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灰の傭兵と光の園~人型兵器が、泥と血と油の中で唸る。装甲が砕け、信念だけが削れていく~  作者: 青羽 イオ
第一章 白帯を歩く子どもたち

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第2話 前衛、起動(メカイラストあり)

挿絵(By みてみん)


 白帯E-7区画の南、4km地点。地面を這う灰霧の向こうで3機のRFが出撃の合図を待っていた。


 装甲には薄く灰が積もり、関節は待機の微動を返す。三つの頭部カメラは揃って灰に沈む地平線を向いていた。


 コクピットが小さく震え、起動シーケンスのチェック音が重なる。

 主電は9割台、冷却系も余裕あり。

 アキヒトは操縦桿を握り、首のうしろのLSLポートへ伸びるケーブルの取り回しを確かめて、フロントモニタを見据えた。


〈ノルン〉『前方6km。熱源多数。数は約800』


 古い戦術AIの声は淡々としている。速度は遅いが現場で判断を挟む余地がある。

 それで十分だ、とアキヒトは割り切っている。


〈ノルン〉『操縦者状態確認。心拍92。反応時間正常。体調を申告せよ』


 「問題ない。いつも通りだ。」


〈ノルン〉『気分の自己評価』


 「いつも通りだ。やることは同じだ」


 LSLポートにコネクタが固定され、短い電子音のあと視界と機体感覚が重なる。

 意識した重心移動がそのままRF-17SCストレイ・カスタムへ通る。


 モニタには薄灰の地表、その奥に白帯が細い線で走っていた。隅の縮小ウィンドウには避難列。外側を大人が固め、中央に子どもの影が寄っている。避難路を示す杭灯が規則正しく明滅し列の上だけを照らしていた。


 アキヒトは一度だけ映像を確認し前方へ戻す。


 守る場所は見えた。あとはそっちが危うくならない距離で止める。


〈ノルン〉『VOLK隊配置完了。VOLK-1 前衛・指揮。VOLK-3 右翼高地で狙撃支援。VOLK-2 中央正面で砲撃担当』


 前に出るのはストレイ・カスタム。右翼の高地にレイヴン・アイ。中央正面にブルロアーが手持ち式140mmキャノンを抱えて構える。


 白帯の内側にはラインガードRFが等間隔に並ぶ。白の縁を押さえるのがラインガード、外で群れの厚みを削るのがVOLK――今日のE-7区画で白の外側を任されているのはこの3機だけだ。


 アキヒトはHUDの隅で弾薬残量を確認する。近接用アサルトライフルは満載、予備マガジン3本。ゴーシュの140mm榴弾は12発。リュウの狙撃弾は20発。削り切れるかどうかは、地雷帯がどれだけ持っていけるかにかかっている。


〈ラインガード指揮〉『こちらラインガード指揮。敵集団は白帯E-7前面の地雷帯へ進行中。VOLK隊は外縁での削りに専念せよ。白帯直前の迎撃はこちらで引き受ける』


 外で厚みを削る。張りつかれる前に数を落とす。


 アキヒトはペダルをわずかに踏み、ストレイ・カスタムの重心を低く構えさせる。灰の向こうでうごめく黒い影へゆっくり前へ出た。


 *


〈ノルン〉『前方に蜘蛛型キーテラ。約800。進路は白帯方向』


 コントラストが強まり、灰の影から細長い脚が何本も現れる。甲殻が擦れる硬い音が回線越しに混じりはじめた。


 その直後、景色が一瞬だけ合わなくなる。


 地面を這っていた灰霧が止まり、次の瞬間に足元へ引き戻された。風向きが変わったのではない。空気の層が入れ替わるように流れの向きだけが反転する。


 遠景の輪郭が薄く二重にずれ、杭灯の点滅が半拍遅れて見えた。


〈ノルン〉『環境異常。灰流反転。視界の層ずれを確認』


 HUDの数値が跳ねる。距離が0.2km単位で前後し、方位線が細かく揺れた。熱源マーカーが一度だけ横に滑る。


〈ノルン〉『測距不安定。補正を繰り返す』


〈ノイズ〉[ザッ]


