剣で守れる範囲とは
そういえばと隣を歩く男を視界の端でとらえて思う。
噂を聞いた事はあるしすれ違った事も集会で顔を合わせた事も何度もあるのにこうして一緒に行動した覚えはない。
雌黄の剣は警邏を中心とした、本来騎士団がするような王都の警備にあたっているギルドだ。
なんせ、騎士団は日々国の整備に追われていて警備所ではないのだから。
要所要所には騎士団が立つものの、細やかな治安を守るには完全に人手不足。
その点を元王族出身のクロームが退役兵を中心に始めたギルドが補い、ギルドと騎士団の橋渡し役までしてくれるようになっていた。
ちらりと背の高い男を見上げればクロームは俺の視線に気づいて視線を返す。
「何か買い物でも?」
「あー……そういや詳しい事聞いてなかったけど期間と報酬は?」
男の様子をうかがうだけに見ていたとは言いづらく、ガーネットの説明不足を補うように聞けば
「まずは先払いで30,000ギル。これは支度金と思ってくれていい。
期間は往復に10日ずつ、回収作業に何日か……最大30日と考えてもらえばいい。
無事帰還した時に内容にかかわらず50,0000ギルを用意する」
「ずいぶんと奮発するな」
「まぁ、それだけ危険だという事だ」
1日1,000ギルもあればお釣りが返ってくるこのロンサールではいかに高額な依頼か嫌でも判ってしまう。
言って懐から取り出した袋を俺の目の前に差し出し
「手短に準備を頼む」
言えば目の前には旅人が愛用する雑貨屋があった。
「雌黄の剣御用達の雑貨屋だ。多少の融通は利くぞ」
にやりと笑うクロームに俺も笑う。
しっかり庶民に溶け込んでるじゃないか王子様と感心さえして買い物をする事になり、おかげで家には旅用のカバンを取りに帰るだけになった。
小さな食堂の屋根裏部屋が俺のアジトだ。
クロームはそれを面白そうに眺めて俺の準備を待っていた。
ベットと簡単な家具しかない家だが、ほとんどがギルドの依頼で家にいないのだからこれぐらいがちょうどいい。
初めて俺の家に入った時にはクロームが何か言いたそうだったがあえては口にしなかった。
たぶん『何もないな』とでも言いたかったのだろう。
その点は俺も大いに頷く所だ。
なんせこの部屋の家具だって大家のお古なのだから俺の物は本当に着る物と身の回りの物しかないのだから。
なんでかガーネットからもらった本だけが枕元に一冊に在るが、既に劣化を初めていておっかなくて触らないようにしている。
ろくに文字は読めないが、物語は何度も語ってもらって頭に入っているこの国の成り立ちの物語。
それに気づいてか微笑ましそうな視線をクロームは俺に向けて来るが、知った事じゃねえと気付かないふりをする。
腰に剣を刺してない鞘の付いたベルトだけを巻き、魔物から切り出した皮の袋に先ほど買った薬や携帯食などを手早く詰め込んでいく。
「慣れているのだな」
ふいにクロームが声をかけてきた。
「まあな。討伐の時は帰り道は私物は袋ぐらいしかない事ばっかりだからな」
魔物討伐の任務がどれだけ失う事だらけかと言えば彼は小さく頷く。
「だが、今回は回収が目的だ」
「それは雌黄の剣の目的であって、俺には関係ない」
鞄の口をぎゅっと結んで頭一つ高いクロームを見上げれば彼は眉間に皺を寄せるも
「ああ、そうだな」
どこか納得しない顔だが自分の都合のよさばかりを指摘され、無理やり当然だと納得したと言うような返事をした。
そんな短い会話のやり取りの後に大家のおばちゃんに一声かけて雌黄の剣のアジトでもあるギルド本部へと向かった。
雌黄の剣のアジトは町外れにあり、とにかく敷地面積が広かった。
そして建物もデカかった。
初めてではないものの思わず真下から見上げながら
「いつ見ても思うんだが城みたいだな」
言えばクロームは機嫌よく笑い
「城の方が何倍も大きいし豪華だ。
かつてここは外壁の城塞として使われていたんだが5年前の戦いで城塞としての機能が無くなりただの城壁となったから我々が住み着く事にしたのだ」
「住み着く?」
聞き直せばなんとこの壁の中にギルドメンバーが寝起きし生活していると言う。
それならこれだけ大きな城壁を持て余さないだろうなと納得してればさらにでこぼこの壁をクロームは指を差し、本当ならここにはこの壁よりさらに高い壁があったと言う。
