第105話 第二次試験と、東京の外にいる連中
ダンジョン学園へ入学してからしばらくして、ようやく分かったことが一つある。
この場所は、学校という顔をしているくせに、やっぱり普通の学校ではない。
授業はある。
座学もある。
実技もある。
クラス分けもある。
だが、その全部の根底にあるのは、結局のところ「今いる人間をどう強くするか」ではなく、「強いやつをどう集め、どう競わせ、どう使うか」だ。
その証拠みたいな話が、ある日のホームルームで急に出てきた。
「来週、第二次入学試験を実施します」
担任が黒板の前でそう言った瞬間、教室の空気がわずかに揺れた。
ざわつく、というほどではない。
でも、間違いなく全員の意識がそちらへ向いたのが分かった。
「第二次?」
瀬名蒼が、いかにも授業中に疑問を我慢できないタイプらしい顔でそのまま聞き返す。
「はい」
担任はあっさり頷いた。
「国立ダンジョン学園は設立が急だったため、第一次試験では主に東京圏を中心とした募集になっていました。しかし、ようやく各地方との調整が進みましたので、第二次として追加募集を行います」
そこまで聞いて、俺は小さく息を吐いた。
なるほどな、と思う。
最初に受けた時から、少し変だとは思っていた。
学園なんて大仰なものを作るくせに、最初の受験生の顔ぶれがやや偏っていたからだ。
もちろん、海外枠だの情報監査枠だの、妙に国際色の濃い連中はいた。
でも国内について言えば、どうにも“東京で回せる範囲を先に回した”感じが強かった。
今の説明なら、その違和感にも一応筋が通る。
設立が急だった。
地方の調整が遅れた。
だから第一次は東京先行。
それだけの話だ。
だが、問題はそこじゃない。
「なお」
担任が続ける。
「来週の試験日は、既存生徒にとっては見学日となります。授業の代わりに、全員で第二次受験者の試験を見てもらいます」
今度は、教室がはっきりざわついた。
「見学?」
「なんで?」
「俺たちも見るのかよ」
当然の反応だ。
ただ試験があるだけならまだ分かる。
でも“見学日”として、わざわざ今いる生徒へ見せる理由は何か。
普通の学校なら、そんなことはしない。
担任はそのざわめきを待ってから、淡々と言った。
「新たな受験者を見て、自分たちの立ち位置を再確認してもらうためです」
「学園は、入学して終わりではありません。後続の入学者と比較されることも、将来的に共同任務や編成を組まれることもあります」
そこで、さらに一言足した。
「要するに、追い抜かれないよう緊張感を持ってください、ということです」
言い方が妙に率直だったせいか、教室の空気が一瞬だけ妙な方向へ静まった。
分かりやすい。
分かりやすすぎる。
だが、たぶんそれが本音なのだろう。
学園側としては、今いる生徒へ安心させたいわけではない。
むしろ逆だ。
外からまた別の実力者が入ってくると見せて、気を抜かせないようにしたい。
そんなところだろう。
隣では優奈が、少しだけ楽しそうな顔をしていた。
「また、新しい人が入ってくるんですね」
「楽しそうだな、お前」
「少しだけ」
優奈は素直に頷く。
「だって、知らないタイプの人が来るかもしれないじゃないですか」
「まあ、そうだな」
俺自身も、完全に嫌というわけではなかった。
特に今の説明で気になったのは、担任が“各地方との調整”という言い方をしたことだ。
東京圏の先行募集。
なら、次は当然そこ以外から来る。
一年前、東京と同じ構成のダンジョンが九州と北海道にもできた、という話を思い出す。
もし今回、本当に他地方から追加募集するなら、そこから人が来る可能性はかなり高い。
関東とは違う環境で、同じ構成のダンジョンをどう攻略してきたか。
その差は、普通に興味があった。
そして教室の後ろでは、すでに別方向の話題が飛び始めている。
「海外からも来るのかな」
「また交換生枠とか?」
「情報監査枠も増えるんじゃないか?」
建前の呼び方は“国際連携枠”だの“交換生枠”だの、いかにもきれいだ。
でも要するに、またインドだの中国だのロシアだのの、半ばスパイみたいな連中も入ってくる可能性が高いということだ。
そこに関しては、誰ももうわざわざ驚かなかった。
この学園に入った時点で、そのくらいはみんな受け入れている。
放課後。
優奈とのミーティングでクラン本部へ行く途中、俺はホームルームの話をそのまま相良へぶつけた。
相良は相変わらず、無駄のないスーツ姿で会議室の椅子へ座っていた。
書類に目を通していた手を止め、こちらを見る。
「第二次試験の話か」
「知ってたのか」
「学園絡みなら、大抵は知っている」
まあ、そうだろうな。
こいつが知らないわけがない。
俺は椅子へ座りながら、そのまま聞く。
「海外枠も来るのか?」
「来る」
相良はあっさり答えた。
「インド、中国、ロシア、それぞれ国際連携枠と情報監査枠を兼ねる人材を出すらしい。人数自体は多くないが、第一次と同じく無視はできない」
「言い方が丁寧なだけで、要するにスパイだろ」
「否定はしない」
相良は表情一つ変えずに言う。
優奈がその横で少しだけ苦笑した。
「もう、その辺は隠さなくなってきましたね」
「隠しても意味がないだろ」
俺は言った。
「最初から全員、薄々分かってる」
それより気になるのは国内の方だ。
俺は机へ肘をついて続ける。
「第一次は東京だけだった。なら今回、地方から来るなら……九州か北海道あたりか」
「その可能性は高い」
相良は頷いた。