 短いノイズが割り込む。電波の乱れというより感覚に引っかかる種類の音だった。アキヒトはLSL接続を一瞥し、異常表示がないことだけ確認する。


〈ラインガード観測〉『リフロー発生。各機、計器と視界の両方を過信するな。射撃は短く刻め』


 リフロー。灰が逆に流れ景色が歪む。原因は分からないが、出た瞬間だけ照準も測距も信頼が落ちる。ズレが一定ではないのが厄介だった。


〈ラインガード観測〉『目標集団は白帯から10km。地雷帯接触までカウント10――』


 声が一度だけ切れる。


〈ラインガード観測〉『9、8』


 地図表示の円と線が重なって点滅する。第一地雷帯は白帯から離れた外側に弧を描き、VOLKの3機はその内側、白帯寄りで待機していた。


 カウントの終わりと同時に地雷帯の地面が一瞬で白く光る。


 砂地が一斉に爆ぜ白濁した閃光が帯になって走る。爆圧が砂と灰を巻き上げ低い火柱が連続して上がった。だが、舞い上がった灰の落ち方が揃わない。熱風の流れも折り返し、破片の軌道が読みにくくなる。


 爆炎の奥でまだ動いている影が残っていた。


〈ラインガード観測〉『地雷帯作動確認。先頭列の約2割を破壊。残りは約640』


 煙が薄れ形を保った個体が再び寄る。先頭が消えた分、後続の塊がそのまま前へ詰めてくる。


 2割。想定より少ない。


〈ノルン〉『敵速度想定より高い。到達予測を更新』


 HUDに新しい予測ラインが引かれる。このままでは白帯直前に数が残りすぎる。


 アキヒトは照準を「当てる」ではなく「ズレる前提」に切り替えた。短く刻んで削る。距離を詰められる前に数を減らす。


〈アキヒト〉『VOLK-3、予定より手前で指揮個体を落とす。VOLK-2、撃ち始めを1km前倒し。距離を食われる前に削る』


〈リュウ〉『了解。上から頭を抜いていく』


〈ゴーシュ〉『ラジャ。前でまとめて吹き飛ばす』


 3機のマーカーが前へ出る。だが、また一度だけ表示が飛んだ。視界の端で灰の流れが反転する。


〈アキヒト〉『LSL、SYNC-2。初動だけ合わせる』


 電子音が2回。


〈HUD〉[同期確立: LSL/SYNC-2=有効]


 HUDの表示は一瞬だけ縁が二重になってすぐ戻る。リフローの中で同期を組む以上、揺れは織り込みだ。


 3機が同じタイミングで重心を落とす。リュウは狙撃の間を作りゴーシュは反動を受け止める腰を作る。アキヒトは踏み込みの初動を揃える。


 直後、足裏の反力が半拍遅れる。歩幅がわずかにずれ、狙撃の間が崩れ、砲身が数ミリ揺れた。


〈ノルン〉『同期揺れ。補正』


 アキヒトは機体の出し方を微調整し、ズレたままでも間合いが揃うよう寄せる。止まらないなら合わせ続けるしかない。


 高台のレイヴン・アイが先に火蓋を切る。


 細い閃光が走り途中でわずかに折れた。弾道ではなく層のズレが「見え方」を歪めている。リュウは即座に補正し同じ個体へもう1発。

 前列の奥で大きく動いていた指揮個体――腹部の噴出孔を開閉させていた中心へ光が吸い込まれた。噴出孔の縁が砕け個体が脚を折って沈む。


 群れの動きが一瞬だけ乱れる。動きが揃わず後列の一部だけが遅れた。


〈リュウ〉『指揮個体、沈黙。残りは腹の孔から順番に潰す。弾数、残り18』


 中央ではブルロアーが140mmキャノンを構える。両腕で銃身を抱え込み、腰を落として黒い塊の中心へ狙いを固定する。


 榴弾が飛び着弾。爆炎が上がり衝撃音が半拍遅れて追いかけてきた。前列がまとめて吹き飛び、砕けた殻の上を後続が踏み潰して前へ詰める。


 爆炎の位置がわずかに右へ寄っていた。数メートル。小さいが無視できないズレだ。


〈ゴーシュ〉『今ので10は飛んだ。榴弾残り11』


〈アキヒト〉『もう一列削れ。次は左に2メートル寄せろ。リフローでズレてる』


〈ゴーシュ〉『了解。弾代の請求はあとでまとめてやる』


 軽口のまま距離だけが詰まる。


〈ノルン〉『到達時刻を再計算。現在の削減率では白帯直前で約400体が残存』


 400。多すぎる。


 灰の地面が大きく揺れ、蜘蛛型が脚を広げたまま白帯方向へ一直線に進む。その進路上で、灰はまだ逆に流れていた。リフローが消えないまま、数だけが迫ってくる。


 アキヒトは自機の弾薬残量へ視線を走らせる。アサルトライフルは満載、予備マガジン3本。


 近接に出るしかない。


 リフローの中で間合いを詰めズレる前提で引き金を刻む。

 判断は終わった。あとは動かすだけだ。



――次回、第3話「二重の空、灰の翅」へ続く

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