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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第二章 合流点

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第10話 断片

『遠距離じゃ抜けない』アキヒトは言った。『キーテラを盾にされる』


『リュウ、黒への狙撃は中止。周囲の跳躍個体を落とせ』


 とヒロ。


『了解。黒を守る個体を削る』


 ヒロの回線がアキヒトへ戻る。


『行けるか』

『行くしかない』


 その返答のあいだも、ラファエル隊は前を受けている。ルイスが踏みとどまり、ラファエルが半歩ずらして穴を塞ぐ。勝ちに行く動きではない。崩さないための動きだ。ラファエルが無線を入れてきた。


『ストレイ、何か見えたか』


『黒を抜く。群れの押し方が変わるはずだ』


『狙撃で無理なら、近いところで切るしかないな』


『そうする』


『いい判断だ。こっちで前を持つ』


 ノルンが淡く鳴る。


『電力、低下。出力制限が近い』


 無理はいつものことだ。


 アキヒトは重心を落とした。ストレイ・カスタムの脚部が短く沈み、次の瞬間に前へ抜ける。ヒロの火線が一度だけ厚くなり、ラファエル隊の前に開いたわずかな通路へ押し込む。


 黒いRFがこちらへ頭部を向け、右腕が上がった。短い銃身。カービンライフル。

 発砲。


 弾が灰霧を裂き、ストレイ・カスタムの左肩をかすめた。装甲表面が弾け、警告枠が一つ灯る。アキヒトは止まらない。機体を低く倒し、足元へ飛び込んできたキーテラの背甲を踏んだ。


 甲殻が割れる。ストレイ・カスタムの脚が沈み、その反発で横へ跳ぶ。


 アキヒトは跳ねたキーテラの胴を左腕で掴み、半ば投げるように前へ出した。カービン弾がその胴を貫き、濁った体液が灰霧に散る。肉片が装甲へ叩きつけられる。黒いRFの銃口がわずかに遅れた。


 ストレイ・カスタムはさらに詰める。


 横から来たキーテラの脚が膝へ絡もうとした。アキヒトはライフルを向けない。右脚を引き、絡む前に脛で払う。崩れた個体を右腕で掴み黒いRFの射線に投げる。


 弾はキーテラを抜き、ストレイ・カスタムの胸部装甲を浅く削った。衝撃がコクピットへ伝わる。座席が一度だけ硬く跳ねた。


『胸部外装、軽微損傷』ノルンの報告。


『わかってる』


 アキヒトは短く返し、姿勢制御を切り替える。

 群れがアキヒトへ襲いかかる。その時、黒いRFが後退した。



『逃がすか』


 ストレイ・カスタムが踏み込む。


 黒いRFのカービンがもう一度火を噴いた。アキヒトは避けない。直前で左肩を入れ、装甲の厚い角度で受ける。弾が肩を削り、破片が視界の端へ飛ぶ。


 そのまま、左腕を前に出した。パイルバンカー。


 黒いRFが対応するより早く、ストレイ・カスタムの左腕が機体の中央に届いた。

 杭が撃ち出される。


 金属を貫く音が、機体のフレームを伝ってコクピットまで響いた。黒いRFが貫かれた。装甲の内側へ入った手応えは、コクピットを貫いたときのそれとは違う。硬い殻の奥に、柔らかいものが一段だけ遅れてある。その瞬間、LSL状態モニターが一度だけ乱れた。


[LSL干渉値:OVER]

[外部神経信号:検出]

[接続対象:不明]


 表示はすぐに消え、通常値へ戻る。アキヒトはその三行だけを見た。いまのは、機体側の反応じゃない。


 視界の端に、別の警告が割り込んだ。

 噛み合うはずのない感触が混ざる。意識の端に、無機質な表示が割り込んだ。


〔MEM同期:確立〕

〔主制御系:障害発生〕

〔主コンピューター機能:停止〕

〔制御中枢:損傷〕

〔作戦続行:不能〕

〔優先順位:機密保持〕

〔優先順位:データ回収〕


 その下へ、誰のものか分からない断片が落ちてくる。


 灰の薄い夕方。


 庭の隅。笑い声。


 名を呼ぶ声。手袋の匂い。


 狭い部屋の卓上。二人分の湯気。冗談。


 笑いの途中で、急に黙る気配。


 広場の明かり。離れる背中。


 追わない約束。言わない言葉。


 また表示が重なる。


〔契約:AST-外注枠〕

〔回収可能データ:保持〕

〔離脱シーケンス:開始〕


 断片がさらに混ざる。幼い頃の写真。誰かの肩章。泥だらけの靴。帰投の列。誰かの「おかえり」。それらが次の瞬間には押しつぶされる。


 そこにあるのは、人間の記憶の残りだ。なのに、命令だけは削り切られている。


 自我のない脳が、まだ命令だけで動いている。


 アキヒトは理解したくなかった。理解した瞬間に、貫いたものの形が変わる。

 黒いRFの一部が、内側から弾けるように分離した。


 パイルバンカーで貫かれた部分ごと、腹部から胸部にかけての外装が切り離される。装甲片が灰の上へ落ち、内部の黒い束が一瞬だけ見えた。ケーブルではない。冷却管でもない。濡れた肉と配線が混ざったようなものが、破断面の奥で震えていた。


