表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第二章 合流点

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
111/114

第12話 冷めたコーヒー

 格納庫でストレイの応急点検が始まった。パイルの反動が残っていて、通常の整備ではないが、戻すための手順がある。


 ディエゴは工具を並べていて、その並べ方は一定で整然としていた。

 俺は横で見て、必要な時だけ短く指示した。


「そこ、結線を先に確認。次に固定」


「……了解」


 返事と同時に動くディエゴの動作は、無駄がなく正確で速い。


 ふいに現れた、ナロアが覗き込み、その手元を見た。


「手がいい。うちの整備に欲しいな」


 冗談の言い方だったが、評価は本物だ。


 ディエゴはどう返事していいかわからずに、視線を下げたまま作業だけを続けた。


 そこへラファエルが入ってきた。


「おいおい。口説くな」


 ナロアは肩をすくめ、笑いを引っ込めない。


「冗談だよ。けど本気で手がいい。うちの連中、こういう手順の固さは見習うべきだ」


「ディエゴはうちの要だ。整備ができて、乗れて、目がいい。こういうのは数がいない」


 ディエゴの返事が早くなる。


「了解」


 次の工程へ移る手が速くなる。


「ほら、そういうとこだ。任務でも整備でも、手順を崩さない。——勝手に引き抜かれたら困る」


 ナロアは笑いを返した。


「はいはい。作業の請求書は団へ、だね」


 俺は工具を受け取りながら、口元だけがわずかに緩むのを感じた。


 仕事の手は止めないまま、肩の奥に残っていた硬さが一段落ちる。


 補給が回り、格納庫の騒がしさが少し落ち着くと、ラファエルは俺を食堂へ誘った。


 通路でまた子ども区画の前を通ると、ディエゴが扉のそばにいて、子どもと同じ高さに屈んで何かを渡していた。


 子どもの笑い声の中で、ディエゴの肩の力が抜けている。俺とラファエルは声をかけず、そのまま通り過ぎた。


 食堂のコーヒーは薄い。だが、温度があるだけで助かる。ラファエルは椅子に座る前から話し始めた。


「聞いたよ。ベヒモスを落とした部隊がいるってな。いい噂は足が速い。灰の上でも、ちゃんと走るらしい」


「噂は勝手に増える」


「それも悪くない。守る側の名前が外に届くのは、必要なことだ。クレイブアクトの名も、最近はよく聞く。団の格が上がれば、面倒も一緒に増えるだろうが……まあ、お前たちなら捌くだろう」


 ラファエルの饒舌さが、場の空気を動かしていく。


 俺は短く返していたのに、返す間がずれる。話の角度が次々変わるせいだ。ラファエルはそれを気にせず進める。


「今日の件も、ただの遭遇戦じゃない。企業の匂いがする。アストレイア……いや、やめておこう。確証のない名を出すのは、あまり品がない」


 言いかけて切った。切ったこと自体が、何かを知っているように見える。


 俺はそこで、話題を戻した。


「ディエゴは、整備が上手い」


 ラファエルが一瞬だけ口を止めてから、笑いを入れずに答えた。


「そうだな。読み書きは得意じゃない。計算も速くはない。人との距離も、ときどき測り損ねる。だが、手順を間違えない。灰の中でそれがどれだけ強いか、お前なら分かるだろう」


 カップを置く音が小さく鳴った。


「最初は整備で入った。工具の位置、部品の向き、締める順番。いつ見ても同じだった。あれは才能だ。派手じゃないが、命を預けられる」


 ラファエルの目が、一瞬だけ遠くを見る。


「ただ……本人はずっと乗りたがっていた。RFにね。憧れというやつだ。だが周りは見なかった。整備ができるなら、それで十分だと決めつけた」


 俺は返さなかった。


「そこにつけ込む連中がいた。乗せてやる、と言った。いい言葉だ。使い捨てにするには、あまりにも都合がいい」


 説明は増えない。どんな任務かは言わない。言わないほうが重かった。


「帰ってきた時は、ぼろぼろだった。……だが戻ってきた。敵のRFを動かしてな」


 ラファエルの指がカップの縁を一度なぞり、離れる。


「操縦なんて、誰も教えていなかった。なのに動かした。帰る方向も間違えなかった。その時にようやく分かった。俺たちが見落としていただけだ。あいつは、整備士で終わる人間じゃない」


「俺の隊に入れた。今度は、使い捨てにさせないために」


「資質があるなら、乗せる。合理的だ」


「ああ。合理的だ。……そう言ってくれると助かる。俺はどうも、身内のことになると少し喋りすぎる」


「自覚があるなら、まだましだ」


 ラファエルが小さく息を吐いた。


 笑いにならない笑いが、空気を少しだけ軽くする。


 俺はカップの縁を見たまま、短く言った。


「操縦は崩れてない。今日も上を維持した。生き残れる」


 評価はそれだけだ。慰めも条件もつけない。ラファエルは返事を急がず、コーヒーを一口飲んだ。


「お前がそう言うなら、あいつには届く。俺の言葉より、外から来た戦友の評価のほうが効くこともある」


「で、さっきの偏りだ。キーテラが黒のRFを襲わない。護衛のRFへ向く。おかしいと思わないか。偶然にしては、狙いが澄みすぎている」


「匂いだけなら、捨てろ。確定が出てから撃て」


 ラファエルが笑う代わりに、頷いた。


「その通りだ。撃つなら、証拠ごと撃たないとな。……企業の試験機が増える。新型が現場へ落ちてくる。灰の中へ、平気な顔でな」


「新型機? どんなのだ」


 通路側の気配が変わった。ディエゴが、いつの間にか食堂の入口近くに立っている。

 同時に、ノルンの淡い通知が、俺の端末に一行だけ落ちた。


〔対象選別に偏り。白帯およびRFを優先〕


 画面はそれ以上を語らず、すぐ暗くなった。


 ラファエルはディエゴの存在に気づき、カップを置いた。何かを言いかけて、そのまま口を閉ざした。ディエゴは視線を落としたまま、何も言わず通路へ戻っていく。


 その背中を、ラファエルは追わず、ただ見送っている。


 カップの底に、冷めたコーヒーだけが残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