第107話 眠そうな槍使いと、明らかに異質な一本
第二次入学試験の見学は、九州勢と北海道勢が出てきた時点で、すでに「追加募集の見学会」なんて生ぬるい空気ではなくなっていた。
東京の学園にいる連中が持っている強さとは、明らかに方向が違う。
九州は、武器と魔法を極限まで絞り込んだ、技術の軍隊みたいな強さ。
槍。
《貫通》。
最小限の《シールド》。
その三つだけで、どんな魔物にもある程度安定して戦える形を作り、その完成度をひたすら高めている。
対して北海道は、研究と実戦を行き来しながら火力優位を維持し続ける思想。
押し切るために引くことも躊躇しない。
九州が「どう押し切るか」を個人技術で突き詰めた計算されたごり押しなら、北海道は「どう有利を維持するか」を理論で回す火力主義だった。
その違いだけでも十分すぎるほど面白かったのだが、九州枠の後半で、空気がもう一段変わった。
講堂のモニターに次の受験者の情報が映る。
名前欄に表示された文字を見て、周囲の九州勢らしき受験者たちがざわついた。
「ほら、お前だろ」
「次、十六夜って出てるぞ」
「起きろって、優希」
ざわざわした声の中、端の席にいた一人の男子が、ようやく顔を上げた。
「え?」
間の抜けた声だった。
本人らしきその人物は、眠そうにまばたきをしてから、周囲を見回す。
黒髪。
長すぎず短すぎず、やや無造作。
姿勢もだらっとしていて、目元にはまだ半分眠気が残っているように見える。
「僕?」
「お前しかいねーだろ⁉」
周囲の男子たちが半ば呆れたように突っ込む。
その本人――十六夜優希は、そこでようやく前の大モニターを見上げた。
「あ……ほんとだ。僕の名前がモニターに表示されてる」
そして、立ち上がる直前に、小さくそう呟いた。
「ごめん、お父さん」
その一言は、周囲のざわめきの中でも妙にはっきり俺の耳へ残った。
隣で優奈が小さく首を傾げる。
「お父さん?」
「さあな」
俺は短く答えたが、気にはなった。
単なる独り言にしては、妙に重い。
父親と何か約束でもしているのか。
あるいは、「寝るな」とでも言われていたのか。
それとも、もっと別の何かか。
そこまで考えたところで、優希は立ち上がった。
その時、俺は初めて、あいつの持っている槍をちゃんと見た。
「……何だ、あれ」
思わず口に出る。
槍。
それ自体は九州勢では珍しくない。
ここまで見た連中の多くも槍を使っていた。
だから最初は、その一本も同じ系統の延長だと思っていた。
だが違う。
金属でできているのは間違いない。
穂先も、柄も、少なくとも見た目の大枠は槍だ。
なのに、何かが違う。
まず、金属の光り方が違う。
ただ磨かれた鉄や鋼の反射じゃない。
鈍いのに、妙に芯のある光を返している。
鍛え上げた金属にだけ出る粘りのような気配があるのに、表面は異様に均一だ。
柄と穂先の継ぎ目も、普通の武器みたいな“後から組みました”という感じが薄い。
一本の流れの中で、最初からそこにあるような馴染み方をしている。
製造元が違うのか。
鍛造の工程が違うのか。
あるいは、作り手の思想そのものが違うのか。
そこまでは分からない。
でも少なくとも、量産品でも学園支給品でもないことだけは一目で分かった。
九州勢の槍はどれも訓練されていた。
だが優希の槍だけは、武器そのものにまで異物感がある。
「ユウマくん?」
優奈がこっちを見る。
「どうしました?」
「あいつの槍」
俺はモニターを見たまま答える。
「金属製なのは間違いない。でも、作られ方が違う。少なくとも、普通の鍛え方じゃない感じがする」
優奈も画面に目を凝らしたが、少し困った顔になった。
「うーん……私はそこまでは分からないです」
「だろうな」
俺も、分かると言い切れるほど明確じゃない。
ただ、武器を見慣れているからこそ、違和感だけははっきりある。
十六夜優希は、その異質な槍を気負いもなく持ち、試験用ダンジョンへ入っていった。
そして、戦闘開始から数秒で、俺はさっきまでの眠そうな印象を完全に捨てることになった。
最初の魔物が現れる。
小型。
九州勢にとっては、技術確認みたいな相手だ。
だが優希の構えは、まずそこで異様だった。
普通、槍は前へ突き出すように構える。
穂先を相手へ向け、いつでも最短で突けるようにする。
九州勢の他の槍使いたちも、多少の違いはあれど基本はそうだった。
なのに優希は違う。
槍を、斜め下へ向けて構えた。
穂先が前ではなく、やや地面寄り。
一見すると、そこからどう最短で届かせるのか分からない、奇妙な構えだ。
「は?」
思わず声が漏れた。
次の瞬間、その疑問ごと置き去りにされる。
魔物が武器を振るった。
優希の槍が、下からほんのわずかに跳ねる。
弾いた。
そのまま、流れを切らずに穂先が相手の喉へ滑り込む。
速い。
いや、正確には、本人の動きが速いというより――槍の動きが速すぎる。
目が追い切れないのではない。
目が、本人の足さばきより先に槍先だけを追ってしまう。
結果として、人間の動きが視界から抜ける。
「……何だ今の」
俺が呟くと、唯も小さく息を呑んだ。
「本人が速いんじゃなくて、槍が速い」
「そうだ」
その表現が一番近い。
普通、槍はリーチで勝つ武器だ。
だが優希の槍は、リーチを活かす前に“動作そのものが短い”。
弾く。
刺す。
その二つが別工程に見えない。
一つの動きの中で終わっている。
試験中に寝ていた人物と、同一人物とは思えなかった。
だが本当に異常なのは、そこからだった。
通路の先から、小型魔物がまとまって押し寄せる。
数が多い。
普通に捌くだけでは、時間が敵になる状況だ。
俺はそこで自然に考えた。
――裁いてるだけじゃ終わらない。
槍術がうまいのは分かった。
でも、今のまま一体ずつ弾いて刺しているだけでは、どうしても数で押される。
どうやって処理速度を上げる?
