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「ーローザ!こっちよ!」
心地よい声が耳に届く。
振り返ると、ロマリア王国の首都サルディアの中心部に位置するオルシス神殿、その入り口へと続く階段の最上段で手を振るニキヤの姿が見えた。
小柄で、ほぼ平均的な容姿のローザに対して、ニキヤは人々から「黄金の舞姫」の呼ばれる程の踊りの名手であり、美貌の持ち主であった。
蜂蜜のように艶やかな長い髪はゆるやかにうねり、激しい踊りで鍛えられたしなやかな肉体にアクセントを加えている。
蝋のようになめらかな白い肌や、美しい造形を成す調った鼻や唇はもちろんだが、何より見る人を虜にしてやまないのが、ロマリア人にはないその黄金色の瞳だった。
ロマリアの人々は、金色の髪、青色の瞳が普通だ。もちろん、ニキヤの父であり、ニキヤが属するラウール一座の座長でもあるデシュ・ラウールも、早くに亡くなったニキヤの母親も瞳の色は青色で、血縁関係の中にもニキヤのような瞳の色の持ち主は見当たらない。
排他的な国民性の強いロマリアである。人とは違う瞳を持って生まれてきたニキヤも、ローザが経験したような酷い仕打ちを受けたとしても不思議はないのだが、黄金はロマリア王国の守護神である太陽神オルシスを象徴する色であり、長ずるに従って見事な踊り手となっていったニキヤを、称賛こそすれ非難するような者は一人としていなかった。
というのもロマリアでは優れた舞姫、歌姫を殊の外尊ぶ風潮があるからだ。
オルシス神殿には踊り・歌でもって神への奉納とする巫女姫がおり、通常は貴族階級の娘から優れた技量を持つ者が選ばれる。が、高名な者になると平民から選ばれることもあり、両者の神殿内での地位は、身分に関係なく対等とされる。
現在のオルシス神殿の巫女姫は、10年前に神殿に入った現国王の姪シルファーラ姫で、もしシルファーラ姫が巫女姫の職を辞するような事があれば、次代の巫女姫にはニキヤが選ばれるだろうというのが世間のもっぱらの見解だった。
そんなニキヤが自分を親友と呼んでくれるのだ。
ローザにとって何よりの自慢でないはずがない。知り合った時から現在に至るまで、ニキヤはローザの最も大切な存在であった。
「遅いわよ、ローザ。ぐずぐずしてたら、コーシュ将軍が着いちゃうじゃない。ローザが見たいって言ったんでしょ?コーシュ将軍の凱旋」
そう言いながら、ニキヤは手を差し伸べてきた。ローザは満面の笑みを浮かべ、その手を掴んだ。
「ごめんなさい。つい寝坊しちゃって」
「緊張感ないわね、ローザったら。あんなに憧れてるコーシュ将軍が見られるっていうのに」
冷やかすように片目をつぶってみせるニキヤに、ローザは照れたようにほんのり頬を色づかせた。
「もう、意地悪言わないで。ニキヤだって見たいって言ってたじゃない、コーシュ将軍のこと」
「そりゃあね。コーシュ将軍はロマリアの英雄だもの。それに私、美しいものには目がないし。いい男は、いつだって目の保養よ」
そう言って笑うニキヤは、自身の美貌にはかなり無頓着だ。流行りものには敏感で、それなりにお洒落を楽しんでいるものの、それを己の武器にしたり、他人にひけらかすことはない。
だからこそ、さして目立つ容姿でもなく、小柄で痩せっぽっち、どちらかと言えば人見知りで内気な性格のローザが、引け目を感じることなく、ニキヤを親友と呼べるのだった。
そして、そんなローザの心の半分を占めているもう一人の存在。
それがコーシュ将軍だった。
ローザがコーシュ将軍を初めて見たのは、ローザが13歳のとき。
弱冠20歳という若さで将軍職に就いたコーシュ・シセイの指揮するロマリア軍が、ロマリア北部に侵入した敵国ナーベラス軍との戦に大勝利を収め、凱旋した馬上の姿を見た時だった。
その姿に、ローザは一目で心を奪われた。
幼い頃のトラウマを抱え、日常生活で接する異性を敬遠する存在だとしか思えないローザにとって、それが初めての“恋”であった。
もちろん、貴族であり将軍という地位にあるコーシュと、町医者の娘に過ぎないローザとでは身分が違いすぎる。
これからも、話をすることはおろか自分の存在を認識すらしてもらえることはない。
それでも。
それでも数年に一度、こうして出陣しては武勲をあげ、凱旋する、その姿を見られるだけでローザは十分幸せだったのだ。
住む世界の違う、雲の上の存在であったとしても、コーシュ・シセイはローザに、誰にも与えられない胸の高鳴り、甘酸っぱい心の疼きを与えてくれる唯一の存在だったから。
王宮へと真っ直ぐ続くレット大通りは既に民衆で埋め尽くされている。皆のお目当ては、もちろん王国の英雄コーシュ将軍だ。
ローザとニキヤがいるオルシス神殿も例外ではない。人々は思い思いに話を弾ませ、コーシュ将軍が到着するのを待っていた。
未明に国境を越えたという知らせは届いている。何もなければ、間もなくロマリア軍がその姿を現すはずであった。
そして。
「-来たぞ!コーシュ将軍だ!!」




