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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第十六章 大艦巨砲の葬式

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第86話 捨てた重さ、残った軌跡

〈ノルン〉『増設燃料タンク、切り離し推奨』

 

 警告音が一段高くなる。


〈アキヒト〉「ヒロ。目を閉じるなよ」


 アキヒトの声が届く。普段と変わらない乾いた調子だ。


〈ヒロ〉「閉じるかよ」


 視界が押され、計器の縁がにじむ。ヒロはモニタの端で、増設タンクのアイコンが赤へ変わるのを確認した。


〈ヒロ〉「VOLK-1。燃料タンクパージだ」


〈ヒロ〉「VOLK-6より。聞こえてるな」


〈アキヒト〉「ああ。どうせ一回きりだ。派手にやれ」


〈システム〉《増設燃料タンク、パージ》


 機体背部でロックボルトが弾ける音が連なり、機体が軽くなる。丸いタンクがいくつも下へ滑り落ち、最後の燃料が吹き出した。白い蒸気と炎が短い尾を引き、灰の空に乱れた軌跡を残す。遅れて飛び込んできたドローンの弾を受け、ひとつが暗い火球になって弾けた。


 それでも前への伸びは止まらない。オーバードブーストユニットは背部で回り続けている。


〈システム〉《オーバードブースト、限界域》


 前方、灰の膜の向こうで影がふくらむ。巨大な平面と、そこから突き出た塔のような構造。ベヒモスの外殻が、モニタを覆い尽くす大きさで迫ってきた。


〈ヒロ〉「VOLK-1。右側の支柱、見えるか」


 側面には節の多い支柱が何本も走り、装甲板の継ぎ目だけ骨組みが露出している。


〈アキヒト〉「あれだな」


〈ヒロ〉「あそこまで持っていく。オーバードブーストは、その手前で捨てろ」


 距離表示の数字が一気に減る。外殻表面の細部が肉眼でも拾える距離まで詰まった。


〈システム〉《接近警告》

〈システム〉《オーバードブーストユニット、温度限界》

〈システム〉《ユニット分解パージ推奨》


〈ヒロ〉「ヴァルケンストーム、オーバードブースト、パージ」


 ヒロが言い切る前に、背部で何かがはじけた。固定ロックが一斉に外れ、箱状のユニットが空中で砕ける。外装が剥がれ、骨組みごと後方へちぎれて飛び、残燃料が短い炎を吹いて火花を散らした。


 切り離した瞬間、逃げ道がひとつ消える。判断は軽くならない。機体だけが軽くなる。

 目を閉じるな。さっき自分で言い返した言葉が、遅れて自分の喉に刺さる。


 重さを捨てた二機が、そのまま弾丸の速度で前へ滑り込んだ。脚部と背部のノズルが細かく噴き、姿勢を押さえ込む。


 ヒロは自分の鼓動を数えない。数えたら遅れる。前へ出る。それだけでいい。


 アキヒトは迷いを切り捨てる。派手にやれ――言ったのは自分だ。なら責任も自分に戻る。ここでためらえば、ヒロの判断を鈍らせる。だから切る。捨てる。残すのは結果だけ。


〈システム〉《機体重量、パージ前より大幅減》


 機首がわずかに上がり、目の前でベヒモスの支柱が壁のように立ち上がる。


〈ヒロ〉「行くぞ!」


 残りは短い。ヒロは操縦レバーを前に押し込み、腕部のフック射出装置を開いた。圧縮されたワイヤーが走り、鋼鉄の爪が支柱の骨組みの高い位置に噛みつく。


 同じ瞬間、ストレイのフックも少し離れた継ぎ目へ突き刺さった。


 張ったワイヤーが跳ね、機体が大きく揺れる。シートがきしみ、モニタが一瞬白く飛んだ。


〈システム〉《係留ライン緊張。張力、許容上限付近》


 ヴァルケンストームはフックを軸に振られ、ヒロは脚部ノズルを吹かす。足裏を上面へ向けて蹴り出した。


 次の瞬間、ソールが外殻の平場をとらえる。装甲板を削る甲高い音と火花が走り、機体はフックを中心に大きな弧を描いて滑っていった。


〈システム〉《接地。減速率、許容範囲内》


〈ヒロ〉「ここだ!」


 ヒロがレバーを切り、フックを切り離す。張力から解かれたヴァルケンストームは開けたスペースで膝を沈め、短い滑走ののち停止した。


 ストレイ・カスタムはフックを支柱に掛けたまま減速へ入る。アキヒトは機体を壁側へわずかに振り、片腕を前に突き出した。装甲手甲の先端が外殻に当たり、金属をひっかく音とともに白い傷跡がまっすぐ下へ伸びていく。ワイヤーと片腕、その二点で体重を預けながら、壁を削って速度を殺した。


〈ノルン〉『前腕部装甲、摩耗進行』


「知ってる」


 短く言い、アキヒトはワイヤーを巻き取る。機体が支柱をなめるように引き上げられ、外殻のカーブを越えたところで脚部ノズルを吹かして上面の平場へ飛び移った。フックを切り離しながら着地し、片膝をつくようにしてヴァルケンストームの斜め後ろで止まる。


〈ノルン〉『係留解除。機体、ベヒモス外殻上面に安定』


 外殻は、今度ははっきり地面の角度で見える。二機分の脚跡と、減速で削った白い弧が平場に残っていた。


〈アキヒト〉「生きてるか、隊長」


〈ヒロ〉「まだな」


 ヒロはそれだけ返した。背部は静かで、聞こえるのはベヒモスの奥から響く低い振動と、外殻がきしむ音だけだ。


 ここまでは段取りだった。捨てるものを捨てて上へ出る。呼吸を整える暇もなく身体が勝手に動く。


 だがここから先は違う。


 相手は機械でも群れでもない。コンラートだ。


 言葉で線を引き都市ごと壊してそれでも平然と立っている男。自分が追いつけなかった場所に先にいる男。


 見つけたら止める。躊躇すればその分だけ誰かが落ちる。子どもでも兵でも同じだ。

 決めたことをいま確かめ直す必要はない。


〈ヒロ〉「行くぞ」


 ヒロは周囲の構造を確かめ、機体姿勢を落ち着かせる。オーバードブーストが燃やし尽くした軌跡が、灰の空にまだ薄く残っていた。


 二機は、その先を今度は自分たちの脚で決める。



――次回、

第十七章 胸ポケットの重み

第87話「捨てるものを決めろ」へ続く

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