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第104話 最初の一組と、結城抜きでのボス討伐

 チーム課題の順番を決めるくじ引きで、俺たちのチームは最初に挑むことになった。


 その瞬間、桐生大河が「うわ、マジか」と分かりやすく顔をしかめた。


「一番目って、一番やりづらくないですか」


 それは正論だった。


 後続なら、前のチームの動きを見て多少は心の準備ができる。

 どんな空気なのか。

 どこで崩れやすいのか。

 教師がどこを見ているのか。

 そういうものが少しは分かる。


 だが最初の一組には、それがない。


 ただでさえ本格的なダンジョン経験なんてほとんどない連中が、いきなり先陣を切る。

 初心者にとっては、かなり嫌な役回りだ。


「結城先輩がいるから、まあ大丈夫だろ」

 瀬名蒼がそう言ったが、その声にも少しだけ硬さが混ざっていた。


 大丈夫。

 その一言で済ませるには、こいつらの経験値はまだ薄い。


 桐生。

 三枝。

 瀬名。

 小鳥遊。

 火ノ宮。


 五人とも、個々の魔法は悪くない。

 むしろ一階層に限ればかなり噛み合っている方だ。

 だが、実際に六人で一つの盤面を作るとなると話は別だった。


 しかも、周囲は見ている。


 俺が入ったチームだ。

 それだけで、学園中の視線が多少なりとも集まる。

 失敗すれば「結城がいてもあの程度」。

 成功すれば「やっぱり結城が強かっただけ」。

 たぶん、最初はそういう見方をされる。


 そこで、ダンジョンへ入る前の短いミーティング時間に、俺はふと別のことを考えた。


 今回、学園側が俺たちに期待しているのは何だったか。


 正式な任務ではない。

 だが、周囲と明らかに経験も格も違う上位入学生は、一般生徒を強くなるようにフォローしろ。

 そういう空気がある。


 要するに、ただ勝てばいいわけじゃない。


 俺が一人で全部片づけるのは簡単だ。

 一階層のボスまでなら、正直、目を瞑っていてもそう大差ない。

 でも、それをやったところでチームには何も残らない。


 だったら。


 俺がボスを倒すんじゃなく、俺がいなくてもボスを倒せる運用を、この場で作るべきじゃないのか。


 そこまで考えた瞬間、昨日のジョンの顔が頭に浮かんだ。


 ――用途を絞れば、その分出力を上げられる。


 あのアメリカ人は、拳にしか使わないと割り切ることで、強化出力を両腕へ偏らせていた。

 全身を平均的に強くするんじゃない。

 使う場所を限定する。

 だから爆発的に上がる。


 その考え方を、そのまま火へ流せばどうなる。


 火属性は、基本的に範囲が広い。

 広く焼き払う。

 面で圧をかける。

 雑魚一掃には強い。


 だが逆に言えば、広げるほど熱量は散る。

 一体のボスへ集中して叩き込むのは苦手だ。

 だからチーム戦やボス戦に向かない、という評価になる。


 でも、それは“広く使う前提”だからだ。


 もし、焼く範囲を最初からボス一体ぶんだけに固定したら。

 逃げ場を潰すための面制圧を捨て、その代わり熱量密度を一点へ圧縮したら。


「……行けるな」


 無意識に呟いていた。


 隣にいた火ノ宮朱里が反応する。


「え?」


「いや」

 俺はすぐに顔を上げて五人を見る。

「一個、やり方を思いついた」


 桐生が半歩身を乗り出す。


「何ですか?」


「今回の課題、せっかくなら――」

 俺は少しだけ間を置いてから言った。

「俺の協力抜きで、ボス討伐まで行ってみたくないか?」


 五人の顔が、同時に固まった。


 瀬名が真っ先に言う。


「いや、無理じゃないですか?」


「普通に考えたら無理だよな?」と桐生も続く。


 三枝は何も言わなかったが、目つきだけが鋭くなった。

 火ノ宮はぽかんとしている。

 小鳥遊は「え、えっと」と言葉を探している顔だ。


