第106話 九州の槍と、北海道の火力思想
第二次入学試験の見学日。
授業は休み。
だが、だからといって空気が緩いわけではなかった。
むしろ逆だ。
講堂の大モニター。
試験用ダンジョンへ入っていく新規受験者たち。
その一人一人を、既存生徒たちが妙に静かな熱で見つめている。
学園側は建前として「新しい受験者を見て、自分たちの立ち位置を再確認してもらうため」と説明していた。
だが、本音はもっと単純だろう。
――追い抜かれないように、危機感を持て。
それだけだ。
俺は講堂のやや後方、優奈と唯の間に座ってモニターを見ていた。
優奈は前のめり気味に映像を追い、唯はノートを膝の上へ置いて、気になったことを時々書き留めている。
「ほんとに地方からも来てるんですね」
優奈が小さく言った。
「来るだろ」
俺は答える。
「東京先行でやった以上、次はそこ以外から拾うに決まってる」
「でも、思ったより空気違います」
「地方ごとにか?」
「はい」
そこは、俺も同感だった。
最初に明確な違和感を覚えたのは、九州出身者の試験が始まった時だ。
モニターの中へ映った受験者たちを見て、俺は思わず眉をひそめた。
「……剣がいない」
「え?」
優奈が聞き返す。
「誰も剣使ってない」
言われて、優奈も画面へ目を凝らした。
たしかにそうだ。
九州枠と紹介された連中は、見事なくらい武器が偏っていた。
槍。
槍。
また槍。
全員がそうというわけではない。
中には短槍に近いものや、かなり長いものもある。
だが系統としては全部槍だ。
しかも、使う魔法まで似ていた。
《貫通》。
それから最小限の《シールド》。
それだけ。
派手な属性魔法はほとんど見えない。
強化の色も薄い。
なのに、動きが異常に洗練されていた。
「……うまい」
唯がぽつりと呟いた。
その一言が一番正確だった。
強い、ではなく、うまい。
槍の間合いの取り方。
足の運び。
突きを入れる角度。
一度引いた穂先を次の突きへ繋げる速さ。
どれも、明らかに訓練されている。
しかも一人だけが突出しているのではない。
九州出身者として映っている連中が、全員そこそこの完成度を持っていた。
「一体どれだけトレーニングしたら、あれだけ揃うんだよ」
思わずそう漏れる。
優奈も頷いた。
「みんな、“自分の戦い方”っていうより、何か共通の型がある感じです」
「あるな」
それは感覚だけじゃなく、理屈でも説明がつく。
剣ではなく槍を選ぶ理由は、明確だ。
まず、どんな魔物が相手でも安定して戦いやすい。
槍は剣より間合いが長い。
つまり、初見の相手でも“危険な領域へ踏み込みすぎない”で済む。
しかも突き主体だから、狙う点を固定しやすい。
その上、《貫通》と相性がいい。
剣で《貫通》を使う場合、どうしても斬る動作の中に“刃を通す”工程が入る。
だが槍なら違う。
穂先一点へ魔力を集中し、そのまま真っすぐ押し込めばいい。
防御を無視しやすい。
鎧持ち相手でも、甲殻持ち相手でも、“一点突破”という発想が最初から成り立つ。
そして最小限の《シールド》。
これも理にかなっている。
大きく広げない。
全身を囲わない。
必要な瞬間だけ、必要な場所に出す。
そうすれば魔力消費は抑えられるし、槍の間合いと噛み合う。
「人口、か」
口の中でそう呟く。
九州は、関東に比べれば人口が少ない。
その状況でスタンピードを起こさないようダンジョン攻略を進めるなら、少人数でも安定して前線を維持できる戦い方が必要になる。
自由に好きな武器を選んで、好きな魔法を伸ばして、運よく天才が出るのを待つ。
そんな余裕は、多分なかったのだろう。
だったら、武器も魔法もある程度固定する。
槍。
貫通。
最小限のシールド。
