第9話 黒
合流点は、旧インターチェンジの残骸だった。
崩れたランプの下に、割れたコンクリが段になっている。白帯はその段差をなぞるように通り、車列と避難の流れが同じ場所へ寄ってくる。
その外縁で、カルディアのRF小隊が後退戦をしていた。機体は四機。いずれもカルディア正規部隊の量産機だ。装甲は灰に汚れ、肩の識別灯だけがかろうじて見える。前に出た二機が撃ち、後ろの二機が角度を変えて群れの横を削る。だが、キーテラは止まらない。脚を撃たれても這い、胴を割られても頭だけで前へ来る。
『第四小隊各機、近すぎる。二百メートル後退するぞ。スラスターを噴かせ』
隊長機の声が無線に走った。四機が同時に後退噴射へ入る。背部ノズルが開き、灰が横へ流れた。三機はそのまま後ろへ滑る。射撃を切らず、脚だけを下げる後退だった。
しかし、一機だけが残った。三番機の背部ノズルが開いたまま、火が出ない。機体は半歩だけ下がり、そこで止まる。足元の灰が吹かれず、キーテラの群れだけが前へ詰めた。
『三番機。どうした』
『た、隊長。スラスターが……作動しません』
『歩け。急いで後退しろ。馬鹿者』
三番機が脚を引く。だが遅い。RFの巨体が一歩を作るあいだに、キーテラは三体、五体と距離を潰した。
『駄目です……キーテラが、目の前に』
先頭の一体が跳んだ。キーテラの顔が画面の端へずれ込む。複眼が並び、濁った黒い粒のひとつひとつに、白帯の灯りが小さく映っていた。開いた口の奥で、湿った歯のようなものが擦れ合う。
『う、うわあああっ!』
『三番機!』
その時、灰霧の横から白青い尾が突っ込んだ。
ストレイ・カスタムだった。
スラスターを全力で噴かしながら、三番機の胸へ乗りかけていたキーテラの横腹へライフルを叩き込む。
三点射。
至近距離で、キーテラの腹が破裂した。
三番機のフロントカメラいっぱいに映っていた黒い節が、内側から裂ける。甲殻の割れ目から濁った体液が噴き出し、白帯の灯りを映していた複眼がいくつも潰れた。粘った液がカメラに叩きつけられ、映像が黒と灰色に滲む。
『ひっ……』
三番機の操縦者の息が、無線に漏れた。
ストレイ・カスタムはそのまま三番機の前へ滑り込んだ。
排熱が灰と体液の霧を吹き散らす。白青い尾の向こうで、ストレイ・カスタムの背中が立つ。右腕にはライフル。左腕は低く構え、三番機とのあいだに割って入っていた。
『こちらクレイブ・アクト所属、VOLK1』
声は低く、短かった。
『お前は後退しろ』
『す、すまない。助かった。後退する』
三番機が下がる。膝の動きが重い。ストレイ・カスタムは三番機の前に残り、迫ってくる群れの先端へライフルを撃った。三番機が下がるだけの隙ができ、数秒で、後退路が開いた。カルディアの部隊が態勢を立て直し、射線を戻す。隊長機が三番機を庇う位置に入った。
『第四小隊、損傷機を下げろ。前面は一時こちらで受ける』
『了解。VOLK-1、支援に感謝する』
アキヒトは応じなかった。
前方の群れの奥で、別の四機が動いている。キーテラに対して巧みな近接戦闘を仕掛けるその戦い方は、カルディアの正規部隊とは動きが違った。
ラファエル隊だ。
『こちらVOLK隊。クレイブ・アクト所属の傭兵だ。貴隊を援護する』
『了解。感謝する』
ヒロが聞いた。
『ラファエル隊、状況は』
『見ての通りだ。数千のキーテラが来襲し、十数機のRFだけでは殲滅しきれないのが現状だ。カルディアの増援が来れば、状況は変わると思うが』
『つまり時間を稼げばいいってことだな』