 当然だ。

 普通なら、上位生が入ったチームは、その上位生がボスの決定打を担当する。

 そう思うのが自然だ。


 だが、俺は首を振った。


「行ける」

「このやり方なら」


 そこで俺は、火ノ宮へ向き直る。


「火ノ宮。お前の火、いつも広げるよな」


「え、はい」

 朱里は少し緊張した顔で頷いた。

「その方が、敵まとめて焼けるので」


「それは正しい」

 俺は言う。

「雑魚戦ならな。でもボス相手だと広げるぶんだけ火力が散る。だったら逆だ。範囲を狭く固定しろ」


 火ノ宮が目を瞬かせる。


「固定……」


「ボス一体ぶんだけに焼く範囲を絞る」

 俺は続けた。

「広がる火じゃなく、閉じ込める火を作れ。逃げ場を奪うための面じゃない。そこにある一体を焼き切るための柱だ」


 そこで三枝が、少しだけ理解した顔になる。


「熱量を散らさない、ってことですか」


「そうだ」

 俺は頷いた。

「火は広いほど強いわけじゃない。広いから便利なだけだ。便利さを捨てれば、密度は上がる」


 火ノ宮の顔つきが少しずつ変わっていく。

 単に褒められている時の顔ではない。

 自分の魔法の別の使い道を見せられた時の顔だ。


「でも……」

 小鳥遊が控えめに言う。

「ボス、動きますよね」


「動く」

「じゃあそこは岩で止める」


 俺は桐生と三枝を見る。


「桐生は前面で受けろ。三枝は足元と退路を潰せ。壁を完全に作る必要はない。ボスの行きたい方向を一つ減らすだけでいい」


 瀬名がすぐに続いた。


「風は?」


「ボスの向きをずらすな。むしろ正面を固定しろ」

 俺は答える。

「押し戻しすぎると火ノ宮の狙いがズレる。必要なのは、岩で逃げ道を減らして、風で中心線を保つことだ」


 小鳥遊が小さく息を呑む。


「……それって、火ノ宮さんの火をボスにだけ通すための形ですね」


「そうだ」


 全員が少しずつ静かになった。


 無茶な話ではある。

 だが、理屈は通っている。

 しかも“俺が強いから勝つ”ではなく、“この五人だから作れる形”だと分かってきたのだろう。


 最後に火ノ宮が、少しだけ不安げに聞いた。


「……本当に、行けるんですか?」


「行ける」

 俺ははっきり言った。

「お前が、広げる火じゃなく“狭くて重い火”を出せるならな」


 その答えに、火ノ宮は一瞬だけ目を閉じて、それから頷いた。


「やります」


 その瞬間、チームの空気が少し変わった。

 やらされる課題から、自分たちで勝ち筋を試す課題へ。

 その切り替わりが、はっきり見えた。


 翌日の本番ダンジョンは、学園側が安全管理を入れた一階層だった。

 だが“本格的なダンジョン”であることに変わりはない。


 人工訓練ではない。

 生きた魔物。

 生きた反応。

 失敗すればちゃんと怪我をする場所だ。


 そして、俺たちが最初の一組だった。


 ゲート前に立った時、桐生の喉が小さく動くのが見えた。

 瀬名も表面上は平静だが、つま先に少しだけ力が入りすぎている。

 三枝だけは比較的静かだ。

 小鳥遊は緊張で肩が上がっている。

 火ノ宮は、緊張と覚悟がちょうど半分ずつくらいの顔をしていた。


「確認するぞ」


 俺は最後に一度だけ言った。


「道中は、基本お前らでやる」

「俺が前へ出るのは、本当に危ない時だけだ」


 桐生が「了解」と短く答える。

 その声は思ったよりしっかりしていた。


「ボスは?」


「火ノ宮がやる」

 俺は言う。

「そのために、道中で無駄に魔力を使いすぎるな。雑魚を一掃したくても、焼きすぎるな。最低限で回せ」


 火ノ宮が深く頷く。


「はい」


「行くぞ」


 ゲートをくぐる。


 一階層の空気は、やはり軽い。

 だが軽いからといって、初心者に優しいわけじゃない。

 最初の魔物が現れた瞬間、桐生がほとんど反射で前へ出た。


 いい反応だ。


 前面防壁。

