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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第十七章 胸ポケットの重み

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第87話 捨てるものを決めろ

 ベヒモスの装甲板が、足裏の接地で低く軋んだ。


 灰の空に向かってそびえる黒い塊。その背の上、開けた広場の中央に、ただ1機だけRFが立っている。黒赤の装甲。右肩にヘルマーチの部隊章。細い脚に過剰なバックパック、両肩に増設されたミサイルポッド。背部のマウントに高周波ブレードが2本、抜かれずに固定されたまま、落ち着いている。


 RF-21H《ヘル・ファルコン》。


「コンラートの機体か」


 ヴァルケンストームのコクピットで、ヒロが短く言う。少し離れてストレイ・カスタムが並び、2機の照準ラインの先でヘル・ファルコンは微動だにしない。

 武装も章も、隠す気配がない。


 動かないのに、退かせる。正面カメラだけがこちらを捉え、先に撃てと無言で告げていた。


 ヒロが回線を開こうとした、その瞬間。


〈通信〉《回線、こちらから開く》


 上書きするように、低い声が割り込む。


〈コンラート〉「よくここまで来たな。ヒロ。それに、036」


 眠そうな乾いた声。その調子だけで、ヒロは一拍だけ黙った。


「コンラート」


 アキヒトが名を落とす。ヘル・ファルコンがわずかに肩を傾け、2機を選別するように角度を変えた。


〈コンラート〉「着込んだな。白帯の横で、射線の角度に怯えてた頃とは別人だ」


 増加装甲、追加ラック、重い防盾。上から下まで見て、笑っている。


〈ヒロ〉「お前こそ、まだそのガタで行く気か」


〈コンラート〉「壊れたら乗り換えればいい。まだ動くうちは、兵も機体も同じだ」


 淡々としたまま、言葉が続く。


〈コンラート〉「見ておけ。もうすぐ秩序が変わる。白帯も避難民も、その上に立ったやつが書き換える」


 ヘル・ファルコンが背後のベヒモスを示すように、頭をわずかに振った。


〈コンラート〉「企業だの評議会だのは、そのあと名前を上書きする係だ。意味があるのは、先にここに立ったやつだけだ」


〈ヒロ〉「そのために、ここまでやったのか」


〈コンラート〉「他に何がある」


 短く切ってから、声の向きが変わる。


〈コンラート〉「アキヒト」


 モニタの中でヘル・ファルコンの視線がこちらへ寄る。


〈コンラート〉「お前は戻れ。拾ったのは俺だ。どこに立たせるか決めるのも、まだ俺の仕事だ」


 灰の道で差し出された手、汚れた軍靴、「ついてこい」と言った背中。まとめて捨てるように、アキヒトは返す。


〈アキヒト〉「戻る場所なんか、最初からない」


〈コンラート〉「あるさ。俺が作った。ヘルマーチは、そういう場所だ」


 揺れのない軍人の声が、今度は正面のヒロへ向いた。


〈コンラート〉「ヒロ」


〈コンラート〉「どっちでもいい。白帯を選ぶなら、守る代わりに捨てるものを決めろ」


〈ヒロ〉「捨てるのは簡単だ。だから捨てない。白帯は通す。代償は俺が背負う」


〈コンラート〉「分かってる」


 一拍、沈黙が落ちる。


〈コンラート〉「だから今日は、お前らの立ち位置を決めに来た」


 灰の中で、3機のRFが睨み合う。


〈コンラート〉「ヒロ。アキヒト。お前ら2人のやり方は、ここで俺が止める。拾ったのも、育てたのも俺だ。終わらせ方を決めるのも、俺の役目だ」


〈ヒロ〉「好きに決めるな!」


 ヒロはスロットルを押し込む。


〈ヒロ〉「止める。お前を終わらせてでもだ!」


 言い終えるのと同時に、ヘル・ファルコンの背でロック音が一斉に走った。


〈システム〉《敵機ミサイル、全弾発射》


 弾頭が灰空へ突き上がり、尾を引く光が扇状に広がって頭上へ降りかかる。


「来る!」


 ヒロの指はもう引き金を絞っている。ヴァルケンストームのライフルが吠え、肩部と背部のミサイルが迎撃軌道に乗った。


〈ヒロ〉「ストレイ、右側カバー頼む!」


〈アキヒト〉「言われなくても」


 アキヒトもライフルを構え、抜けそうな弾頭だけを撃ち抜く。白い尾が次々と弾け、炎と灰の煙がヘル・ファルコンとの間に厚い壁を作った。爆風でノイズが増え、センサーが埋まる。


〈システム〉《前方視界、30%以下》


 その爆炎の中から、さらに別の影が飛び出す。


〈ヒロ〉「ドローンだ!」


 ベヒモス周辺区画の発進口が次々開き、防衛ドローンが湧くように飛び出した。小さな機体が散開しながら旋回し、RF2機を囲むように取りつく。機銃と小型ミサイルで間合いを押し返しはじめた。


