砂漠のオアシス
俺は用意された馬に乗って道案内を兼ねて先頭を走り、その横をクロームが並走する。
俺は全員に聞こえるように声を張り上げ
「ここから森までは平坦な道のりになる。
あまりに目標もなく平らすぎて方向感覚、距離感が狂うから気を付けてほしい。
今夜の寝床はこの先にある岩山だ」
どこに岩山があるのかと後方から聞こえたが俺は方位磁石を掲げ
「目印はない。まっすぐ西としか言いようがない」
それだけを言ってほぼ平らと言ってもいいような平原をまっすぐと駆け抜けていく事になった。
予定通りの強硬日程で出発して暫くして陽が沈んでからだいぶ経った頃。朝までもう数刻という時間にようやく今日の目的地にたどり着いた。
切り取られた巨大な岩が幾重にも重なってできた岩山は側で見れば城よりもはるかに高く積み重なっていた。
クローム達一行は初めて見るだろう岩山をぽかんとした顔で見上げ、俺はここに立ち寄る度に塒にしている穴倉へと一行を案内した。
入口は狭く中は広く、そして少し下へと続く穴倉の奥にはヒカリゴケで淡く輝く巨大な空間があり、そこには地下水がこんこんと湧き出てどこかへと流れていた。
「驚きだ。何もないと思っていたのに洞窟があり、ましてや水脈が通ってるとは思いもしなかった」
クロームの呟きに雌雄の剣のメンバーも休みのない行程に馬に水を飲ませたり自分達も水たまりの中に飛び込んで渇きを潤していた。
「ガーネットがまっ平らにしてくれた割にはこういう場所はいくつか点在してくれていて正直助かってる」
「点在してるのか?」
「あー……内緒な?
いくつかあるけど、俺達城壁の外に出るギルドの財産だ。簡単には教えないさ」
いつの間にか運ばれた種子から育った雑草をかき集め火をつけて暖を取る。
夜とはいえ生暖かい洞窟内だが濡れた衣類から体温を奪うのは当然の事。
それにやはり温かい食事を食べたいと思うのも当然の事で、簡単にヤギ乳に香辛料を混ぜて食べる事の出来るパン粥を作る。
「5年前の戦いの折りガーネットの戦いを目にしていたはずだが、こうして彼女が作り上げた荒野を通ると改めて彼女の恐ろしさを改めて思い知る」
「まぁ、この大陸で5人もいないのSSSギルドランカーだからな」
「おや?紅緋の翼の秘蔵っ子のSSランカーのセリフとはおもえないな?」
「バカ言え、近くで剣を振るえば振るうほどガーネットの異才を感じずにはいられないよ。
あれは強すぎるなんてもんじゃない。生きる天災だ。歩く災厄だ」
「ずいぶんな言われようだな……」
「まぁ、だから俺達紅緋の翼はガーネットを戦いに出さないようにギルド本部で好きな事をさせる為に討伐に出かけるんだ」
「ほう?」
「ガーネットだって自分が簡単に力を振るっちゃいけないことぐらいわかってる。
だからその思いをくみ取って俺達は強くあろうとしている」
いつの間にか集まった雌黄の剣たちもじっと俺達の会話に耳を傾けている。
「だが、平和になればなるほどガーネットの存在は尾鰭のついた話程度にしか思われないようになって何とかして外へ連れ出して、あわよくばあれを好きにしたいと思うような奴らが現れるようになっている」
言えばクロームは口に含んでいた紅茶をぶっと吹き出し
「あれを好きにしたいだと……
この世の中にはなんて命知らずがいるんだ……」
「この荒野を作り上げたのはガーネットだなんて、普通ならだれも信じないからな」
「確かに。私も初めて出会った時はこのご婦人の頭は大丈夫か?と思ったぐらいだからな」
そんな話をしていれば雌黄の剣のメンバーの中で若いだろう男が側にやってきた。
「隊長、よかったらその話俺にも聞かせてくださいよ」
俺とあまり歳が変わらないだろう男はそういいながら俺に紅茶を渡してくれた。
ありがたくそれを受け取れば
「彼はクレイ・フェリウ。出掛けにイングリットに会っただろ?あれの腹違いの兄だ」
「じゃあ王族?」
「いや、俺は妾の子供だからな。
向こうとは縁を切って今は隊長に養ってもらってます」
と笑うが
「言っておくがお前と同じ16歳だぞ?」
「イングリットより4か月早く生まれただけの義兄だけどね」
暗い洞窟でもわかるような明るい茶色の髪を後ろで束ねた人懐っこい顔には生まれや育ちの苦労しただろう影はどこにも見当たらない。
「なあ、みんなも伝説の女帝の話聞こうぜ」
クレイが一声かければこちらを伺いつつも声を掛けれずにいた雌黄の剣がたき火を中心に集まり、簡単な食事を食べながらクロームの話に耳を傾けるのだった。
「5年前の戦い、後に獣暴の乱と呼ばれるようになった魔獣大暴走事件の末期に彼女は現れた。
北西の村が魔物に襲われた事を皮切りに、我が国の南に向かって魔物が押し寄せてきた頃だ。
知っての通り同時に我が国の南側より海からも魔獣が押し寄せ南東のアルカーディアももともと裕福ではない為に応援は断られた挙句彼らはロンサールの国境に防衛ラインを築いて我が国は逃げ場を失い追い込まれていた。
だが、我らがロンサールはまだ地形に恵まれていた。
南の海に面した海岸は観光には不向きだがアルカーディア国は陸地からの入国は断る物の海側からの入国をゆるし、港を挟んだでドゥーブル国を始めとした東側諸国は同盟国として魔物の対策に連携が取れていた為にかろうじて港の崩壊は堪える事が出来た。
だがロンサール国は小国と言われても隣国との国境に隣接する地は広大な森を抱えた国の為に魔物の増殖に気づいた時にはすでにどうしようもなく、そして季節も悪かった。
夏の前から人里に現れるようになった魔物の出現に作物の種まきもできず、僅かな苗は踏み荒らされ、実りの秋には森の恵みも望めず冬には大飢饉が国中を襲う事になった。
さらに森を切り開いて出来た都市と都市の間には必ずといっていいほど森があり、やがて連絡は途絶え、ロンサールはその土地を理由に滅ぶ事になった。
ロンサールとハウオルティア国境から魔物達は食料を求めて南下を始め、既に国内の森の中で増殖を始めた魔物達と合流し、討伐と防衛の為の騎士団も崩壊寸前まで追い詰められ、ついに王都ロンサールにも魔物が押し寄せてきた。
市民からの義勇軍、のちにギルドとなるわけだが、彼らと王国騎士団を城の庭に集めきっとこれが最後の出陣になるだろう……
その時にはすでに前国王は崩御し、王を継ぐべき長兄も戦いの騒乱の中行方不明となり、玉座を母が、代理で王妃が埋めると言う異例の中で彼女、ガーネットは真っ赤なドレスを身に纏い女王の前に現れたのだ」
「うわー……
当時のガーネットって、なんか空気読めない人みたいですね……」
クレイの隣にいた細身の男はクロームの副官としても有名なセイジ・ドーミーだった。
当時は下級官吏でその場にはいなかったと言う。
博学で魔術が得意だとは聞いた事があるが、一度討伐の場で会った事があるが剣術も一見の価値を持つそんな印象を残した男だった。