 真正面からの突進を受け止める。

 後ろで三枝が足元を盛り上げ、二体目の進路を一瞬だけずらした。

 そこへ瀬名が風で押し戻し、小鳥遊が横流しで朱里の射線を作る。


 火ノ宮の火が走る。

 広すぎない。

 昨日より少しだけ狭い。


 魔物二体を巻き込み、十分な熱量で焼き切った。


 悪くない。


 俺はそこで初めて理解した。

 このチーム、思った以上に飲み込みが早い。


 道中でも、俺はできるだけ手を出さなかった。

 完全に任せきると崩れる場面では切る。

 でも、それ以外は口だけで誘導する。


「桐生、受ける位置が深い」

「三枝、左足止め」

「瀬名、押しすぎるな、火ノ宮の射線潰してる」

「小鳥遊、今の補助はいい。そのまま」


 それだけで、少しずつ形になっていく。


 俺が全部倒した方が速い。

 それは間違いない。


 でも今日の目的は、速さじゃない。

 再現できる勝ち方を残すことだ。


 そして、その判断はたぶん間違っていなかった。


 中盤まで進む頃には、五人の動きが明らかに噛み合い始めていた。

 桐生が正面で受ける。

 三枝が局所的に地形を変えて敵の進路を狭める。

 瀬名と小鳥遊が距離と向きを整える。

 火ノ宮が必要な分だけ焼く。


 広く、強く、派手に。

 それが火属性の分かりやすい使い方だ。


 でも、今の火ノ宮は違う。

 広げすぎない。

 必要な分だけ。

 その意識だけで、魔力消費も精度も変わっていた。


 ボス部屋前へ到達した時、俺は全員の顔を見た。


 疲れてはいる。

 だが、崩れていない。


「ここからが本番だ」


 桐生が短く息を吐いた。


「結城先輩」


「何だ」


「ほんとに、俺たちだけで行けるんすか」


 その問いに、俺は少しだけ笑った。


「お前らがここまで来れた時点で、半分は答え出てるだろ」


 桐生は一瞬だけぽかんとして、それから小さく笑った。


 緊張が、少しだけ解ける。


 扉が開く。


 一階層ボス。

 このレベルなら、俺から見れば大した相手じゃない。

 だが初心者が本格的にダンジョンで挑む最初のボスとしては、十分な圧がある。


 火ノ宮の喉が小さく動いたのが見えた。


「まず位置」

 俺が言う。

「桐生、正面。三枝、右を切れ。瀬名、小鳥遊、向き固定。火ノ宮、まだ撃つな」


 ボスが動く。

 桐生が前面防壁で受ける。

 三枝が足元の岩を盛り上げて、右への退路を減らす。

 瀬名が正面へ押し戻し、小鳥遊が横流しでブレを消す。


 そこで初めて、ボスの動きが“狭く”なった。


 火ノ宮が息を吸う。


「今だ」

 俺は短く言う。

「一体分だけに絞れ」


 火ノ宮の魔力が膨らむ。


 いつもみたいに広がらない。

 逃げ場を焼き尽くす火ではなく、その場の一点だけを叩き潰す火。


 次の瞬間、ボスの頭上へ巨大な火柱が立ち上がった。


 あまりにも分かりやすく、密度が違った。


 広い炎じゃない。

 狭い。

 重い。

 真上から押し潰すみたいな熱量だった。


 ボスの咆哮が、明らかに一段弱くなる。

 皮膚が焼ける。

 装甲が焦げる。

 目に見えて、ボスがぼろぼろになっていく。


「……うそでしょ」


 小鳥遊が思わず呟く。


「行ける」

 俺は即座に言った。

「あと一、二発で落ちる。このままの戦い方で行こう!」


 そこで全員の顔が変わった。


 “やれるかもしれない”が、“本当にやれる”へ変わる顔だった。


 ボスが火柱から無理やり抜けようとする。

 だが桐生が正面を押さえ、三枝が左へ岩を生やして進路を減らす。

 瀬名が風で押し戻し、小鳥遊が足元を乱さないよう補助する。


 火ノ宮が、もう一度構える。


 今度は少しだけ速い。

 さっきの成功で、自信が出たのだろう。


 火柱、二発目。


 ボスが膝を折る。

 まだ倒れない。

 でも、もう明らかに限界は近い。


