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灰の傭兵と光の園 〈ロボットイラストあり〉  作者: 青羽 イオ
第二期 ハロー・グッドバイ 灰の傭兵と光の園/第一章 灰霧の縁

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第3話 選ばれない白帯

 ※縦読み推奨


 ブリーフィング室は艦内の振動が届かない場所だった。壁面スクリーンの地図だけが明るい。


 アキヒトは椅子の背に寄りかからず、浅く座っている。手袋の指先に微かな痺れが残り、格納庫で浴びた声が、まだ耳の奥にある。


 ジルが端末を接続し、白帯の表示を拡大する。細い光が何本も重なり、途中で途切れたり、寄ったり離れたりしている。本来は別々の避難ルートが、人の流れを奪い合うように絡まっていた。


「ベヒモス以来、避難する街が増えた。白帯の流れが混線してる」

「自治体の要請だけじゃない。カルディア、アストレイア、グラウバッハからも護衛依頼が来てる。今朝だけで三本。契約条項はそれぞれ違う」


 ヒロがスクリーンの端へ視線を移した。表情は動かない。ジルが続ける。


「自治体は安い。燃料も弾も、こちら持ちに近い。企業は金になる。前金も出る。ただし、いざという時に信用できない。撤収命令が早いし、危なくなった瞬間に、契約の文言を盾にして切ってくる」


 アキヒトは地図の上で点滅する依頼表示を見た。白帯が詰まり、押し合い、遅れている。


「本来なら、こういう時はUDFが前に出て統制を取るんだが。――今のUDFに余力はない。市民の信頼も落ちてる。現場に誰も指示を待つ人間がいなくなった。以前の白帯護衛は、もう機能してない」


 ヒロが短く鼻で息を吐いた。笑いではない。


「信頼を捨てたのは、あいつらだ」


 ジルが頷く。ヒロは続けて言った。


「灰のあとで、秩序を守ると言って軍政に切り替えた。議会も憲法も止めた。最初は一時しのぎの顔をしてたくせに、逆らう連中にはそのまま軍を向けた。二十年以上やって、残ったのがこれだ。反乱と混乱。戦う力も運ぶ力も企業に持っていかれて、結局、人のあいだに憎しみだけが積もった」


 ヒロが指した地図の上に、赤い印が次々と重なった。


「最初の数年は、軍が動かなきゃ本当に終わってた場所もあっただろ」ゴーシュが口を開いた。「そこまでは否定しきれねえぞ」


「否定はしてない」ヒロはスクリーンを見たまま言った。「物流を握るところまでは分かる。だが、政治権力まで握ったのが間違いだった」


 リュウが壁にもたれたまま視線を上げる。


「当時、UDF以外に軍事組織はなかった。暴走しても止める手がない。上が合理的に動けば動くほど、下からは締め付けに見える。詰まるところ、状況が対処能力を超えてたんだ。全部を抱えようとすれば、ああなる」


「見捨てられなかったんだろう」ガンモが低く言った。「だが、現場は自分の持ち場で手一杯だ。そこへ強権だけ渡せば、歪も生まれる」


「結局、軍の統治から企業の統治に変わっただけか」ポチが椅子の背にもたれたまま言う。


「そういうこと」ジルは端末を操作し、補給線の表示を重ねた。「今でもUDFは人類唯一の軍隊という顔をしてる。実態はもう違うがな」


 ヒロの目が少しだけ細くなる。


「それでも、あいつらはまだ自分たちが守る側だと思ってる」と冷ややかな声。


「現場には、今でも本気で白帯を守ろうとしてるやつがいる」とゴーシュ。


「だが組織は別だ。現場がまともでも、過去は消えない」

 ジルが静かに続ける。

「血の街路事件を忘れていない人間が多い。撤退すると言いながら、民間の白帯へ兵を向けた。あの映像は消えない。UDFの大義を額面通りに受け取るやつは、もう少ない。だから依頼がこっちへ流れてくる。自治体は身の丈に合わない額を承知で傭兵に縋る。企業は払えるが、全部は守らない」


