
年齢は俺たちとそう変わらないはずだが、妙に目つきが落ち着いている。
軍人っぽいほど硬くはないが、少なくとも学生らしい浮つきは薄い。
その男――李俊宇は軽く手を挙げるだけで前へ出た。
余計な愛想はない。
だが、かといって敵意も感じない。
淡々としている、という表現が一番近かった。
優奈が小声で言う。
「中国の人ですね」
「ああ」
「どんな戦い方なんでしょう」
「さあな」
俺は率直に答える。
「でも、わざわざ情報監査枠で来るなら、何かしら見せたいものがあるはずだ」
中国は人が多い。
その分、単純な試行回数は多いはずだ。
だから、魔法研究の進展が遅いとは思わない。
だが逆に言えば、その膨大な試行が外へ出てこないことも十分あり得る。
実際、今まで見てきた海外の多くはそうだった。
使えるやつだけが知っていて、一般の探索者へはほとんど下りてこない。
隠す。
抱え込む。
その方が国としては安全だと考えているのだろう。
李俊宇がゲートをくぐる。
ダンジョン内へ入った直後、そいつは周囲を一瞥したあと、すぐに一体目へ向けて手を上げた。
最初の魔物は小型だった。
普通の受験者なら、まず動きを見てから仕掛けるところだ。
だが李は違った。
「……風か?」
俺が小さく呟いた瞬間、魔物の周囲の空気が不自然に縮んだ。
いや、縮んだように見えた。
次の瞬間には、その圧縮された空間へ火が走る。
爆ぜた。
魔物ごと、空気が爆発したみたいな音が講堂のスピーカー越しに響く。
「うわっ」
優奈が思わず身を引く。
俺も目を細めた。
「なるほど」
「分かったんですか?」
「風で圧縮してる」
俺はモニターを見たまま答えた。
「先に空気の流れを絞って、そこへ火を点けてる。たぶん、風属性と火属性を組み合わせて爆発を再現してるんだ」
優奈が驚いた顔になる。
「爆発を、魔法で?」
「そういうことだろうな」
李俊宇はそこで、一瞬だけ口元を上げた。
まるで、見ている側がようやく気づいたこと自体を想定していたような顔だった。
そして二体目。
三体目。
やり方は同じだ。
風で集める。
火で点ける。
爆発する。
ただ火を広げるんじゃない。
ただ風で飛ばすんでもない。
二属性を重ねて、現代兵器に近い破壊を再現している。
「中国では、これが主流なのかもな」
思わずそう漏らすと、優奈が聞き返した。
「主流?」
モニターの中で、李がちょうど次の敵を吹き飛ばしたところだった。
そこで、試験官が事前収録された簡単な受験者プロフィールを読み上げる。
『中国本土では、ダンジョン内において銃火器の効果を魔法で再現する研究が進んでいるとの自己申告あり』
優奈が「あ、本当に」と小さく呟く。
俺は頷いた。
「だろうな。あいつのやってること、発想が明らかに“爆薬の代用”なんだよ」
そして、そこで李俊宇自身も短く口を開いた。
「中国では、ダンジョン内で銃火器を再現するために、爆発を再現するのが主流だ」
講堂のスピーカー越しに、その言葉が流れる。
「やっぱり」
優奈が感心したように言う。
確かに、理屈は分かる。
ダンジョン内で現代火器そのものが使えない、あるいは制約が大きいなら、その“効果”だけを魔法で再現したいと考えるのは自然だ。
爆発。
破砕。
圧力。
それが再現できれば、銃火器に近い制圧力を持てる。
問題は――。
「コスパ悪いな」
俺は率直にそう言った。
優奈がこくりと頷く。
「はい。強いんですけど……毎回、重そうです」
「重い」
俺は断言した。
「風で圧縮。火で着火。二段階だ。その上、爆発の制御までしてるなら、魔力消費が軽いわけがない」
実際、その強さはかなり分かりやすかった。
小型は一撃。
中型でも、直撃させれば十分削れる。
大型相手でも、頭や関節に爆発を合わせればかなり効く。
だが、それだけに“一発の重さ”が見える。
李俊宇はたぶん、その重さを自覚している。
だからこそ、小型ばかりではなく、なるべく大型を優先して倒していた。
同じ三十分でも、高得点の敵を早めに落とした方が順位にはつながるからだ。
考え方としては間違っていない。