〈ヒロ〉「クソ、邪魔だ!」


 ヒロは即座に照準を切り替え、周囲のドローンへライフルとミサイルをばら撒く。


〈ヒロ〉「こっちはやる! アキヒト、コンラートを止めろ!」


〈アキヒト〉「了解」


 短く返し、アキヒトは視界を絞った。爆炎の壁の向こうで、ヘル・ファルコンの輪郭だけを拾う。


 その瞬間、前方の反応が変わる。


〈システム〉《敵機、質量変化検知》


 コンラートは煙幕に紛れて、背中のミサイルポッドを切り離していた。軽くなったヘル・ファルコンが爆炎の中を低く滑り、両手の高周波ブレードを構える。


〈ヒロ〉「来るぞ!」


 灰と炎を裂いて現れた影が、そのままヴァルケンストームへ襲いかかった。


 ヒロはドローンを落としながら、左腕の盾を前へ突き出す。刃が盾の表面を掘り、金属音が重なった。次の一撃で、右腕の主武装が弾かれる。


〈システム〉《右腕主武装、喪失》


 砕けたライフルが火花を散らして、ベヒモスの装甲板へ転がっていく。


「チッ!」


 ヒロは舌打ちし、右腕のトンファーを展開した。盾で押し返しながら、横殴りの一撃をヘル・ファルコンの胴へ叩き込む。だが、その打撃も刃に受け止められ、高周波ブレードとトンファーが押し合う。


「前と同じだと思うなよ!」


 押し込まれる向きが変わる。根元を狙ってひねる動きだ。ヒロは腕を引いて空を切らせ、刃先を外へ流した。


 そこへ、側面から別の影が突っ込む。


「邪魔なんだよ!」


 ストレイ・カスタムが斜め後ろから高周波ブレードを振り下ろす。アキヒトは二度踏み込みで死角へ滑り込み、K-LSLを深くつないだ。機体の反応が鋭くなり、狙う線だけが明確になる。


 その線を断ち切るつもりで、腕を振り抜く。


 だが届かない。


 ヘル・ファルコンはわずかに腰を引いて斬撃を外し、ブレードが肩口をかすめて火花だけを散らした。


〈コンラート〉「やるな。そこまでしてでも来るか、036」


「黙れ!」


 返す間にも、コンラートは足さばきだけでヒロのトンファーも流す。三機のRFが狭い距離で絡み合い、盾と刃と打撃が火花を連ねた。


 アキヒトは踏み込み直し、胸部を狙って突きを入れる。だが小さな動きで外される。すれ違いざま、コンラートの右手のブレードが逆袈裟に振り上がった。


 アキヒトは左腕の盾を差し込む。


〈システム〉《左腕防御ユニット、貫通》


 高周波ブレードが盾を貫き、そのまま左前腕ユニットごと持っていく。関節で千切れた装甲が油と火花を撒きながら落ちた。


「ぐっ!」


 K-LSL越しに入力が乱れ、視界が一瞬白く飛ぶ。その隙間をヒロが埋めた。盾ごと体当たりを仕掛け、ヘル・ファルコンの胴を押し込む。


 コンラートは残ったブレードを逆手に持ち替え、斜めに振り抜いた。


〈システム〉《胸部装甲に重大な損傷》


 ヴァルケンストームの胴体に深い斜線が走り、装甲が剥がれてフレームとケーブル束が露出する。コクピット周りの外装が歪み、ハッチが半分ほど浮いた。飛んだ破片がヒロの右側頭部をかすめ、血が視界の端を汚した。


「っ……」


 ヒロは姿勢を崩さず、まだ動く右手でトンファーを構え直す。


 コンラートは踵を返し、左腕を失って動きの鈍ったストレイ・カスタムへ向いた。ブースターを吹かせ、踏み込みと同時に前蹴りを叩き込む。


「ぐっ!」


 ストレイ・カスタムが装甲板の上を滑って吹き飛び、背後の立ち上がった装甲の壁へ叩きつけられて止まる。


 追撃は間髪を入れない。


 コンラートは高周波ブレードの片方を逆手で掴み、そのまま投げた。回転しながら飛んだ刃が、ストレイ・カスタムの左肩と背後の壁をまとめて貫く。


〈システム〉《機体姿勢固定》《推進系統ダウン》《主電源、急速な電圧低下》


 機体が壁に固定され、システムが落ちた。モニタが暗転し、音が引く。


「アキヒト!」


 ヒロの叫びだけが、ベヒモスの背で反響した。


 残ったのは、ヴァルケンストーム1機。



――次回、第88話「刃が下がる瞬間」へ続く

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