「頼る相手が軍から企業に変わっただけか」ポチがぼそりと漏らす。


「だいたいはな」リュウが返す。「強い側に寄りかかる構図は変わらない。看板が違うだけだ」


「企業は自分たちに関係ないものを守る気はない」とヒロ。


 沈黙。


 企業の論理で世界が動いているのは周知の事実だ。今更言葉で確認し合ったところで、状況が変わるわけじゃない。言葉を出せば、任務の疲れが出るだけだ。


 ヴァイスが椅子の背から身を起こした。机上の資料を一枚引き寄せる。


「一番守りが細い白帯に付く」


 ジルが目を上げる。


「自治体案件で、単価は最低です」


「分かっている」ヴァイスは言い切った。

「企業が拾わない白帯は、放っておけば消える。そこにいるのは、金を出せない連中だ。だが生きている。生きている以上、道が要る」


「ですが、そういう白帯護衛の案件は、こちら側の危険だけが上がります。支援は薄く、契約も薄い」


「それでも行く」ヴァイスは資料の一行を指で押さえた。

「宗教共同体が中心になって、孤児と障碍のある者を集めて暮らしている区画だ。避難の優先順位を上げる力がない。置いていけば、次は無い」


 ジルは端末を操作し、対象の白帯区間を拡大した。周囲の街が灰に押され、流入が増えている。護衛の印は少ない。


「了解」ヒロが先に言った。

 ヴァイスがアキヒトへ視線を向ける。


「VOLK1。次の出撃もお前が前に立つ。残量は残せ。帰投を前提に動け」


 頷いた。机上の地図には白帯が残り、その外側に灰が広がっている。この世界では守りの薄い場所から、順に削られていく。


 *


 ベヒモスが沈んだ周辺では、一日に数時間だけ、空から灰が消える時間帯がある。雲の切れ目ではない。風向きでもない。その一角だけが薄く抜けて、青が残る。そこへ目を向けるたびに、世界がまだ終わっていない錯覚がよぎる。だが地表はその逆だ。


 半径二十キロ圏内の灰は増え続けている。白帯も街もハブも、縁から順に沈んでいく。建物の角が丸くなり、路面の線が消え、照明の反射だけが鈍く残る。どこまで呑まれるのか。どこで止まるのか。誰も知らない。明確なのは、減っていないという一点だけだ。


 灰の中で、異常な数が動いている。キーテラが群れを作り、常に数千、時には数万がうごめく。遠目には黒い粒の集まりにしか見えないのに、近づけば生き物の気配が増し、不規則な動きが広がる。リフローが繰り返されるたびに群れは散り、また寄り、同じ場所に留まらない。


 空には無人機が増えた。企業ごとに機体の形も飛び方も違い、互いを避けながら、限られた範囲をなぞるように観測を続けている。だが、見えるところまでしか見えない。沈んだベヒモス本体は、灰の下に深く沈んでいる。建物の端も、突起も、何ひとつ出てこない。周辺で起き続けるリフローと、無数のキーテラ。終わらない現象が重なり、調査は一歩も進んでいない。


 *


 整備レーンの脇を通りかかったとき、トキが端末を見たまま声をかけてきた。


「まだ引っかかってるんだよな」


 アキヒトは足を止めた。


「切れてないのか」

「切れてはいます。切れてるのに、向こうの処理が終わってないんです」


 トキは端末を二本指で叩く。表示されているのは長いコードではなく、短い文だけだった。


[LSL切断処理 保留]

[依存プロセス継続中]

[外部参照閉鎖待ち]


「何の処理だ」

「それが分かれば、苦労しませんよ」


 トキは肩を回した。苛立っているが、手つきは雑にならない。


「こっちでLSL機能だけ一回外そうとしたんです。そしたら止まりました。ノルン側で何かが回ってるんですよ。ずっと」


「強制では外せるか」


「外せますよ。でも、正直やらない方がいいと思います」


 トキはコクピット内の配線を指で軽くたどった。ため息が浅く混じる。


「言語が古すぎるんです。僕が知ってるどのAIとも勝手が違う。流れてる回路も、途中から意味が取れなくなる箇所が何カ所もある。今の企業製とは、土台から別物です」


 指先が、RKSの接続ラインで止まった。RKSはRFと搭載AIをつなぐ中継系統で、世代によって規格が変わる。


「そのくせ、第三世代のRKSには妙に馴染んでるんですよ」


 アキヒトは黙って聞いていた。


「こんな古いものが、どうして今の機体側とここまで深く繋がってるのか、こっちにも分からない。無理につつくと、どこが切れて何が残るか読めません」


 そこで一度だけ、トキが目を上げた。


「普通なら、もう載せ替えを考えます」


 アキヒトは返さなかった。画面の文言だけを見る。


 切断保留。

 継続中。

 閉鎖待ち。


 向こうがまだ、何かを終わらせていない。



 To the Next Sortie.

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