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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第一章 白帯を歩く子どもたち

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第3話 前編 二重の空、灰の翅

 灰の空が白く濁る昼前、白帯の外縁から数十メートル。灰で鈍った地面の上で、VOLK-1〜3の3機は跳躍個体を止めるために足を止めていた。

 アキヒトはストレイ・カスタムの操縦桿を握り、フロントモニタの揺れを追う。リフローの層ずれが続き、見えたものをそのまま信じられない。


 そのとき、群れの一部が脚をたたんだ。


 先頭付近の何体かが沈み込むように姿勢を低くし、硬い足先が同時に地面を蹴る。踏み切りの振動でストレイ・カスタムのフレームが短く揺れた。


 数体のキーテラがまとまって跳躍した。


 真上ではない。弧を描いて3機の頭上を越え、白帯へ向かう――そう見える。だが予測線は滲み、端が細かく震えた。弧が正しいのか、見せられているだけなのか、切り分けがつかない。


〈ノルン〉『前列個体の一部。跳躍距離が事前ログを超過。VOLK-1〜3の頭上を通過。白帯方向へ向かう見込み』


 反応線が射線を飛び越え、白帯へ伸びる。ログと重ねた軌道表示が「想定外」の赤で塗られた直後、その赤が途中で途切れ、別の位置へ跳んだ。


 跳躍の途中で灰の流れが折り返し、巻き上がった灰が不規則に揺れる。空気の層が入れ替わっている。


 ログにない跳び方だ。読めないまま白帯へ届くのが最悪だ。


〈アキヒト〉『LG。飛び越えた分を今すぐ落とせ。脚だけ狙え。白帯の手前で必ず止めろ』


 回線が一拍だけ沈み、返答が重なる。


〈ラインガード〉『了解。白帯前面、脚部集中射撃。白を越えさせるな』


 背中側で一斉射が始まった。反動音は遅れて届き、音の位置が一度だけ揺れる。アキヒトは振り返らない。前を削らないと距離が足りない。


 その前方で、蜘蛛型の群れが不自然に割れた。


 押し返されて散るのではなく、そこだけ避ける。灰が渦を巻き、中心が深く沈む。さっきの層ずれとは揺れの質が違った。


 群れの中央、灰の渦の中から黒い影が立ち上がる。


 形は蛾。巨大な蛾の背中が、蜘蛛の群れに覆いかぶさるように現れた。


 翅は膜ではない。焦げた板のように硬く折り畳まれ、縁は焼けて波打ち、欠けたところから灰が落ちていく。脚は4本。太い支柱のように地面を掴み、腹の下では別の細い脚が遅れて揺れていた。脚の着地が揃わないまま、胴だけが先に滑ってくる。


 輪郭が二重に滲み、同じ影が半拍遅れて重なる。空気のせいか、こいつのせいか、断定できない。


 翅の付け根に布の切れ端が引っかかっている。縫い目が残っていて、端は焦げて硬い。甲殻の隙間から細い紐がのぞき、四角い金具が灰を引きずって音を立てる。

 金具には印字の潰れた樹脂片――識別札の欠片がついていた。さらに内側で黒い束が揺れ、灰に濡れて固まった髪の束に見えた。


 アキヒトは視線を外した。手順を乱せば白帯へ届く。


〈ノルン〉『未登録反応。局所リフロー強度急上昇。照準補正は安定しません。推定対象――骸蛾〈ガイガ〉』


 先週の仕事で見たものと同じだ。撃てば当たるのに、当たった位置が信用できない。


 骸蛾は白帯方向だけを見て、一直線に進む。蜘蛛型の群れまで道を空けた。


 前線側の火線が骸蛾の胴を叩き、火花と欠け目は出る。だが次の瞬間、当たった位置がずれて見え、削れたのは遅れた影で、実体は一歩だけ先にいる。


〈アキヒト〉『ノルン、補正を切れ。数字はいらない。揺れ幅だけ出せ』


〈ノルン〉『了解。照準補正停止。揺れ幅を表示します』


 押し切る相手ではない。落とすのは翅だ。


〈アキヒト〉『VOLK-3。白帯へ飛んだやつの軌道を追え。脚を落とせ。こっちは俺が押さえる』


〈リュウ〉『了解。跳躍軌道表示を追う。白帯手前で止める』


 役割を切り分けるしかない。跳んだ個体は止まりにくい、危険は空に残る。


 アキヒトは操縦桿を握り直し、補助スラスターを短く2回噴かす。灰を大きく巻き上げない噴射で前へ出る。視界の中で骸蛾が迫った。


 リフローで空気がずれ、機体の反応が半拍だけ軽い。アキヒトはその半拍を使い、胴体に両足をかけ、ブレードを構える。甲殻の線と膨らみを追い、翅の付け根の継ぎ目だけを探した。


 脚でも腹でもない。翅の根元。


 翅の付け根に、他より狭い継ぎ目が一本見える。ブレードを引き上げた瞬間、甲殻の隙間でまた黒い束が揺れた。その黒い束が視界に入るだけで、それだけで手順が乱れる。


 背後で火線が重なり、遅れて衝撃音が届く。その遅れが、余計な像を切り捨てた。


 全出力で叩き下ろす。


「落ちろ――!」


 甲殻が鈍い音を立てて割れ、白い噴出物が弾けた。外部カメラの映像が白く塗られ、HUDの線が薄れる。


 モニタが白く塗られた瞬間、口の中に鉄のような苦味を感じた。外気ではない。LSLリンクが拾った感覚の断片――


 人の、味だ。


 アキヒトは認識だけを作業の外へ押し出し、手首をひねって刃を左右にこじる。


 骸蛾の背中が大きく震え、畳まれていた翅が傾く。直進の線が崩れ、白帯へ向かっていた胴が横へ流れた。


 止まらない。だが、まっすぐ来られなくなった。


 補助スラスターを短く噴かし、ストレイ・カスタムの脚を骸蛾の背から引き抜く。


 白が薄れたとき、骸蛾の影は後ろへ退いていた。灰の渦が一段深く沈み、そこへ吸われるように輪郭が崩れる。空気の二重化がほどけ、距離表示の震えも少しだけ収まった。


〈ノルン〉『地上の群れ後退傾向。ただし跳躍個体は継続。白帯方向へ向かっています』


 地上は引く。空の危機は残る


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