 次の瞬間、隔壁が閉じる。黒いRFの背部ラックが展開した。折り畳まれていた大型ブースターが左右へ開く。


 噴射。


 轟音が地面を叩いた。灰が下から巻き上がり、キーテラの死骸と砕けたコンクリが煙の中で転がる。黒いRFは地上を一瞥もせず、垂直に空に舞い上がった。


 アキヒトはライフルを上げた。重厚がが黒いRFを追う。灰霧の中で噴射炎だけが縦に伸び、機体の輪郭はすぐに崩れた。アキヒトは撃つ。


 だが、弾はブースターの下を抜け、灰の層に消えた。


 さらに撃つ。黒いRFはさらに上へ逃げる。大型ブースターの煙が射線を潰し、照準が一瞬遅れる。ラファエルの声が割り込んだ。


『撃つな、ストレイ』


 アキヒトの照準はまだ上を追っている。


『まだ届く』


『届かない。高速上昇中だ。煙も濃い。今の距離じゃ弾の無駄だ』


 噴射音だけが残り、機体の輪郭は見えなくなる。


『周りを見ろ。キーテラはまだ残っているんだぞ』


 ラファエルの声は荒れていない。だが、止める力があった。


『戦いはまだ終わってない』


 アキヒトは照準を切った。


 ライフルの銃口が下がる。灰霧の奥で、キーテラの群れがまだ動いていた。


 黒が消えたと同時に、群れの動きが変わった。統一されていた流れが切れ、個体ごとの飢えだけが前に出る。ラファエルがすぐに言った。


『全機、今のうちにキーテラの数を減らすぞ!』


『挙動変化。偏り消失。通常群に戻る』リュウの声。


『全機、残敵処理。白帯へ寄せるな。ルイス、前を維持。マルコ、左をやれ。ディエゴ、流れを曲げろ』


 ラファエルが順番に名を呼んだ。


『了解』とルイスが返し、


『左はまかせろ』とマルコが続き、ディエゴの声だけが少し遅れた。


『み、見えてます。三体、奥から来る……今です』


 ラファエル隊の動きが戻る。そこへヒロの援護が重なり、アキヒトも残った力で近い個体から落としていく。


 もう群れは一枚岩ではない。頭を失った群れの動きだ。危険はある。だが読める。


 アキヒトは近距離へ踏み込み、脚を狙い、関節を落とす。頭が残って動く個体は二発目で止める。ラファエルが受ける側へ半歩出て、ルイスがその外を固める。


 マルコのヴァローナが横から火線を差し込み、ディエゴが白帯へ寄りそうな個体だけを先に叫ぶ。


 背後でバッファローが一体の横腹を砕いた。重い音がして、前の塊が崩れる。


『とにかく削れ!』ヒロが言った。

『分かってる』


 返しながら撃つ。白帯の上の人影がまだ揺れている。守る側が残っているかぎり、あれは前へ進む。


 最後の頭部が砕けた。群れの動きが消える。遅れて静けさが来た。

 アキヒトの機体はそこで止まった。出力表示が底に張りつき、脚の反応が鈍い。操縦系の入力だけが虚しく残る。

 戦場は静かになった。だがアキヒトの中は静かにならない。さっき流れ込んだ断片がまだ残っている。


 灰の薄い夕方。笑い声。

 湯気の立つ卓上。冗談。

 広場の明かり。離れる背中。


 その上に、無機質な表示が重なる。


〔MEM同期:残滓検出〕

〔回収対象:離脱済〕


 あれは機体の反応じゃない。人間の癖だ。言葉になる前のためらいで、パイルが抜ける瞬間に途切れたはずのものが、まだどこかで続いている。


 アキヒトは自分の左腕を見た。貫いたのは装甲だけじゃない。守るために、壊した。その相手が、ただの標的ではなかった。


 アキヒトは通信を開こうとして、やめた。声にすれば、あの断片まで言葉になって出てくる。代わりに表示を一つずつ消す操作をした。同期解除。警告の抑制。ログの固定。


 指先が、思った通りに動かない。


 白帯の無傷表示だけを確認して、目を戻せないまま、そこに留まった。

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