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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第二章 合流点

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第8話 余白の千人

アキヒトはストレイ・カスタムのコクピットで、幹線側の回線に残った言葉を頭の中でなぞった。


「幹線は一本だ」


 支線には回らない。人はいるのに、手は足りていない。その上を、千人が歩いている。


 艦の子どもと、この千人。どちらかを選べと言われたら、答えは決まっている。だが、それで良いのか。問いだけが残り、次の操作がそれを押し流す。


〈外気灰濃度、上昇。視界、低下傾向〉


 表示された数値を受け、機体の姿勢を一段締める。

 そのとき、幹線側の回線へ別の声が割り込んだ。カルディア管制だ。


『コード23。幹線E-7前方、キーテラ数千体を確認。第八警備RF大隊各機は迎撃行動に移れ』


 カルディアの各部隊から了解が重なる。


『ラファエル隊へ通達。前衛に展開、キーテラの進行を遅滞せよ』」


 その直後、回線が重なった。


『前方、変な反応だ。来るぞ。幹線側、接触。識別コードの頭にRAFが付いている』


 リュウが北高台から、淡々と告げた。声が乾いている。遠距離の観測は、感情を落とさないと持たない。


 画面の端に四機の味方識別が並び、隊長機の欄にラファエルの名が表示される。


 次の瞬間、灰の霧が裂け、蜘蛛のような影が路面から湧いたように抜ける。キーテラだ。数が多い。外殻が硬く、脚が折れても止まらない。白帯護衛では一番警戒する相手だ。倒れた個体を踏み越え、後ろが次々と前へ出てくる。



『幹線、やばいぞ。数が違う』


 ポチの声が掠れた。


 回線が一気に重なる。リュウが数を読み上げ、ガンモが火線を叫び、ポチが次々と動きを拾う。情報が雪崩のように流れ込む。処理が追いつかない。


 そのとき、手が動きかけて——止まった。


 マップの端に、光が一つ、生まれた。


 動かない。


 味方識別でも、敵識別でもない。黒一色。所属表示は完全な空白。群れの只中で、ただそこに在る。


 キーテラが、寄らない。


 触れるほどの間合いで機体を通り過ぎる。牙を剥かない。向きを変えない。まるでその黒が空間に穴を穿ったかのように、群れは自然と左右に割れていく。


 ……おかしい。


 言葉にならない違和感が、喉の奥で粘る。

 回線の声が、唐突に絶えた。戦場のノイズすら、薄れていく。世界が息を潜めていた。


『……なんだ、あれは』


 ガンモが、かすれた声で漏らす。誰も続かなかった。


 黒いRFは戦場の外縁を流れる。撃ちやすい位置にも、危ない角度にも入らない。細い。ヴァローナ系に近い軽い輪郭だが、塗装も背の形も見慣れない。背部ラックのレドームだけがやけに張り出して見えた。


『脚線と肩の形状から見るに、ヴァローナ系だな』


 リュウが言った。


『ただし通常型じゃない。ラックを足しただけの改造機でもなさそうだ』


『改修型か』


『近いが、それだけじゃない。あれは機材を載せただけの現用機じゃない。特殊任務用に改修された専用機だ』


 そのすぐ脇を、キーテラの群れが抜ける。触れそうな距離で脚先が擦れ、外殻の粉が舞う。だが群れは黒のRFへ向き直らない。噛みつかない。黒い機体はそのまま歩き、何も起きない。


『人を無視するのか』


 口にしてから、自分で異常の形が固まった。今までのキーテラは白帯へ寄り、その途中にいる人間も巻き込んで壊してきた。今日は違う。護衛RFから先に潰しに来ている。


『対象の偏り。黒は回避。護衛RFへ集中』リュウが観測だけを置いた。


 その乾いた声の向こうで、幹線側の回線が一段騒がしくなった。ラファエル隊の声が、混線の隙間から飛び込んでくる。


『ルイス、前で受けろ。白帯は踏むな。マルコ、右へ回って削れ。ディエゴ、敵は見えるか』


『了解』


『数が増えているな。右に回る』


『え、えっと……灰、濃い……でも、来る方向、見えます。二列、いや三列……』


 ディエゴの報告は詰まる。だが情報は正確だ。ラファエルは急かさない。待って、拾って、必要な判断だけ返す。


『いい。分かった。車列は動かす。止めるな。白帯の上に乗せるな』


 四機が散る。隊長機が中心に残って前を受け、ルイスのエクイテスがその外で厚みを支える。マルコのヴァローナが側面を削り、ディエゴは死角を見て外から回り込む個体を先に落とす。互いの背中を守る順番が、最初から決まっていた。


 合流点の映像は荒れていた。灰と距離で輪郭が潰れ、見えるのは機影の位置と火線の向きくらいだ。ラファエル隊の四機が散っていること、黒いRFが群れの中にいること、その程度しか取れない。だが無線は違った。


