第11話 戦友と呼ぶ声
ヒロのバッファローが、ストレイ・カスタムの背へ寄った。俺は機体をその支えに合わせた。
ラファエル隊はまだ前で戦っている。今のうちに下がるしかない。
『やあ戦友、パイルバンカーをうまく決めたな』
ラファエルの声だった。
『どうでもいい。そっちの弾薬と推進剤はどうだ』
『そろそろ尽きるな。だが戦闘の終わりは見えている、問題はないだろう。お前は後ろに下がってろ』
『既に後退済みだ。黙って戦闘に集中しろ』
ラファエルが短く笑った。
『すまない。仕事の終わりが見えると口がよく回るようになる質なんだ』
『傭兵にしてはずいぶんと楽観的だな。そもそも、ここは俺たちの担当エリアじゃない』
『だからなんだ? 勝手に介入してきたのはそちらさんだ。雇い主ならともかく、俺たちに文句を言われる筋合いはないぞ』
『お前たちだけじゃ、俺たちのエリアも危なかった』
『確かにそうだ。お前たちが来なかったら、かなりまずいことになってただろ、文句を付ける気はない』
『わかってるならとっとと仕事に戻れ』
『まぁ、そういうな。仕事はもう殆ど終わったんだ。あとは味方がやってくれるさ。そんなことより、さっきから気になってたんだがそのパイル。何処の製品だ?』
『はっ? お前――』
言いかけたところで、ヒロの回線が割り込んだ。
『私語は慎め、まだ作戦中だぞ』
遠い回線から、ゴーシュの声が混じる。
『おいおい。今の、アキヒトか? ずいぶん喋るじゃねえか』
ポチがすぐに返した。
『茶化すな。砲撃を続けろ』
ガンモも続く。
『珍しいのは確かだろ。あいつ、調子悪いほど口が回るのかよ』
『お前らは黙ってろ。雑音を増やすな』
俺が返すと、ゴーシュが笑いを残したまま答えた。
『はいはい。さっさと帰って来いよ、前衛二人。こっちは無傷だ』
ストレイ・カスタムの左脚が一度遅れたが、ヒロのバッファローが半歩だけ先に入り、崩れる前に支えてくれる。俺は銃口を下げた。
ラファエルが最後に言った。
『VOLK隊に改めて感謝する。』
『了解』
黒いRFは逃げた。だが、キーテラはまだ残っている。
それでも、大した数ではない。残りはもうすぐ到着するカルディアの増援部隊が片付けるだろう。
ストレイ・カスタムはバッファローに支えられながら、白帯から距離を取る角度で後退した。
*
合流点の表示が落ち着いた頃、ヒロのバッファローが回線を切り替えた。
『こちらVOLK-6。ストレイが自走不能。電源が切れかけてる。回収班を寄こせ』
画面の端で、ストレイ・カスタムの残量表示が赤く点滅している。
脚部駆動はまだ生きている。だが、まともに歩かせれば途中で脚部が分解する。パイルを撃った左腕も戻りが鈍い。
『了解。回収班を出す。座標送れ』
グレイランス管制が返す。
『了解。すぐに送る』
前方では、ラファエル隊がまだ射撃を続けている。そこへ、カルディアの増援が入った。
『こちらカルディア第七戦術RF大隊。合流点に到着。残敵掃討に入る。敵主力の掃討はこちらが引き受ける。傭兵各隊は、周辺に散ったキーテラの掃討に移れ』
『了解。増援に感謝する』ラファエルが返す。
カルディアのRFが前に並んだ。残ったキーテラを正面から撃ち、数を減らしていく。
『第七大隊、中央前へ。残りは少ないが踏み込みすぎるな、各機連携して残敵をしろ』
『了解。中央へ前進し残敵を掃討する』
合流点の赤い反応が減っていく。
黒いRFが消えたあと、キーテラの動きはばらけていた。個体ごとに跳び、這い、近い熱源へ向かうだけになっている。
カルディアの増援が正面から削り、ラファエル隊が漏れを塞ぐ。ルイスが短く撃ち、赤い反応が消えた。
『合流点、残敵なし、RTB』
