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第102話 触れていないはずの矢

翌日の実技授業でも、昨日と同じ課題が出た。


 低〜中層向けの訓練ダンジョンへ入り、二人一組で戦闘を行い、互いの改善点を指摘し合う。

 教師たちは相変わらず外から監視しているだけで、細かいことはほとんど学生同士へ丸投げだ。


 昨日ジョンと組んだ時点で、俺はこのカリキュラムの建前と本音の両方を理解していた。

 建前は、実戦を通じた相互学習。

 本音は、教師の手が足りないから上位生に半分面倒を見させたい、だ。


 納得できるかは別として、やるしかないことも分かっている。


 だから今日も教室の後ろ側で、俺は配布されたペア希望表みたいなものを眺めながら、誰と組むか考えていた。


 ジョンは悪くなかった。

 むしろかなり当たりだった。


 拳へ極端に寄せた強化配分。

 《肉体強化ー極》と《拡張付与ー頑丈》、それから《魔力強化ー拳》を組み合わせた、いかにもアメリカな押し込み方。

 雑に見えて、実際は配分がかなり緻密だった。


 だが、同じ相手と連続で組む意味は薄い。

 どうせなら、昨日とは別の方向で“自分の知らない答え”を持っているやつの方がいい。


 そう思っていた時、ふと昨日の実技試験の記憶が引っかかった。


 弓。

 遠距離特化。

 《貫通》を矢へ乗せていた女子生徒。


「……あ」


 小さく声が漏れた。


 昨日は、単純に“珍しいな”と思って流した。

 だが今さら、妙な違和感がはっきり形になる。


 《貫通》は、基本的に“触れている対象”へしか発動できない。


 それがこの世界の常識だ。

 武器に直接触れて、魔力を流し込んで初めて乗る。

 だから近接武器と相性がいい。

 逆に銃弾へ乗せられないのも、そのせいだ。

 あんな小さくて高速で連続射出されるものへ、いちいち発動を乗せるのは不可能に近い。


 なのに、昨日のあの女子生徒は、矢に《貫通》を乗せていた。


 それはおかしい。


 矢は、放たれた時点で手を離れている。

 触れていない。

 なら、本来そこで魔法は切れるはずだ。


「ユウマくん?」


 隣から優奈が声をかけてくる。


「どうかしましたか?」


「一人、気になるやつがいる」


「気になるやつ?」


 俺は教室の斜め前を指で示した。


 そこには、白い髪ではなく、ごく薄い茶色の髪を肩口で揃えた女子生徒がいた。

 背は高くない。

 派手さもない。

 どちらかと言えば目立たない側の外見だ。


 だが、昨日の試験では確かに印象に残っていた。


 遠距離から、《貫通》を乗せた矢で魔物を抜いていた。

 単なる弓使いじゃない。

 仕組みからしておかしい。


「昨日、弓で《貫通》使ってた子」

 俺がそう言うと、優奈もすぐ思い出したらしい。


「ああ、いましたね。遠距離特化の」


「ちょっと声かけてくる」


「珍しいですね」

 優奈が小さく笑う。

「ユウマくんが自分から選ぶの」


「違和感があったんだよ」


 そう返して、俺は席を立った。


 近づくと、その女子生徒は明らかに気配でこっちに気づいた。

 だが、まさか自分へ来るとは思っていなかったのだろう。

 俺が机の横で止まった瞬間、かなり露骨に目を丸くした。


「え」


「ちょっといいか」


「は、はい」


 近くで見ると、目の色は淡い灰色だった。

 表情は大人しめだが、怯えているというより、完全に想定外に戸惑っている顔だ。


「今日のペア、まだ決めてないなら組まないか」


 そう言った瞬間、その子は本当に固まった。


「……わ、私でいいんですか⁉」


 声が少し裏返る。

 教室の何人かがこっちを見た。


 俺は一つ息を吐く。


「良くないなら来てない」


 そのまま正直に言うと、彼女は一瞬だけぽかんとして、それから慌てて背筋を伸ばした。


「え、えっと……はい! 私でよければ、ぜひ!」


 かなり勢いよく頷く。

 その反応を見る限り、少なくとも俺から誘われるとは本当に思っていなかったらしい。


「名前は」


「白井、です。白井音葉」


「結城悠真だ」


「し、知ってます……!」


 そりゃそうか、と思う。

 試験一位だの、優奈といつも一緒だの、変な噂だの、学園の中で今の俺は嫌でも目立つ側だ。


 でも、白井音葉――音葉と名乗ったその女子生徒の目には、単なる憧れや緊張だけじゃなく、少しだけ“何で自分なんだろう”という戸惑いも混ざっていた。


 その戸惑いは正しい。

 俺も、単に強いから来たわけじゃない。


 確かめたいことがある。