その答えを、優希はあまりにもあっさり見せた。
「≪集中≫」
まず一つ。
「≪動体視力ー極≫」
次に一つ。
「≪速度強化ー極≫」
さらに一つ。
その三つが重なった瞬間、空気が変わる。
優希自身の輪郭がぶれるほどの高速移動ではない。
だが、必要な情報処理と、必要な動作速度だけが一段階上がったのが分かる。
そしてそこでようやく、俺は気づいた。
あいつ、小型全部を一匹ずつ処理しているわけじゃない。
群れの先頭。
密度の芯。
流れの詰まる位置。
そこだけを切っている。
先頭を落とす。
後ろが詰まる。
詰まった列へ穂先が滑り込む。
次にまた、流れの芯を抜く。
対多数を“全部相手する”んじゃない。
群れの流れそのものを切っている。
「……なるほど」
思わず口元が緩んだ。
単純な速さじゃない。
対多数を処理する技術だ。
優希は槍を振り回さない。
大きくも動かない。
むしろ無駄な動きがない。
だからこそ、押し寄せる小型が勝手に崩れていくように見える。
それは、高速移動とも《発射》とも違う。
足を使って死角へ潜るのではなく、槍一本で相手の攻め筋と群れの流れを壊している。
「九州の完成形の一端、って感じだな……」
俺がそう呟いた時、優希は初めて真正面から大型へ視線を向けた。
大型魔物が三体。
小型とは明らかに質が違う。
ここでようやく、優希はこれまで温存していた魔法を切る。
「≪貫通≫」
短い一言。
だが、その瞬間だけ、槍先の気配が変わる。
鈍い金属の光に、ほんの一瞬だけ鋭い線が走ったように見えた。
優希は走らない。
飛ばない。
ただ、一歩だけ深く入る。
そして、突く。
一体目の頭部。
引き抜かない。
そのまま捻るように槍を滑らせ、二体目へ。
三体目へ。
全部、頭だ。
大型三体を、三秒ほどで倒しきった。
講堂が、一瞬だけ本気で静まる。
静まり返ったあと、遅れてどよめきが広がった。
「うそだろ」
「今の、何が起きた?」
「三体まとめて……?」
「槍、速すぎないか」
優希はそのざわめきなんて気にも留めず、魔物が消えた場所を見て、ぽつりと呟いた。
「二倍で足りるかな……」
その声は、本当に独り言みたいだった。
「合格ラインの二倍って、どれくらいだろ……」
その内容だけを聞けば嫌味にも見える。
でも、表情は本気で計算している顔だった。
煽りじゃない。
天然だ。
だから余計にたちが悪い。
そして結果は、そのまま数字で出た。
第二次試験、暫定一位。
しかも圧倒的。
最初にその数字を叩き出したのは、十六夜優希。
眠そうな顔で呼ばれて、槍を斜め下へ構え、気づいた時には全部終わらせていた男だった。
優奈が小さく声を漏らす。
「すごい……」
「すごいな」
俺も認める。
「しかも、あれだけのことやってるのに、無理をしてる感じが薄い」
そこが一番嫌だった。
まだ余裕があるように見える。
全力を出し切ってギリギリ合格、という空気じゃない。
基準を測りにきて、そのまま一位を取ってしまったような顔だ。
唯がノートを閉じながら言う。
「九州の槍術の中でも、明らかに別格」
「ああ」
俺は頷いた。
「他の九州勢も完成度は高かった。けど、あいつだけ“技術の積み方”がさらに一段先にある」
そして、あの槍。
やはり気になる。
鍛えが違うのか。
家が違うのか。
師匠が違うのか。
作り手が違うのか。
少なくとも、優希の槍だけが、単なる「九州式の標準装備」には見えない。
本人の技術だけでなく、武器そのものも何かの系譜を背負っているように感じる。
「ごめん、お父さん……か」
無意識に、もう一度その一言が頭に浮かぶ。
父親。
槍。
妙に異質な一本。
眠そうな本人。
そして、戦い始めた瞬間の完成度。
あまりにも、何かありそうだった。
第二次試験の見学日は、ただ地方の強さを見るだけの場ではなくなっていた。
十六夜優希。
あいつはたぶん、九州勢の中でもさらに別枠だ。
そして間違いなく、俺の接近戦の考え方を揺らす側の人間だった。
高速移動なし。
《発射》なし。
それでもここまで接近戦を成立させられる。
だったら、その先にある答えは見てみたい。
そう思った時点で、たぶん俺はもう、追い抜かれることへの危機感よりも、新しい戦い方への興味を優先していたのだろう。
優奈が横で苦笑する。
「ユウマくん、また面白そうな顔してます」
「してるか?」
「してます」
優奈は即答した。
「絶対あとで話しかけに行こうって顔です」
「……まあ、行くかもな」
否定はしない。
あれだけのものを見せられて、何も聞きに行かない方が無理だ。
第二次試験は、まだ始まったばかりだ。
だが少なくとも、最初の一人で講堂の空気を塗り替えるには、十六夜優希という名前は十分すぎた。
そしてその空気の変化を、俺は少しだけ楽しんでいる自分にも気づいていた。
(つづく)