崩壊後の王都しか知らない俺はホントかよと半信半疑で案内されるまま門の中に入れば壁と壁の間に大きな庭があり、既に出立の準備が整っていると言うように馬と50人ほどの雌黄の剣のギルドメンバーがそろっていた。
俺とクロームが現れた事にその視線がすべて集まるが
「なんか数多くね?」
「有志を募ったらこの数になったのだが……やっぱり多いか?」
「多い。
これじゃ、魔物に見つけてくれ、襲ってくれって言ってるものだぞ」
思わず呆れてしまえばクロームはすまんと前置きをし
「今日集まったメンバーは5年前の戦いで王都に残った者達が主なメンバーだ」
「まあ、聞いた話だと王都から出た奴らは軒並み死んでいったんだってな」
ギルドマスターとの会話に耳を傾け剣呑とした表情を作る雌黄の剣に俺は知らん顔をする。
「どうすればいいだろうか?」
これでも大分絞ったんだと言って困った顔をする元王子様に
「とりあえず今回の任務はAランク以上で編成しなおしてくれ」
言えばざわりと空気が揺らめく。
その雰囲気にクロームは顔を少し歪め
「それは重要な事なのか?」
「俺の他に護衛は他にいるのか?」
質問を質問で返すのもあれだが聞けばクロームの顔はどこか苦しそうで
「国境に近い所までは予算が合わなくてな」
誰もが行きたがらない王都から遠く離れた場所。
王都周辺は5年前の戦いで見渡す限りの焼け野原となった。
視界ではとらえられないほどの遠くに見える森からが魔物の住処。
入口はまだ低級の魔物ばかりだが奥に向かえば奥に向かうほど魔物は強くなり、森を抜けた隣国は戦争中の為に魔物すら寄り付かない場所になっていた。
荒れ果てたかつての村には今では人の代わりに魔物が住み、目的の村の数少ない住人達は今では生活の質を落しこの王都で保護、もしくは隣国ハウオルティアで何の保証もないまま保護されている。
「つまり俺一人だろ?いくらなんでも限度がある。
20名程度に絞ってほしい」
ざわりとさざめくような反論にクロームも板挟みとなり苦しい顔をしていれば
「貴様は一体何者のつもりだ!我らが雌黄の剣の決定に文句があるというのか!」
歳は俺と同じ頃。
クロームと同じ金の髪の線の細い女の子だった。
華やかな装飾が施された剣を腰に佩き、軽装備ともいえる出で立ちで今回の任務に着いて来るつもりだろうか。
どこに遊びに行くのかと少し悩んで溜息をこぼす。
雌黄の剣のギルドメンバーに向かって
「俺は紅緋の翼から派遣されたエンバー・ラストだ。
今回の任務の護衛を請け負った。
ここで生きて帰れる可能性を少しでも高める為に提案させてもらう。
メンバーは俺を抜いてAランク以上の20名以内に。
回復要因はいらない。
Aランクなら自分で回復ぐらい何とかできるだろうから戦闘要員のみで構成だ。
片道10日の日程の為女性は外れてもらう。
差別と思わないでほしい。
15日間は森の中で野宿となる。
どんな規律にのっとった清廉な強者でも緊張の中では過ちを起こすものだと思って欲しい。
無駄なトラブルに付き合う隙もない場所だ。理解してほしい。
以上だ」
言えばそれこそ顔を真っ赤にした真っ先に反論した女の子はお前に指図されるいわれはないとさらなる憤怒の形相になるが
「了解した」
「出来ればあらかじめ5名ずつのグループ分けをしてほしい」
「今より班編成をする」
「ちょっと待って伯父上!本当にこんな奴の言う事を聞くのですか?!」
伯父?
道理でクロームと似た明るい金の髪だと思った。
「だがなイングリット。
折角ガーネットが貴重なSSクラスのギルドメンバーを破格な契約料で貸してくれたのだ。
その彼が我々が生きて帰る為に提案してくれている。
今の王都の外を知らない我々より王都の外にいる方が多い彼らの言う事は絶対の信頼がある」
その一言にざわついていた空気は収まりクロームは一人の線の細い男を連れてギルドメンバーと向き合って名前を呼び上げて瞬く間に5名1チームに編成してくれた。
その間俺はいたたまれないくらいイングリットに睨まれ続けたのだが……
この気の短い彼女が王族の一員だとすればこの国の未来が不安になる。
それはさておき、5分もしないうちにクロームは作業を終えて入って来たばかりの門を出る事になった。




