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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第一章 白帯を歩く子どもたち

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第4話 陸上戦艦グレイランス

 グレイランスの着艦デッキに立つ誘導員には、夜の甲板に並ぶ灯りが、艦の縁まで細く伸びているように見えた。


 横風が強い。舞い上がった灰が照明を受け、甲板の上でかすかに瞬く。艦体がゆっくり傾くたび、靴裏が滑りそうになり、誘導員は無意識に足を踏み直した。


 着艦管制室から、VOLK隊へ回線が開く。


「VOLK flight、こちらPriFly。夜間計器回収に入る。VOLK-4、進入許可。間隔二十五秒。脚とフック、降りているな」


 ガンモの声が、わずかなノイズを挟んで返った。


「VOLK-4、了解。ギアはロック。フックも降りてる。……こっちは重いんだから、少し甘く見てくれよ」


「甘く見る余裕はない。ラインを外すな」


「はいはい、真ん中に落とすよ」


 灰霧の向こうから、VOLK-4〈バッド・バンカー〉が姿を現した。減速噴射で速度を殺しながら、夜光ラインの上へ滑り込んでくる。機体の前面装甲は分厚く、遠目にも質量がある。横風にあおられても、そう簡単には流されない。だがその重さは、着ける側にも、受ける甲板にも負担になる。


 停止マークの手前で再噴射。


 脚柱が深く沈み、低いきしみ音が甲板を走った。振動が靴裏を叩き、誘導員の膝まで上がってくる。


 LSOの声が鋭く入った。


「VOLK-4、低い。パワーが遅い。……三番ワイヤーで停止。だが重いぞ。オーバーストレス警報、確認」


 整備班のハッチが、格納区側で声を荒らげた。


「また脚を泣かせやがったな! ガス圧、抜き直しだぞ。次これやったら、本当に脚まわり全部開けるからな!」


「聞こえてるって。無事に帰ってきただけ褒めろよ」


「褒めるのは俺じゃない。整備ログが褒めるかどうかだ」


 着艦管制は間を置かず、次の機体を呼んだ。


「VOLK-4、停止良し。誘導に従って退避。VOLK-5、進入許可」


 ポチの声は、ガンモより少し軽かった。


「VOLK-5、了解。ギアダウン、フックダウン。こっちは優しく降りるから、ハッチ、惚れるなよ」


「余計なこと言ってないで、噴射を合わせろ」


「はいはい。整備班に怒られない着艦、努力します」


 続いてVOLK-5〈ブレイン・モール〉が進入する。噴射は抑えめで、姿勢の乱れは少ない。停止マークの上で機体が小さく上下し、膝を沈めて止まった。


 大きな衝撃はない。それでも、甲板に落ちた重みは確かに伝わってくる。


「VOLK-5、グライドパスやや高い。二番ワイヤー。停止良し」


 LSOがそう告げると、整備班からすぐに別の声が飛んだ。


「高いところから置くなって言ってんだろ。関節部の摩耗が進むんだよ」


「今の、だいぶ優しかったと思うけどなあ」


「おまえの感想じゃなくて数値で言え」


「じゃあ、あとでログ見ながら謝る」


「謝る前提かよ」


 甲板上の空気が、少しだけほどけた。戦闘直後の帰艦で、誰も本当に笑っているわけではない。それでも、いつもの軽口が戻ってくるだけで、誘導員の肩に入っていた力がわずかに抜けた。


「VOLK-6、進入許可」


 最後に呼ばれたヒロの返答は、短く落ち着いていた。


「VOLK-6、了解。ギアダウン、フックダウン。速度、合わせている」


「VOLK-6、ライン良し。そのまま来い」


「了解。風が少し巻いている。最後だけ抑える」


 VOLK-6〈ヴァルケンストーム〉が灰霧の奥から現れた。


 余計な操作はなかった。夜光ラインに沿って、一定の速度で近づいてくる。短い噴射で速度を殺し、機体の膝関節を静かに沈める。甲板が受けた衝撃は、ほとんど音にならなかった。


