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第108話 北海道のピンク髪と、壊れる方の防御魔法

十六夜優希の試験が終わったあとも、講堂の空気はしばらく戻らなかった。


 九州勢の完成された槍術。

 その中でも一段抜けた優希の異様な技量。

 眠そうな顔で呼ばれて、気づけば圧倒的一位を叩き出しているという落差まで含めて、あれは強烈すぎた。


 たぶん、講堂にいたほとんどの人間が同じことを思っただろう。


 ――あれが、地方勢の“先頭”なのか。


 危機感。

 焦り。

 あるいは興奮。


 そういうものがごちゃ混ぜになった空気の中で、俺は次の試験が始まるまで、ぼんやりとモニターの端を眺めていた。


 試験用の映像は、基本的にはダンジョン内部が中心だ。

 だが切り替えの瞬間や、受験者の呼び出し前後には、待機している観客席の一部も映ることがある。


 そして、その何気ない一瞬で、俺は変なやつを見つけた。


「……何だあれ」


 思わずそう呟く。


 優奈が隣から小さく首を傾げた。


「どうしました?」


「あそこ」


 俺が視線で示した先には、ピンク髪のセミロングの少女がいた。


 見た目の系統に俺はそこまで詳しくない。

 詳しくないが、それでも“ゆるふわな地雷系っぽい”という感想くらいは出る。

 柔らかく巻かれたセミロング。

 ぱっと目を引く色。

 服装も、受験会場にいる他の人間と比べて妙に可愛い方向へ寄っている。


 そして何より、距離感がおかしかった。


「ねえねえ、もし私が1位になったら友達になってよ!」


 妙に明るい声で、周囲の男子と女子へ笑顔を向けている。

 だが、向けられた側は全員そろって似たような反応だった。


「いや、それはさすがに……」

「ごめん、ちょっと……」

「友達の前提が重いんだよ……」


 拒絶、というほど露骨ではない。

 でも、確実に引いている。


 あの反応だけ見れば、見た目の可愛さとは逆に、中身がかなり面倒なタイプなのだろう。

 それでも俺は一瞬、単純に思った。


 ――友達くらい、なってやればいいのに。


 困っているようにも見えるし、元気よく声をかけているのに全方向から微妙に距離を取られるのは、さすがに少し気の毒だ。


 だが、優奈は俺とは違う感想を抱いたらしい。

 モニターを見て、小さく苦笑した。


「ああ……あれは……」


「知ってるのか?」


「さっき、後ろの席の子たちが話してました」

 優奈は声を潜める。

「北海道の受験生の中で、ちょっと有名らしいです」


「何で」


「その、えっと……」

 優奈は少し言いにくそうに視線を泳がせた。

「友達になると、かなり重いらしくて」


「重い?」


「依存気味というか……」

 優奈は言葉を選びながら続ける。

「連絡が増えたり、すぐ“私たち友達だよね?”って確認したり、距離感が近すぎたり。いわゆる、メンヘラっぽいって」


 なるほど。


 それなら周囲の反応にも多少は納得が行く。

 単に可愛い見た目の変な子、ではなく、関わるとしんどいタイプとして既に警戒されているのだろう。


 それでもモニターの向こうのピンク髪は、まるで気にしていないように見えた。

 あるいは、気にしないようにしているのか。


 そこへ試験官の声が響く。


「次、神野朱衣さん」


 ピンク髪のセミロングが、ぱっと顔を上げた。


「はいっ!」


 返事だけは、やたら元気だった。


「神野、朱衣かみの・しゅい……」


 名前を反芻しながら、俺はモニターへ視線を戻す。


 さっきまで“友達になってよ”と明るく言っていた人物と、これから試験へ入る受験者が同一人物。

 正直、強いのか弱いのか見た目からはさっぱり分からない。


 だが、北海道勢である以上、見た目だけで判断するのは危険だ。

 優希を見たあとでは、なおさらそう思う。


 神野朱衣は、笑顔のままゲートをくぐった。


 ダンジョンへ入ってすぐ、俺は驚いた。


 初手から、まるで想定していなかった魔法を切ったからだ。


「≪節約ー極≫」


 まず一つ。


 ここまではまだいい。

 節約系の魔法は、地味だが北海道の研究思想とは相性がいい。

 魔力量を効率へ変えるタイプなら、むしろあり得る。


 だが、問題はその次だった。


「≪protection≫」


「は?」


 思わず声が出た。


 優奈も横で目を丸くする。


「え、あれ……」


 シールドが展開される。

 しかも、一部だけじゃない。


 全身だ。


 頭から足先まで、薄い膜のような防御がぴたりと身体を覆う。

 九州勢が使っていたのは、《シールド》系でも最小限の一部防御だった。

 必要な瞬間だけ、必要な場所だけを守ることで、魔力消費を抑えていた。


 でも朱衣は違う。


 最初から、全身を守っている。


「コスパ悪い方を、初手から……?」


 俺が低く呟くと、唯が小さく聞き返した。


「それって、前に言ってた《Perfect-protection》とは違うの?」


「違う」

 俺は即答した。

「《Perfect-protection》は、魔力供給が百パーセント続く限り壊れない。だから発動までにラグがあるし、維持も重い。人気がないのはそのせいだ」


 唯は頷く。


「じゃあ今のは」


「《protection》は別系統だ」

 俺は画面を見たまま答える。

「壊れる。耐久を突破されたら普通に割れる。その代わり、《Perfect-protection》よりずっとコスパがいい。だから“壊れる前提で使う”なら、こっちの方が実用的だ」