『その通りだ。だが、ひとつ妙なことがある。襲来しているキーテラだが、不思議なことに白帯を無視し、護衛のRFばかりを狙ってきている。白帯に被害が出ないのは良いことだが、こうも群がられると連携に支障が出る』
『了解。とにかく今はキーテラの数を減らすことに集中する』
少し間があった。
『同じ目的だ』ラファエルが言った。『VOLK隊の力、見せてもらうぞ』
言葉が切れた。切れた瞬間、動きが揃う。
ラファエルとルイスが前へ出て、群れを受ける位置を固定する。マルコとディエゴが左右へ散り、RFへ飛びつく個体を横から落とす。若い声が割り込んだ。ディエゴだ。
『右、右に多い。えっと……白帯の脇、そっち!』
焦っているのに、指示は正しい。アキヒトは迷わず、その「そっち」へ機体を滑らせた。ストレイ・カスタムの反応が言葉より先に出る。アキヒトが撃つ。マルコが次を落とす。群れの厚みが減る。背後にバッファローが回り込み、ヒロが援護の射線を作る。
リュウの報告。
『合流点、北高台。射線が取れた』
アキヒトの画面に、落ちた個体数が積み上がる。
『白帯へ寄る動きが薄い。RFへ固まってる』リュウがまた言った。
ヒロが短く返す。
『見えてる』
ラファエル隊の弾薬表示が赤へ寄っていく。無線が短くなる。撃つ間隔が詰まる。焦りは出さないが、余裕は削れていた。
『残弾が少ない。左の群れをまとめて落とす』
マルコが言い、すぐルイスの声が続いた。
『前はなんとか持たせる』
アキヒトは群れの向こうを見た。黒いRFが、まだ外縁を流れている。撃ち込むでもない。引くでもない。群れの押し方だけが、あれの位置に合わせて変わる。
キーテラは白帯へは寄らずに、護衛RFへ集中している。偶然ではない。
『ヒロ。あれが核だ』とアキヒト。
『見えてる。根拠はあるのか』
『群れの流れが、あいつの位置で折れてる。あれは……誘ってる』
『リュウ。黒い機体を抜けるか』
右翼高地のレイヴン・アイが、すぐに照準線を伸ばす。灰霧の層を避けるように、狙撃用の細い射線が群れの上を通った。黒いRFの胸部へ、赤い測距枠が重なる。
『距離は取れる。胸部中央、狙える』
『撃て』
短い発射音。弾道はまっすぐ黒へ向かった。その直前、群れの一部が跳んだ。キーテラが一体、黒いRFの前へ割り込む。偶然そこに出た動きではない。脚をたたみ、腹をこちらへ向け、胸部の位置を隠すように空中で広がった。
狙撃弾がその腹を抜いた。
甲殻が裂け、体液が灰霧の中へ散る。だが黒いRFには届かない。弾はキーテラの胴を抜けたところで角度を失い、奥の瓦礫へ弾かれた。
『外された。いや、盾にされた』リュウの声が低くなる。『もう一発。今度は脚部関節を狙う』
レイヴン・アイが照準を切り替える。黒いRFの膝下へ枠が落ちた。歩行を奪えば十分だ。逃がさなければ、あとは囲める。
リュウが撃つ。今度は二体が動いた。
一体が地面から跳び、もう一体が横から体を投げ出す。黒いRFの脚部が見えたのは一瞬だけだった。直後、キーテラの背甲が射線を塞ぐ。
着弾。
背甲が砕け、折れた脚が飛び、黒い液が霧に混じった。だが黒いRFは一歩も止まらない。むしろその破片の陰で、半歩だけ後ろへ流れた。
『二射目も防がれた。黒の周囲だけ動きが違う』
『こいつら、守ってる』
アキヒトも見ていた。黒いRFの周りだけ、群れの流れが逆になる。護衛RFには食いつく。倒れた機体には群がる。だが黒の前にだけ、キーテラは自分から体を差し出していた。