『おい、あの黒いRFが撃ってきてるぞ。キーテラの中からだ』


 ポチの声だった。


『発砲を確認。ラファエル隊方向。合流点側、押されてる』


 リュウが続ける。


『あいつ……喰われねえのかよ!』


 ガンモが吐き出すように言った。


 画面の端で、識別枠のひとつが前へ出る。


 マズルフラッシュが連続し、火線が群れの先頭を削る。崩れた隙間に次の列が流れ込み、埋め直す。削り切る前に距離が詰まる。


 脚を踏み替えた瞬間、前列のキーテラが跳んだ。


 右腕がライフルから離れた。


 左腕は片手でそのまま銃を構え、連射を止めない。右腕はそのまま外装を滑るように後方へ引き抜き、刃の柄を掴む。


 一連の動作に無駄はなかった。振り抜いた刃が、飛びかかってきた個体を真っ二つに断ち切る。


 破片が散るより早く、機体はスラスターを咆哮させ、後方へ鋭く抜けた。


 いくら削ってもキリがない。詰められる。もう一度、距離を切り直す余裕があるかどうか、その判断だけが残る。


 前列の一機が弾幕を張って群れを止めにかかるが、数は減らない。


 弾かれた個体が左右へ散り、脚部に次々と絡みついてくる。機体は右脚を大きく振り上げ、踏み潰した。


 乾いた破砕音とともに、キーテラの外殻が粉々に砕け、体液が黒く飛び散る。


 さらに脚を振り抜き、残った二体をまとめて蹴り飛ばす。


 地面に叩きつけられた個体が、内臓のような粘液を大量に噴き出して痙攣した。踏みつけるたびに、湿った肉を潰す音と乾いた殻の破砕音が混じり合う。


 発砲。短い連射。


 側面から射撃が入る。弾は群れの縁を削るだけで止まらない。灰が跳ね、破片が低く走る。着弾の煙がすぐに飲まれ、次の群れがそこを埋める。


 一機が高所へ移動し、上から撃ち込む。群れの奥で一部が動きを止める。それでも前列は止まらない。


 黒の周りを、キーテラが走り抜ける。粉塵が舞うだけで、噛みつかない。異常が、異常のまま続く。


 ストレイの腕を上げかけて止めた。ここから撃っても届かない。支線白帯のすぐ脇には人がいる。離れれば、この列が薄くなる。


『このままだと、合流点が持たない』


『VOLKの任務はここだ。この支線からは離れない』ヒロの声は硬い。


 責任の置き方が違う。ヒロは今目の前の列を見ている。自分は、その列が向かう先を見ていた。


 モニター映像の中で、火線がまたひとつ増えた。カルディアの復唱が崩れ、ラファエル隊の返答がさらに短くなる。


『まずいな……。カルディア部隊の被害が大きい』


 リュウの声だった。

『くそ! また一部隊食われた』


 硬い音が混じった。金属か、樹脂か。回線越しでも、何かが当たった音だと分かる。


『このままじゃ押し切られる』


 判断が固まった。


『支援に回る。合流点が潰れたら、こっちもただじゃすまない』


『分かってる。分かってるが――』ヒロの言葉が途切れる。


 幹線側で爆発が一つ。ラファエル隊は前を受け続けているが、キーテラの数が増していく。黒いRFはまだ、群れの中を漂っていた。


『俺とヒロで行く。他は支線は残った方がいい。こっちは合流点側の護衛に加勢して、崩れそうな所だけ塞ぐ。長居はしない。すぐに戻る』


『おい。前が二人抜けたら、こっちの戦力が薄くなるぞ』ゴーシュが言った。


『分かってる。だからお前らを残す』


 戦術表示を拡大し、支線と合流点が同じ縮尺で見えるように揃える。指先で支線側の警戒範囲を指定してゴーシュたち三機へ共有し、次に自分とヒロの移動先を合流点手前に登録する。幹線側は、もう崩れ始めている。


『ゴーシュ、ポチ、ガンモ。支線白帯を守れ』


『了解。こっちは俺が列を見る』ポチが返す。


『火力は俺だな。近寄るやつから蹴散らしてやる』ガンモが続けた。


 ゴーシュは一拍だけ黙った。悔しさの混じる黙り方だったが、返事は遅れない。


『了解。死ぬなよ、前衛』


『死ぬかよ』



『俺は北高台。支線と幹線、両方を見る。合流点の状況は随時伝える』


 リュウが言った。


『リュウ、頼む』


 この返答で、ヒロが折れたのが分かった。


『アキヒト。行くなら、戻るまでの時間を決めろ。長居はするな』


『わかってる。合流点まで押し込んだら引く』


『よし』


 ヒロのバッファローが白帯の外側へ重心を移し、支線白帯から距離を取る。列のすぐ脇に残るのはゴーシュたちで、動きに迷いがない。


 支線の白帯の上で、避難者の列が小さく波打った。二機のRFが線の脇を離れていくのが見えたのだろう。


 ストレイ・カスタムが腰を落とした瞬間、そのまま前へ抜けた。足裏が灰を裂き、スラスターが短く噴いて、機体が一段前へ滑る。


 半拍遅れて、隣のバッファローが動く。重い脚が地面を叩き、遅れてスラスターが唸る。灰の層が持ち上がり、押し出されるように機体が加速する。


 二機の針路だけが揃う。


 軽い軌道と、重い軌道。


 同じ方向へ伸びながら、わずかに間が開く。その差を保ったまま、白帯の外縁を切り、幹線側の火花へ踏み込んだ。


 嫌な匂いがした。誰かが条件を変えた匂いだ。


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