 問題は、実用的と言っても“最初から全身に張りっぱなし”で運用するような魔法じゃない、という点だった。


 節約ー極があるとはいえ、そこまでやるのか。


 朱衣はその疑問に、自分で答えるみたいにぽんと口を開いた。


「怖いからシールド張らないと!」


「……理由が雑だな」


 俺は本気でそう思った。


 だが、雑に見える理由で、やっていることはかなりえげつない。


 そして次の瞬間、その認識はさらに更新された。


「≪魔力矢≫」

「≪拡張付与―強化≫」


 空中へ、魔力の矢が並ぶ。


 一〇本や二〇本じゃない。

 もっと多い。


 一気に膨らんでいく光の本数を見て、俺は思わず前のめりになった。


「ちょっと待て」


 一〇〇を超える。

 まだ増える。


 最終的に、空中へ浮かんだ魔力矢は一五〇本近くになっていた。


「は?」


 講堂のあちこちから、ほとんど同じ声が漏れる。


 俺もたぶん、その一人だった。


「自前の魔力で一〇〇本超え……しかも《拡張付与―強化》まで載せてるのか⁉」


 普通じゃない。


 《魔力矢》そのものは珍しい発想ではない。

 矢を物理装備に頼らず、純粋な魔力で形成するタイプの魔法は存在する。

 だが普通は、本数か威力か精度のどれかを犠牲にする。


 なのにこいつは、一五〇本近い矢を一度に出し、その上で一本一本へ“強化”の拡張付与をかけている。


 やっていることが物量の暴力だ。


「北海道、火力主義ってこういうことか……」


 思わず呟く。


 だが、本当にやばいのはそこからだった。


 朱衣は、矢をただばらまかなかった。


 小型魔物が出る。

 その弱点へ、一本。

 また別の個体へ、一本。

 無駄撃ちが少ない。


 一本につき一体。


 小型相手なら、ほぼそれで足りる。

 しかも朱衣は、数の暴力で雑に押すのではなく、意外なほど正確に弱点を突いていた。


「当て方が綺麗ですね」

 優奈が感心したように言う。


「そうだな」

 俺も認める。

「ただ魔力量が多いだけじゃない。使い方もちゃんと研究されてる」


 やっぱり北海道だ、と思った。


 魔力が多い。

 節約もある。

 その上で、出した矢を一番効率のいい場所へ通す。

 自分たちの火力優位を持続させるという思想が、ここでも生きている。


 ただし、完璧ではなかった。


 大型魔物が出たところで、朱衣の様子が少し変わる。


「え、ちょっと待って。固い! 固いって!」


 そこで、さっきまでの安定した消耗戦が崩れた。


 むきになる。


 一本で足りなければ、三本。

 五本。

 七本。


 矢の数で押し切ろうとする。

 結果として、無駄遣いが増える。


「そこか」


 俺は小さく呟く。


 九州勢のように、最初から武器も魔法も絞り切っている連中とは違う。

 北海道型は柔軟だ。

 そのぶん、自分の火力が優位に立てない場面で少し崩れやすい。


 朱衣の場合、それが“むきになる”形で出た。


 全身シールドも維持している。

 節約ー極でだいぶ抑えているとはいえ、それでも大型相手に矢の本数を無駄に増やせば、さすがにコストは重い。


 結果、終盤になるほど少しずつ失速した。


 それでも、十分すごい。


 最終結果が出た時、講堂はまたしてもざわついた。