「特にその二つは、東京と同型のダンジョンが稼働している。実績のある若手がいるなら、真っ先に候補へ上がる」
「だろうな」
俺はそこで少しだけ考え込む。
一年前、東京と同じ構成のダンジョンが九州と北海道にもできた。
同じように見えて、環境が違えば攻略思想も変わる。
人間の集まり方も違う。
資本も違う。
地方の文化も違う。
だったら、同じダンジョンでも東京とは別の答えが出ていてもおかしくない。
そう思った時、相良が口元をわずかに動かした。
「ちょうどいい」
「何がだ」
「クラン拡大のチャンスになる」
その一言に、俺は思わず眉をひそめた。
「は?」
「何だその反応は」
「いや……」
俺は率直に言う。
「もう十分だろ。うち、すでに日本No.1クランだぞ?」
それは誇張じゃない。
少なくとも、今の日本国内で“最前線に最も近いクラン”を挙げろと言われたら、うちの名前はまず出る。
それなのに、まだ上を目指すのか。
普通はそこまで行けば、少なくとも守りに入る発想も出てくるものだ。
だが相良は首を横に振った。
「上にいるから止まれる、なんて時代じゃない」
「むしろ上にいるからこそ、止まれば追い抜かれる」
その口調が、妙に断定的だった。
「何か掴んでるのか」
俺が聞くと、相良は机の上の端末をこちらへ向けた。
「北海道では、魔法研究を主体とする大規模クランの設立が進んでいる」
画面には簡単なメモと、いくつかの非公開報告書らしき断片が表示されている。
固有名までは出ていない。
だが、方向性だけは十分分かった。
研究主体。
つまり現場だけでなく、魔法の理論化や新規運用の開発へかなり比重を置いている連中だ。
「研究型か」
「そうだ」
相良は続ける。
「しかも小規模な実験組織ではない。最初から人員と資本を集めて、北海道全体のダンジョン運用に研究成果を還元するつもりらしい」
それは、かなり面白い。
音葉の《遠隔魔法》や、唯の《魔力変化(糸)》みたいな“つなぐ”発想は、個人の才能で出てきたものだ。
でも研究主体のクランが本格的に動けば、そういう発想を意図的に増やしてくる可能性がある。
学園にいるだけでは拾いきれない系統の進化だ。
「で、九州は?」
俺が聞くと、相良は少しだけ画面を切り替えた。
「こっちはさらに面白い」
「突撃による接近戦特化型が、高速移動や《発射》を使わない接近戦の新しい戦い方を見つけたらしい」
俺はそこで、初めて少し身を乗り出した。
「……何?」
「一部の機密映像が、かなり限定された経路で流れた」
相良は淡々と言う。
「完全な資料ではない。だが、少なくとも“高速移動も発射もなしで接近戦を成立させている”というところまでは確認できている」
「そんなの、どうやって」
「そこまでは分からない」
その答えに、俺は思わず口元を押さえた。
高速移動。
《発射》。
どちらも、今の日本の近接戦においてはかなり大きい答えだ。
少なくとも俺と優奈の系統では、それが中核にある。
そこへ“使わない別解”が出てくる。
それは、かなりまずい。
そして、かなり面白い。
「動かなければ追い抜かれる」
相良が静かに言う。
「北海道は研究で来る。九州は実戦思想で来る。東京の優位が、このままずっと続くとは思うな」
その言葉に、優奈が小さく息を呑んだ。
「そんなに、ですか」
「そんなにだ」
相良は答える。
「第一次試験組が強いのは事実だ。だが、地方の連中が弱い理由にはならない」
俺はしばらく黙っていた。
追い抜かれる。
危機感として聞けば、そうなる。
でも正直に言えば、俺の中で先に湧いたのは別の感情だった。
「……面白そうだな」
気づけば、そう口から出ていた。
優奈がこちらを見る。
相良も少しだけ目を細める。
「危機感より先に、それか」
「だってそうだろ」
俺は言う。
「高速移動も発射も使わない接近戦とか、普通に戦い方の参考になるかもしれない」
それは本音だった。
脅威かどうかはともかく、別解があるなら知りたい。
今の自分の戦い方だけが正解だと思った瞬間、伸びは止まる。
その感覚は、ずっと前から知っている。
父さんを超えると決めた頃から。
世界中を回り始めた頃から。
俺はずっと、“まだ上があるかもしれない”と思って動いてきた。
だったら、地方に新しい答えがあるという話は、普通に見たい。
優奈が、少しだけ安心したみたいに笑う。
「ユウマくんなら、そう言うと思いました」
「何だそれ」
「だって、危ないとか嫌だとかより先に、“面白そう”って思うタイプですし」
「否定はしない」
相良はそのやり取りを見ながら、静かに言った。
「なら、なおさら見ておけ」
「第二次試験の見学日は、ただの見物じゃない。東京の外から何が入ってくるか、自分の目で確かめろ」
「分かってる」
俺は短く答える。
北海道の研究型。
九州の新しい接近戦。
海外の監査枠。
そして東京の今いる連中。
国立ダンジョン学園は、気づけば東京だけの場ではなくなりつつある。
最初からそのつもりで作られていたのかもしれないが、少なくとも今、その現実味が一気に増した。
放課後の窓の外は、もう夕方に近かった。
学園の敷地も、クラン本部の周辺も、相変わらず東京の空気をしている。
けれど、次に入ってくるのは東京の外側の風だ。
その風が学園をどう変えるのか。
自分たちの位置をどう揺らすのか。
そう考えると、少しだけ胸の奥が熱くなる。
危機感。
たぶん、それもある。
でも、それ以上に。
――知らない戦い方が来る。
その事実が、単純に楽しみだった。
(つづく)




