表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第七章 白の外で会う者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/123

第34話 線の外で試される脚

 俺は銃口を下げなかった。


「戻るつもりはない。俺はもう〇三六じゃない。ここから先も、そっちには行かない」


 コンラートの動きが、ほんの少し止まった。


 次の瞬間、空気が変わる。さっきまで会話をしていた男が、ただの敵になる。立ち方も、視線も、肩の力の抜き方も、全部が戦闘用に切り替わった。


「そうか」


 コンラートは静かに言った。


「なら、確かめよう」


「何をだよ」


「お前が、どこまでその名前で動けるかだ」


 下がっていた拳銃の銃口が、ゆっくり上がる。


 俺もグリップを握り直した。引き金にかけた指へ、少しずつ力を乗せる。


 ノルンの声が端末から入る。


「アキヒト、武装動作――」


 最後まで聞く前に、俺とコンラートはほとんど同時に撃った。


 銃声が重なる。


 俺の弾は床を叩き、火花を散らした。コンラートの弾は、俺の手ではなく銃だけを撃った。右手に鈍い衝撃が走り、銃が指から抜けて床を滑る。


「っ……!」


「右手甲に打撲。骨折なし。相手の弾道は、武器だけを狙っています」


 殺す気はない。


 最初から、俺を試すつもりだ。


 考えるより先に、腰のナイフを抜いた。銃を拾う時間はない。俺は床を蹴り、コンラートの懐へ入る。


 コンラートも拳銃を下げ、反対の手でナイフを抜いた。


 刃がぶつかる。


 乾いた金属音がホールに響いた。


「右へ逃げる時、肩が先に動く。だから読まれる。何度言った?」


 昔と同じ声だった。


 訓練場で何度も聞いた声。怒鳴るわけでもなく、褒めるわけでもなく、ただ直すべきところだけを告げる声。


 俺は刃を押し込むが、力を流される。引けば空を切る。下からすくい上げても、軽く受けられて手首へ打ち返された。


 指先の感覚が鈍る。


「足の幅が広い。前へ出る前に重心が止まる」


 コンラートの刃が頬をかすめた。


 熱い痛みが遅れて走る。


「切創。浅い。視界への影響は軽微」


「うるさい」


 息が荒くなる。


 こちらは必死なのに、コンラートの呼吸は乱れていない。俺の動きは全部知っている。知っている上で、殺さない場所だけを選んでいる。


「〇三六。まだ名前を守れる腕じゃないぞ」


「その呼び方をやめろ!」


 踏み込もうとした、その時だった。


 ホールの入口側から、足音が割り込んだ。


「そこまでだ!」


 ヒロの声。


 続けて銃声が鳴る。弾丸がコンラートの頭部をかすめ、ガスマスクの端を弾き飛ばした。


 片側のレンズが割れ、マスクの一部がめくれる。


 露出した頬には古い火傷痕があり、深い皺の奥に片方の目が見えた。


「武器を捨てろ。抵抗するなら――」


 ヒロの声がそこで止まった。


 コンラートの顔を見た瞬間、銃を構えたまま固まる。


「……なんで」


 ヒロの声が、掠れた。


 コンラートはそのわずかな隙を逃さなかった。手にしたナイフを投げる。狙ったのはヒロの胸ではなく、銃を握る手首だった。


 金属音がして、ヒロの銃が床を滑る。


 コンラートは一歩で距離を詰め、転がった銃を靴底で押さえた。


 残ったマスク越しに、初めてヒロを正面から見る。


「ヒロか」


 声は思ったより静かだった。


 その一言で、ヒロは理解してしまったようだった。


「なんでここにいる」


 ヒロの息が荒くなる。


「なんで、ここにいる。コンラート・ヴェルナー」


 ヴェルナー。


 その名前を聞いた瞬間、俺の中でいくつかのことがつながった。


 ヒロの父親。


 B3の橋を落とした男。


 俺を〇三六と呼ぶ、かつての隊長。


 コンラートは少しだけ目を細めた。


「ヴェルナーか。懐かしい名前だ」


「話してる場合かよ!」


 俺は叫び、もう一度間合いを詰める。


 ヒロも床の銃へ手を伸ばしかけたが、踏まれているのを見て止めた。すぐに腰のナイフを抜く。


「二人で来るか」


 コンラートは踏んでいた銃を蹴り飛ばした。銃は床を滑り、手の届かないところで止まる。


「いい。まとめて見てやる」


 そこから先は、言葉より動きが速かった。


 俺が右から斬り込み、ヒロが左から入る。コンラートは背中を見せない。常に斜めに立ち、俺たち二人を同時に見ている。