そのセットを徹底的に叩き込み、個人の技術をひたすら洗練させる。
理屈では分かる。
理解もできる。
でも、そのやり方は、もはやダンジョン探索者というより軍人のそれだった。
「九州、すごいですね……」
優奈が言う。
「みんな同じ武器なのに、同じ武器だからこそ、全員うまいのが分かります」
「そうだな」
俺は答える。
「多分、武器を絞ってるから伸びる速度も早いんだろう」
選択肢が少ないことは、普通は不自由だ。
だが、少人数で確実に成果を出すなら話は別になる。
迷わない。
訓練内容を統一できる。
弱点も共有しやすい。
しかも槍は、対集団でも対大型でも安定しやすい。
その代わり、当然弱点もある。
画面の中で、九州枠の一人が飛び上がる魔物に対して一瞬だけ対応が遅れた。
すぐに貫通突きで落としたが、あの一拍は見逃せない。
「完成されてるけど、想定外に弱いタイプだな」
俺がそう言うと、唯が視線をこちらへ向けた。
「どういう意味?」
「槍・貫通・最小限シールドって構成は強い。けど、それは“想定された相手”に対してだ」
俺はモニターから目を離さず答える。
「飛行相手とか、足場が悪い場所とか、ギミックが変則的なダンジョンになると、北海道型より融通が利かなくなる可能性がある」
唯は少し考えてから、小さく頷いた。
「強いけど、尖ってる」
「そういうことだ」
だが、その尖り方はかなり好感が持てた。
雑ではない。
むしろ極端なほど丁寧に研がれた尖りだ。
九州枠の試験が一通り終わったあと、講堂の空気は明らかに少し変わっていた。
「全員、槍だったな……」
「なんかこわくないか?」
「同じ武器であそこまで揃うの、逆にやばいだろ」
ざわめきの方向が、単純な驚きから少しだけ警戒寄りへ移っている。
それも当然だった。
そして、その空気をさらに別の方向へひっくり返したのが、北海道勢だった。
最初の印象からして九州と真逆だった。
「魔法、多いですね」
優奈が率直に言う。
「多いな」
俺も頷く。
北海道枠は、まず武器がバラバラだ。
杖もいる。
短剣もいる。
片手剣もいる。
中には武器より魔法そのものを主軸にしているやつまでいる。
そして何より、火力の出し方が露骨だった。
強い魔法を撃つ。
ただし、撃ちっぱなしじゃない。
引く時は引く。
下がる。
位置を変える。
自分たちの火力が敵より優位に立つ状況を維持すること、その一点に集中している。
「九州と全然違うな」
俺がそう呟くと、優奈も真剣な顔で画面を見たまま頷いた。
「九州は、近づいて押し切る前提で全部組んでる感じでした」
「北海道は……近づかれたら一回引いて、また自分たちの有利な距離を作ってます」
「そうだ」
そこが一番大きい。
九州は、どう押し切るかを個人が考え、工夫しながら、計算してごり押ししている。
言い方は悪いが、計算されたごり押しだ。
対して北海道は違う。
あいつらは“押し切る瞬間”だけを見ていない。
むしろ、自分たちの火力が常に相手より上回る状況をどう維持するか、そのためなら一度引くことも躊躇しない。
火力主義。
だが脳筋ではない。
研究型クランが台頭しているという話を聞いて、少し納得した。
たぶん北海道は、魔法そのものの運用研究がかなり進んでいるのだろう。
どの距離でどの属性を撃てば最も効率がいいか。
どのタイミングで下がれば次弾の詠唱が間に合うか。
どうすれば“自分たちが有利な盤面”を持続できるか。
あれは感覚というより、研究と実戦を往復した動きだ。
「九州が技術の統一なら、北海道は理論の共有か」
思わずそう呟く。
唯がノートを取りながら聞き返す。
「理論の共有?」
「個人のセンスじゃなく、“どうすれば火力優位を維持できるか”が最初からチーム内で共有されてる感じがするんだよ」
