第10話 たった一階層で、バズりすぎだろ
会議室に通された瞬間、俺はようやく理解した。
――やばいのは、ボスじゃない。配信だ。
クラン施設の会議室は、やたら広い。机も椅子も高そうで、壁にはモニターが二枚、天井にはマイクが埋まっている。ここは説明会の部屋じゃない。会議のための部屋だ。つまり、揉め事が起きる前提の部屋。
優奈は椅子に座っているのに落ち着かず、膝の上で指を絡めたりほどいたりしている。敬語の「!」を使う元気もない。
「結城くん……」
小声で呼ばれる。
「わたし、また怒られますか……?」
「怒られるかどうかは、相手次第だ」
俺は正直に答えた。
優奈が「ひぃ……」と肩をすくめる。怖がるのに、逃げない。そこだけは本当に偉い。
モニターが点いた。
画面いっぱいに流れるのは、切り抜きと投稿とコメントの山。
『【速報】一階層ボスをソロ討伐』
『【検証】ダンジョン内で“発砲音”』
『【まとめ】刀が届かない距離で倒してる件』
『空下優奈、初心者じゃない説』
『ギルド案件確定?』
優奈の顔から血の気が引く。
「えっ……えっ……なにこれ……全部、わたしですか……?」
「そうだ」
俺は画面から目を逸らしたくなった。
でも逸らしたら負けだ。
(たった一階層でバズりすぎだろ……)
心の中の声が、思わず漏れそうになる。
ダンジョンが何十階層まであると思ってる。
一階層のボスは“入口の門番”みたいなものだ。ここでこんなに燃えるなら、上に行くほどどうなる。
俺は、配信をしたことがない。
戦略は知っている。モンスターの性質も、周回効率も、危険ラインも。
――ただ事情があって、異常に詳しいだけだ。
でも、世論は知らない。
人間が何に熱狂して、何を異常と呼ぶのか。
“普通”の尺度が、俺には欠けていた。
「結城くん……」
優奈がまた呼ぶ。
「わたし、なにか、取り返しのつかないこと……しました……?」
俺は答えかけて、言い換えた。
「取り返しはつかない。けど、終わりじゃない」
「終わりじゃないんですか!?」
久しぶりに「!」が出た。
その「!」が、痛いほど弱い。
会議室のドアが開き、相良が入ってきた。
笑顔はいつも通り整っている。整いすぎていて、逆に怖い。
「お待たせしました」
相良は丁寧に頭を下げ、席に着く。
「状況は把握しています。――想定より、早いですね」
想定より、早い。
つまり、もっと遅い予定だった。
俺はそこで初めて気づく。クランは“バズり”さえも計算する。
相良がモニターを指した。
「結論から言います。銃疑惑は否定しません」
優奈が「えっ」と声を漏らしかけ、慌てて口を押さえる。
相良は笑顔のまま続けた。
「否定すると、“確信”に変わるからです。人は否定されると、証拠を探し始めます」
俺は息を吐く。
正しい。正しいけど、胃が重い。
「じゃあ……どうするんですか……?」
優奈が震える声で聞いた。
相良は笑顔のまま、淡々と答えた。
「噂を、話題に変えます」
「……話題」
「はい。火消しではなく、火の向きを変える。――主導権を取ります」
俺が昨日言ったことを、相良は“企業の言葉”に翻訳して言った。
「具体的には」
相良が次のスライドを映す。
タイトルは大きく、明るい。
『初心者のための安全ダンジョン配信セット(案)』
優奈が目を丸くする。
「……安全、セット……?」
「はい。空下さんの売りを、ここに置きます」
相良が一拍置き、優奈を見て言った。
「《携行許可》を、公式に出します」
会議室の空気が一段重くなった。
優奈が息を吸いすぎて、むせそうになる。
「えっ……えっ!?明かすんですか⁉ それ、もっと狙われませんか⁉」
「狙われます」
相良は笑顔で即答した。
「だから“狙わせ方”をこちらが決めます」
優奈が固まる。
俺は、胸の奥が冷えるのを感じながら言った。
「見せ方を間違えたら、終わる」
「はい」
相良は頷く。
「だから見せ方を設計します。話題の主語を“武器”から“安全”へ移す」
スライドが切り替わる。
『公開内容:中身入りでも持ち込める(生活物資に限定)』
『非公開:持ち込める対象の範囲/応用(武器・危険物)』
『対応:ギルド連携の安全ガイドライン提示』
優奈が小さく呟く。
「……生活物資……」
「水、救急、バッテリー、ロープ、ライト、簡易食」
相良が淡々と列挙する。
「“視聴者が真似しても死なない”ものだけ。これなら世論は肯定に傾きます。『初心者が無理をしなくていい』という文脈にできる」
俺は納得しかけて、引っかかった。
「でも、視聴者は聞く。『なら武器は?』って」
「テンプレを用意します」
相良は微笑んだ。
「『安全のためお答えできません』『規約上控えます』『ギルドのガイドラインに従っています』――言い換えまで台本に入れます」
優奈が「うぅ……また台本……」という顔をした。
シュウが壁際から口を出す。
今日は軽口じゃない。
「延長の噂は?」
相良が答える。
「現時点では“確定情報”ではありません」
相良はスライドを一枚戻し、モニターに切り抜きコメントを映した。
『刀届いてない』
『飛んでるっぽい』
『名前は不明』
相良が言う。