 今日の訓練ダンジョンは、一〜二階層程度の安全寄りルートだった。

 学生同士の実技に使う以上、さすがにいきなり高難度は出せないのだろう。


 俺と音葉はゲートを抜けて、しばらく無言で歩いた。

 別に気まずいわけじゃない。

 ただ、お互いまだ距離感を測っている。


 先に沈黙を破ったのは音葉の方だった。


「あの……」


「何だ」


「結城先輩って、やっぱり昨日の試験で、私のこと見てましたか」


「見てた」


 そう答えると、音葉は少しだけ肩をすくめるように笑った。


「やっぱり……」


「気づいたから来た」


「気づいた、って」


 そこでちょうど、最初の魔物が現れた。

 小型。

 訓練用としてはよくある雑魚だ。


 音葉は迷わず弓を構える。

 矢を番え、わずかに目を細める。


「《遠隔魔法》」

「《貫通》」


 小さく二つ、魔法名を重ねた。


 そして放つ。


 矢はまっすぐ飛び、魔物の胴を軽く超えるくらいきれいに抜いた。

 死体が崩れるまで、ほんの一拍遅れる。


 やっぱりだ。

 昨日見たのと同じ。


 俺はそこですぐに言った。


「もう一回やってみろ」


「え?」


「今の。できれば近くでもう一回見せてほしい」


 音葉は少し驚いたが、拒まなかった。

 次に現れた小型へ向けて、また弓を引く。


 今度は近い。

 だからよく分かった。


 まず、矢そのものへ最初に魔力を通している。

 だが、それは《貫通》ではない。

 もっと前段階の、接続のようなものだ。

 矢と弓へ、あらかじめ自分の魔力を一度しっかり通してある。

 その上で、《遠隔魔法》を挟み、《貫通》を発動する。


 矢は放たれたあとも、完全には“手から離れた物”になっていない。

 自分の魔力を通した武器として、ぎりぎり接続が残っている。


「なるほどな」


 俺がそう言うと、音葉はようやく事情を察した顔になった。


「……そこを見てたんですね」


「見てたし、気になった」

 俺は正直に答える。

「《貫通》は触れてる対象にしか乗らない。なのに矢へ乗ってるのはおかしいと思った」


 音葉は少しだけ緊張を解いたように息を吐いた。


「私、《貫通》の他に《遠隔魔法》が使えるんです」


 やはりそうか。


「どんな魔法だ」


「えっと……」

 音葉は言葉を選びながら説明する。

「本来は、触れている武器にしか発動できない魔法を、追加で魔力を払うことで、離れた武器にも適用できる魔法です」


「条件は?」


「自分の魔力を一度しっかり通した武器にしか使えません」

「弓とか矢みたいに、事前に自分の魔力を馴染ませたものだけです。拾っただけの武器とか、誰かの武器には基本使えません」


「なるほど」


 かなり重要な制約だ。


 何でも飛ばせるわけじゃない。

 “自分の魔力で一度しっかり通した武器”だけ。

 つまり、音葉の弓と矢は、ただの装備じゃなくて半分は自前の魔力回路みたいなものになっているのだろう。


 そしてそれなら、銃弾には使いづらい。


 銃弾は小さすぎる。

 数も多すぎる。

 一本一本にしっかり自分の魔力を馴染ませるには、運用が現実的じゃない。

 しかも高速連射される。

 発動タイミングも合わせにくい。


「……こんなの、魔力さえあれば最強だろ」


 思わず本音が漏れた。


 音葉がきょとんとする。


「え?」


「いや」

 俺は頭の中で可能性を整理しながら言う。

「近接用の強い魔法を遠距離へ持っていけるってことだからな。ルールの穴というか、かなり危ない橋だ」


 《貫通》だけじゃない。

 理屈の上では《魔力斬》みたいな“触れている武器”前提の魔法も飛ばせる可能性がある。

 いや、実際こいつは昨日、それに近いことをしていたのかもしれない。


 その危険性を考えて、すぐ次の思考が出る。


 ――いや、銃に使えないだけまだましか。


 あれが銃弾へ乗るようなら、話はかなり変わってくる。

 少なくとも、今の学園程度の場で済む魔法じゃない。


「先輩?」


 音葉が不安そうにこちらを見る。

 たぶん今、俺がかなり真顔になっていたのだろう。


「悪い」

 俺は少しだけ息を吐いた。

「考えてただけだ。続けろ」


「はい……」

 音葉は頷いてから、今度は中型へ狙いを変えた。

「《遠隔魔法》」

「《魔力斬》」


 放たれた矢が中型の肩口へ刺さる。

 その瞬間、矢を中心に斬撃の性質が一気に広がり、肉ごと深く断った。


 やっぱりそうだ。

 《遠隔魔法》は、《貫通》だけのためのものじゃない。


 接触武器前提の魔法を、矢へ橋渡ししている。


「消耗は重いだろ」