「九州は全員が似た型を叩き込まれてる。北海道は型より“優位を保つための考え方”を共有してる」
そう言うと、唯は少しだけ目を細めた。
「だから武器がバラバラでも、動き方に統一感があるんだ」
「そういうことだ」
ここで、俺はもう一つ気づいた。
北海道型は、唯や音葉に刺さりやすい。
研究。
理論。
条件を揃えて優位を維持する思想。
あれは、技術を一点に研ぎ澄ます九州とは別方向で、魔法を繋ぎ合わせて戦い方を作るタイプに相性がいい。
音葉の《遠隔魔法》や、唯の糸みたいな“既存のルールの隙間”を使う連中は、北海道型の方が話が通じやすいだろう。
その一方で、俺自身が食いつくのはやっぱり九州だった。
槍。
貫通。
最小限のシールド。
そして、接近戦を成立させるための極端な技術特化。
あれは、今の俺の高速移動や優奈の《発射》を前提にした接近戦とは違う。
同じ近接でも、別解だ。
「ユウマくん、九州の方めちゃくちゃ見てますね」
優奈にそう言われて、少しだけ笑う。
「気になるからな」
「やっぱり戦い方ですか?」
「ああ」
俺は素直に頷いた。
「槍なのは分かる。どんな魔物相手でも安定して戦いやすいし、貫通と相性がいい。敵防御を無視して一点突破しやすいからな」
「でも、それだけじゃないですよね」
「それだけじゃない」
俺は続ける。
「全員があそこまで上手いのが気になる。あれは一人二人の天才じゃない。地域全体で“そう育ててる”強さだ」
優奈はそこで少しだけ黙った。
たぶん、同じことを感じたのだろう。
個人の強さも怖い。
でも、それが“量産される仕組み”の方がもっと怖い。
「北海道も、別の意味で怖いですね」
優奈が言う。
「怖いな」
俺は答える。
「火力主義だけど、無理やり押すんじゃなくて、優位な状況を維持し続けるのが目的だ。つまり、焦ってくれない」
焦らない敵は面倒だ。
感情で崩れない。
研究型クランが伸びると、そういう連中が増える。
講堂のざわめきは、九州と北海道の試験を境に、明らかに質が変わっていた。
最初はただ“新しい受験者が来るらしい”程度の空気だった。
でも今は違う。
東京の外にも、ちゃんと別の強さがある。
しかもそれは、偶然の強者じゃない。
地域ごとの事情と理屈の上に作られた強さだ。
そこまで見せられれば、追い抜かれるかもしれないという学園側の脅しも、少しは現実味を持つ。
もっとも、俺の中で大きかったのは危機感だけではなかった。
「面白そうだな」
やっぱり、そう思ってしまう。
九州の槍術。
北海道の火力維持。
どっちも今の自分にはない。
脅威ではある。
だがそれ以上に、“知りたい”が勝つ。
「またそういう顔してる」
優奈が苦笑する。
「どんな顔だよ」
「面倒ごとが増えるのに、ちょっと嬉しそうな顔です」
「否定しない」
唯が横で小さく息を吐いた。
「兄さん、そういうところあるよね」
「お前も大概だろ」
俺は言う。
「北海道の試験、さっきからノートの量おかしいぞ」
唯は少しだけ目を逸らした。
「……参考になるから」
「だろうな」
結局、俺たちは同じだった。
脅威が来る。
追い抜かれるかもしれない。
その可能性を見せられて、怖がるより先に、自分の糧にできないかと考える。
それが良いことかどうかは分からない。
でも少なくとも、今この講堂に座っているだけで終わるつもりはなかった。
第二次試験の見学日。
その意味は、たぶん十分すぎるくらい果たされていた。
東京の学園が、東京だけの箱ではなくなり始めている。
そして同時に、東京のやり方だけが正解でもなくなりつつある。
その現実を、俺たちは今日初めて、はっきり目で見たのだ。
(つづく)




