表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/73

第10話 たった一階層で、バズりすぎだろ

 会議室に通された瞬間、俺はようやく理解した。


 ――やばいのは、ボスじゃない。配信だ。


 クラン施設の会議室は、やたら広い。机も椅子も高そうで、壁にはモニターが二枚、天井にはマイクが埋まっている。ここは説明会の部屋じゃない。会議のための部屋だ。つまり、揉め事が起きる前提の部屋。


 優奈は椅子に座っているのに落ち着かず、膝の上で指を絡めたりほどいたりしている。敬語の「!」を使う元気もない。


「結城くん……」

 小声で呼ばれる。

「わたし、また怒られますか……?」


「怒られるかどうかは、相手次第だ」

 俺は正直に答えた。


 優奈が「ひぃ……」と肩をすくめる。怖がるのに、逃げない。そこだけは本当に偉い。


 モニターが点いた。

 画面いっぱいに流れるのは、切り抜きと投稿とコメントの山。


『【速報】一階層ボスをソロ討伐』

『【検証】ダンジョン内で“発砲音”』

『【まとめ】刀が届かない距離で倒してる件』

『空下優奈、初心者じゃない説』

『ギルド案件確定?』


 優奈の顔から血の気が引く。


「えっ……えっ……なにこれ……全部、わたしですか……?」

「そうだ」


 俺は画面から目を逸らしたくなった。

 でも逸らしたら負けだ。


(たった一階層でバズりすぎだろ……)