だが、試験という形式では難しい。
大型を探しに動くぶん、単純な討伐数は減る。
爆発の一発も重い。
結果として、三十分で“数と質”を両立させるのが難しくなる。
「強いけど、試験向きじゃないな」
俺がそう言うと、唯がノートを取りながら補足する。
「大型優先は理にかなってるけど、三十分って短いもんね」
「そうだ」
俺は頷いた。
「しかも一回一回が重い。試験で伸ばすなら、もう少し軽い回し方が要る」
最終結果が表示された時、講堂は小さくざわついた。
十一位。
悪くない。
むしろ十分高い。
だが、今まで見てきた上位陣と比べると、やはり一段落ちる。
李俊宇本人はその数字を見て、少しだけ目を伏せただけだった。
悔しがるでもなく、驚くでもなく、最初からそのくらいの結果は見えていたという顔だ。
「予想はしてたか」
俺がそう呟くと、優奈も小さく頷いた。
「強いのに、伸びきらない感じでした」
「だろうな」
そこが、中国型の面白いところでもあり、限界でもある。
発想は鋭い。
実用性もある。
でも、燃費が悪い。
そして、その悪さを“国全体の常識”としてあまり疑っていない気配がある。
もしここへ魔力管理の発想が入れば、たぶん一気に化ける。
そう思わせるくらいには、元のポテンシャルは高かった。
だが、第二次試験の見学はそれで終わらない。
次に呼ばれたのは、ロシアの情報監査枠だった。
今度の受験者は、李俊宇とはかなり雰囲気が違う。
背が高く、無駄な動きが少ない。
長めの外套風ジャケットの下に見える姿勢も、妙に硬い。
顔つきは冷静だが、その冷静さは“考えている”というより“崩れないよう訓練されている”側のものに見えた。
「ロシアっぽいな」
優奈がぽつりと言う。
「偏見だけど、ちょっと分かる」
相手はゲートをくぐり、戦闘開始と同時に氷魔法を展開した。
まず地面。
次に空気。
魔物の足元と動線を薄く凍らせ、動きを鈍らせる。
「止める気か」
俺が言うと、唯もすぐ頷いた。
「身動きを奪ってから処理するタイプ」
「そうだな」
氷は派手に見える。
だが、このロシアの受験者は派手な氷柱や巨大な氷壁を出しているわけじゃない。
もっと細かい。
足を止める。
踏み込みを鈍らせる。
腕の振りを遅らせる。
そうやって、まず盤面を“安全な形”へ変えている。
そしてそこから、本命を先に落とす。
大物が動けるなら、そちらから。
小型は後回し。
氷で少しずつ足を止められた雑魚を残しつつ、まだ自由度の高い相手を武器で止めへ行く。
かなり安全重視だ。
「試験向きではないけど、実戦だと嫌なタイプだな」
俺がそう言うと、優奈が「たしかに」と同意する。
「事故が少なそうです」
「その代わり重い」
俺はすぐ続けた。
「氷魔法を維持しながら、武器にも魔法を乗せてる」
モニターの中では、確かにそうだった。
ただ凍らせるだけじゃない。
動きが鈍った敵へ武器でとどめを刺す時、そこには武器付与系の魔法が入っている。
つまり、属性魔法と武器魔法の両方を同時に回している。
安全だ。
だが魔力消費はどう考えても軽くない。
「ロシアは、死ににくさを優先してるんですね」
優奈のその言葉に、俺は頷いた。
「そう見える。試験順位より、“確実に帰る”方を重く見てる」
それは悪くない。
というか、実戦ではかなり正しい。
だが、三十分でどれだけ点を積めるかを問われる試験では不利になる。
最終結果が出た時、それは数字にもそのまま表れた。
十二位。
中国より一つ下。
それでも十分高い。
だが、やはり上位陣のような爆発力はない。
「順位だけ見れば低めですけど……」
優奈が少し考えるように言う。
「実際に一緒にダンジョン入るなら、すごく安心しそうです」
「だろうな」
俺は答えた。
「試験では十二位でも、現場なら普通に嫌な相手だ。ああいう“安全に勝つ”やつは、崩れにくい」
それが中国とロシアの違いだった。
中国は火力再現型。
爆発を作る。
威力はある。
だが重い。
ロシアは安全制圧型。
凍らせて止める。
事故は減る。
だがやはり重い。
どちらも、発想自体は面白い。