「視聴者が話しているのは、現象だけです。名前と仕様が割れていない。なら危険度は“即死案件”ではない」
優奈が恐る恐る聞く。
「……じゃあ、放っておいても……?」
「放っておいても“今は”致命傷にはなりません」
相良は言い方を選んだ。
「ただし、確定した瞬間に危険度が跳ね上がります。だから名前は出さない。今後も、絶対に」
優奈が勢いよく頷く。
「はい!出しません!絶対です!もう二度と言いません!」
その勢いが怖い。勢いは事故の元だ。
シュウが短く言った。
「……それは表に出すな。刀が変わる」
また同じ言葉。
それが“本気の線引き”なのだと分かる。
優奈が小さく「はい……」と返した。
「!」が付かない。
俺は、ずっと胸の奥に引っかかっていたことを口にした。
「相良さん。これ、火消しじゃない。火力上げだ」
「はい」
相良は笑顔で認める。
「だからこそ、管理が必要です。隠すと追われる。出すと狙われる。なら、出し方を制御して主導権を握る」
優奈が、膝の上の指を強く握りしめる。
「……わたし、売りにされるんですね」
ぽつり。
怖がる声。
「わたし、配信したいだけだったのに……」
相良の笑顔が、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「売りにします」
否定しない。
「でも、それはあなたを守るためでもあります。注目を受ける以上、守りの形も“注目に耐える形”に変えなければいけない」
優奈が俺を見る。
「結城くん、ほんとにこれでいいの?」という目。
俺は頷くしかない。
「優奈。ここまで来た以上、選ぶしかない」
「……はい」
「選ぶっていうのは、自由に見えて、責任だ」
「……責任」
優奈が噛み締めるように復唱する。
相良が資料を机に置いた。
台本だ。分厚い。見ただけで息が詰まる。
「明日の配信、構成案です」
相良は笑顔のまま言う。
「前半:リュックが“空なら通る/中身があると弾かれる”説明。後半:空下さんの魔法で“安全物資だけ”持ち込めるデモ。最後にギルドの安全ガイドラインを読み上げます」
優奈が震える声で言う。
「……デモって、入口でやるんですか?」
「はい。ギルド職員にも立ち会っていただきます」
「えっ……ギルド!?こわいです!!」
「こわい方がいいです」
相良が笑顔で返した。
「公的な目があると、視聴者の疑念は“安心”に変わりやすい。『隠してない』『管理されている』という印象を作れます」
俺は苦い気持ちになる。
結局、“管理されている”が正解なのか。
でも今は、それが生存の最短距離だ。
優奈が恐る恐る聞いた。
「……結城くんは、どうするんですか?」
「俺は」
言いかけて、止まった。
俺は表に出ない方がいい。匂わせれば追われる。
でも、いないと優奈が危ない。
相良が先に答えた。
「結城さんは同伴者として、配信には映りません」
笑顔で、決定事項のように。
「ただし、カメラ外の監督として動いてください。危険な質問が来た場合、空下さんは“台本に戻る”必要があります」
優奈が息を吸う。
「台本に戻る……!」
それはもう合言葉になっている。
守るための言葉。
俺は小さく頷いた。
「分かった」
そして、思わず本音が漏れた。
「……俺、配信ってやつを舐めてた」
相良が微笑んだ。
「配信は戦闘ではありません」
「……」
「世論戦です。情報戦です。企業戦です」
優奈がぽつりと言う。
「……戦う相手、多すぎませんか?」
「多いです」
相良は笑顔で肯定した。
「だからクランが必要です」
シュウが椅子から立ち上がる。
会議の終わりの合図みたいに。
「決まりだな」
短い。
優奈が立ち上がり、深く頭を下げた。
「……わかりました!明日、台本、頑張ります!」
必死に「!」を付ける。
その「!」が揺れている。
相良が最後に、優しく、でも逃げ道のない声で言った。
「空下さん」
「はい!」
「明日の配信タイトルは――『初心者のための安全ダンジョン配信セット』です」
「……」
「初回はうちで台本を作ります」
またその言葉。
鎖の音がする。
優奈が小さく言った。
「……台本……」
自由が減る怖さ。
でも、自由がある場所に戻れば、命が減る。
会議室を出た廊下で、優奈が俺の袖を掴んだ。
「結城くん」
「何」
「……わたし、明日、ちゃんと喋れますか?」
「喋れる」
「根拠は!?」
「今日、怖がった。怖がれるなら、喋れる」
優奈は一瞬だけ笑って、すぐに真顔に戻った。
「……怖いです。でも、逃げません」
そう言って、深呼吸をした。
「結城くん、置いていかないでくださいね」
「置いていかない」
――本当に置いていかないために、俺は明日も“言葉”と戦う。
ただ一つ、嫌な予感が残っていた。
話題の主導権を取るために、《携行許可》を出す。
それは確かに“安全”の文脈で出せる。
でも、誰かが言う。
――「なら武器も持ち込めるだろ」と。
その一言が出た瞬間、火は別の場所に燃え移る。
俺は廊下の窓に映る自分の顔を見て、思った。
(たった一階層で、ここまでだ)
上に行けば、もっと燃える。
もっと狙われる。
もっと、言葉が刃になる。
(つづく)




