【8話】リーシャの部屋で
部屋に入り一番に目に入ったのは、勉強机だった。
机の上には令嬢教育で使う教本がたくさん置いてある。
そのどれもに何度も読み返しているような形跡があった。
毎日多くの時間を勉強に費やし努力している姿が、これを見ただけでも簡単に想像できる。
リーシャは真面目な頑張り屋さんなのね。
「ミアが嬉しそうに言っていたわ。『お姉ちゃんは勉強が大好きだからいっつも勉強してるんだよ! とっても偉いの!』って」
「あの子ったらそんなことを……。でもそれ、ちょっと違います」
リーシャは少し困ったように笑う。
「私、本当は勉強なんて大嫌いなんです。楽しいと思ったことは一度もないし、正直言ってやりたくもありません」
「じゃあどうして……」
「そうしないと置いていかれちゃうから」
小さく呟いたリーシャは机へ向かうと、一枚の紙を手に取った。
それを私へ見せる。
歴史のテストね。
令嬢教育でやったのかしら?
点数は90点。惜しくも一問不正解だ。
しかし満点ではないにしろ、十分高得点といっていいだろう。
「このテスト、私もミアも二人揃って同じ点数だったんです。でも私は、毎日予習と復習を欠かさずしている。本当は遊びたいけれどやりたくないけれど、我慢してやっているんです。けれどミアは違う。令嬢教育のとき以外は、いっさい勉強なんかしていない。いっつも楽しそうに遊んでばっかり。それなのに私と同じ点数なんです」
リーシャの表情に陰が落ちる。
諦めの感情が色濃く浮かんでいた。
「あの子、とっても優秀なんですよ。勉強も運動も、私なんかよりもずっと上。苦労してやっとの思いで私ができたことを、あの子はなんでもない顔でやってしまうんです。……きっと優秀なお父様の血を、濃く受け継いんだでしょうね。出来損ないの私とは大違い」
「…………嫌いなのね、自分が。私と同じだわ」
微笑みを浮かべた私は、ベッドの縁に腰を下ろした。
すぐ隣をポンと手で叩く。
リーシャはゆっくり近づいていくると、私の隣に座った。
「私にも妹がいるの。かわいくてなんでもできて、私とは大違い。両親がかわいがるのは、いつも妹ばかりだった。私は出来損ないって言われて、家族や周囲の人間みんなからバカにされてきたわ。実家にいた頃は毎日が辛くて、何度も泣いたっけ」
両親と妹は、私を家族扱いしなかった。
毎日のように罵倒し、時には暴力も振るってきた。
ミルディ伯爵家での暮らしを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。
「……意外です。バネッサ様はもっとお強い人なんだと思っていました」
「それは弱い自分を見せたくなくて、威張って強いふりをしていただけ」
リーシャとミアにひどい仕打ちをしてきたのは、政略結婚に対する不満の当てつけ。
そこに裏付けられていたのは、もう虐げられるのは嫌だ、という思いだ。
だからこそ私は威張り散らすことで、弱みを見せないようにしてきた。
弱くて臆病な自分を隠し、虐げる側になった。大嫌いな家族と同じことをした。
虐げられる側の痛みを私は誰よりも知っているはずなのに、最低だ。
こんな自分が嫌になる。
「本当の私は弱くて醜くて、なんにもないがらんどう。空っぽなのよ」
「空っぽ……私もそうだ」
「ううん。それは違うわ」
手を伸ばした私は、リーシャの銀色の髪を優しく撫でる。
「一週間前に、食堂でミアが泣き出しちゃったことがあったでしょ?」
「確か……朝食のときですよね」
「ええ。あのときあなたは、『罰を与えるのは私一人にしてください』って言ってミアを全力で守ったわ。私が怖いはずなのに、それでも逃げなかった。あなたは空っぽなんかじゃない。妹のために体を張れる、強くて優しくてかっこいいお姉ちゃんよ。胸を張っていい」
「うっ……うう」
リーシャの瞳に涙がにじむ。
リーシャの背中に両腕を回した私は、小さな背中をギュッと抱きしめた。
お互いに言葉はない。
それでも心が通じ合ったような、そんな気がした。
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