第27話 後編 隊長は責任を、艦長は夜を歩く
灰の色は今より薄かった。まだUDFが大きな組織として機能していた頃、別の白帯区間で《灰風中隊》のRFが帯の外側に一列に並び、少し前では敵影がじわじわ動いていた。
「白から目を離すな。敵ばかり見るな」
共通回線に入る隊長の声。若い頃のコンラートだ。少し高い声だが、言い方は切れ味がある。
「撃つ順番を間違えるな。まず白を通す。次に敵を削る。いいな」
「了解、隊長」
副長格のセルゲイが大きな声で返し、レバーを握ったまま笑いを混ぜる。
「隊長、どうせなら一息でまとめてやりましょう。敵も灰も、ぜんぶ黙らせてやりますよ」
「セルゲイ、白の内側まで吹き飛ばす気か」
冷静な声が割り込む。狙撃手のセーブルが照準器から目を離さずに言った。
「白帯に弾を入れたら、お前の肩を撃つ」
「怖えな、おい」
「怖いのはお前の押し方だ」
当時のヴァイスは若手の一人として、その後ろで待機していた。階級も低く、前に立つ背中を見ているだけだった。
「隊長、敵影、白の縁まであと10キロ」
ヴァイスがログを読み上げると、コンラートが短く返す。
「分かった。灰風中隊、聞け」
回線の向こうが揃う気配。白帯の上には避難列の灯りが点々と続いている。
「俺たちの仕事は、線を通すことだ」
声は強くないのに、よく通った。
「線を通せ。証を残せ。名はあとからついてくる」
返事はなくても、全員が理解していた。灰風の教えはいつも同じだ。避難列は止めるな。白帯の上には撃つな。撃つ前に、避難を通すルートを先に決めろ。
セーブルが照準を調整する。
「隊長、白の縁から2000メートル外側まで、射線確保。ここから先は、敵だけ狙える」
「よし。セルゲイ、押し込みはそこまでだ。白にかけて抜ける奴は、必ず外側で落とせ」
「了解。灰風中隊、前へ」
RF群が一斉に前進を始め、ヴァイスの機体もその列に混じった。緊張の中で、それでも「この人たちが前にいるなら線は通る」と信じられる時代だった。
*
簡易ブリーフィングルーム前の廊下へ、現在が戻る。
ヴァイスはドア前で立ち止まり、昔の言葉を思い出していた。
(線を通せ。避難を通す白帯を、最後まで切らせるな)
いま中にいるのは、そのコンラートの息子と、VOLKのエースだ。自分たちの足で、同じ場所を見ようとしている。
室内の声は少し落ち着いていた。
「……だいたい整理できたな」
「次は、ラインガード側のログももらっておくか」
データを閉じる音。
ヴァイスは今度ははっきりノックした。
「どうぞ」
ヒロの声。ドアが開き、ヴァイスは一歩だけ中へ入る。白帯の映像は消え、簡単なマップと数字が画面に残っていた。
「……ヒロ」
名前を呼ぶ。
「艦長。聞いてました?」
「少しだけだ」
短く答え、続ける。
「悪くない議論だ」
ヒロの目がわずかに動く。アキヒトは黙ってこちらを見ている。
「何をどう守るのかは、結局お前たち次第だ」
ヴァイスはそこで一拍だけ置いた。
「続けてくれ」
それだけ残し、部屋を出る。ドアが閉まる前に、2人が顔を見合わせるのが見えた。
「今の……褒められた、のか?」
「さあな」
小さな声が隙間から漏れた。
*
艦内の照明が夜の明るさへ落ち、廊下の端に細いラインが残っている。
ヴァイスは最後の見回りとして、子ども区画の前まで歩いた。ドアの向こうから小さな囁き声と寝息が漏れ、寝返りの音が一度して、すぐ静かになる。
立ち止まっていると、ドアが内側からゆっくり開いた。サキが点呼表を片手に出てきて、一度だけ中を振り返り、そっと閉めてからヴァイスに気づく。
「……艦長」
「不便はないか」
ヴァイスは廊下とドア、サキの手元の点呼表へ視線を移しながら尋ねた。
「はい。大きな不便はありません」
即答してから、少し考えた顔で口元をゆるめる。
「強いて言えば……いびきが一番うるさいのは、ガンモさんです」
ちょうど遠くの区画から、低いいびきのような音がかすかに届いた。2人とも、ほんの少しだけ笑う。
「子どもたち、ここが“家”だって思えてきたみたいです」
サキは点呼表を胸の前で持ち直し、続けた。
「最初は夜になると泣く子もいましたけど、今は寝る前に『明日なに食べるの?』とか、『明日は誰と一緒に歩く?』とか、そういう話ばかりです」
ヴァイスは短くうなずき、昔の宿営地の景色が一瞬だけ脳裏をかすめて消えた。整備テントと武器庫ばかりで、子どもの寝息など届かなかった夜。
「……そうか」
言葉を選び、続ける。
「なら、この艦も悪くない」
「はい。私も、そう思います」
サキが何か言いかける。
「あの、艦長は……どうしてここまで――」
ヴァイスは軽く片手を上げて止めた。
「……サキ」
「はい?」
「子どもたちを頼む」
視線を少しだけそらし、付け足す。
「……いや、なんでもない」
「了解しました」
ヴァイスは背を向け、廊下の先へ歩き出す。サキは角を曲がって見えなくなるまで見送り、それから静かに子ども区画のドアへ手を置いた。
艦内には、かすかな振動と遠くのエンジン音が続いていた。
――次回、第28話「食うための任務」へ続く