 俺が聞くと、音葉は苦笑した。


「はい。かなり」

「一回一回が、普通に使うよりずっと重いです」


「だろうな」


 そりゃそうだ。

 魔法を二段階で起動しているようなものだ。

 しかも“接続維持”が挟まる分、ただの遠距離魔法よりさらにロスが出る。


 だが、それでも十分強い。


 少なくとも、“近接でしか成立しないはずの答え”を、遠距離へ持ち込める価値は大きい。


 俺たちはそのまま少し奥へ進み、何体かの魔物を相手にしながら互いの動きを見た。


 音葉は基本的に慎重だ。

 当てる前提で組んでいる。

 だから位置取りも、射線の確保も、撃つ瞬間の呼吸もかなり丁寧にやる。


 逆に言えば、崩された時の修正力はまだ弱い。


 急に横へ回られる。

 視界を切られる。

 複数方向から押される。

 そういう場面では、《遠隔魔法》の火力はあっても、“当てるまでの工程”が少し長い。


 だから、次の一手は割とすぐ見えた。


「白井」


「はい」


「魔力量に余裕あるなら、次に狙う魔法は《誘導》系だな」


 音葉が目を丸くする。


「誘導、ですか?」


「ああ」

 俺は頷いた。

「今のお前は“当てる前提”で全部組んでる。でも《誘導》があれば、“当てに行く”幅が一気に広がる」


 音葉は手元の矢を見ながら、少し考え込んだ。


「遠隔で魔法を乗せて、その上で……矢を追わせる」


「そうだ」

 俺は続ける。

「特にお前の魔法は、一発一発が重い。その分、外した時の損もでかい。なら最初から命中率を底上げした方がいい」


「なるほど……」


 音葉の顔に、はっきりと理解した色が浮かんだ。


 ただの相槌じゃない。

 本当に、自分の戦い方の次の形として想像している顔だ。


「もちろん簡単じゃない」

 俺は言う。

「《遠隔魔法》と《誘導》を両立させるなら、魔力量も制御精度も要る。けど、お前の方向性とは噛み合う」


 音葉は少しの間黙ってから、真剣に答えた。


「……取れたら、かなり変わりそうです」


「変わる」

「少なくとも、今より“待ち”の弓じゃなくなる」


 音葉はそこで、ほんの少しだけ笑った。

 大きく感情を出すタイプじゃないが、それでもちゃんと嬉しそうだった。


「結城先輩、思ったより細かく見てくれるんですね」


「何だと思ってたんだ」


「もっと、こう……」

 音葉は言いにくそうに視線を泳がせる。

「圧だけある人なのかと」


 思わず変な顔になった。


「誰がだよ」


「だって、試験一位で、相川さんといつも一緒で、噂もすごいし……」


「噂は知らん」


「でも、みんなちょっと怖がってます」


「……知ってる」


 そこは自覚があるから反論しにくい。


 音葉は少しだけ肩の力を抜いて続けた。


「でも今は、ちゃんと見てくれる人なんだって分かりました」


 その言い方が妙に素直で、一瞬だけ返す言葉に困った。


 結局、俺は小さく息を吐いて言う。


「そうじゃなきゃ、自分から誘わない」


 音葉はその言葉に一瞬だけ固まって、それからまた少し驚いたように目を丸くした。

 どうやら本当に“自分から選ばれる”と思っていなかったらしい。


 そういう意味では、こいつもこいつで、自分の価値を正しく見切れていないのかもしれない。


 少なくとも、俺から見れば十分に面白い。


 既存のルールをそのまま守るんじゃなく、魔法と魔法の間を繋いで新しい形にしている。

 そういうやつは、嫌いじゃない。


 訓練ダンジョンを出る頃には、俺の中でもかなりはっきりしていた。


 白井音葉。

 《貫通》に《遠隔魔法》を通して矢へ乗せる弓使い。

 魔力消費は重い。

 だが可能性は大きい。

 誘導まで噛み合えば、かなり危ないやつになる。


 ゲートの外で、音葉は深く頭を下げた。


「今日はありがとうございました」


「礼はまだ早い」

 俺は答える。

「《誘導》取ってから、もう一回見せろ」


 音葉は少しだけ口元を引き締めて、真剣に頷いた。


「はい」


 その返事が思ったより力強くて、少しだけ笑いそうになった。


 学園へ入ってから、教師みたいな役回りを押しつけられている感覚はまだある。

 正直、全部が楽しいわけでもない。


 だが今日みたいに、自分も知らない答えへ出会えるなら、話は少し変わる。


 白井音葉。

 こいつはたぶん、ただの優等生じゃない。

 上手く育てば、かなり厄介な遠距離使いになる。


 そういう意味では、この学園も、まだ退屈だけでは済まないらしかった。


(つづく)

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