「三発目で終わる」

 俺は言った。


 そして本当に、その通りになった。


 三度目の集中火柱が、ボスの中心を焼き抜く。

 巨体がぐらりと揺れ、そのまま倒れ込む。

 遅れて、消滅。


 一階層ボス撃破。


 しかも、ほぼ俺抜きで。


 ボス部屋が静かになった瞬間、五人とも数秒だけ動かなかった。

 たぶん、自分たちが何をやったのか、一拍遅れて理解したのだろう。


 最初に声を上げたのは火ノ宮だった。


「……や、やった?」


「やった」

 俺は答える。


「ほんとに?」


「ほんとにだよ」


 そこでようやく、桐生が大きく息を吐いた。


「うわっ、マジか……」

 瀬名も笑い出す。

 三枝は小さくガッツポーズをしていた。

 小鳥遊は半分泣きそうな顔で笑っている。


 火ノ宮だけは、少し呆然とボスが消えた場所を見ていた。

 それから、ようやく小さく言う。


「私の火で……」


「お前の火だ」

 俺ははっきり言った。

「お前が広げる火じゃなく、絞る火を選んだから通った」


 火ノ宮の目が大きく揺れる。

 嬉しいとか誇らしいとか、そういう感情が一気に追いついてきた顔だった。


 ゲートの外へ戻ると、後続のチームや教師たちの空気が明らかに変わっていた。


 俺がやったのではない。

 そこを、みんな見ていた。


 もちろん俺が指示を出したことは分かっているだろう。

 だが、それでも実際にボスを焼き切ったのは火ノ宮で、前を支えたのは桐生と三枝で、流れを整えたのは風の二人だ。


 つまり、自分たちのレベルでも行ける。

 その確信が、目の前で形になった。


 ざわめきが広がる。


「今の、結城が倒したんじゃないよな?」

「火属性の子がやった……?」

「一階層とはいえ、初挑戦で?」

「やり方次第で行けるってことか」


 その反応を聞きながら、俺はようやく少しだけ肩の力を抜いた。


 これだ。

 たぶん学園側が本当に見たかったのも、こういう光景なんだろう。


 強いやつ一人の無双じゃない。

 今いる戦力で、勝ち筋を作って、実際に勝つ。

 その現実を見せること。


 火ノ宮が、まだ少し信じられない顔のまま聞いてくる。


「結城先輩……私、ちゃんとできてましたか」


「できてた」

 俺は即答した。

「むしろ、あれだけ短時間で切り替えられたのは上出来だ」


 火ノ宮はその言葉を聞いて、やっと泣きそうに笑った。


 桐生が大きな声で言う。


「よっしゃああ!」


 それに瀬名が笑って、三枝が呆れたように息を吐き、小鳥遊が「よかったぁ……」とその場にへたり込みそうになる。


 その光景を見て、俺は思う。


 昨日までなら、俺はたぶん、自分でボスを切って終わらせていた。

 そっちの方が速いし、確実だ。

 でも今日は違った。


 俺がやるべきことは、俺が勝つことじゃない。

 こいつらでも勝てる形を作ることだった。


 それができたなら、たぶん今日の課題は成功だ。


 そして、その成功はこいつら自身にも残る。


 “結城がいたから勝てた”ではなく、

 “自分たちでも、やり方次第でボスまで行ける”。

 その実感が一番大きい。


 学園全体にとっても、それはたぶん意味がある。


 最初の一組。

 プレッシャーのかかる先陣。

 その役目としては、悪くなかった。


 そう思った時、少し離れた場所でジョンがこちらを見て、にやっと笑った。


 たぶん、こっちのやり方が気に入ったのだろう。

 音葉や唯のチームも、明らかに空気が変わっていた。


 後続は、もう“結城のチームだからできた”とは言いづらい。

 少なくとも、最初にその道を作った以上、自分たちも工夫しなければならない。


 その意味では、俺たちはちゃんと最初の仕事を果たしたのかもしれなかった。


(つづく)

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