 俺の刃は手首の前で弾かれ、ヒロのナイフは肘で押し返される。コンラートはヒロの足を払いつつ、同時に俺の踏み込み足を軽く蹴った。


 ほんの少し姿勢が崩れる。


 そこを叩かれる。


「ヒロ、脚を固めすぎだ。立つ場所を守ろうとして身体が止まっている」


「黙れ!」


 ヒロは体勢を崩しながら、ナイフを捨てるようにして拳で殴りにいった。


 コンラートは腕で受け、力の向きをずらした。拳は空を切り、代わりに膝がヒロの脇腹へ入る。


「がっ……!」


 ヒロの身体が横へ流れ、膝をつく。


 その隙に俺は刃を走らせた。コートの裾が裂れる。血は出ないが、少しだけ手応えがあった。


 いける。


 そう思った瞬間、腕を絡め取られた。


「〇三六。お前も昔から変わっていない」


 コンラートは俺の動きを止め、残った刃で肩口を切り上げた。


「ッ……!」


 肩から脇腹へ、浅く長い痛みが走る。熱が広がり、スーツの内側に血がにじむのが分かった。


「出血量、許容範囲ぎりぎり。これ以上の強い踏み込みは危険です」


「左に逃げる時、視線が先に動く。そこで読まれる」


「教え方が悪かったんだろ!」


 言い返して前に出ようとしたが、傷が開く感覚があり、足が止まった。


 ヒロも立ち上がろうとしているが、脇腹の一撃が効いている。呼吸が乱れ、膝に力が入っていない。


 コンラートは、俺たち二人を見下ろせる位置に立っていた。いつでも刺せる距離なのに、刃先は俺たちから少し外れている。


「戻れ」


 また、その言葉だった。


「名前を捨てろ。白帯にしがみつくより、俺の下で動け」


「ふざけるな!」


 叫んだのはヒロだった。


「俺が守ってる白帯を、お前は平気で折った。そのうえ俺の隊員まで番号で呼びやがった!」


 コンラートはヒロを見た。


「ヒロ。白帯の上からしか世界を見ないなら、お前は一生そのままだ」


「それでも構わない」


 ヒロは息を切らしながら言い返した。


「白帯の上でしか生きられない奴らがいる。あいつらには、そこが最後の道なんだ」


「甘い」


 短い一言と同時に、コンラートが動いた。


 俺が割り込もうとしたが、足を払われ、崩れたところへ柄で脇腹を打たれた。


「ぐっ……!」


 身体が勝手に丸くなる。


 ヒロも正面から迎え撃つが、ナイフも拳も届かない。踵が膝の横へ入り、ヒロの足が崩れた。床へ落ちる寸前、後頭部の横を打たれ、ヒロの視線が飛ぶ。


「アキヒト、ヒロに中程度の頭部衝撃。脳震盪の危険があります」


 気づけば、俺たちは二人とも床に倒れていた。


 立とうとしても、身体が遅れる。手をついても、力が入らない。


 コンラートは一歩下がり、刃についた血をコートの裾で拭った。


「〇三六」


 俺を見下ろして言う。


「今はまだ、アキヒトという名前に縛られていろ。いつか自分で選べ」


 返事をしようとしたが、喉から音が出なかった。


 コンラートの視線がヒロへ移る。


「ヒロ。白帯の上に立つのは勝手だ。だが、それだけが世界だと思うな」


 ヒロは睨み返すだけで精一杯だった。


「そのうち、嫌でも分かる」


 コンラートはレゾナンスコアのコンソールへ歩いた。


 ノルンが警告する。


「アキヒト。操作入力を確認。待ってください」


 コンラートの手が端末に触れる。


 ホール全体が低く唸った。足元から細かな振動が上がり、コアを走る光が一気に強くなる。


 視界が白く飛んだ。


 金属が軋む音と、遠いノイズが重なる。身体の感覚が一瞬抜けて、床にいるのか浮いているのか分からなくなった。


「局所的共振。視覚と聴覚が一時的に――」


 ノルンの声もそこで途切れた。


 どれくらい経ったのか分からない。


 まぶたをこじ開けると、コアの光は元の弱さに戻っていた。ホールの中にコンラートの姿はない。


 床には、俺とヒロの血と、戦闘の跡だけが残っていた。


 黒い靴跡が、脇の別ルートへ続いている。そこの扉が半分開いていた。


 耳鳴りが消えない。


 身体を動かすたび、骨の内側が揺れるような違和感が走った。


 ノルンの声が戻る。


「接続復旧。アキヒト、生体反応二。どちらも危険域手前で安定。応急処置を優先してください」


「逃がしたか」


 俺は天井を見上げたまま息を吐いた。


 動こうとしても、身体がついてこない。


 白帯も導光もない場所で、俺とヒロはコンラートに会った。


 そして、何もできずに負けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