 心の中の声が、思わず漏れそうになる。

 ダンジョンが何十階層まであると思ってる。

 一階層のボスは“入口の門番”みたいなものだ。ここでこんなに燃えるなら、上に行くほどどうなる。


 俺は、配信をしたことがない。


 戦略は知っている。モンスターの性質も、周回効率も、危険ラインも。

 ――ただ事情があって、異常に詳しいだけだ。


 でも、世論は知らない。

 人間が何に熱狂して、何を異常と呼ぶのか。

 “普通”の尺度が、俺には欠けていた。


「結城くん……」

 優奈がまた呼ぶ。

「わたし、なにか、取り返しのつかないこと……しました……?」


 俺は答えかけて、言い換えた。


「取り返しはつかない。けど、終わりじゃない」

「終わりじゃないんですか!?」

 久しぶりに「!」が出た。

 その「!」が、痛いほど弱い。


 会議室のドアが開き、相良が入ってきた。

 笑顔はいつも通り整っている。整いすぎていて、逆に怖い。


「お待たせしました」

 相良は丁寧に頭を下げ、席に着く。

「状況は把握しています。――想定より、早いですね」


 想定より、早い。

 つまり、もっと遅い予定だった。

 俺はそこで初めて気づく。クランは“バズり”さえも計算する。


 相良がモニターを指した。


「結論から言います。銃疑惑は否定しません」

 優奈が「えっ」と声を漏らしかけ、慌てて口を押さえる。

 相良は笑顔のまま続けた。

「否定すると、“確信”に変わるからです。人は否定されると、証拠を探し始めます」


 俺は息を吐く。

 正しい。正しいけど、胃が重い。


「じゃあ……どうするんですか……?」

 優奈が震える声で聞いた。


 相良は笑顔のまま、淡々と答えた。


「噂を、話題に変えます」

「……話題」

「はい。火消しではなく、火の向きを変える。――主導権を取ります」


 俺が昨日言ったことを、相良は“企業の言葉”に翻訳して言った。


「具体的には」

 相良が次のスライドを映す。

 タイトルは大きく、明るい。


『初心者のための安全ダンジョン配信セット(案)』


 優奈が目を丸くする。


「……安全、セット……?」

「はい。空下さんの売りを、ここに置きます」

 相良が一拍置き、優奈を見て言った。

「《携行許可リュック》を、公式に出します」


 会議室の空気が一段重くなった。


 優奈が息を吸いすぎて、むせそうになる。


「えっ……えっ!?明かすんですか⁉ それ、もっと狙われませんか⁉」

「狙われます」

 相良は笑顔で即答した。

「だから“狙わせ方”をこちらが決めます」


 優奈が固まる。

 俺は、胸の奥が冷えるのを感じながら言った。


「見せ方を間違えたら、終わる」

「はい」

 相良は頷く。

「だから見せ方を設計します。話題の主語を“武器”から“安全”へ移す」


 スライドが切り替わる。


『公開内容:中身入りでも持ち込める(生活物資に限定)』

『非公開:持ち込める対象の範囲/応用(武器・危険物)』

『対応:ギルド連携の安全ガイドライン提示』


 優奈が小さく呟く。


「……生活物資……」

「水、救急、バッテリー、ロープ、ライト、簡易食」

 相良が淡々と列挙する。

「“視聴者が真似しても死なない”ものだけ。これなら世論は肯定に傾きます。『初心者が無理をしなくていい』という文脈にできる」


 俺は納得しかけて、引っかかった。


「でも、視聴者は聞く。『なら武器は?』って」

「テンプレを用意します」

 相良は微笑んだ。

「『安全のためお答えできません』『規約上控えます』『ギルドのガイドラインに従っています』――言い換えまで台本に入れます」


 優奈が「うぅ……また台本……」という顔をした。


 シュウが壁際から口を出す。

 今日は軽口じゃない。


「延長の噂は?」

 相良が答える。


「現時点では“確定情報”ではありません」

 相良はスライドを一枚戻し、モニターに切り抜きコメントを映した。

『刀届いてない』

『飛んでるっぽい』

『名前は不明』

 相良が言う。

「視聴者が話しているのは、現象だけです。名前と仕様が割れていない。なら危険度は“即死案件”ではない」


 優奈が恐る恐る聞く。


「……じゃあ、放っておいても……?」

「放っておいても“今は”致命傷にはなりません」

 相良は言い方を選んだ。

「ただし、確定した瞬間に危険度が跳ね上がります。だから名前は出さない。今後も、絶対に」


 優奈が勢いよく頷く。


「はい!出しません!絶対です!もう二度と言いません!」

 その勢いが怖い。勢いは事故の元だ。


 シュウが短く言った。


「……それは表に出すな。刀が変わる」

 また同じ言葉。

 それが“本気の線引き”なのだと分かる。


 優奈が小さく「はい……」と返した。

 「!」が付かない。


 俺は、ずっと胸の奥に引っかかっていたことを口にした。


「相良さん。これ、火消しじゃない。火力上げだ」

「はい」

 相良は笑顔で認める。

「だからこそ、管理が必要です。隠すと追われる。出すと狙われる。なら、出し方を制御して主導権を握る」


 優奈が、膝の上の指を強く握りしめる。


「……わたし、売りにされるんですね」

 ぽつり。

 怖がる声。

「わたし、配信したいだけだったのに……」


 相良の笑顔が、ほんの少しだけ柔らかくなった。


「売りにします」

 否定しない。

「でも、それはあなたを守るためでもあります。注目を受ける以上、守りの形も“注目に耐える形”に変えなければいけない」


 優奈が俺を見る。

 「結城くん、ほんとにこれでいいの?」という目。


 俺は頷くしかない。


「優奈。ここまで来た以上、選ぶしかない」

「……はい」

「選ぶっていうのは、自由に見えて、責任だ」

「……責任」


 優奈が噛み締めるように復唱する。


 相良が資料を机に置いた。

 台本だ。分厚い。見ただけで息が詰まる。


「明日の配信、構成案です」

 相良は笑顔のまま言う。

「前半:リュックが“空なら通る/中身があると弾かれる”説明。後半:空下さんの魔法で“安全物資だけ”持ち込めるデモ。最後にギルドの安全ガイドラインを読み上げます」


 優奈が震える声で言う。


「……デモって、入口でやるんですか?」

「はい。ギルド職員にも立ち会っていただきます」

「えっ……ギルド!?こわいです!!」

「こわい方がいいです」

 相良が笑顔で返した。

「公的な目があると、視聴者の疑念は“安心”に変わりやすい。『隠してない』『管理されている』という印象を作れます」


 俺は苦い気持ちになる。

 結局、“管理されている”が正解なのか。

 でも今は、それが生存の最短距離だ。


 優奈が恐る恐る聞いた。


「……結城くんは、どうするんですか?」

「俺は」

 言いかけて、止まった。

 俺は表に出ない方がいい。匂わせれば追われる。

 でも、いないと優奈が危ない。


 相良が先に答えた。


「結城さんは同伴者として、配信には映りません」

 笑顔で、決定事項のように。

「ただし、カメラ外の監督として動いてください。危険な質問が来た場合、空下さんは“台本に戻る”必要があります」


 優奈が息を吸う。


「台本に戻る……!」

 それはもう合言葉になっている。

 守るための言葉。


 俺は小さく頷いた。


「分かった」

 そして、思わず本音が漏れた。

「……俺、配信ってやつを舐めてた」


 相良が微笑んだ。


「配信は戦闘ではありません」

「……」

「世論戦です。情報戦です。企業戦です」


 優奈がぽつりと言う。


「……戦う相手、多すぎませんか?」

「多いです」

 相良は笑顔で肯定した。

「だからクランが必要です」


 シュウが椅子から立ち上がる。

 会議の終わりの合図みたいに。


「決まりだな」

 短い。


 優奈が立ち上がり、深く頭を下げた。


「……わかりました!明日、台本、頑張ります!」

 必死に「!」を付ける。

 その「!」が揺れている。


 相良が最後に、優しく、でも逃げ道のない声で言った。


「空下さん」

「はい!」

「明日の配信タイトルは――『初心者のための安全ダンジョン配信セット』です」

「……」

「初回はうちで台本を作ります」

 またその言葉。

 鎖の音がする。


 優奈が小さく言った。


「……台本……」

 自由が減る怖さ。

 でも、自由がある場所に戻れば、命が減る。


 会議室を出た廊下で、優奈が俺の袖を掴んだ。


「結城くん」

「何」

「……わたし、明日、ちゃんと喋れますか?」

「喋れる」

「根拠は!?」

「今日、怖がった。怖がれるなら、喋れる」


 優奈は一瞬だけ笑って、すぐに真顔に戻った。


「……怖いです。でも、逃げません」

 そう言って、深呼吸をした。

「結城くん、置いていかないでくださいね」

「置いていかない」


 ――本当に置いていかないために、俺は明日も“言葉”と戦う。


 ただ一つ、嫌な予感が残っていた。


 話題の主導権を取るために、《携行許可リュック》を出す。

 それは確かに“安全”の文脈で出せる。


 でも、誰かが言う。


 ――「なら武器も持ち込めるだろ」と。


 その一言が出た瞬間、火は別の場所に燃え移る。


 俺は廊下の窓に映る自分の顔を見て、思った。


(たった一階層で、ここまでだ)


 上に行けば、もっと燃える。

 もっと狙われる。

 もっと、言葉が刃になる。


(つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