 LSOが、わずかに声の調子を緩めた。


「VOLK-6、グッド・パス。ボール・センター、オン・グライドパス。三番ワイヤー、イージー・ストップ。……いい着艦だ」


 整備班から、すぐにハッチの声が重なる。


「これだよ。負荷率十二パーセント、損傷ゼロ。なあ、聞いてたか、前の二機」


「聞いてねえことにしたい」


「俺も」


 ガンモとポチの返事に、甲板員の一人が短く笑った。


 着艦管制が最後の確認を入れる。


「三機着艦完了。各機、誘導に従い指定ラックへ移動せよ。急ぐな。床が濡れている」


 係止表示が緑へ変わる。誘導員が棒灯を振ると、床の誘導線が淡く点灯した。


 三機は灯りの中をゆっくり格納区へ向かい、やがて着艦デッキから姿を消した。


 *


 防爆シャッターが上がり、移送通路の奥から重い足音が近づいてきた。


 振動に合わせて、格納区のざわめきが膨らむ。梁の照明がかすかに揺れ、油と灰に濡れた床の上を導光ラインが伸びていた。その線は、避難者の移送列と整備通路を静かに分けている。


 黄色いラインの内側で、誘導員が棒灯を振った。巨大な機体を一機ずつ、ハンガーの枠へ導いていく。


「係留ライン、急げ。足を止めるな、まだ後ろが詰まってる」


 誰かが咳き込みながら叫んだ。それでも手は止まらない。白枠に脚を合わせるたび、デッキがわずかに沈み、鈍い振動が足裏に返ってくる。


 先頭で戻ってきたVOLK-4《バッド・バンカー》が、梁の下をくぐった。指定番号のハンガーベイへ入ると、分厚い前面装甲が灯りを遮り、整備兵たちの影を床へ落とす。擦れた塗装の下から注意色の帯がのぞいていた。灰をかぶった姿は、出撃前よりさらに無骨に見える。


「はい、止め。もう半歩右。……いや、そっちじゃない、右だ右」


「右ってどっちの右だよ」


「機体の右だよ。毎回そこで迷うな」


 ガンモが操縦席の中で何か言い返したらしく、外部スピーカーに低い笑い声だけが漏れた。


 機体が膝を落とす。側面の係留アームが横からせり出し、腰と肩を挟み込んだ。ロックピンが噛み、固定ランプが一つずつ点灯していく。


 その後ろから、VOLK-5が回頭しながら別の枠へ収まった。束ねたサーチライトに、重ね貼りのステッカーがやたらと賑やかだ。灰と油で汚れているのに、そこだけ妙にふざけて見える。


「おー、久しぶりの我が家だぜ。誰か俺のベイ、勝手に物置にしてないよな」


「前回おまえが置いていった配線の山なら、そのままだ」


「それは物置じゃなくて、創造の途中ってやつだ」


「邪魔って意味では同じだろ」


 整備兵たちから笑いがこぼれた。笑い声は長く続かない。誰も手を止めないからだ。それでも、硬かった空気が少しずつほどけていく。


 ブレイン・モールの足裏駆動音が短く響き、機体が所定位置で静止する。直後、天井クレーンがフックを下ろし、背中の吊り金具へ正確に掛かった。


 最後に、VOLK-6がゆっくり進入してきた。


 側面ハッチを抜けるところでスラスター噴射を絞り、白枠で囲まれた係留位置の中央へ、慎重に脚を運ぶ。背面では、まだ冷めきらない排熱が白く揺れていた。脚部シリンダーが低くうなり、機体が膝を落とす。


 左右から伸びた固定アームが、胸部と腰を抱えるように回り込んだ。ロックランプが順番に点灯し、そのたびに小さな機械音が重なっていく。最後の固定が入ると、金属音が短く響き、床がわずかに震えた。


 整備班リーダーが、タブレットの表示を見ながら言った。


「VOLK-6、三点ロック完了。固定ランプ全点灯。クイックチェック入ります。隊長、降りる前に主電だけ落としきらないでくださいよ。前に一回、面倒なことになったんで」


「覚えている。今回は残してある」


「それなら助かります。あれ、復帰させるのに二時間かかったんですから」


 整備兵が脚部へ近づき、スキャンをかける。タブレットの光が、灰で汚れた装甲を青白く照らした。


「油圧圧力、許容範囲内。ただ、右脚シリンダーが少し重いですね。報告にあった通りです」


「着艦前から重かった。動けないほどじゃないが、踏み替えで遅れる」


「ダンパー側から見ます。無理に引っ張りました?」


「一度だけだ」


「一度だけ、の時点で嫌な予感しかしないんですが」


 ヒロは答えず、コクピットハッチを開いた。


 外側へ開いたハッチのふちに片手をかけ、ヒロ・ヴェルナーが姿を現す。厚手の戦闘服は灰でくすみ、首もとのヘッドセットにも細かな砂が噛んでいた。肩にはうっすら砂埃が残り、袖口には油じみがある。