だが、三十分試験で上位へ食い込むには、魔力消費が足を引っ張った。
その理由について、優奈がぽつりと呟く。
「中国って、人が多いから、魔法も発展しそうですけどね」
その疑問は自然だった。
人口が多い。
試行回数も多い。
なら魔法研究も進みそうだ。
だが俺は首を横に振る。
「多くの国では、公にならず隠蔽されてるからな」
優奈がこちらを見る。
「隠蔽、ですか」
「ああ」
俺は言った。
「魔力をどう消費するかとか、どこで無駄が出るかとか、そういう研究自体が表へ出ない。軍や政府や一部の組織だけで抱え込まれて、一般の探索者にまで降りてこない」
「なるほど……」
「だから、そもそも“魔力消費を自覚して意識する習慣”自体が薄いんだろう」
それが、日本との大きな差だ。
日本だって全部が健全だったわけじゃない。
上位クランによる情報独占は、今でも普通にある。
優良な魔法ガチャの供給も、上位ほど有利だ。
表へ出ない知識だって山ほどある。
それでも。
十年前、少なくとも一つの転機はあった。
「日本では十年前、ダンジョン攻略配信が一つのきっかけになった」
俺はモニターを見たまま続ける。
「シュウたちのチームが攻略配信を公にして、その中で魔力管理の話も少しずつ広まった。全部じゃないが、少なくとも“魔力は有限で、使い方で差が出る”って感覚はそこからかなり共有された」
優奈が小さく頷く。
「だから日本は、研究そのものより前に、“使い方を意識する文化”が育ったんですね」
「そういうことだ」
文化。
習慣。
感覚。
その差は大きい。
中国もロシアも、発想は鋭い。
むしろ、使っている魔法単体で言えば、日本より面白いものもある。
だが、魔力をどこで削り、どこで温存するかという前提が少し甘い。
それはたぶん、彼らが怠けているからではない。
最初からそういう情報が共有される土壌にいなかっただけだ。
講堂のざわめきは、九州や北海道の時とはまた別の色を帯びていた。
国内勢を見る時は、“どんな新しい強さがあるか”への驚きが強かった。
海外勢を見る今は、“発想は面白いが、どこかちぐはぐだ”という感覚が混ざる。
そして、そのちぐはぐさを俺だけでなく、優奈や唯まで少しずつ理解し始めているのが分かった。
それは、学園へいる意味の一つなのかもしれない。
優奈が少しだけ真面目な顔で言う。
「でも、逆に言えば……」
「何だ」
「中国もロシアも、魔力管理の感覚だけ入ったら、一気に怖くなりますよね」
その通りだった。
俺は短く息を吐く。
「怖いな」
「今でも十分強い。そこへ“どこで削るか”の感覚まで入ったら、順位はもっと上がる」
李俊宇の爆発。
ロシアの氷制圧。
あれは、どちらも材料としてはかなり面白い。
だからこそ、今はまだ“十一位”“十二位”で済んでいる、とも言える。
逆に言えば、そこが埋まるのは時間の問題かもしれない。
第二次試験の見学日は、地方勢だけでなく海外勢まで含めて、東京の学園へ「お前たちだけが進んでいるわけじゃない」と見せつける場になっていた。
それを思うと、学園側の見学日という設定も、あながち嫌がらせだけではないのだろう。
嫌がらせなのは確かだが、それだけでもない。
優奈が、少しだけ感心したように笑う。
「ほんとに、世界中いろんな方向で進んでるんですね」
「ああ」
俺は頷いた。
「同じダンジョン相手でも、正解が一つじゃないのが一番面倒で、一番面白い」
その言葉に、唯も静かにノートを閉じた。
たぶん今のを聞いて、こいつもまた何か考えているのだろう。
音葉なら、中国の爆発再現に興味を持つかもしれない。
九州の槍術に俺が食いつくみたいに、他のやつらもそれぞれ別のものを拾っているはずだ。
そういう意味では、見学日としての効果はかなり高い。
第二次試験はまだ終わらない。
だが少なくとも、中国とロシアを見たことで、俺の中では一つの整理ができていた。
海外勢は発想が面白い。
でも魔力管理の文化だけは、今のところ日本が少し先を行っている。
それが、今日の段階での結論だった。
(つづく)