 二位。


 十六夜優希には届かない。

 だが、それでも圧倒的に高い。


 神野朱衣。

 ゆるふわな見た目のメンヘラっぽい変人が、二位にいる。

 その事実だけで十分な衝撃だった。


 本人は結果を見て、数秒ぽかんとしたあと、いかにも本気で悔しそうな声を上げた。


「もう少しで友達できてたかもしれないのにぃ!」


 講堂のあちこちで、微妙な沈黙が落ちる。


 優奈が困ったように小さく笑った。


「そこなんですね……」


「そこらしいな……」


 俺も同意するしかない。


 ただ、その後の独り言で、俺はさらに眉をひそめることになった。


「まあでも、合格したらyumaと友達になれるし……」

 朱衣はそう呟いて、少しだけ頬を緩める。

「合格したら、yumaに会えるかなあ……」


 俺は、数秒黙った。


 優奈が横でゆっくりとこちらを向く。

 唯も、ノートを持つ手を止めて俺を見る。


「……まさかの目的、俺狙いか?」


 思わずそう口に出すと、優奈は少し引きつった笑顔で言った。


「たぶん、そうですね」


「面倒そうだな」

 唯がぼそっと言う。


「かなり面倒そうだな」

 俺は素直に頷いた。


 いや、別に自意識過剰ではないと思う。

 実際、さっきの独り言はどう聞いてもそういう意味だった。


 北海道。

 研究型。

 高火力。

 節約ー極。

 全身《protection》。

 一五〇本の魔力矢。

 しかもメンヘラ気味で、友達がいない。


 情報を並べただけで、嫌な予感しかしない。


 だが、同時に分かることもある。


 十六夜優希が九州の“技術の極致”だとすれば、神野朱衣は北海道の“魔力効率と物量の極致”だ。

 しかも、北海道型の中でもかなり感情でブレるタイプ。


 完璧な研究者じゃない。

 研究の成果を、感情の勢いで使い倒す危うさがある。


 それはそれで、見ていて面白い。

 面白いが、近くに来られると困る。

 その辺の線引きが、今の時点では非常に曖昧だった。


 朱衣が二位へ入ったことで、第二次試験の上位は一気に濃くなった。


 一位、十六夜優希。

 二位、神野朱衣。


 九州の槍術の完成形。

 北海道の魔力効率と物量の化け物。


 まだ試験は続く。

 だが、この二人が並んだ時点で、少なくとも第二次組が“ただの追加要員”ではないことだけは十分伝わった。


 優奈が小さく言う。


「北海道って、ほんとに色んな方向から変な人が来ますね」


「九州もだろ」


「九州は完成された変な人たちです」

 優奈は真顔で言う。

「北海道は、研究しすぎて変な方向に伸びた人たちって感じがします」


 かなり分かりやすい分類だった。


「否定できないな」


 俺はそう答えてから、もう一度モニターへ目を向けた。


 神野朱衣。

 あいつはたぶん、本気でyumaへ会いに来たのだろう。


 問題は、それがどのくらい本気で、どのくらい重いかだ。


 そして、なぜそこまで俺――あるいはyumaという存在へ執着しているのか。


 第二次試験の見学日は、どうやらまだ、面倒ごとの序章に過ぎないらしかった。


(つづく)

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