 それでも動きは乱れていなかった。


 ヒロは梯子を一定のリズムで降り、床に足をつける。周囲の視線が自然と集まった。誰かが何かを言おうとして、結局、短い会釈だけで済ませる。


 ヒロは顔ぶれをざっと確認し、差し出された手を順番に取った。握手は短い。だが、流れ作業ではなかった。相手の目を一度だけ見て、手を離す。


 手首からのぞいた黒い識別プレートが、頭上の灯りを受けて、かすかに光った。


「おつかれさーん、隊長」


 少し遅れて機体から降りてきたガンモが、肩をすくめる。笑っているが、歩き方は重い。


「十日も缶詰で、戻ってきたらこれだろ。もうちょっとこう、感動の帰還みたいなのがあってもいいと思うんだよな」


「感動なら脚部ログに残ってるぞ。真っ赤だ」


 整備兵が言うと、ガンモは顔をしかめた。


「それは感動じゃなくて怒られるやつだろ」


「怒るのはあとにします。先に飯食ってください。空腹の相手に説教しても、だいたい聞いてませんから」


「分かってるじゃねえか。隊長、飯行こうぜ。いや、その前に報告か。分かってるよ、分かってるけどさ」


 ポチも灰を払いながら降りてきた。顔の半分に疲れが出ているのに、口だけはいつもの調子を保っている。


「俺、今なら合成タンパクでも泣ける自信ある。できれば固形じゃなくて、なんか汁気のあるやつがいい」


「整備に顔を出してからだ」


 ヒロは軽く言い返し、整備班へ手を挙げた。


「右脚のダンパーを先に見てくれ。踏み込みで半拍遅れた。他は、今のところ目立つ異常はない」


 整備班リーダーは頷いたが、すぐには引き下がらなかった。


「了解しました。右脚から見ます。武装解除とNBCスキャンも並行します。……隊長、今日は本当に、早めに降りてくださいよ。機体もですが、人間のほうも見ないとまずいです」


「俺は問題ない」


「その返事、信用できないやつです」


 ヒロは一瞬だけ黙った。


 ガンモが横から口を挟む。


「ほら見ろ。整備にもバレてる」


「おまえはまず、自分の脚を心配しろ」


「俺の脚じゃねえ。バッド・バンカーの脚だ」


「乗り方が悪ければ、同じことだ」


「隊長、そういう正論は飯のあとにしてくれ。胃に来る」


 ポチが小さく笑った。


「胃に来る前に、ログ提出な。俺、さっきから端末が震えてる。たぶん整備班が怒ってる」


「怒ってはいません」


 整備兵の一人が工具箱を持ち上げながら言った。


「怒るための材料を集めているだけです」


「ほら、怒ってるじゃん」


 短い笑いがまた起きた。


 ヒロはその場の空気を一度だけ眺め、頷いた。


「ブリーフィングでまとめて聞く。ログは全部上げておけ。抜けがあると、あとで同じ話を二回することになる」


「げえ……飯の前に取り調べかよ」


 ガンモが肩を落とす。


「吐くのはログだけにしとけ。食ってからだと地獄だぞ」


 ポチが言うと、ガンモは「想像させんな」と顔をしかめた。


 ヒロは歩き出した。格納区の出口へ向かう足取りは揃っている。疲れていないわけではない。むしろ全員、足が重い。それでも、誰かが遅れれば自然に半歩だけ待つ、その程度の余裕は残っていた。


 導光ラインが足元で折れ、格納区の灯りが一段落ちる。


「飯はそのあとだ」


 ヒロが前を見たまま言った。


 ガンモが深く息を吐く。


「順番、絶対変えないよな、隊長って」


「変える理由がない」


「あるだろ。俺の腹が鳴ってる」


「記録には残らない」


「人間味ってものがあるだろ、人間味が」


 ポチが隣で笑い、肩の灰をもう一度払った。


「諦めろ。隊長の人間味は、たぶん別の場所に積んである」


「どこだよ」


「さあな。少なくとも食堂じゃない」


 軽口は続いた。


 それでも三人の足並みは、格納区を抜けるまで崩れなかった。


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