カルディア第七戦術RF大隊の声が回線に流れた。
『掃討は完了した。傭兵諸君に感謝する。報酬の増額を上に掛け合っておこう』
『こちらエリュシオン・アクトRF部隊。感謝する』
俺は銃口を下げたまま、表示だけを見ていた。
ストレイ・カスタムの残量は、まだ赤く点滅している。
戦闘は終わった。だが、自力で帰れる状態ではなかった。
*
ストレイは動かない。ノルンの表示だけが、緊急停止を維持していた。
灰を巻き上げながら、グレイランスの回収班が白帯の外縁へ入ってきた。
バッファローが姿勢を落とし、ラダーが下りる。
「アキヒト、出られるか」
「問題ない」
俺はストレイの脇に降りた。
少し離れた位置で、ヴァローナの上部も開いた。ラファエルが地上へ降りる。戦闘服の上に薄い外套を羽織り、灰を払う動作もせずに立った。
背は高くない。だが、立ち方が硬い。
ラファエルの視線が、先に状況を拾い、次に部下の位置を確かめ、最後にヒロへ向いた。
ラファエルが軽く手を挙げた。ヒロも短く手を挙げて返した。
俺はストレイの脇に立ったまま、機体の状態と周囲を見比べていた。
高台から戻ってきたディエゴが、遅れて降りてきた。背丈はあり、装備も正しく着ている。なのに、立つ位置が少し迷っていた。
目線が落ち着かない。言うべき順番を探しているのが分かる。
ラファエルは視線だけで「待つ」を示している。
「……防衛線は、維持した。黒は……落とした。白帯は……割ってない」
「十分だ。よくやった」
*
撤収線へ寄せる途中、崩れた礼拝堂の残骸が視界に入った。
外壁は半分落ち、四角い開口部の枠だけが残っている。中は抜けていて、柱の影が灰に沈んでいた。
『……各機……隊列は崩すな』とラファエル。
言いかけた別の言葉が、そこで切れたのが分かった。
ルイスもマルコも返事が短いまま、余計な音を出さない。
ディエゴが一瞬だけ速度を落とした。止まりかけたところで、ラファエルのヴァローナが同じ速度に揃う。
何かがあったことだけは伝わってくる。
理由は置かれないまま、撤収の速度が戻った。
*
回収車両がストレイを固定し、牽引の角度を取った。整備員が短く合図を出し、ゆっくりと機体が動き出す。
ラファエルが回収班へ向けて言った。
『補給を回してくれ。請求はあとで団へ』
『了解。補給口を開ける。規定量だけだ』
俺は牽引されるストレイの姿勢を見た。電源を失った機体は、もう戦力ではない。移動するだけの重量物だ。
それでも、置いていくわけにはいかない。
ストレイを守るために、周囲の機体の位置が少しずつ変わっていく。
*
グレイランスの艦内へ入ると、外の灰が少し遠くなった。
補給と点検の合間に、ラファエルと俺は通路へ出た。言葉は少ないまま、歩く速度だけが揃っている。
子ども区画の前で、ディエゴが立ち止まっていた。入っていいかを決められず、手を下げたまま固まっている。俺は一歩だけ近づいた。
「入りたいなら、入れ」
ディエゴは頷きかけて、言葉を探した。視線が扉の表示へ行き、また戻る。
「……大人と話すの、難しい。ここは……違う。子どもは、分かる」
言い方は不器用で、説明になり切っていない。それでも、足は扉へ向いていた。
ディエゴは視線を落としたまま続けた。
「俺、みんなと……ちがう」
「それを誰が言った」
俺は一歩詰めて、ディエゴの前に立った。
「手順が崩れないなら十分だ。くだらない声を聴くな」
ディエゴの目が輝いた。俺をまっすぐ見つめたまま、口元が動きかけて、唇を噛む。
「……了解」
扉が開き、子どもの声が近づいた。ディエゴの肩の力が少し抜け、足取りが速くなる。
ラファエルはそれを見て、何も言わずに歩き出した。




